CHIMERA ~嵌合体~ 第一章/第一話 『百』
あらすじ
※この作品ジャンルは『サイエンスホラーミステリー』です。グロ要素が苦手な方は観覧注意お願いします。
○○○○年〇月 〇日
所 長 Ilya Ivanov 殿
Next Das letzte Bataillon研究報告書
記
目的 obedienceかつ反乱要因の撤廃とegoismの消失
期間 無期限
結果 自我の制御不能、暴走により主要研究員の死亡と実験体の消去により中止
詳細・経緯
⑴本件に関する状況
・生存者
「浅倉 祥子」主任 1名
54名の職員中、53名が死亡。
その他生存者 1名
本研究は一時停止中。
継続の有無、処分の規模、および今後の対策と指示を求む。
・実験体状況
本件による死亡確認済実験体 10体
うち不確定 3体
(火災に巻き込まれ組織が破壊。DNAの摘出と鑑定確認中)
研究所の半壊、炎上にて自然消去の可能性高。監視カメラにて検証。
残存実験体 2体(分裂体含む)
逃亡中の実験体 1体
現在探索中 見つけ次第確保もしくは消去。
⑵研究所内部と設備
・現在清掃、点検中
研究データと一部設備は確保、回収済。
捜索隊以外の人員は最終現場検証と原因の究明に尽力中。完了次第、本建築物そのものの継続の有無も回答されたし。
⑶経緯説明
「|大野 明《おおの あきら》」 研究科長の上層部報告書とは別の、『部署内研究報告書』と日記の内容も胆略化して記す。
浅倉 主任と|近藤 紀子《こんどう のりこ》 分析科長との聴取音声データ
一部、大野 研究長の録画日記データ、未提出報告書は浅倉 主任と近藤 分析課長の反応を期すためリアルタイムでの同時確認を指示。
⑷以下、文字起こし音声データから
提出者 近藤 紀子 分析科長 聴取音声データ 1
「おはようございます、浅倉さん。大丈夫ですか?」
「・・・はい、おはようございます」
「まだ心身ともに療養できていないでしょうけど、ごめんなさいね。でも、記憶が鮮明なうちに聴取だけはすませておきたいの。よろしいですか?」
「だいじょうぶです」
「なにか体調など、不具合があればすぐに言ってください。衛生班を呼びますから」
「ありがとうございます」
「では、順をおってあなたがここに配属して、今回の事件が起きる予兆や前兆、きっかけのようなものがあれば、そこから話してください」
「はい。・・・ええっと・・・・・・」
研究報告書No.00108
※以下、未報告書の記載は必要部分抜粋し記載
記述者 大野 明
実験体A~D 研究員4名から精子提供。人工授精にて受精卵完了。
〇月〇日 実験体A~C 胚の分割停止
〇月〇日 実験体D 受精卵が子宮内膜に着床せず
二度目も実行するが同結果。
染色体異常が多発、様々なトリソミー化によるもの。
染色体数が異なるため遺伝子操作する必要があり。
次回はIVF-ET(in vitro fertilization – embryo transfer:体外受精・胚移植 )を試みる。
当初から予定していたヒトゲノム遺伝子の組み換えとして、優秀なヒト受精卵の要求も申請。
研究報告書No00123 (未提出)
実験体A~D 5体とも死亡。
DNAは採取済み。新たな実験体求む。
・雌3体、雄2体
・健康な人間女性、または卵子
※凍結胚では失敗事例が過多のため、器ごと、もしくは新鮮な状態希望。
実験体への受精では着床、ならび胚の分割しない。
MISSION β beta(ベータ) 着手。
聴取音声データ 1-2
「・・・あなたも、卵子の提供をしたのね」
「はい」
「MISSION β beta(ベータ)とはなに?」
「ヒトの精子を実験体への受精。この試みは失敗ばかりだったと、わたしが配属したあとに過去の報告書を見ました。つぎの実験段階へ移るため、大野教授の助手、大学院時代の教え子でもあったわたしが研究"以外"での要素としても適任であり、攻守ともに必要だとも言われ・・・バックアップおよび卵子提供者としても定期的にドナーとして行いました。ベータとは・・・『実験体の精子をヒトの卵子に受精させる』ことです」
「なるほど・・・だから実験体の”オス”と、ヒトの卵子が必要だったのね」
「はい。どうじに実験体のメスと、すでに受精した卵子、つまり受精卵の必要性は、もうすこし実験体の改良が必要だともおっしゃっていました。ゲノムの解析、遺伝子操作も。つぎに実行される研究の場合に備えてだそうです」
「あなたは、その・・・嫌じゃなかったの?」
「え?」
「じぶんの卵子・・・遺伝子を好きかってに使われることよ」
「・・・もちろん、一縷の不安、抵抗がないといえばウソになります。でもあのときは・・・また、大野教授とお仕事ができるほうが光栄だと思いました。その、ずっと前から志願もしていましたし」
「たいしたものね」
「でも・・・まさかこんなことになるなんて。こんなのは、望んでいなかった・・・・・・」
「・・・その後はどうなったの?」
「以前の実験体での新鮮胚移植、および凍結融解胚移植は、どうしても胚の分割停止などがおきてしまい失敗ばかりでした。でも・・・・・・」
「どうしたの?」
「・・・私にも詳細はわかりません。でも、”健康な人間の女性”は私だけじゃなかった・・・・・・」
