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【小説】心霊カンパニア③ 『クレア・コンヴァイ』


壇ノ浦


 
激しい『琵琶』の演奏と共に・・・・・・

・・・二位殿~は~、帝を抱き~、奉~り~~ 君は~万乗の主と、生まれさせ給え~ども~ 
御運~、既に尽させ給いぬ~ 西方浄土の来迎に、与らんと~思召し~ いやはや、御念仏唱え給え~ 浪の下にも~都の候~ぞと~~ 幼~き帝もろともに~ 千尋の~海へぞ~~ 入り~~、給う・・・・・・



 
桑の木で出来た本体の撥面に、けやきで作られたばちが当たる拍子がけたたましく鳴り響き、五弦の薩摩琵琶を掻き鳴らす古杣ふるそまさんと、その隣に正座で姿勢よく座る髪の長い白髪の女性が詠り語る。
 言葉の歌詞は殆どの言い回しが古く、ボクにはさっぱり聞き取れずに意味なども分からなかったが、琵琶の音とその歌声はなんだか魂にまで届き、響き揺るがすかのような迫力で廊下を歩くボクの足を止めてつい聞き入ってしまった。

 ふすまをそっ、と数センチだけ開けて中を覗くと、大きな部屋に蝋燭が四方八方と灯り、中央奥にはまた大きな仏壇と仏像。その前に二人は鎮座していて、目を瞑り音と声に全集中しながら奏で唄っている。
 ボクは、なんだか邪魔をしてはいけないと思い、またそっ、と襖を締めてなんだか複雑な気持ちになった。
 すると
《もっとお聞きになられても大丈夫ですよ?》

 ボクはびっくりして後ろを振り向くと、あずささんの幽体が立って話しかけてきた。《おはようございます》と言おうとして、声が出せないでいると
《おはようございます千鶴ちづるさん、ごゆるりとお眠りになられましたか?》

 ボクの目が点になって頷くことしか出来なかった。梓さんは笑顔で
《幽体の私であれば、目聞き、語ることは十分可能なのですよ。足はもう大丈夫でしょうか?》

《・・・あ、そうなんですね!はい!ありがとうございます、お薬が凄く良くて、もう痛みは完全に無く、ほら、この通り》
 そう言いながら足の裏を見せた。

《まだ無茶はしてはダメですよ。・・・さぁ、中へどうぞ》

 梓さんは襖を開けず、そのまますっと消えて入って行った。ボクは追いかけるように、でも静かに襖を開けて申し訳なさそうに入って行った。



シルバ


 古杣さんと白髪の女性はずっと歌い奏でている。まだ目を瞑りながら真剣に演奏しているので、ボクが入ってきたことも梓さんが現れていることにも気が付いていない様子だ。
 中に入ってみると仏壇のすぐ手前の供物台くもつだいに香炉があり、そこから数本のお香の臭いが充満していて、奏者の二人の風貌、お寺のような空間、趣き溢れている音、そして匂い、その全てがまるで映画のワンシーンかのように思わせる『和気』が漂っている。

《私は、いつも二人がああやって詠い奏でている所を見に、聞きに来るのです》

《素敵です・・・あの女性は、どなたですか?》

 つい、梓さんの丁寧語が”たまに”移ってしまう。

《あの方は、シルバさんです。千鶴さんと年も近いので気が合うかもしれませんね》

 白髪だったからか、着物姿だからか、ボクよりずっと年上に見えた。

《あ、そんなんですね。古杣さんと同じぐらいかと思いました》

《確か・・・まだ成人はされていなかったはずですよ。十八か、十九か》

《シャルと同じように、外国人さんですか?》
 日本の着物は着ているけど、白髪で『シルバ』という名前からボクはそう思った。

《いえ、生粋な日本人ですよ。名前はシャルルさんが付けて下さいました》

《・・・付けた?》

《シルバさんは、孤児でして。私たちのようにまた、特異な体質と能力を持って生まれました・・・・・・》

 梓さんと少し会話しながらも、シルバさんと古杣さんの真に迫る圧倒した演奏にボクはいつの間にか、なぜか一筋の涙が零れていました。


 二人の演奏が一時中断し休憩に入った。その瞬間、梓さんが古杣さんの方へと行くのでボクはその後を付いていった。

《お疲れ様です。古杣さん、シルバさん》

 近くで見るシルバさんは、遠目では着物の白髪なのが高齢者のイメージとして先入観が拭えず、どうしても十代には見えなかったが肌は透き通るように白く美しくきめ細かで、瞳は淡紅色をしていた。若さを感じたが、先ほど梓さんが”生粋の日本人”と言っていたのはまだ信じられなかった。

