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【小説】心霊カンパニア① 『クレア・ボヤンス』


クレア・ボヤンス


「I see dead people…」


 1999年、大ヒットしたらしい映画のこのシーンとセリフ。ボクはいつもここから先を見ることが出来ないでいる。といっても、流行りのSNSでチラチラと見てしまっている部分もあるんだけど、このセリフを聞く度に悪寒と嫌悪感と吐き気を催しちゃうんです・・・・・・
 じゃあ見なきゃいいって話なんですけど、パーソナライズ・ターゲッティングって言うの?検索アルゴリズムから紐づいて嫌でも出てきちゃうんだよね。
 普段、何の検索してるんだよって感じだよね。だって、しょうがないじゃない。この映画の男の子とボクも同じなんだから・・・・・・

 最近ね、ヤバいのよ。ちょうど十六歳の誕生日を友達みんなで祝ったあの夜・・・・・・


Happy Birthday


「おめでとー!千鶴ちづる!!」「おめでとう!」

「ちーちゃーん、ほら、消してー」

 学校でいつも仲良くしている女友達の三人が、決まって通っているカラオケボックスの一室でボクの誕生日を祝ってくれた。プレゼントはみんながそれぞれお気に入りのコスメやネイル、ちょっとしたアクセサリーやかわいい服などいっぱい貰ったの。んで、恒例のようにみんなでその日の主役を色々彩り着飾って、最高の美人を作るんだけど・・・最後はいっつもやりすぎちゃうんだけどねぇwww
 みんなで結局、爆笑しながらボクはやりすぎてケバくてまるでバブリーになっちゃった化粧を落としにお手洗いに行った時なんだけど、まぁ、見ちゃったよねいつものように汗

「I see dead people…」

 ここは以前、カラオケ屋さんが出来る前は怪しいBARだったの。個室でひっそりと飲める居酒屋のようなBARで、噂で聞いた話だけどヤバいクスリがここから流通していたみたい。個室居酒屋ってシステムを利用されちゃったのね。そして、当然のようにオーバーラップ?オーバードーズ?で死んじゃった子が出ちゃって色々バレたってゆうか、店主?かオーナーが関係していたかどうかまでは知らないけど、まぁそんなこんなで潰れちゃったわけなんだけど。
 で、その噂は本当だったみたいなわけで、ボクの目の前、一番奥のトイレから真っ白になった両足が飛び出していて、気になっちゃったわけ。だって普通に倒れている人だったら助けなきゃだし、ぶっちゃけどっちか分からないのよね。本当に困ったもんだ。映画と違うとこはそんなとこ。死者と生者の区別はあからさまな死に様や死因を目の当たりにしなくちゃいけない。
 中を覗くと両腕には何本もの注射器が刺さっていて口からずっとなんかお酒かなにかを吐き流してる。この子は多分、自分からスキ好んでクスリに手をだしたんじゃあない。無理やり多量に投与されちゃったんだ・・・・・・

 いつもならそれだけなんだけど、この日(誕生日)から違ってきたんだ。

 その子、茶色い液体を吐き続けながら、ボクのことを見つけたの。
 それまではこちらから一方的に見つけるだけだった。まるで人込みの中から同級生を見つけるかのように・・・あ、そうそう、霊視見えるからって、何でもかんでも視えるってわけじゃないんです。何かの関係性、関連性がある・・・そう、後で会長のあずささん』が言う所の何らかの『因果』関係がある波長のようなものが合う、双方が紡がれるんだって。でないと死者の霊が全部見えちゃうってのなら、そこら中が霊だらけに視えちゃうことになるの。だから、その感覚、表現として「人込みの中から知り合いを見つける」って感覚みたいに視つけちゃうの。

 そのヤク漬けにされた子はボクのことも視つけて、そしてお互いに目が合った・・・すごく怖かった。ずっと安全な場所から観覧していただけの傍観者だったボクが、急に舞台に引きずり出されたかのように、視線だけでなく関わりそのものが紡いだって感じの瞬間だった。
 ボクのことをずっと瞬きをすることもなく見つめながら、注射器が痛々しく刺さった両腕を小さな子供が母親にだっこをせがむ様に広げ、口からは液体をゴボゴボと吐き出しながら何かを語り訴えてきていた。全く何を言っているのかは聞こえない。怖かったけど、なんだか可哀そうだった。
 でもボクは、その場から逃げ出した。どうすればいいか解らなかったんだ。今まではなんだかヤバそうな感じがするとボクが先に気が付いてすぐに逃げてたし、死者たちもずっと物悲しくフラフラしているだけだった。