「あなた以外にもドナー・・・ヒトの女性がきたのね」
「はい。私以外に3人いました」
「・・・その3人はどうなったの?」
「・・・わかりません。私の知るかぎり、研究所内で最初の同伴いこう、すがたを見たことがありませんでした」
「なるほど・・・その報告も上がってきていませんね」
「大野さん、単独でも研究していて、その詳細はだれにも分かりません。大体、わたしが配属してから3年~4年ぐらい経ったころ、新しい実験体を大野さんが連れてきました。その子たちは・・・・・・」
研究報告書No.00594
※研究報告書No.00595(未提出)と正式提出分との相違点、偽装点など参考として記載
新しい実験体、完成報告
合計 5体
ヒトゲノム遺伝子の追加で組み込みと既存実験体遺伝子の添削、組み換え、IVF-ETでの培養にて安定性を確保。
実験体 区分
A 次世代humanzee(ヒューマンジー) ♂
通常実験体の番(つがい)から7代目 自然分娩
B 異種遺伝子キメラ(混合胚) ♀
霊長類以外の種の混合。例:兎の繁殖力や鼠の成長速度などのDNA、RNAを組み込み
C クオーター ♀♂
A実験体にヒトゲノムを追加。ユダヤ系、日系遺伝子で安定
D 全霊長類混合 ♀
現存する霊長類遺伝子の約80%混合
現時点では安定を見せる。今後この5体を元に研究を進める。
他3体は死産。遺伝情報は抽出済。IVF-ETが効果的。
補足
他哺乳類のX染色体遺伝子を加える。成長速度、成熟期、出産周期の効率化に成功。こちらのデータは開発部に送信。有効遺伝子の特定と、更なる向上を図る。
研究報告書No.00595 ※(未提出)※
新しい実験体が完成。
MISSION δ delta(デルタ)結果
実験体 区分
A 次世代humanzee(ヒューマンジー) ♂
実験体のつがいから”10代目” 自然分娩
B 異種遺伝子キメラ(混合胚) ♂
霊長類以外の種の混合。兎、鼠、”海獣類”などのDNA、RNAを組み込む
C クオーター ♀♂
A実験体にヒトゲノムを更に追加。ユダヤ系、日系遺伝子で安定
D 全霊長類混合 ♀
現存する霊長類の約80%混合。”ヒト”も含む
E 突然変異体 ??♂?
Bから3体、Dから1体、出現。3体性別不明および両性具有体
全9体、現時点では安定を見せる。今後この9体を元に研究を進める。
他3体はトリソミー、モノソミー症候群にて染色体異常をおこす。
遺伝情報は抽出済。
IVF-ETが効果的。
補足
他哺乳類のDNAに対しヒトのミトコンドリアDNA(mtDNA)を加える。成長速度、成熟期、出産周期の効率化にBおよびEにて成功。こちらのデータは開発部に送信。有効遺伝子特定と、更なる向上を図る。
過去には多くのミトコンドリア病
MELAS(mitochondrial myopathy, encephalopathy, lactic acidosis, and stroke-like episodes)
を発生しつつも、安定したのがこの9体である。
聴取音声データ 1-3
「・・・大野さん、そのころからヒトが変わったようになりました。情緒がこう・・・感情の起伏が激しくなることが増えて」
「あなたはだれよりも大野教授と親しかったみたいね」
「・・・はい・・・・・・」
※思い出し目に涙する
「・・・少し休憩しましょうか?」
「あ、いえ・・・大丈夫です・・・すいません」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
※水を飲み、少し落ち着きを取り戻す
「・・・彼は、色々と依存するようになりました。お酒や、くすり、研究そのものにも。そして、わたしに対しても・・・・・・」
「あなた自身は、そのことをどう感じた?」
「・・・あのころの大野さんは、そう、まるで助けを求めているような、追いつめられているような・・・毎晩といっていいほど、泣いていました」
「なぜ泣いていたの?」
「聞いても、なにも教えてくれませんでした。少しかわいそうなぐらい・・・なので聞いてはいけないものだと判断し、それ以上は詮索はしませんでした」
「・・・そう」
「でも、それは数か月ぐらいで改善・・・は、しました。元気、というよりかは、フっ切れきれたというか・・・・・・」
「情緒は、安定した?」
「はい。でも、安定というよりかは、なんかこう・・・歪な感じで・・・・・・」
「・・・・・・」
「でも、それまでは食事もろくに取らず、眠ることもなかなか出来なかったみたいで心配だったんです。とりあえずはそこが改善されて、わたしはホッとしました」
「・・・そうね。どんな心境の変化があったのかな」
「分かりませんが・・・でも明るく、楽しんでいる節もあるように見えました。そして・・・なんだか”恐さ”も感じるような雰囲気でした」
「なるほどね・・・・・・」
以下、『大野 明 研究科長 録画日記データ 1』 抜粋
◉REC
〇月〇日
まさか、こんな事態になるなんて・・・・・・
いや、この研究に参加する前から・・・その時点で分かっていたことだろう
勝手に、自分は関係ないって、どこか他人事のように感覚を鈍らせていただけだ・・・・・・
俺は自己都合に認知バイアスを曲げる最低野郎さ・・・・・・
・・・いまさら、なんだ!