《シルバさん、こちらは千鶴さんと申します。これからご一緒にここにお住まいになられますので、シルバさんとは年も近くきっといいお友達になると思います。どうぞよしなにしてあげて》

 ボクはまた照れくさくなり、きっと頬を赤めながら会釈した、と思う。

「はい、よろしくお願いします」

 先ほどの迫力のある詠語りとは裏腹に、か細く優しい声で囁くように挨拶をしてくれた。ボクは古杣さんの目を見ながら
《こちらこそお願いします!歌っ!凄いです!感動して泣いちゃいました!古杣さんの楽器の演奏も!》
 と、目力を込めて心で叫びました。古杣さんのスーツじゃなく着物姿にドキドキしている深層心理を気づかれない様にと、死ぬ気で心の奥に想いを隠しながら。

《では、私はこれにて・・・・・・》

 梓さんの幽体が消えていった。本当にただ語りと演奏を聞きに来ただけのように。

「シルバ、千鶴ちゃんは声が出せないんだ。だから手を・・・・・・」

 古杣さんがそう言うと、二人は両手を繋いでまた目を瞑りだす。

「千鶴ちゃん、俺の時と同じ・・・いや、さっきの会長の幽体と話す時のように頭の中で喋ってもいいよ。多分、これで二人はダイレクトに会話が出来ると思う」

《マジで?なんで??》

「私は、言霊マントラって言い方もあるんですけど、声が特殊みたいなんです。古杣さんとは『音』、空間振動認識が普通とは違う共通点がありまして、聞こえない音と伝わらない音を合わせることが出来るんです」

《えー!凄い!なんかフュージョンみたいでカッコいい。いいなぁ》

「フフフ・・・千鶴さんって、かわいいですね」

《ええ?!そ、そんな汗。シルバさんこそ、めちゃくちゃかわいい・・・ってか、キレイ!》

「ありがとう」

《シャルルみたいに、ハーフとかですか?》

「ああ・・・いえ、違います。これは、一般的には『アルビノ』と言って、身体のメラニン色素の病気なの。正式な名称、医学用語では先天性白皮症って言う」

《あ・・・そうなんだ。ごめんなさい・・・・・・》

「いえ、いいんです。気にしないで」


アルビノ


《・・・え、じゃあ、シミやそばかす、日焼けもしないってこと?》

「はい。って言いますか、火傷しちゃうから日光は天敵みたいなもので、外出時は完全防備しなきゃダメでして、それがもう面倒くさくて」

《ああー、良いか悪いかだねー。ちょっと”ボクら”からすれば羨ましいって思っちゃうけど、大変なんだね》

「目も弱いから、すぐ痛くなるし視力も弱いの。日に当たれないからビタミンの生成も少なく骨も脆くなりやすくて」

《そっかー。でも、本当にキレイ・・・ごめんね、でも本心からそう思っちゃう。髪も真っ白。肌も瞳も。神秘的・・・・・・》

「私は千鶴さんや梓さんのような黒髪に憧れていますよ。肌が弱いから染めることも頻繁には出来ないから、結局すぐ諦めることになります」

《あ、そっかー、色々とオシャレとかもし難いってことかぁ》

「限られてしまいますね。まぁ、もう今では気にしてないですけど」

《それにしても、ボク知らなかったなぁ。こんな特徴がある人がいるなんて》

「ある映画で結構認知が上がったらしいんですけど、まだまだ一般的にはっていうか、稀な症状で二万人に一人とかという割合の遺伝子疾患だから、日常的にみんなが目にすることもないかもですね」