 それからは、そうだね、例えばで言うと有名なゾンビゲームの敵みたいにボクの存在に向こうが気づくと積極的に、のそっ、のそっ、って近づいてくるようになった。これは死者じゃなくても気持ち悪いよねっ。だからずっと外出はなかなか出来なくなったし家の窓やベランダから顔を出していると気づかれることもあったぐらい。


除霊師


 だから何とかしようとしてさ、いっぱい霊についても調べることが増えてしまって、トラッキングもそれ関連ばっかりになるんだよ。映画は基本的に好きだから見てみたいんだけど、感情移入しすぎてしまうかもしれないし、逆にボクにとっては当たり前の日常と感じてしまうかもしれない。冒頭からあのセリフまでの間だけでもう、動悸が上がっちゃってダメな感じだったしね。

 色々と調べていって、ボクが住んでいた場所から一番近くにある神社やお寺に行ったりお守りも買ったりしても、効果は全然なかった。逆にそこに群がるように彷徨う様々な霊から注目を集めるようになってしまい、逆に危なかったこともある。
 でもある時気が付いたんだけど、そこそこ霊から離れていけばそれ以上は追いかけてこなくなるんです。何らかの制限というのか土地の因縁と言えばいいのか・・・例えば踏切で死んじゃった霊はその踏切から違う場所には行かないの。そのテリトリーを越えるとこちらを見つめながら立ち止まる霊もいれば、フッと消えていく霊もいた。

 自宅と学校にはまったくお化けとかは居なくて、最低限の日常生活は問題は無かった。意外かもだけど学校は少ないんです。あ、正確に言うとボクが行っていた学校は大丈夫ってなだけで、場所によってはとてつもない量の霊がいるところもあって、学園祭で行ったとこなんかはヤバかったよ。多分だけどそういう所は学校が立つ前に何があったかによるんだよね。運動場とか講堂とか、ある程度の広さが学校には必要だから墓地跡だったり公園だったりとか。
 他に、基本的に霊が多い場所ってのはまぁ典型的なんだけど電車の駅と踏切とか、暗い脇道や交差点、あ、川沿いとかはすっごく多いね!古い橋だったら古けりゃ古い程いますね。自分との何らかの「縁」がある霊だけ見えるんだって考えると、実際にはもっといるんだろうね。考えたらなんだか恐ろしい話になっちゃうんだけど。

 とりあえず、ボクは自由な行動が取れず埒が明かなかったから、すっごく怪しかったけど都内で除霊ができるという人物にコンタクトを取って家まで「出張お祓い」をしてもらったの。

 そしたら・・・それが原因なんだよね。そのせいでパパとママは・・・・・・

 結果的に言うと、その『除霊師』は詐欺師だったとかウソじゃなかったんだけど、力が中途半端だったの。どうせならペテン師であった方がよかったって話でして、その辺の話はまた後にするね。


トラウマ


 で、その後、ボクはまだ未成年だし親戚の家を点々とするんだけど、ボクの目の前で起きた両親の惨劇のショックで言葉が、喋れなくなった。口が利けなくなったんだ。変なものは見えるし喋んないし、こんな奴だれも可愛がるどころか相手なんかしてくれないよね。自分でも分かっているよ。しかもこんな身体だし・・・・・・

 ある日、親戚の叔父さんが会社の同僚や上司を自宅へ連れてきて、今でいう「宅飲み」ってのをやりだしたんだ。叔父の家の近くの山には立派なゴルフコースがあって、ボクがこの親戚の家にお邪魔になる以前から定期的にやっている定例行事みたいなもんなんだって。極寒の真冬、それ以外の季節になるとちょくちょくとゴルフを楽しむために前日の金曜日か土曜日の夜にやってきては宅飲みして、翌朝にはコースへと出かける。各々の自宅からゴルフ場へと繰り出すよりか効率的だし朝も少しゆっくりできる。叔父さんもそれが目的で職場からはまぁまぁ離れた地方にワザと住み、接待ゴルフで今後の仕事の出世を図っているみたい。リーマンって大変だよね。
 すると、どんどんと彼らはほぼ毎週といっていいほどにゴルフクラブを担いでやってくるようになった。ただその目的の半分は、ボク自身だった・・・・・・