もう後になんて引けない
何万、何百万人という人の命を救うためなんだ
なにをいまさら・・・・・・
・・・ごめん
祥子・・・君だけだ
君さえいれば・・・僕は・・・・・・
ごめん・・・うぅ・・・ごめんよぉ・・・・・・
祥子・・・・・・
・・・いや、だめだ、『話しては』ダメなんだ
この苦しみを、無駄に広げてどうする!バカか!
くそっ!!
※画面外へ。なにかの衝撃音がする。椅子か机を蹴っている様子
大野教授 録画日記データ 1-2
※疲れた様子。目が血走っている
◉REC
〇月〇日
・・・ああ
えっと、実験体Aの精子を、A’への人工授精は失敗したが・・・・・・
遺伝子情報、特にRNAをキメラ遺伝子ベースに、DNAをヒトゲノムベースにすると安定性を見せた
さっそく実験体B’の母体に戻し着床するかを試す
同時に、実験体C’母体にキメラ遺伝子を含めた実験体A精子を凍結融解胚移植で着床。そのまま様子をみる
IVF-ETにて実験体AのX染色体をイルカなどの海獣遺伝子を含めたキメラを作成中。その後、成功すれば・・・・・・
※大野教授は終始落ち着きを見せる。
聴取音声データ 1-4
「・・・あなたの話を聞いて、恐らくこの実験体A’(ダッシュ)~C’って」
「はい、そうです。3人の、わたし以外の『人間の女性』のことだと思います」
「・・・そう。さすがに常軌を異してるわね」
「・・・いまさら何を?この研究自体が普通じゃないでしょう!!」
※椅子から立ち上がり感情的な様子。
「・・・落ち着きなさい」
「!!!」
「多少の犠牲は、あなたも承知でこのプロジェクトに参加したはずです。私もそう自覚しています。ただ、同じ女性として、大野教授のこの行動『人体実験』は賛成しかねる。そう言いたいだけです。あなたも、同じ女なら分るでしょう」
「・・・・・・」
「・・・いまさら人間の道徳心の議論なんてしたくありません。個人的意見ですが、牛も豚も鳥も、家畜全般を食事としていることと違いはないはずだと、わたし自身、じぶんに日々いい聞かせています」
「・・・分かっています」
「あなたのお父様も・・・・・・」
「分かっています!父のような被害者を無くすためです!しかし!!」
「我々は、もうとっくに禁忌に触れています。いまさら神に許しを請い、天国なんてものに行けるなんて思ってもいません。しかし、現在の人類に起きていることを放置することもまた、罪ではないですか?・・・私も、あなたと心境も境遇も同じですから・・・・・・」
「??え?」
「・・・さて、続きを聞かせてちょうだい・・・・・・」
聴取音声データ 2
「Eの突然変異体は、そのあと2体がまもなくして死にました。原因はエサの特定・・・栄養の吸収パターンの判明が出来なかったのと、MELASの発症、それに生存環境が不明でした。なんとか点滴などで凌いではいましたが・・・AとC以外は、すでに予測不明でなにが起こるかは事後対策しかできないのです」
「・・・・・・」
「イレギュラー・・・私たちはE体のことをそう総称しているのですが、イレギュラー体の1体が突然暴走しました。検体接種のときに世話役の職員を何名か殺し、管理室から逃げだしたんです」
「正式報告では発電事故とありましたが、E体が原因だったのね・・・・・・」
「はい。ほかの実験体の部屋の扉なども次々と破壊して、隔離病棟からも脱出。研究所内は混乱しました」
「ほかにはどの実験体がそのとき逃げ出したの?」
「ブルーノ・・・あ、C-1実験体と、Bのキメラ、Dアルマスとイレギュラー2体です」
「??C実験体は確か、C-1、C-2と、ペアで2体いたはずよね。もう1体はそのとき、べつの場所にいたの?」
「もう1体の・・・C-2トラビスは基本的には大人しい子で、監視カメラで見たときは端っこのほうでうずくまって怯えていました」
「怯えていた・・・・・・」
