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【小説】心霊カンパニア④ 『クレア・ガイダンス』


夢枕


《・・・誰?・・・お母さん??お父さん??》

《ごめんなさい・・・ボク・・・あんなことに、なるなんて・・・・・・》

《ごめんなさい・・・こんな能力ちからを持って生まれたから》

《もっと早くに言っておけば、結果は違ったかな・・・・・・》

《・・・言ったとして、信じてくれた?》

《・・・あ・・・待って。どこにいくの?》

《ボクも、一緒に・・・・・・》

《・・・・・・》

《・・・え?!あなたは誰?!・・・お母さんじゃ、ない??》


 また「夢枕」だ。
 でも、身内や知り合いは問題ないってあずささんが言っていた。確かに嫌な感じや怖い感じはないんだけど、自分が認識しているはずの母親の後ろ姿が、振り向くと全くの別人だったという内容は大丈夫なんだろうか・・・・・・

 死んだ母が言っていたのを聞いただけの記憶だけど、大きめのスーパーに母と一緒に買い物に行っていた幼い頃、掴んでいた買い物かごを持つ人物がふと見た時に自分の母ではなかった時、驚きと焦りでボクは大号泣をしたらしい。当時の記憶は全くないが、その話を中学の時によく揶揄からかわれ言われた。きっと、その時の自分も今のボクと同じような不安で戸惑いの気持ちだっただろう。

 そんな「夢」がここ最近、続いている。

 シルバちゃんの『言霊』の力が弱まっているのか?
 でも、あれからボクは毎日のように一緒に通って歌っていて、シルバちゃんが『霊言』の訓練をおろそかにしているはずがないのはボクが誰よりも知っている。

 梓さんの結界?

 そもそも、この「夢枕」現象が続きだしたのは・・・そう、あの日に見た、あの男と目が合ってしまった時からだ・・・・・・


芳一


 梓さんに言われて、ボクは古杣ふるそまさんとシルバちゃんのように、ペアで『霊視』の訓練と実験をすることになった。

 ボクの顔に、何やら梓さんがペイントをし出す。

 オレンジ色をしたその塗料は「赤土」を水で練ったものを使ってるらしく、実際にどこか奥地の部族がよく儀式に使われるものだそうだ。額には、あの都市伝説で有名な「秘密結社イルミナティ」のような五芒星の中に目を描き、頬は歌舞伎の隈取くまどりのようなデザインで、ボクはなんとなくカッコ良い出で立ちとなった。

 大手テーマパークでボディペイントをして楽しんだ思い出が蘇り、なんだかニヤニヤしながらされるがままになっているボクは、きっと気持ち悪いだろうなと俯瞰して思って反省し、背筋を伸ばして真面目に気を引き締めて次は首筋に「咒文」を書かれていく。

 ・・・でも・・・・・・
 細かい部分は筆で書くので、くすぐったくて・・・何度も笑っちゃってめちゃくちゃ梓さんの邪魔をしちゃった汗。ごめんなさい泣。
 梓さんも微笑みながら対応してくれてたからよかったものの、なんか二人でイチャイチャしちゃった感があってボクは勝手にほっこりしちゃっていました。

《あ、この文字、梓さんのと似てる》

 文字列というか、少し書かれているものは違うけど字体や種類は梓さんが首筋に彫っている墨と同じに見えた。

「・・・ええ、そうです。この『意』は『雲隠れ』。他から視えらたりされない為の呪、故にこれが書かれて効力が在る間は古杣さんの『霊聴』でも千鶴ちづるさんの心の声は聞こえなくなりますよ」

《へぇー!すごい、そんなことのできるんだ》

「でも効力はまぁ十分程度、ですかね。一応、念のために五分ぐらいで終わらせますよ」

 五分・・・逆に五分で何ができるのか、この時は全然分からなかった。

「では、あちらに小窓があります。そこまで行きましょう」

 ボクは座っていた椅子を持って、梓さんが向かう窓まで着いていった。

「恐らくは、まだ私たちの力はこの屋敷の結界を越えれませぬ。故、ごめんなさい、少し窓から顔を出して貰えませんか?」

 ボクは少し戸惑いながら、言われた通りにした。

「大丈夫ですよ。その為に『写経』を書いたのです」

《しゃきょう?》

「『耳なし芳一』の物語を聞いたことはありませぬか?」

《あ、知ってます。あの、耳を妖怪に持っていかれたやつですよね!》

「え・・・ええ、うふふ、そうですね。芳一の身体に『般若心経』を写経し、物の怪から見えない様にされど、耳だけ書き損じた、というやつです。その、字体や文字こそは違えど、お経のようなものと同じのを千鶴さんに書かせて頂きました。顔のその”施し”は、あなたの能力を少し強化させる効果があるものです」