 いつも叔父たちがリビングで飲んでいる間、ボクはひっそりと自室で本を読むかヘッドフォンを付けて音楽を聴くか、動画かなんかを見るかにしている。できるだけ音をたてないようにTVなんかは付けないようにしていたんだけど、その日はどうしてもトイレに行きたくなって、そこであのじじいと鉢合わせてしまったんだ。そうして、叔父からみんなに紹介をされることとなり、それからあいつらがくる頻度が増えてきた。
 酔っぱらったフリをして、ボクの部屋は二階なのにボクの部屋とトイレを間違えたり、叔母が用意したあいつらの寝る部屋と間違えて入ってきたり、なにかにつれボクと絡むようになり、そして・・・・・・

 ボクが喋れないっていうことをいいことに、最初は上司っぽいじじいだけだったんだけど、その翌週からは同僚っぽい若い方もボクの部屋にやってくるようになったんだ。
 そうしてある日、同時に二人から襲われることになり代わるがわる一晩中、弄ばれることとなった。心身ともに疲れ果て、シャワーを浴びて洗面所で泣いているところに叔父がやってきた。明らかに泣いているボクと目も合って、身体には痣がちらほらとある姿も見たはずだが、叔父は後ろめたく目を逸らしただけだった・・・・・・

 ボクはそれから階段から上がってくる足音だけでビクつくようになり、どんどんと更に陰キャになっていた。
 叔父たちはとくに変わったこともなく普通に接してくれていた。今、思えばそんなことですらボクは利用道具にすぎなかったんだと思えるんだけど、当時は世話になっているという立場もあったし、ボクの被害をうまく信用してもらえるようにどう伝えればいいかも分からなかった。確かにボクは男の子が好きで恋愛対象も男性だけど、じじいは嫌だし強要なんてもってのほかだ。しかし、一番嫌なのはいつも拒否しきれない自分に対しての嫌悪だった・・・・・・そうしてますます心のキズは増えていって声を出すことも余計にどんどん出来なくなっていった。


女の子


 そんな地獄のような生活が続きある週末の日、いつものじじいの背後に一人の女の子が付いてきた。当人も叔父たちもその子に全く気も向けないというか気づいていないということは、人じゃない霊ってこと。その女の子の霊はボクと同じ年ぐらいか、少し年下のような感じの子だった。ボクのこともずっと見えていてお互いに見つめ合う。なぜか他の霊のように恨めしそうにこちらを見て近づいてくることもなく、ただずっと悲しそうな・・・いや、憐れむような視線でボクのことをずっと見つめてくる。お互いに会話や意思の疎通なんて出来なかったんだけど、なんとなく分かった。ボクたちは同じ境遇だったんだと。

 あの子がなんで死んじゃったのかとかは分からない。けど、このじじいに憑いているということはボクと同じような経緯で恨み、死んでいったことを意味しているんだと思う。

 ボクはその日の夜も当然のように犯された。その間ずっとその女の子の霊と見つめ合いながら、二人で涙を流しながら、じじいは淡々と腰をフリ続けている。ボクと女の子は同調するかのように泣き、共鳴し反響するかのように悲しみと怒りがより強く溢れてきた。女の子の霊の感情がどんどんとボクの中に流れ込み、ボクのその泣き叫ぶ表情を見て聞いたじじいの股間はさらに固く、少し大きくなりやがった。その瞬間、激情なほどの怒りと憎しみに頭の中は支配されて、ボクはその後の記憶は飛んだ。

 そして気が付いた時はもう外は明るむ朝だった。右手には刃先が折れ血まみれのカッターナイフ。口の中いっぱいに頬張る異物感と溺れるような液体が喉につたわり咄嗟に胃液と共に吐き出した。四つん這いになって吐き出した目の前の”それ”はいつも奥まで突っ込まれるじじいの陰部が食いちぎられた肉の棒だった。ボクはまた血の混じった胃液を吐き出し、自分の足元までつたう血の元へと目をやると、ボクの下着を丸めて口に突っ込まれながら血だるまで死んでいるじじいの死体がベッドの脇に座り込んでいた。折れたカッターの刃先が左胸に深々と刺さり、股間からはまだ血が流れ出している。ボクが殺ったのか。実感は全くなかったが、裸で血まみれの身体で吐き出した肉棒と持っているカッターが自分だと物語っている。咄嗟に血が固まってベタベタしているカッターを怯えながら投げ捨て、血だらけで全裸のまま大きめのパーカーだけを羽織ってその場から逃げ出した。後で気が付いたというか思い出したことだけど、あの女の子の霊はどこにも見当たらなかった。