「わたしが駆けつけた時も、管理スタッフや教育チームの残骸のなか、うずくまっていました。警備員がテーザー銃を打ち込むまでずっと・・・・・・」
「そのときの犠牲者は11名、負傷者は6名と報告があります。他になにか、気が付くポイントはありますか?」
「・・・その時は、とにかく事態の収束と身の安全しか頭になくて」
「まぁ、そうでしょうね」
「でも、数日後の話ですが大野教授とギャラップ博士が、ほか数名のヒトと口論をしていました」
「どんな話か、わかる?」
「すこしだけ、部分的な言葉しか聞こえませんでしたが、数名のかたは口々に『始末しろ』と大野さんを説得している様子でした。ほかには『味を覚えた』『食われる』と」
「事件後に判明した”未定出報告書”の検死結果に、"一部捕食された形跡”ありとあるわね」
「どの個体が捕食したのかはこの時点では分かりませんでした。解剖して胃の内部を取り出すわけにはいかないですから」
「あとでは、分かったの?」
「確証があるわけではないのですが・・・まず、ご存じだと思いますが噛み口からのDNA分析だと被害者のDNAとの区別に無駄な工数がかかりますし、解析できたとしても断定できるだけの一致性が高いわけでもないとの判断で、特定はしないという決断にいたりました」
「なぜ一致性が低いと考えたの?・・・あ、ごめんね、私は分析班としておおよその予想できているんだけど、記録として言ってほしいの。現場経験のない上層部もいるからね」
「・・・まず被害者の血液、DNAが散乱している状況から実験体の、唾液などのDNAをさがしだすこと自体、大量の塩粒のなかから小さじ1杯分の、さらにそこから砂糖1粒を見つけ出すのに等しいほど時間と手間がかかる行為です。それに実験体は遺伝子レベルでほぼ兄弟姉妹、もしくは一卵性や二卵性双生児みたいなものですから、唾液などからなんとかDNA採取ができたとしても、断定ができるほどの個体識別は難しいです」
「なるほどね、決定的な物証が出ないってわけね。予想でもいいわ、捕食者の候補を教えてちょうだい」
「そのあとの事象と、状況証拠から『捕食』したのはイレギュラーの2体です」
「なぜそう思うの?」
「消去法です。あと、監視カメラにてそれぞれの行動経路と被害者と思われる遺体の検死解剖結果、あと目撃証言です」
「・・・たしかに捕食されていない被害者もいるわね」
「実験体の回収時の状況や、Bキメラの特性にて個人的な推測と判断の域はでませんが、キメラは鋭いキバやツメでの殺害目的、Dアルマスはその怪力による撲殺、引きちぎりといった手法を用いていると見なしています」
「C-1ブルーノは殺害していないのね」
「殺害・・・はい、そうですね」
「??なにかあるの?」
「いえ、気のせいです」
「気になるところはなんでも言って。今後の検証のためだから」
「・・・カメラの記録をたどると、まず研究所の内部をなんだか見まわっているように見受けられました。何かを探している風にも見えますし、探検しているようにも・・・あと、出会いがしらの職員には一部の人物には威嚇し、攻撃的で怪我を負わせる場面もあるのですが、一部の職員には逃げるといいますか・・・気にも留めていないような・・・・・・」
「なにか、攻撃対象とそれ以外の違いはあるのかしら・・・・・・」
「分かりません・・・とくに攻撃を受けたヒトたちも、無視するヒトたちにも、ブルーノとの関係性、接触すらしたこともないヒトたちばかりでしたし」
「・・・そう・・・わかりました、ありがとう。そのあと、あ、ギャラップ博士との口論のあとね。大野教授はどう対応、というか判断をしたの?」
「もちろん管理体制やシステムの見直しは当然おこないました。たとえば、実験体の部屋の出入口は電子システム錠での管理はそのままですが、中の檻の錠は電子システムはやめてアナログの南京錠へ変えました。このときはロックパネルを破壊されて脱走事件が起きてしまいましたから・・・そして、口論していた方々の意見は全く聞き入れず、そのヒトたちの姿もそれ以降は見なくなりましたね」