《なるほど!じゃあ、向こうからは見えないんですね》

「ええ。ただ、例えば古杣さんがあなたの声を聴く時のように、千鶴さんが誰かや何かに一点集中してしまわれると他への影響が生じますので、念のために出来るだけ生物や霊体は目端で視るように願います」


千里眼


「では、まずはこの蝋燭の火を見つめて下さい」

《はい・・・・・・》

「蝋燭の炎以外、背景や私の姿までが消え、蝋燭本体まで消えたらば、目を瞑り、頭の中で瞼の裏にまで同じ火が視えるようにイメージを続けて下さい」

《・・・・・・》

 蝋燭の火だけがゆらゆらと揺れている。それ以外が暗く、常に彼誰時かわたれどきに在るこの迷い家まよひがなのに、段々とまるで漆黒の闇夜のように周囲が見えなくなってくる。

 次第に自分の身体すらここに無いのではないかと思えるほどに集中し、火のエネルギー、熱と光がこの世界の全てとなった瞬間にボクは目を瞑った。
 ずっと、目の前には炎だけが揺らめいている。徐々にボク自身が炎の一部になって行くような感覚もある。

「・・・では、いきます。これからわたくしも集中致しますので、ここから千鶴さんとの『心話』が出来ないことと成ります故、何かあれば手でお互いに触れ合って何か合図をして下さい。何卒・・・・・・」

 梓さんの手が僕の背中に置かれ、声がゆっくりと聞こえなくなった。その途端に視界が広がり、山から海へ、都会のビル群から何もない荒野まで。路地裏のネズミから、木々に住まうリスの親子にまで、視界が広がった。場面は安定せず、まるで高速で滑空とワープを繰り返しているように視えている。世界が変わるがわる、動画の投影写真のように切り替えられてゆく。

 すると、最後に見えたのは真っ暗な世界。

 大男が佇んでいる・・・・・・

 短髪で・・・かなりガタイがいい・・・後ろ姿・・・外国の軍服を着ている?・・・次は神父・・・黒服、喪服?・・・着物・・・陰陽・・・・・・

 ボクは前方に回り込もうとしている。別に見たいわけでは無かった。左から回り込み、横顔が見えた。手元には・・・・・・

 両手で猫を掴み・・・食っていた!

 驚いたボクは心が乱れ、梓さんの置かれた手を掴んだ。
「・・・大丈夫ですよ。大丈夫」
 優しく声をかけてくれる梓さんに、あれは何だったのかと聞こうとして目を開けた。振り返ると、梓さんは泣いていた。


木霊


《ど、どうしたんですか、梓さん!え?!ご、ごめんなさい》
 閉ざされた目から溢れ出る涙は、頬の墨の上を伝う。ボクは何か良くない事をしたのか、自分の能力が至らなかったのかと凄く焦った。

「・・・いえ、違います。申し訳ございません・・・久しく、この様な風情を見ることが無かったもので・・・つい感動してしまったのです」

 本当にそれだけなのだろうか。心配で仕方がありませんでした。もちろん、ボク自身もこんなビジョンが見えることは初めてでびっくりしたんだけど、最後のあの不審な男が全ての感動を吹き飛ばしていった。だって・・・最後・・・食いながらボクと”目が合った”気がしたし・・・・・・

「ごめんなさいね。私がまだ波長を合わせることができていなくて、不安定なことになってしまいました。今日はここまでにしましょうか」

 ボクは全然まだ大丈夫だったのだけど、梓さんが疲労と動揺が隠しきれていない様子だったので、この場は何も言えなかった。



 ペイントでした顔と身体を洗い落とすのに、朝一で入ったけどまたボクは温泉に入る。このマヨヒガ迷い家屋敷』で一番気に入っているのがこの秘湯なんだ。日に二回以上は入っているね。だからお肌はつるつるで最高♡でも本当に前人未踏の地だから、野生の動物には気をつけなきゃダメだけど、ボクも含めてここの人たちは至極安全だから大丈夫。数キロ離れていてもそんなものは感知できちゃうし。