迷い家


 ゴルフ場がある山とは別の違う山々を歩き、ひたすら逃げた。人がいる場所へはそもそも警察が追っているかもしれないことを抜きにしても、こんな姿で繰り出すわけにもいかなかった。

 山中、何体かの霊を引き連れながら、小さな小川があったのでそこで全身の血を洗い流した。山で死んだ霊はその山が全体的にテリトリーになることが多いみたい。山を越えるまでずっと追いかけてくる。なので一山超えたところで休もうと思い、それまで不眠不休で歩き続けた。

 足の裏が痛い。裸足で山道を歩いているうちに枝や尖った小石などで傷付き、痛みでもう歩けない。というか、もう方向すら分からなくなってしまい完全に迷っていた。空腹と不眠が続きもう限界で森が抜けただろう開けた場所で倒れこんでしまい、気を失いかけている意識の狭間で誰かが近づいてくる気配がする。ああ、このまま終わりなんだとこの時、死をも覚悟した。



 気が付くとそこは古びた和室の真ん中で、イ草と線香の臭いが充満した田舎のおばあちゃん家のような懐かしい空気の中、目が覚めました。ボクに被された布団は干し立てのようにフカフカで太陽の臭いがする。部屋の四つ角には燭台に蝋燭が煌々と焚かれていて、すきま風で揺れる火が光と影のコントラストでボクを祝福してくれているようでした。

 右にはふすまが、左には障子しょうじがあり、障子のほうへと向かいここがどこか、誰かいないのかと探ろうとしましたが足の怪我がまだ痛み立ち上がることができず、そのまま布団へと転がり戻って少し考えることにします。牢屋というものが映画なんかでしか見たことがないからもしかするとこんなものか?とも思ったけど、まさかね、とすぐに思い直して、警察に捕まった状態ではないとしてじゃあここはどこなんだろう。死んだか、誰かに助けられたか。死んでもまだ痛いの?と自分の足を見てそう思ったそのとき、足が包帯で巻かれて治療してくれているのに気が付いた。

 因みに、今ではこうやって気楽に話せているけど、この時は実際には憔悴しきっていたのよ?

 生きている感覚としては痛みだけが唯一、実感できるものであって他の感覚というか感情は麻痺しちゃっていた。考えてみて。この短期間で両親が死に、遠い引っ越しで親友や友達とも離ればなれ。多くの霊に付きまとわれて親戚の家では慰み者に・・・自分が殺ったかどうかも分からない人殺しで恐らく指名手配犯(まぁ多分あの時の女の子の霊が乗り移って殺ったんでしょうけど、この時はまだ分かんなかったのよ)
 あのじじいに恨みはまだあるけども、罪の意識が全く無いわけじゃあないし。

 放心状態に近く、いわば痛覚でギリギリ正気を保っていたって感じ。
 で、ボーっとしていると背後から急に視線を感じた。いつものようにまた霊かよ、と自暴自棄になりながらもうどうでもいいって感じで振り向くと、そこには綺麗な喪服のように漆黒な着物を着た美しい女性が背筋の伸びた正座姿で座っていた。

「気が付いたのね・・・・・・」

 と言って、着物の女の人はすっ、と消えていった。和室で和服の綺麗な女性。典型的な霊かとも思ったんだけど、雰囲気が違っていたし何より声が聞こえた。その聞こえ方はボクの頭の内部から聞こえてきて、空気の振動っていう外部からじゃなく自分が喋るときのように、口腔内から頭蓋へと反響するように聞こえたの。

《幽霊屋敷?》

 そんな気がしてきた。でも嫌な感じは全くなかった。そう、あの時の女の子のように。

 他のほとんどの霊は懇願敵意嫉妬、無暗な救済や苦しみの強要など、まぁ生きている人間にされても嫌な欲望をむき出しにされる感じなんだけど、ここの女性は『安心』を強く感じ、あの女の子は『哀愁』が支配的に視えてこちらから何か気になってしまうような、そんな興味が湧いてきてしまうような。そうね、例えば新学期にクラス替えがあったり新入生として高校へ行ったときに、誰も知らない空気の中、一番に仲良くなれそうな友達にピンっとくるような感じ。あ、何度も言うけど今だからこうやって振り返り俯瞰的に言えるってだけで、当時はそんな感覚を認識すらしていなかったからね?