《あ、動物でたまにいるのは?白蛇とか白クマとか。あれもアルビノ?》

「もともと白い種は白変種といって、また少し違うんです。それで言うと白クマは白変種で、白蛇はアルビノかな?だから、白蛇って神様が宿ってるとか言いますよね?」

《あー、なんか聞いた事あるなぁ。人でもありそうだね。だってこんなにキレイなんだもの》

「動物の世界ではアルビノ種は短命で、目立ってしまい天敵に狙われやすい傾向があります。人間の世界で各国でも、アルビノは良くも悪くも色んな見方がされていて、アフリカでは神聖視され過ぎて凄惨なことにも・・・・・・」



呪術・呪物


「日本のような先進国で、医学や住居も進んでいる地域では比較的安全で人の目と紫外線に気を付けていれば何とかなるのですが、野生に近い世界ではそうはいかないの。草原や砂漠で真っ白な身体は目立ち、潜むには適さないことは命に関わります。そして、文明がまだ進んでいない地域で、しかも白が目立つエリアでは同じように辛い日々が現実に起きています」

 シルバさんの表情と声のトーンが神妙な面持ちになってきた。

《どうして?》

「人の信仰心ってのは、歴史的にも大きな間違いをしてきています。魔女狩りや宗教戦争、聖地の奪還として今でも人間同士が信仰心により争い殺し合っています。迷信として生け贄や儀式があったり・・・そのようにアルビノの身体の部位が魔除けや病気の治療になると信じられていることが現代でもあり、その地域で生まれるアルビノの人達は狙われているかのように襲われ、手足といった身体の一部などを切られて持ち去られたり、最悪は誘拐されてバラバラにされてしまうのです」

《ええ?!そうなんだ・・・全く知らなかった》

「闇の市場ではまだまだ私たちの部位が高額で売られ、出回っています。だから私の夢はアーティストとして有名になって、もっと世界中の人たちにアルビノの事を知ってもらい、そんなバカみたいな迷信を無くす事なんです」

《ボクも、応援します!》

「ありがとう。だから、病気だからとか可哀そうだとかで変に気を使わないでね。もう”今では”強く生きているから。ここの場所とここの人たちのおかげで。私と同じような意思で、アルビノでもモデルや動画配信とかをしている人たちもいて、私も何か出来ないかと思っているぐらいです。今は多くの時代や場所が原因で死んでいき無念を残していった同種たちの霊に語りかけて、私たちの運命や原因を伝えることに専念しているの」


クレア・コンヴァイ


「俺は霊たちの無念や声を聴き、それをシルバが語る。そう、昔、日本に多く居た『盲僧琵琶法師』のようにな」

 ずっと邪魔をしないように気を使って黙ってくれていた古杣さんが会話に参加してきた。

「梓さんの提案で、私たちがペアを組んで『浄霊』の在り方として確立してくれたのです。私の『言霊』は、間違えると”呼び寄せちゃう”可能性があって危険だって。ただの普通の歌ですら、意味が込められている場合に影響を及ぼしかねないから、その能力コントロールの訓練も兼ねて。そしてこの『迷い家』結界効果も状況に応じた私の唄で強化できるんだそうです」

「その基本練習として、琵琶法師の語りは最適でありその意味合いも同じなんだ。例えばその中でも平家物語とは平家の無念を謳った唄。様々な無念を聴き、忘れ去られない様にと唄として、どう伝えるか」

「私がその声たちを聴けないから間違い、古杣さんが伝えれないから戸惑う」

「シャルが感知し、会長が体感する。そして千鶴ちゃんは視つけ全てを”目認”していく宿命にある」

「・・・え?あ、じゃあ、千鶴さんが探していた例の?」

「そう、『霊視感能力者』だ」

「では、私たちものんびりしている場合じゃないってことですね」

「ああ。がんばろう」

《え、なになに?なにを?》

「ああ、ごめんなさい。これで最低限のメンバーが揃ったって事です。千鶴さん、よろしくお願いします」

《あ、はい、こちらこそ・・・じゃなくて、これから何をしていけばいいの?》

「前に会長が言っていただろ?君は会長の眼になって欲しい。俺らが聴き、シルバが伝えるという様に、千鶴ちゃんも視たことを誰かに共有する。そんな訓練をここでしていってくれ。細かいことは、また・・・・・・」