「・・・恐らくこの6名ね」
※移転届と写真を見せる
「多分・・・この3人は私の知らない人ですが、こっちの3人、ゴールドン・ギャラップ博士と、この2名が言い争っていたヒトです」
「・・・で、この5体の実験体は、研究員、スタッフを傷害、捕食および殺害し人間の味を覚えて、恐らくヒトとの力関係=人間の非力さも覚えたってわけね」
「はい。ギャラップ博士が言いたいこともそういうことだと思います。その後にこの・・・脱走したなかでCのブルーノ以外はいままで以上に反抗的になり、手が付けられない状態でした。検体接種や餌やりのときも大変・・・と言いますか既存のスタッフも事件以降、すっかり怯えてしまって・・・エサの供給ラインと検液採取システムを設置したほどです」
「なぜブルーノだけは大人しかったのか、分かる?」
「恐らく、ブルーノとトラビスの2体はヒトゲノム遺伝子が比較的に多いからか、頭のいい子たちなんです。なので、ブルーノは抵抗しても無駄だということまで理解していたのかもしれません」
「なるほどねぇ・・・・・・」
研究報告書No.01056 (未提出)
E-1突然変異体の変異が著しく顕著になる。
原因は両性具有体である個体のホルモンバランスの影響だと考えられる。
定期的に鎮静剤と共にエストロゲンも投与していく。
※以下省略
大野教授 録画日記データ 2
◉REC
驚きだ
研究所内脱走事件いこう、直後の検査では見つけられなかったがC実験体トラビスと、D実験体アルマスが『妊娠』していることがわかった!
檻を破ったさいに交尾していたのだ!
まさか自然性交にて着床し、胚分裂まで安定するとは、予想外だ
たまたま、実験体どうしの染色体の構造が近いからか・・・・・・
だが、嬉しい誤算だ!ハハッ!
・・・しかし、父親がだれかがまったく分からないな
雄の種は、ブルーノか、イレギュラー・・・・・・
まぁいい、出産後にでも調べれば分ることさ
しかし、当初に比べれば研究は順調だ!
これで混合胚のパターンをもっと増やし『グリア細胞』の活性化を続けていけば・・・・・・
分析結果はまだか?
やはり生物の理のきっかけは、常に犠牲と狂気の先にある!
常識という膜に覆われたままでは革新的なできごとは起きない
・・・そうだ
MISSION θ theta(シータ)にも着手しないと・・・・・・
聴取音声データ 3
「トラビスって名前の・・・C-2体はメスだったの?」
「はい、女の子です。大野さん、その辺は無頓着と言いますか、適当な人なんです」
「あ、そう・・・まぁいいけど。・・・そう、浅倉さん、一つ聞きたいのだけど、いいかしら?」
「?はい」
「あなた、この事件のあと直ぐに、妊娠が発覚しましたね」
「・・・あ・・・はい」
「それは、やっぱり、大野教授との?」
「はい・・・産めなかったのは残念でした・・・悲しかったですが、私は自業自得だとも思っています。私はそれだけの罪を犯しているのだから・・・」
「・・・診断したのは誰ですか?」
「え?・・・大野さんと、エヴァ・ブラウンさんです」
「エヴァ・・・ああ、あの子ね」
「ご存知なのですか?」
「まぁ、少しね」
「・・・・・・」
「で、アルバートって個体はなんなの?」
「はい、この子もある日、突然、大野さんが連れてきました。この子はほかの子と違い、見た目・・・と言いますか、外見上は人間に近いといいますか・・・全身が多毛で力もチンパンジー並みですが、比較的かわいいと言える個体です。まぁ、キメラやイレギュラー達と比べれば何でもかわいく見えるのかもしれませんが」
「まぁそうね。アルバートも、浅倉さんは誕生の経緯を知らないのね?」