 で、ほどなくしてボクの王子様♡古杣ふるそまさんがボクの所へやってきたの。ボクの身長は160センチぐらいで、古杣さんは多分180センチは越えてるんじゃない?ヤバくない?♡すらっとしたスタイルでいつもスーツを着ていて、長い髪は女性かのように艶やかで切れ味のある目♡なにか作業するときは腕を捲るんだけど、長い指からキレイな手と腕がさぁ、あぁ~、あの手と腕で抱きしめられてあんなことやこんなことを・・・・・・

はい、すいません。

 で、この時は障子越しから声をかけられてシルエットしか分からなかったんだけど

「・・・安心して。ここは狭間の世界。生者も死者も存在しない場所。ゆっくり休んで。後で食事を用意するから」

 長く天井にまで届こうとするシルエットはそう言って、奥へと消えていった。 


浄化


 食事の用意ができたということで、ボクは車椅子に座らされて廊下を古杣ふるそまさんに押されながら進む。邦画や時代劇、ホラーゲームで見たような日本のお屋敷、旅籠はたごってこんなんなんだと後で思ったんだけど、ボクは心ここに有らずな状態で運ばれていった。

 食堂、というかダイニングに到着すると先ほどまでの完全なる和風なテイストから一変し、洋風形式の空間に長めのテーブルが真ん中に当たり前のように鎮座していた。ランタンと灯篭が壁とテーブルに点々と等間隔で並び、大きな振り子時計と聖母マリアのような銅像、そして大きなパイプオルガンが設置され正に教会のような、もしくはヴァンパイアの屋敷のような印象のダイニング。天井まで続く大きな窓の外は木々が立ち並び、さざ波のように新葉が揺れている。草木の隙間から見える空は夕日か朝日かは分からないけど、キレイな赤に近い赤橙色せきとうしょくに染まり温か味を感じた。

「・・・私の傍まで連れてきてちょうだい」

 さっきまでは居なかった、いや、気が付かなかっただけかもしれない。ボクが寝ていた和室で現れた着物の女性が、テーブルの奥に座ってボクらを待っていた。古杣さんがボクを連れて女性へと近づいていく。テーブルの下にある両膝のきびすをボクの方へと返し、美しい女性と対面すると蝋燭の火で映し出されたのは先ほどの和室の幽体だった女性と姿かたちは同じだが、違う人と思わざるを得ない姿を見せた。
 こちらを向いてはいるが目は開いておらず、頬から首元にかけて『刺青』が施され手の甲にもどこかで見た民族を思わせる刺青がびっしりと描かれていた。幽体だった時の女性は目も開きボクをしっかりと捉えていてこのような墨などは一切なかったの。

「先ほどは突然失礼いたしました。私なりにあなたを見守っていたのですが、誤解があればお許しください」

 安らぎを与えるようなか細い声が聞こえ緊張が解けていく。

「・・・ああ、そうね、先に自我を戻しましょう」

 古杣さんがボクを抱きかかえてテーブルに仰向けで寝かし、頭を固定する。ボクの上に女性が着物の裾をたくし上げ、マウントポジション、馬乗りの状態になり何やらお祈りのような動作と、聞こえなかったけどぼそぼそと何かを唱えながらボクの額と女性の額を合わせてきた。すると段々とボクは意識がはっきりとしてくると共に、鼓動が早くドキドキしてくる。完全に顔は赤面しているほど火照ってきた。だってこんなにキレイな女性がボクの目の前に、そして唇ももう数ミリ先に行けば口づけ状態になるんじゃないかというこんな体制なんだもの。