「・・・じゃあ、千鶴さんも、大変な運命だったのですね」

《ああ、はい、まぁ・・・・・・》

「・・・私はこの霊言感能力が原因で、父も母も死んでしまったらしいです」

《らしい??》



言霊マントラ


「俺が前にも言ったように、霊現象の大体に『縁』が関係してくるのは分かっているよね。千鶴ちゃんが視えて見られる霊にも相性があり、波長が合わなければ無関係、ただの虚無となる。だから、家族、身内は血が繋がりという物理的な『縁』となり得るわけだ。その『縁』が深ければ深い程、効力は増大し良い方にも悪い方にも影響してしまう」

《うん。凄く分かってる・・・・・・》

「そんな中でも、子供が親に対する想いってのは、純粋で無垢な分、強いんだよ」

「・・・私も物心が付くかつかないかぐらいの頃の話で、”そもそも”はっきりとは覚えてないんですけど。多分、何か気に入らないことがあった第一反抗期の時期だと思います。『死ね』というような明確な言葉じゃないかもしれないけど、そんな負の籠った言霊を発してしまって、近くの悪い霊にまで聞こえたんだと思います・・・・・・」

「言霊で直接的に生きている者へ影響するのは感情や気分的なものだけだ。実際に操作したり支配はできないよ。そんなのは漫画の世界だけ。ただ一定レベルの霊は話が違う。自我を持たず、思念だけのような霊体はずっと何らかの指示か影響を待っている状態なんだよ。例えば遺族のような生者からの祈りや願い、想い・・・だから、霊を沈めたり見送るようなお葬式や通夜、忌明けきあけがある。それらが何らかの事情で行われなかった霊が、現世に残るケースが多い」

《なんとなく、分かります》

「その後、私は孤児院に預けられたのですが、何の自覚も知識もない状態で言霊の能力が自分の感情次第で発動してしまい、よく周りの子たちを気持ち悪がらせていました。無自覚で。意味も分からずに嫌われたりした”そう”です」

「・・・無理しなくていいよシルバ。代わりに俺が喋るから」

「ありがとう・・・大丈夫です」

《シルバさんも、大変だったんだね・・・・・・》
 ボクは自分の事と当てはめてまた泣きそうになる。

「あ、私はもう全然大丈夫なんです。”大半の記憶は梓さんに消して頂いた”ので」

《え?そんなことができるの?!》

「はい。一種の『自己暗示』ですけどね。言霊を自分に懸けるって言えば分かり易いですかね。自分の言霊と梓さんのサポートにて、可能となります」

《えー、便利ー!ボクも忘れたい記憶いっぱいだよー》

「シルバの場合はそうしなきゃいけなかったからだよ。だから本名も消して呼ばないようにする必要があったんだ」

《あ、だから、シルバって名前なのね》

「はい。本名の記憶そのものを消して頂きました。そして、シャルさんがこの見た目でそのままシルバー、シルバと名付けて頂きました。このアルビノを広めるという意味でもこの名前は気に入ってます。私がもし自分で本名を唱えてしまうと”呼んでしまう”恐れがありますので」