「はい。ミッション・デルタは大野さん単独で、それ以降はエヴァさんと2人が主に重要研究は行っていました。わたしは、例の研究所内脱走事件いこう、研究に献身的にはなれなくて・・・心理分析と実験体の世話を主にしていました」
「そう。わかったわ」
「アルバート・・・あの、アルビーは見つかりましたか?!」
「・・・いえ、まだよ・・・・・・」
研究報告書No.01296 (未提出)
MISSION θ theta(シータ)
実験体D’の受精卵をIVF-ETにて培養。
染色体数は23×46ヒトに合わせる。そのさいに有効的な遺伝子操作を仕込む。
経過は良好。
ヒト受精卵を制限酵素で切れ目を入れたベクターに同じ種類の制限酵素で処理した任意のDNA分子(実験体C)を挿入、DNA連結酵素によって結合させたのちベクターを取り込みやすくする。
理論上ではこのシータも完成に近いはずである。
成長、成熟速度は他個体に比べ、やや緩やかである。時間を要す。
研究報告書No.01301 (未提出)
不確定要素の為、一時的にこのプロジェクトを
MISSION λ lambda(ラムダ)とする。
実験体C-2とDが無事に出産を果たす。
二体とも想定よりも早い出産。成長速度もこれまでの個体の約1.5倍。
早速、遺伝子解析へと移る。
外見上の特徴は、E体に近い。
MISSION γ gamma(ガンマ)前例の失敗をふまえ、母体と子体を引き離さずに幼児期を共にさせる。
それぞれの遺伝情報は残しているためいつでもクローン生成は可能。
聴取音声データ 3-1
「・・・少し、整理させてもらっていい?」
「はい」
「報告では5体だったのが、いまの話の時点で実験体はA、Bキメラ、C-1ブルーノ、C-2トラビス、C-2の子、Dアルマス、Dの子、E-1、E-2、合計9体ってことでいい?」
「いまのこの報告書段階では、そうですね」
「アルバートって実験体は、トラビスか、アルマスの子ってこと?」
「・・・いえ、このミッション・シータ、IVF-ETでできた子のことです」
「では、合計10体ってことね」
「えっと・・・そのあとすぐにAとE-2は死にました。A体はアフリカ種からの霊長類キメラです。いわば原始に近いカテゴリで、D体はそこにアジア、欧州の種を組み込み、言わば霊長類の雑種。A体の親世代も短命でして、その原因は1926年のソ連の実験データを復元したクローンだからです。寿命決定遺伝子やテロメアの解明、コントロールまでは現代の科学では解明できてはいません。E-2はさきに死んだEイレギュラーだった2体とおなじく・・・おそらく遺伝子てきにもイレギュラーで奇形因子にての寿命かと結論付けています」
「では・・・1、2・・・計8体ね」
「・・・いえ、もう1体、大野さんは隠していました」
「あ・・・それが、今回の・・・・・・」
「はい『イヴ』です。イヴについてはエヴァさんも知らなかったようで、一時期ですが不満をこぼしていました」
「このイヴについては、なんの報告書もデータもないの。詳しく聞かせてくれる?」
「はい、そのつもりです。でも、生まれた経緯は本当に知りません。大野さんの自室で隠すように作り、育てていたようですので。大野さんから約2か月前の告白で聞いた範囲での話から推測、私自身が接触した部分のみになりますが・・・・・・」
「全然かまわないわよ」
「あ、その前に、その後イレギュラー体の残りの1匹が”卵”を産みました」
「え?!卵??」
大野教授 録画日記データ 2-1
◉REC
またまた驚きだ!
E両性具有体が”卵胎生”している!
まったく、イレギュラー達には驚かされてばかりだ!
ハハハハッ!!
繁殖機能はないと思っていたが・・・なんなんだ
解剖するわけにもいかんしな・・・・・・
やつの、E実験体の膣腔は完全に塞がっているんだ。脱走時に交尾したとしても物理的に受精するわけがない。何かのきっかけが、どこかにあるはずだ
・・・ん?
産道もないっていうことになるぞ、どう出産するつもりなんだ??