 あ、ボクにはまだそんな力がはないけど『木霊』たちが教えてくれるんだ。シャルが言っていた『草木の匂い』って、きっと彼ら『木霊』の存在だろうなってボクには分かった。

 『木霊』の形って様々で、本当に面白い。地域、場所で大きく変わって魂みたいな精霊っぽいものから、小人のように形成されているのもある。同じ種であっても個体差があり、そこに同じ地に住まう動物たちの影響が素直に反映されるんだよね。啄木鳥キツツキが代々住む木や、栗鼠リスなどのげっ歯類の巣が作られやすい木のうろがあれば、そこに様々な小動物が木と共に過ごし、人間がどう関わり切るかでも変わってくる。
 きこりが大事に感謝しながら切った木と、重機が無残に無暗に周辺の木々と共に纏めて伐採した木とでは温かさが違ってくる。落雷で朽ちた木や山火事で燃えた木などは精霊と成ることが多いみたいだ。人間と同じく、寿命を全しながら活動が停止した木は何某らの意思を持つことがあり、時に胞子のような存在として転生するモノと、小人のように人を模って森の小動物と戯れる精霊になることもある。何故か自殺者が多い木や斬首場所となった地の木は、その影響で良くない精霊へと変貌することもある。その始まりは世界の始まりと同じく、卵が先か鶏が先か。その世界の輪廻は人とはまた違う周期があってきっと解明は出来ないだろう。その木が死者を呼ぶのか、死者がその木を選ぶのか・・・・・・

 ボクが小さい時、地元の裏山にあったご神木のような巨木があって、なぜかそこはすっごく落ち着けて安心できたんだ。あれも、きっとその木の木霊のおかげだったんだろうと思う。赤ちゃんが空を見て笑っている場合のは、木霊のような精霊がその子のことを見にやってきているのかもしれません。



視え方


 梓さんの調子が良くなったころ、またボクの訓練が開始された。
 前回と同じくペイントと『写経』を施し、今回は背中ではなく僕の手を梓さんが取って『霊視』の集中に入る。

 前回のようにビジョンが跳ぶことはなく、今回ボクはどこかの森の中に降り立った。以前、シャルと話していたように「自分の視点と感性を変える」という概念を意識することで、森の中の神秘や『木霊』達、動物たちの息吹を視ることが出来るようになってきている。そのことをこの時は凄く実感できた。以前までのボクは、自身の不幸に引きずられて人間の負の業と同調することしか出来なかったけど、今は違う。草木だけでなく花々の木霊がまでをも感じられ、夜でも美しい景色がボクの視覚を支配している。梓さんの「護符」「咒文」、化粧けさうの影響で力が底上げされてか、夜中でも薄明時ぐらいの明るさに見える。日中は雨が降っていたんだと思う。草花に伝う雫や露が煌めきが星空のように、宵刻の森がこんなに綺麗だったとは思いもしなかった。

 梓さんも、同じ景色が見えているだろうか。

『都合のいいものしか見えない』

 ずっと夜には地獄のように彷徨う人の霊体しか見えなかった。それはずっと人とだけ関わり、人の影響だけで生きてきたからだ。親や友達、SNSや動画の中でさえも必ず人が居て、ファッションや美女、イケメンに癒されてぬいぐるみやかわいい物、自然のものと言えば唯一、猫や犬といったペット系ぐらい。
 今は、ここでボクはそんな人間社会とは違うものを見ながら視ている。

 植物だけではない。
土、石、木々や草花、水、風、砂や空気の流れ。重力と時間の流れ。

 今も手からは梓さんの温もりを感じる。

 人も霊も、そのどの部分を見るかだ。ぼんやりとだけど、梓さんのオーラのような気配をボクの目の前や奥で感じる。良い部分を見れば、きっと恐くはないんだ。ボクが勝手に怖がっているその影響を、勝手に自己暗示に掛かっていたのだろう。

 前に梓さんに聞いた。

「なぜ、霊たちは追いかけてきたり、苦しんでいたり、そして襲ってくるような態度や表情をするかと申しますと、先ず一般的には死の瞬間の痛みや苦しみが最後、印象的に残るからです。千鶴さんも、どこかが痛かったり病んでいると、痛いというお顔をなさるでしょう?」