《何を呼ぶの?》

「すいません、その相手の名すら言えないんです・・・・・・」

《ああ、その場合もその何かを”呼んじゃう”ってこと?》

「はい」

「シャルのケースの話は聞いたよね。そんな感じでみんなそれぞれの『因縁』があるんだよ。シルバにも、この能力や血筋による『腐れ縁』がね」

「古杣さん、その言い方相変わらず好きですね」

「俺もみんな、きっとシルバも『腐ったような縁』だろうからね」



前世


「シャルのその『腐れ縁』は血筋。先祖からの因縁と怨念だが、シルバのは云わば『前世』のようなものだ」

《前世・・・・・・》

「日本におけるアルビノと関連するような、なにか当てはまる話を聞いたことはないかい?」

《んー・・・分かんない》

「・・・『雪女』だよ」

《ああ!確かに!!》

「雪のように白い髪、肌、吹雪の時のように太陽が隠れた時しか現れないという伝記、その全てがアルビノを差している」

忌み子、蛭子と同じく、昔から稀有けうに生まれた子が妖怪や鬼とされてきてた可能性は大いにあり、雪女こそアルビノの、昔の日本の末だったのです」

「まぁ、もちろん証拠なんてのは無いさ。ただ、シルバの場合は雪女の前世からの因縁があって、その対象が言霊という能力により示されただけであり、全ての地域である雪女伝説がアルビノというわけじゃないかもしれない。ただの外国人、白人だって昔の人からすれば十分に異様と感じただろうし。少なくともシャルや俺らのように、シルバのケースもそうだってことだけは確かさ」

 これはまた、シャルの時みたく大きな話になってきた。古杣さんと梓さんも、同じようなことがあるんだろうか・・・ボクにも?

「ただ、シルバは前世か遠い祖先が雪女だってのがわかったとして、シャルや俺らのようになにか現在に不備があるわけではないんだ。無念の対象は別にあってシルバにあるわけではないのがまだ救いであり、やっかいなのは言霊の方って感じだね」

 俺ら・・・・・・?

「はい。言霊により因縁の矛先が変わるかもしれません。なので、無暗に名を口にしない。今はそれで留めておくことが最善だそうです。梓さんが言うには『時期ではない』と仰っていました。私たちにはその辺の、”未来のこと”までは分かりませんが」

《古杣さんのその、『因縁』ってのはなんなの?》

「・・・・・・」

「・・・それも、また『時期ではない』かな。・・・あ、そうだ。千鶴ちゃん、これから俺とシルバがここで『霊聴』『霊言』の練習の間、君も来るといい。きっと、千鶴ちゃんの声を取り戻すきっかけになるだろう」

《ほんと?!うん、邪魔じゃなければ是非》

「私と同じように詠う気で聞いていれば、もしかすると影響を受けて何かのきっかけになるかもしれません。良い考えだと思います」



祇園精舎


祇園精舍の~鐘の声~ 諸行無常の~ 響きあり~

娑羅双樹の~花の色~ 盛者必衰の~ 理を~あらはす~

おごれる人も~久し~からず~ ただ春の夜の、夢のごとし~

猛き者もつひには滅びぬ~ ひとへに、風の前の~ 塵に同じ~・・・・・・


 シルバちゃんが唄を詠うと、みんなは『迷い家まよいが』と言っているこの屋敷全体の結界や隠れ蓑の力が増大したり、魔除けの効果が上がるらしい。誰かが現世というか、現実世界を出入りする時なんかは特に悪霊などが入ってこない様にするのと、一般人でも霊感が強い人がたまにこの空間に入ってくることがあるので定期的な儀式のようにしているんだって。

 この「迷い家」というのは様々な場所と繋がることができるが、逆に繋がりが強い場所と人間がその場で「願う」と、姿を現してしまうらしい。最近、日本国内では地方も都市化が進み「紡ぐ」場所が少なくなってその限定された分、繋がりが濃くなってきていると梓さんが言っていた。

 特に、ボクを含めここに住む人たちがそれぞれの『縁』がある事柄は、頻繁にシルバちゃんの『言霊』の力を使って”落ち着かせる”必要があって、それを怠ると「夢枕」やちょっとした影響もこの迷い家の中でさえ出てしまうことがあるそうな。例えばその影響はシャルで言うと『血の臭い』を感じ気分が悪くなり、古杣さんは耳鳴りからの頭痛、ボクは鏡や窓の外に霊を視てしまったりね。この間はお風呂場で視えてびっくりしたよ。

 だから”関わりのある唄”があればそれを重点的に詠い、霊の心を和ませたり冷静にさせたりすることが出来る。ボクらも子供の頃に聞いた童話や懐メロを聞くと落ち着いたり懐かしんだりするよね。それは霊や神様も同じだから、祭りごとでも歌い踊り、太鼓や笛とか数々の和楽器を打ち鳴らす。
 ただ、その唄も演奏もそのの種類を間違えると逆効果となるので、古杣さんのヒヤリングが重要となるのだが、高等な霊となると「騙してくる」ケースもあるらしい。なので現状は確実性の高い実績のある歌だけにしているんだって。