やばいな・・・時機をみて”帝王切開”するしかない
聴取音声データ 3-2
「”卵”ってのはこれのことね・・・・・・」
「はい」
「遺伝子の配列がミスっていたのかしら」
「もしくは、狂っちゃったか、です」
「まさに『イレギュラー』突然変異ですものね。ミッション、とか言って研究所内だけで秘密裏にして・・・しっかり報告してくれればこんな事態にはならなかったはずよ」
「・・・もうしわけございません・・・・・・」
「あ、いえあなたが悪いわけじゃないし。ごめんね、責めたいとかではないから」
「・・・いえ、わたしはずっと後悔しています。もっと早く、ギャラップ博士たちとおなじく”1回目の脱走”の時点で止めていればよかったと・・・・・・」
「・・・・・・」
「私はどんな処分も受けます。それが・・・せめてもの償いにすこしでもなるのであれば」
「・・・それはまた上が判断することよ。わたしが見る限りではあなたは関与していない様にも見えるわ。黙認していたことは許されないけど、最低でも異動処分は想定しておいてね」
「・・・・・・」
「・・・で?この変異体の”卵”はどうなったの?」
「・・・この、大野さんが言っていたように、帝王切開にて卵胎生を取り出してべつに管理しようとしました」
「・・・しました?」
「それらの準備、予定も決定していて、手術の前日・・・・・・」
別紙 大野教授 指示書
至急対応 必須
実験体「E」死亡
残存E体から生まれたE-1確保 検査及び保護とDNA解析
設備、人員が許す限り、E並び過去の死亡実験体のクローン生成開始せよ
聴取音声データ 3-3
「対処が一足遅く、”自然分娩”してしまったのね」
「想定よりも成長速度が早く『母体を食い破って』でてきました」
「E死亡原因は、それなのね」
「はい」
「その解剖結果を詳しく教えてくれる?」
「卵は胎内に二つありました。サメなどとおなじです。胎内で孵化後に母体からの分泌液を子が経口摂取し、もう1体の胎児をも食べつくしたあと、母体の内部、内臓も食いながら外部へ・・・・・・」
「はぁ・・・もう、いったいどれだけの種の遺伝子を移植したのよ」
「大野さんの単独研究はもうわたしにもわかりません・・・Bキメラの段階で、わたしが把握している範囲は、ウサギの繁殖力、ネズミの成長速度、海獣類の頭脳だけのはずなんです。まさか、サメやヘビといった魚類、爬虫類も一部使用していたなんて・・・理論上は適合するはずなんてないのに」
「おそらく、ES細胞にエレクトロポレーションしゲノムDNA移植をして凝集塊を作り、胚盤胞期まで培養して仮親の子宮に移植したのかも・・・・・・」
「まさか、パーツごとに作っていったってことじゃ・・・・・・」
「フフ、まさか、※”デミコフ実験”じゃないんだから」
「さすがに大野さんでも、外科医的技術は身につけてはいらっしゃいませんよね」
「でも、成熟期と成長速度の効率化には成功しているわけでしょ?RNA遺伝子をなんらかの方法で活性化させることが可能なら、何世代かを経て遺伝情報をも『慣らして』いったのかもね」
「・・・・・・」
「たとえば、マウスなんかじゃなく大型の爬虫類、魚類などに人間の子宮を作らせて、そのcell(セル)を母体DNAと混合し、IPS細胞として培養、その遺伝子を通常の、もしくはわたしたち実験体humanzee(ヒューマンジー)の卵子にドッキング(混合胚)・・・※”バカンティマウス”のように」
「・・・まさか」
「いままでも人類はヒューマンジー、チンパンジーとヒトだけでなく、羊、ネズミとヒトのキメラで人間の臓器や耳などのパーツを作成し、臓器移植に使用しようとしてた、バカンティマウス。ブタとヒトのキメラでヒト血液や臓器をブタに生成させたり、ヒトの神経細胞としてサルの脳だけをヒトにしたり・・・同種でなくても※”ライガー"もありえるなら・・・・・・」
「あの・・・近藤さん?」
「・・・あ、ごめんなさい、大野教授の実験データが抹消しちゃってるからつい・・・・・・」
「いえ、私も気になってはいます。ずっと前から・・・・・・」
「せめて、エヴァの研究データ、もしくは記録日記でもあればね」
「・・・・・・」
大野教授 録画日記データ 3
◉REC
E-1、イレギュラーの第2世代の管理、研究はエヴァに任せよう
私は別にやることがある
忙しいな・・・・・・
シータは・・・そうだな、やはり祥子が適任だ
明日にでも祥子の元へ連れて行こう
まだ赤ん坊だが、私では世話が不可能だ
『アレ』で手一杯だしな・・・・・・
そろそろ”上に勘繰られる”か・・・通常の研究も進めないと・・・・・・
研究員から大野教授への報告メール
〇〇 〇〇<ーーーーーー@yerkes.centre.co.jp>
to 大野 明akira_ohno@yerkes.centre.co.jp▾
3個の添付ファイル・スキャン済み
大野 明 研究長
報告 実験体DおよびD-1の状況
目的 今後の指示と判断の有無
詳細 D体がD-1体に対する反応に懸念あり。現在は一時的に隔離中。当初の指示継続不可の恐れあり。確認次第返信求む。
監視カメラの映像データも添付しお送りします。
※その後の返信メール、データなし