 目を瞑ったままの美しい着物の刺青女性は少し顔を離して

「もう・・・大丈夫ですよ」

 と、笑顔で迎えてくれた。
 で、実際にはこの言葉だけでボクは心の底から安心すると途端に涙が溢れてきて、嗚咽するぐらいに号泣しちゃったの。その後も全部を吐き出すように感情を露わにして、ボクが落ち着くまで全てを受け入れてくれた。そんな気がしたの。
 ボクの目線、頭上にはマリア像が立ちはだかる様にそびえ立ち、まるでボクらを見守ってくれているようにも見えた。ボクの上に覆いつくす抱擁の温か味は正にマリア・・・いや、着物姿だから卑弥呼様って感じですか?石鹸の匂いのような、というかそう、赤ちゃんの匂いがした。この世の全てと言っていい『癒し』がこの時、赤ん坊のように包みこんでくれるような状況が無いままにボクが正気を戻したならば、間違いなくこれまでの恐怖と絶望で打ちひしがれていたと思う。精神的な意味での「命の恩人」と言える。今でもそう思っているわ。


えにし


 声が出ないって言っても、叫びや悲鳴、嗚咽や奇声といった反応による声は出るんです。こう、なんて言えばいいのか分かんないんだけど、セリフ的な言葉がどうしても”どもって”しまうんです。色々もちろん調べたけど、失語症か吃音症か。精神的なことから神経系統に影響しているとかなんとか。

 で、ボクはなんとか失いかけていた意識を取り戻してもらい、こうやってちゃんと現世と自意識をコンタクト出来るようにはなったんだけど、未だに声というか言葉は出せないでいる。

「さぁ、もうご安心を。私はあずさと申します。あなた、お名前は?」

 ボクは目を腫らせながら、あずささんを見つめていました。そしてボクの上、テーブルから降りてはだけた着物を自分で着付け治している。ボクは一生懸命、声を出そうと頑張ったんだけどダメでした。自分の名前、自己紹介すらこの恩人の方々に言えないのかと、また悲しくなってきました。

「・・・会長、この子の名は藤原 千鶴ふじわら せんかく。男性。17才。約一年前、ご両親の事件いこう、言葉が話せなくなったようです」

 喋れないボクの変わりに古杣さんがボクのことを紹介してくれた。・・・え、やだ、『本名』は止めてよ。千鶴ちづるって呼んで?

「・・・本人は女性として生きているようで、『ちづる』と呼んで欲しいそうです」

 ・・・え??

「そう、では千鶴ちづるさん、突拍子もない出来事ばかりで驚いていらっしゃることでしょう。けど、これからはご親身にしましょう。あ、それとごめんなさい。あなたの声までは取り戻せなかったようで・・・でも、きっと大丈夫。時間と共に還ってこられますゆえ」

 あ、はい・・・いいえ、ボクが悪いんだから、謝らないでください。いいやそうじゃなくて、なんでボクの言いたいことが古杣さんに分かるの??って感じで古杣さんの方へと目線を移した。

「・・・会長、私は食事の準備を手伝ってきます。よろしければ、会長の方からご説明願いますか?・・・今は、その方がよろしいかと」

「ええ、承知しました。お願いします」

「では・・・・・・」

 そう言って物腰の柔らかい長身の男はボクをテーブルから軽々と抱きかかえて車椅子へと座らせてくれました。そして奥へ、おそらくキッチンの方へと去っていった。なんか、古杣さんには全てを見透かされているかのように感じた。そう、だって今のボクは泣きじゃくった後だし最悪な顔をしているだろうからさ汗。そんな顔、できるだけ見られたくないじゃん!

「ふふっ・・・ああ、ご無礼を。とりあえず私から一方的にで誠に申し訳ありませんが、話させて頂きます。私もあまり雄弁は方ではございませんが・・・粗相があればお許しください。何か分からない事がありましたら、後ほど社長・・・えっと、先ほどあなたをここへ連れてきてくれた男が古杣ふるそまと申します。ここの責任者であり全体の世話をしてくれている優秀な男であります」

 社長・・・会長・・・何かの組織かしら。

「あなたは、そう・・・『視える』のでしょう?その、霊体が。いつぞやの私は・・・そうね、世俗的に言わば『幽体離脱』と言わるるもの。普通の人は他者の霊体は勿論、離脱した幽体も見えるわけではございませぬ。しかしあなたとだけは幽体の私でも”目が合った”。私も初めての経験でした。あの私の姿は私が心でイメージした形ゆえ、目も見え彫りものも無かった。ここまで全身に施したのは光を失ってからだから、私にも今の私がどんな姿かは分からないのです」