 祇園精舎・・・壇ノ浦・・・・・・
 平家物語って、源氏と平家の戦いの話だったよね。
 どちらかに関係があるのかなぁ。



胡瓜


「はい、お疲れ様ー、いつものねー」

 ボクがシルバちゃんと古杣さんのセッションに聞き呆けていると、シャルがいきなり小皿を持ってやってきた。

「あら?千鶴ちゃんも居たのかい。どう?千鶴ちゃんも食べる?」

 中を見ると、その小皿には美味しそうにマリネされた胡瓜を薄切りにして、キレイに並べられている。ボクはいきなりだったのでとりあえず首を横に振って遠慮しておいた。

 いつの間にか演奏は終わり、シルバちゃんはこっちにやってきてシャルの手から胡瓜のマリネをぶんどっていった。古杣さんは焚き終わった線香を確認し、蝋燭を消して外部の明かりを室内へと取り込むように襖をあけて回っている。

「毎回、シルバは歌った後は必ず胡瓜を食べるんだよ。大好きなんだって」

 シャルはまるで子供か妹を見ている親のような温かい眼差しで、幸せそうに仏壇の奥にそびえ立つ明王の像を見つめながら胡瓜を食べているシルバちゃんを遠目にして言った。

「シルバも、君と同様ここに来た時は満身創痍まんしんそういでさ・・・本当に生きるかどうか瀬戸際だったんだ」

 ボクがまだ喋れないことを知っているシャルは、そのまま話を続けた。

「僕らと同じように、言霊の能力を幼い頃から持っていた場合、どうなると思う?僕の場合は自身への苦悩。千鶴ちゃんも、多分そうだよね。見えないものが見えて、それが周囲には理解してもらえない。そして助力が得られなくて、自分だけが色々と我慢するしかない日々・・・シルバと比べればという風に受け取って貰えればありがたいんだけど、僕らは云わば”それだけ”。自分だけの問題でよかったんだ。しかし、シルバは違う。子供時代はみんなそうだった思うけど、色んなコントロールなんてできないよね。身体だけでなく自分の感情や欲情、やりたいこと、やりたくないこと、怒り狂うことなど。それは普通の赤ちゃんや子供ですら同じなはず。感情をむき出しで泣いたり笑ったり。言葉がまだ出来ない時なんてのは全人類が共通して感情を表に出して表現するしかなかった訳で、良くも悪くも『純粋』ってことだ。そんなほぼ物理的な超自然的状況で、精神面がどうなるかって考えるとさぁ・・・・・・」

 シャルは少し言葉を詰まらせた。

「よく、事件で子供の世話が出来ないとか、動物を飼い殺しにするようなニュースってあるじゃない。もちろん受ける側の感受性にもよるから一概には言えないよ?しかし、稀に他者の感情や思想を相手にストレートに影響させちゃう人っているよね。その力が良い方に働けばそれは先導者や指導者となり得るリーダーの素質を持って生まれる英雄。歴史的に言えばナポレオンやアレキサンダー、ヒトラーや信長のように、人に好かれたり導いたりという『カリスマ性』となるのだけど・・・当然、その逆もあるってことだ」

 ボクは生唾を飲んだ。なんだか喉が渇いてきたような気がする。



感染


「赤ちゃんの泣き声で鬱になる影響力や、明らかに詐欺だと分かっていても従ってしまう強制力。そして不快だと感じ泣き叫べば、その感情を相手に『感染』させてしまうようなもの。それも一種の『言霊』となっちゃうんだよ。云わば言葉の力というよりも『感情の感染』。迫真の演技や歌を聞いて、それを見ている側の人間も高揚したり感動するってのは『共感』という『感情の感染』なんだよ。その人が演じ、歌うから感動が生まれるのであり、ただの文章や抑揚の無い歌詞や言葉、例えば演技の下手クソな役者の棒読みのセリフを聞いても感動は生まれないよね。アーティストや芸術家のプロと言われる世界も、そういった自身の感情をコントロールした上で、どのような場でもその影響を出し続けることが可能である。と、いうのが本当のその道の『プロ』と言えるんじゃないかな?」