 ボクはそう聞かれて、当然だという風に頷いた。

「そして、誰かに助けを請います。私だって、きっとそうでしょう。痛みや苦しみから脱したい!という想いが、私たちには襲い掛かってくるような、悪意や敵意に見えてしまっているだけなのです。本当は、水中に溺れている最中、目の前に浮き輪が見えて藁をも掴む思いなのです。私は、その手を払うことではなく掴んで手を差し伸べてあげたい。それだけなの」

 梓さんの信念に満ちた気迫が見えた。

「長く霊体で居ればいるほど、そのおもいは風化していきます。私たちの記憶も、遠ければ遠いほど部分的になりますでしょう?感情や意識というのは誰も何も変わりませぬ。人だけが特別ということもありません。トラウマのように嫌な記憶や体験も、ただそういった事象でしか覚えていられない。良い想い出も、幸せだったという強い印象や事象でしか捉えていません。いつのまにか抽象的になり形骸化してしまう儚いもの。負か正か。善か悪にせよ、その強い想いだけが残り、その対象が誰だったのか、なんだったのか、細かいことは揺蕩たゆたい流れる時間ときの中で、置き去りにされて行ってしまうのです」


クレア・ガイダンス


 何度かの霊視訓練をこなしていき、大分とボクも慣れてきた。いつものように準備をして、今回は自然への意識を都会へと変えてみようと思った。この『マヨヒガ屋敷』にボクが救われる直前の森深のように、自然の中で死んでいった人間の霊を視ることもあったが、意識の訓練でもうボクは怖いイメージという先入観は払拭できたと思う。苦しみ藻掻き、ひっ迫した表情は今では悲しみ嘆く顔に見えている。あの時の霊たちも、梓さんが言うようにボクに恨みを持ったりと悪意ではなく、ただ何かに縋りたかっただけなんだなと理解できるようになった。

 そんな、ある日。

 ボクらはいつものように訓練をしていた。

 都会の海岸や学校、何気ないマンションやビルの一画、電車やバスなど、ボクにとっては懐かしむ風景を堪能していき多くの人や霊を視ている内に、生者の死者の区別が出来るようになってきた。人に寄り濃淡と微妙な色合いはあれど、基本的に生者は赤や黄などの暖色系、死者は寒色系の、湯気のようなものが薄っすらと立ち上っていることに気が付いた。

 ボクは喜んだ。シンプルにレベルアップの音が頭の中に響いたよ。これで視えた時に悩まず、困らずに済むんだからね!

 そうして、テンション上がりながら制限時間の五分が経過しようとしたその時、目端に今まで見たことが無い配色の湯気オーラを纏う者を見た。

 そいつはこの霊視訓練をした初日に見た『あの喰い男』だった。
 少しだけ後を追ってみたんだけど、今ではもう後悔している。

 女の子をナンパしたと思いきや、路地裏の誰も居ない所で・・・・・・

 ボクは、思わず現世の目を開けた。梓さんも少し遅れて手を離す。

「大丈夫ですか?」

 梓さんが最初の時のように、声を掛けてくれて安心させようとしてくれる。

《・・・あれは・・・何なんですか?》

 今回は梓さんも平静な状態だったのもあり、思い切って聞いてみた。

「・・・あれは・・・『あいつ』は、邪悪なモノです」

 ”あいつ”・・・珍しく梓さんが洗い口調で歯を食いしばるような、手を握りしめるような覇気を感じた。

《高位の悪霊・・・みたいなモノですかね》

「いえ・・・彼は人間です。しかし、私たちのような稀有な能力を持って生まれました」

《え?!人間!?普通の人のような魂の色では無かったですよ?》

「・・・千鶴さんの眼には、どのように視えましたか?」

《なんか禍々しい感じ・・・あ、訓練を続けているうちに魂の色のようなモノが見えるようになったんですけど、そう・・・暗い灰色のような・・・・・・》

「やはり・・・そうですね。そうですか・・・アレにはもう、近づかないで下さい。彼は人ですが、人成らざる者

《誰なんですか?梓さんは知っている人?》

「・・・はい、少々。彼の今のは烏枢沙摩・・・いえ、烏枢 夢窓うすさ むそう

《むそう・・・さっき・・・あいつ、人を食べていた?!》

「具体的には『魂を食っている』です。彼は他の魂を吸収し続けていないと破滅する『霊吸者』、とでも言いましょうか」

 ボクは全身に寒気が走り鳥肌が立った。ずっと霊や魂に触れてきたボクらだからこそ分かるその恐ろしさ・・・輪廻転生があるかどうかまではボクらにも分からないけど、完全にその存在や自我、『縁』までもが吸収され消滅し途絶えるということは・・・・・・