 やっぱり、この女性ひと、目が見えないんだ・・・・・・

「あと、あなたが視えるように、古杣は『聴こえる』の。『霊聴』と言って普通の人が聞こえない音や言葉が聴こえてきてしまう・・・そう、私たちはあなたの同類・・・いえ、仲間といっていいわ」

 ボクは驚いた。それと、少しだけど喜びもあった。自分と同じような能力・・・少し違うけど、似たような悩みを抱えている人たちが居たことに。

「恐らく、先ほどは千鶴さん、驚かれたでしょう?いや、気分を害したかしら。古杣があなたの述べたいことを代弁したような形で言っていたから。素性を調べ上げたといったそのような不届きなことはしておりませぬ。彼はあなたの心の声を聴いた。それだけ。あなたが人ならざる存在を見えてしまうように、古杣は聞こえてしまう。だから気を悪くしないで下さい」

 気を悪くするどころか、嬉しかった。

「質問や何か言いたいことがあれば彼、古杣の目を見ながら心の中で語りかけて。そうしてあげれば彼の”負担”も無くなりますゆえ」

 負担?

「後、そう、御苦労なされたでしょう。私たちがあなたを見つけてあげられなかったら、危なかった。あんなに霊魂や霊体に囲まれて・・・私には霊体的な、云わば精神的なことしか分かりませぬが、憔悴しきり現世と彼の地かのちとの狭間にまで意識と魂を歪ませなければならなかったあなたの気苦労と大変さだけは、私には伝わります」

 色々なことをまた思い出してしまいそうになり、心が少し締め付けられ目が涙ぐむ。

「これからよろしければですが、私たちに古杣を通してでも構いませんので落ち着いたら何があったかなど、あなたのことを教えて下さいまし」

 そう言ってまた、梓さんはボクを優しく抱きしめてくれた。もう、不思議と涙は目の奥へと引っ込んでいく。まるで本当の母親のような抱擁でした。

「そうそう、私のこの身体は・・・・・・」

「・・・お待たせしました」

 古杣さんともう一人、また初めて見る人と二人で豪華な食事を持ってきてくれた。細かな料理の詳細は、美味しければなんでもいい食べる派のボクにとってはさっぱり分からないが、ざっくり和食と洋食、そしてどこの料理かも分からない豆料理やケバブ?みたいにそぎ落とされた肉の山、ナンに似たパンなど様々な料理がどんどんと並べられていく。

「君の・・・ああ、千鶴ちづるちゃんの好みが分からないから、色々と幅広く用意したよ。あ、大半は彼がだけどね」

 そう言って指さす方向には古杣さんに負けないぐらいの長身で、少し体格のいい男性がマスクをして頭にはバンダナを撒いてエプロン姿でそそくさと料理を運んでいました。

「彼の名前はシャルル。ここの仲間だよ。仲良くしてあげて」

 ボクは梓さんの言う通り、心の中で古杣さんの目を見ながら「はい」と答えた。そうすると古杣さんも最初のクールな印象とは打って変わって、かわいい笑顔を返してくれた。この瞬間に、ドキっとボクはときめいたの。

「では、頂きましょう。千鶴さん、遠慮しないで好きなものを好きなだけ取って召し上がって下さいまし。肉体的な回復と、好む物を食べたり好むことをするのは感情的にも、そして幽体的にも影響いたします。治療、万病薬だと思って沢山食べて下さい」

 こうして、ボクと梓さん、古杣さんとシャルルの四人で夕食?朝食?を共にし、その間、ボクがここに至るまでの話や過去の話を古杣さんを通してお話しました。ヴァンパイア洋館のようなダイニングでボクと着物姿の梓さん、スーツ姿の古杣さん。外国人であるシャルルという、この場所の雰囲気と四人の出で立ちは、なんだか異様だろうなとも考えながら、お腹いっぱいに欲張って食べ過ぎてしまいました。窓の外を見ると結構な時間が経ったにも関わらず、最初に見た夕日のような赤橙色の空は、ずっとボクの頬のように赤らんだままでした。

 そして

 とにかく最高だったのは、シャルルが作るオムライスは絶品♡



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