 なんか、分かる気がする。

「他の人たちがどうかはわからないが、何故、かの有名なヒトラーは演説にてあんなにも多くの人の心を掴んだか、分かる?」

 ボクに分かるはずもないという風に首を横に振った。

「思いや感情だけでなく、ピンクノイズという1/Fゆらぎの周波数がその声に込められていたんだ」

 何のことだかサッパリな話だった。ヒトラーという人物の名前だけは聞いたことがある。しかしその認識はドイツの有名な独裁者だったということだけで詳細は分からない。荒唐無稽な映画でのキャラや役割でしか見たり聞いたことも無いし、それらも所詮は映画での話だと捉え鵜呑みにはしていない。

オクターブバンドという帯域、その光の同じ周波数がピンク色だからそういった名称になってるだけなんだが、ようするに蝋燭の炎の揺らぎや小川のせせらぎ、心臓の鼓動といった僕たちに身近な自然現象に起きる『波』が、多くの人に共通したなんらかの『影響』を起こす波長を、ヒトラーの演説時の声に含まれているらしい」

 へぇ~、という顔をしながら、内心は「で?」と言っている。

「科学的に言えばだけど、そういった『影響力』というそのものが『言霊』の真骨頂であり、その力がどういった方向で作用するのか。シルバはその方向性が負の感情の方が強かったんだ・・・だからご両親は影響を受け、そして、・・・・・・」

 また、言葉を濁した。さっき古杣さんが言っていた『言ってはいけないやつ』なんだなと察した。

「そのベクトルを、僕らも訓練し『良い方向』にしなきゃいけないんだよね。あの二人のように、僕たちも頑張らなくちゃいけない。僕も、千鶴ちゃんもそうだよ?負の臭いが強いからって、正の匂いが無いわけじゃないんだ。意識して、受け取る僕たちも頑張らなくちゃ。悪い霊ばかりじゃない。良い霊も沢山いるはずだ。そっちに目を、耳を、鼻を、声をかければいいだけなんだよね。それが実戦、その場では難しいことだけど、でもやらなきゃ始まらない。指を咥えて待っているだけでは、僕たちが見えて感じる世界は一切そのままで変わらない。赤ちゃんですら頑張って泣いたりして、伝えようと一生懸命だよね。だから僕たちは赤ちゃんに負けない様にしなきゃ。くよくよしてたって意味も無いし、全ては僕たち次第なんだ。料理をして食材を美味しくするには手や頭を動かさなきゃ作れないのと同じだよね。歌も上手く歌おうという意思がないと上手くならないし、景色も足元の石ころばかり見ていては水平線の美しい風景は見えない。音楽も穿って聞いてはメロディすらも分からないままだ」

 確かに、ボクも・・・ボクは多分映画の見過ぎだとも思った。怖い風貌の霊や強制的な圧迫感のある霊にばかり焦点がつい行ってしまうだけで、そしてそれが印象的になっているだけで、それ以外の方に視点を向けるというか、そんな余裕が無かっただけで今を思い返せば他が居なかった訳ではないかもしれないなと、少し反省した。

「この世”も”残酷で醜いさ。しかし同じ量の素晴らしい世界と美しい世界もある。それがただ当たり前になっていて、気が付けていないだけなんだ。今着ている服や、電気、温かい家、キレイな水、コップもお箸ですら。今では当たり前だが蛇口やスイッチが存在していなかった世界からすれば、素晴らしいツールの数々だ。僕らはそんな当たり前な素晴らしい世界の現在が基準として平均化されている。だからこそちょっとした不幸で最悪だと嘆くんだよ。僕も今、偉そうなことを言っているけど、それも他の人とは違う不幸を背負っているからこそ分かるだけであって、僕よりも不幸な残酷な世界を見ればまだマシだなって、不謹慎にも思うんだよね」