「千鶴さん、私の霊魂は見えますか?幽体ではなく、肉体と繋がった魂の方です。まだ少し化粧の力が残っているならば、見えるはずです」

《あ・・・はい、やってみます》

 ボクは目をまた瞑り額に書かれた『第三の眼』に集中して、そして肉眼でも集中し、それを交互に繰り返した。するとぼんやりと梓さんの輪郭が光り出した。

《ん、んん・・・光・・・黄色?っぽい・・・感じ》

「なるほど・・・さっき彼のその色は灰色と申しましたでしょう。多くの魂を吸い続け、そのような色になったのね。人以外の魂までも・・・様々な絵具を水で溶かしていった最後は、必ず灰色のような色になるでしょう?それと同じ現象だと思います」

《・・・あの人は、ここには来ないのですか?》

「・・・昔は、まだ幼い頃は居たのですが・・・出て行かれました」

《なぜ?では、敵ではない、んですよね??》

「・・・何故かは分かりません。ただ、味方でもない、とだけは言っておきます。彼を次見かけても、追ってはいけませんよ」

 そう言って梓さんはそそくさと去っていきました。まだまだ聞きたいことがあったのに・・・・・・
 その後ろ姿を追うように見ていたのだけど、梓さんの湯気オーラが点滅したかのように見えた。


夢言


 『夢枕』のように見られるといった立ち位置ではないけど、あれから何度もあの男の『夢』を見ることがある。場面や服装は違えど、ただ共通しているのはいつも何かを喰っている・・・・・・

 様々な動物を、まるで捕食しているという表現の方が当てはまるように、必ず生きている状態で食べている。肉を噛み千切っていく最中、その生物が息絶えるその瞬間まで食べ続け、生命活動が完全に停止すると共に満足した表情で食事が終わる。その残骸は正に食い散らかした残飯のように、無残に食べ残している。これならキレイに捕食するハイエナやオオカミの方が食物連鎖としてマシであり立派だ。食っている間のあいつは正に鬼にような形相で、血で真っ赤にした顔もまさに食人鬼そのものだ。魂が抜けきるまでのその断末魔さえも、まるでそれがスパイスかのように息の根を遠回しにして手足からちょっとづつ食べていく。見ているこっちが吐き気を催す。

 最近、だから睡眠が憂鬱なんだ・・・・・・

 丑寅の丑三つ時に目覚める瞬間に、見てしまう『悪夢』

 だからボクは最近、ずっと夜更かしをするようになった。
 と言ってもここでは四六時中、年がら年中彼誰刻かわたれこくだから日中の周期が分からなくなり、みんな古杣さんが活動している間が”そうなんだ”って認識でいてる。古杣さんは現世でしっかりと活動していて、どんな仕事をしているのかは教えてくれない。

「おおよそただの事務作業だから、説明したって詰まらないよ」
 って言うだけなんだよね。梓さんも『巫女』としての行事を定期的にこなしているみたいで、その顧客はかなりの大物ばかりだそう・・・なに?大統領とか??

 梓さんは全身のタトゥーで『因縁』との関係性を維持しているのだそう。古杣さんは・・・どうなんだろう。毎回、ボクのようなペイントを施して行っているのだろうか?・・・羨ましい。

 二人とも日中は忙しそうで、この「夢」の相談できないんだよね。帰宅したら直ぐにお互いの訓練に入るしボクも忙しいし・・・逆に昼間は暇なんだよねぇ。


狭間


 このマヨヒガ迷い家屋敷って、たまに変わるの。どう変わるって言えばいいのかなぁ・・・部屋が増えたり減ったり、入れ替わったり。一日に一部屋づつだから大幅な変化はないんだけども、久しぶりにいく部屋へはいっつも迷子になって困るんだけど・・・・・・

 今日は大体、昼過ぎ?に起きてしまって暇なんだよね。だからシルバちゃんとこに遊びに行こうとして・・・迷った汗

 屋敷の外観は見たことがないから分んないんだけど、相当広いのよこれが。大き目の旅館ぐらいあって方向音痴なボクみたいな人は簡単に迷子にはなる規模だね。

 そうだ!と思って、進化したボクの力を試す時がきたのだ。

『千里眼』

 梓さんのペイントとサポート無しだとまだ周辺しか視えないんだけど、壁の向こう側や鍵のかかっている部屋の中ぐらいなら『透視』できちゃうのだ!

 廊下の突き当りをちょっと覗こう。

 ぬぬぬぬぬぬぅ!
 集中、集中ぅ!
 ・・・ヤベ!外だ!

 あんまり外へ意識を向けてはダメと言われていて、ここの外部へは導き出された扉から出入りしないと訳わかんないとこへ行っちゃうんだって。逝っちゃう場合もあるからマジ死ぬし、死んだ方がマシな世界に行くこともあるからと梓さんも古杣さんも真剣に言ってた。

 幽世や常世という『狭間』に位置しているマヨヒガは時間も重力までも作用しない世界に漂う。

「時空連続体にボクらが属している現世に基本時には繋がってはいて、普通の人間ならそれが揺らぐことは無い。しかし俺たちの感覚はそれがズレた感覚を持っていて、安易に異世界、そう、パラレルワールドと言われている空間へと連続する時間軸の紐が他へと絡まってしまうことがある」
 と古杣さん。まぁ、ボクには何を言っているのかは分からなかったけど、とにかく外はダメ!ってことなんだ。


封印


 そして突き当りを右へ。するといつの間にか和風様式の廊下が中華風へと変わった。障子のかまちが四角く統一された均等性の日本風が、複雑に所どころに四角が合わさり卍を模るような障子や襖へと変わって雰囲気がガラっと変わった。ボクはこんな場所へは初めて来た。

 ビクッ!っとボクは歩む足を止めた。

 奥へ行けば行くほど、空気が淀んでいくのが視える。
 なんでここにこんな禍々しい存在がいるのか・・・・・・

 ボクは逃げ出したい気持ちでいっぱいだったけど、タダでここに居させてもらっている居候として、ここの危険は守りたかった。だれかが、ナニカが侵入してきたんじゃないかと思ったの。

 足が前へ出せる限界まで進んで、これ以上は無理!って奥の部屋の一、二メートル手前まできて、これ以上進めないからここで意識を『千里眼』に集中。

 じーぃーっ、と閉ざされた襖を見て、目を閉じてまたじーぃーっ、と『第三の眼』で視る。

 すると、襖がじわっと薄くなり、そして内部が。
 真っ暗だけど、ボクには関係ない。更に集中していくとカメラのレンズが光度を上げるかのように薄っすらと見えてくる。

 部屋の真ん中に・・・箱?

 箱の周辺にはロープ、麻紐が四方八方と張り巡らされ壁や天井にも多くの『護符』が・・・これは・・・ヤバい!


 コトコト・・・・・・

 !!箱が動いた気が・・・・・・

《千鶴さん?》

 シルバちゃんの声が聞こえてボクは、はっ!として千里眼を解いた。
 ボクはその場から一目散に走って逃げた。


呪物


《こっちよ、こっち。声の方へきて》
 ボクはシルバちゃんの声に従うように走った。

《その部屋へ入って》
 襖を開けるとシルバちゃんとシャルの二人が居た。ボクは泣きながらシルバちゃんに抱き着いた。

「・・・よしよし」

「だめだよ千鶴ちゃん、あんまりウロチョロしちゃ」

「シャルルさんが禁足部屋近くにいる千鶴ちゃんの匂いに気がついて、急いでお呼びしました。あそこへはいってはダメですよ」

 ボクは泣きながらシルバちゃんの顔を見上げ、小刻みに頷いた。

「ここにはいくつかの『浄霊』依頼が入った時の『未浄霊』の物や霊体を封じ込めている部屋があるんだよ。お札が貼られている部屋には近づかない様にって言われてなかった?」

 んん、聞いてないよぉ涙

 あの箱はなんだろう。人が入るには小さく、物を入れるには大きい『箱』が、少し動いたように見えた。中は絶対に見ない方が良さそうな雰囲気をした・・・そんなのがここにどれだけあるっていうのよ!

 もう、一人でこの屋敷は歩けなくなっちゃった・・・・・・



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