 ボクも、以前にシャルの過去の話を聞いて、まさにそう思った所でもあった。

「シルバは感情の制御ができない孤児院時代、当然のように自身のあらゆる感情が漏れ出し周囲に気持ち悪がられ、イジメを受けて孤独になり負の感情がまた支配的となって・・・と、負の連鎖、スパイラル状態だった。里親が決まり引き取られたけど、そいつらは日本のIDを買い取っただけの”なりすまし”で人身売買の業者だったんだ。そういった経緯や経験で、シルバの感情は消えていった。今も、完全に元に戻った訳ではない。心と頭の中でスイッチが少しあって、もはや心の痛みを引き受ける人格が分離して誕生していった」

 ボクとシャルの眼が合って、ボクは深く頷いた。

「そう。多重人格ってやつだ」

 ボクはシルバちゃんの方を見た。さっき素朴で屈託のない顔と表情、声や反応をしてくれたのはどうだったのかと、少し思い悩んでしまった。

「あ、でも、梓さんの力で分裂した意識の統合・・・までは出来ないにしても『共存』は出来ていて、しっかりと主人格である今のシルバがリーダーとなって指揮と共有をして心の平穏を保てているらしい。だけど、感情を言葉に乗せることだけはどうしても『理性』で殺すように、どの人格もそうなってしまうらしく、そこだけは理解してあげてくれ。冷たい、冷酷だと感じることがあるかもしれないが、それは彼女が強く願っている”僕らへ”の敬意でもあるんだって。もう二度と『身内』に不快な想いをさせたくないって、ね」

 ボクは元々涙もろい方だから、この話でもうすでに泣いていた。シルバちゃんが感情の言霊の影響をもろに受けるような人物って、ボクの様な人のことだろうなと自分がバカみたいに感じながらも、シルバちゃんの感情を取り戻すこともボクの目標の一つにした。



厄災


「売り飛ばされていった先々でいくつかの疫病にも罹り、シルバはある国の山奥にゴミの様に捨てられていた。脳神経にもその病気が感染していて、普通の医療では手の施しようが無かった。そんなシルバにこの迷い家が導かれ、僕たちが助けようとしたその時、シルバの心の声を聴いた古杣さんは自虐的な言葉の数々を聞いてしまった。多くの人達に自身の感情や思想を感染させてきた自分への戒めとして、今の自分には相応しい死に様だと現実世界の絶望と恐怖、そして生きる気力も無くなっていた。そうしてその人格は、その時に”本当に死んでしまった”。別人格があったからこそ、その時もまた別の時にも、シルバは奇しくも助かり今も苦しみ抜いている。これが良いことだったのか悪いことだったのかは、これからの人生でどう生きるかにかかっている」

 ボクは今すぐにでもシルバちゃんを抱きしめに行きたかったが、記憶を消したという理由も聞いていたのでどうしようもない自分に歯がゆさを感じていた。

「なんとか肉体的にも一命を取り留めるのに、色んな方法を使った。その詳細はまだ言えないが、一つだけ・・・云わば『邪法』を使うしかなかった。が、それが原因でシルバもまた、僕と同じくまだこの迷い家から外へは出られないでいるんだ。その存在を明示できないが、『疫病、厄災の神』の力を利用するしかなく、その影響もまた計り知れない・・・まるでその『副作用』のように・・・・・・」

 シャルも、少し涙ぐんでいる。
 どういった出来事があったのかは分からないけど、ただ、確かによくよくシルバちゃんを霊視見てみると、なぜか身体の輪郭や背景が少し歪んで、暗く視えた。

「そんなシルバだけど、歌っている時は違うんだ。千鶴ちゃんも、聞いてみてどう思った?」

 ボクはずっとシルバちゃんのことを想いながら泣きつつ、両手で精いっぱいのグッドサイン、サムズアップをシャルに示した。

「さっきも言ったように、彼女の唄を聞いてこんなにも僕たちの何らかの気持ちが揺らぐってことは、間違いなく歌っている時のシルバには感情を込めて謳えているんだよ。だから、必ずいつの日か、歌い続けることによって彼女の感情と人格たちは纏まっていく。必ず。みんなそう信じているんだ」


 ボクはそんな話を聞いて以降、常に一緒に、欠かさずシルバちゃんと詠うようにした。



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