研究報告書No.01433 (未提出)
実験体DおよびD-1の状況 確認済。そのまま隔離継続。
【注】今後、電子メールでのやりとりを禁止してください。送信履歴は消去せよ。
至急を要する場合は直接内線へコール、急を要さない場合は紙媒体の使用順守。報告書は今まで通り印鑑orサインして返送。
DおよびC体の経過報告を本部へ至急報告。
報告書は一時、私経由して下さい。C-1情報はまだ必要なし。追って指示します。
追記
※”マイクロマニピュレーター”を2台申請も求む。
聴取音声データ 4
「そのあとの、卵胎生で生まれたE-1イレギュラー体はエヴァが、アルバートは浅倉さんが、出生が謎のイヴは、恐らく大野教授が個々に世話をしていったのね」
「はい。表向きとして、D親子と、Cの2体が継続案件として上層部へ報告されていました。第三世代が未報告な理由としてはまだほかは不確定要素だというのと、解析調査が未完成だからと言われ、口止めされていました」
「Dの親子が個別に隔離されたのはなぜなの?職員のPCデータを復旧させたけど、添付データまでは復元できなかったのよね」
「Dのアルマスは、なぜかD-1をわが子という認識がされなかったといいますか・・・最初は、母乳をあげたりと普通の霊長類のような子育てはしていたのです。しかしD-1が成長するにつれ、まったく我が子に関与しなくなり2か月ほど、実験体年齢でいうと約5才ほどの成長度にて、アルマスが自分の子に襲いかかったのです」
「なぜ?」
「わかりません。おそらく『子殺し』かと・・・・・・」
「え?D-1は突然死じゃなかったの?」
「はい。親子の隔離後、D-1の衰弱が見られました。衰弱の原因とみられているのは・・・今回のD親子とトラビス親子は、過去のミッション・ガンマの失敗をふまえて、あくまでも親子は同居にしたかった意向もあります。13世紀ドイツ、フリードリヒ二世の『50人の赤ちゃん実験』はご存じでしょうか」
「ええ、具体的には知らないけど、たしか50人の赤ちゃんに一切のスキンシップを禁じると、50人の赤ちゃん”全員”が1才になる前に死んじゃったっていうやつよね」
「はい。ガンマ以前の失敗は、人間の遺伝子が増えればふえるほどスキンシップなどの精神的要素が原因の1つではないか、とわたしが進言をしました。ほかにも、人類だけではなく※『ハリー・ハーロウの代理母実験』の前例も提出して、通させていただきました」
「成果はあったの?」
「個体差はありますが成功事例が増え、すこしは平均寿命が延びました。実験当初は・・・そもそも実験体の危険度もふまえ、子供とはいえわれわれ人間が不用意にちかづくのは危険というのと、ヒトがもっているウイルスや病原菌にどんな反応があるかもわからない懸念も考慮していました。今回のガンマ以降は例外ですが、以前は”目的どおり”の霊長類限定でしたし。その研究はもう何年もしてきていますので、実験体の傾向や対処もわかってきて細心の注意をはかりながら、可能なかぎりのスキンシップを取るようにしていました」
「なるほど」
「あと、言語習得の意図もあります。本研究の最終目標は『生物兵器』ですよね」
「・・・ええ」
「コミュニケーションが取れない兵士なんて、ただの野獣ですから」
「たしかにそうね。だからさらに次世代の実験体も大野教授、浅倉さん、エヴァ各々の手元で育てる判断をしたのかしら」
「たぶん、そうだと思います。わたしはこの実験の佳境に入ったと感じていました。なのでアルビーをわが子のように、本当に、大切に接してきました」
「・・・・・・」
「・・・で、すいません、Dアルマスの子殺しですが、これも推測になりますが動物界にも子殺しの前例がまれにあります。アリやハチなど種の繁栄のための自己犠牲とかではなく、ライオンなどの家族構成がしっかりしている場合、母親がわの『連れ子』をかみ殺してしまうっていう」
「ええ、知っているわ」
「オスライオンが自分の遺伝子じゃないと判断しているように、アルマスは自分の子を『異種』と判断したのだと思います・・・・・・」
研究員 1 研究報告書No.00602
実験体D-1死亡。
A実験体クローン遺伝子を合成したためによるテロメア遺伝子の欠乏、ならび突然変異体のため、さらに環境の適合がしなかったと思われる。
死体は消去処分。A遺伝子の元は今後使用しない方向で検討。
D実験体を軸に研究を進める。
大野教授 録画日記データ 4
◉REC
D-1は大変”もったいない”ことをした
D遺伝子の戦闘能力、筋肉量はいままでで最高値だった
兵士として肉体面ではDアルマスが理想だ
それを引き継いだD-1・・・・・・
D-1とイヴ、もしくはアルバート、E-1『チュパカブラ』
この4体の合成、次世代で完成しそうだったのに
イヴ、アルバートは知能面では最高だ
チュパカブラは適応力、繁殖力、そしてエネルギー効率
まぁ・・・しかし、アルマスはまだ健在だ
そして遺伝子検証ではB体キメラが父親だった・・・・・・
ありえない!Bキメラはメスの個体だぞ!
・・・外見上だけでの判断じゃなく全実験体エコー検査すべきか
それにD-1の外見的特徴はEだったが・・・・・・
まぁ、EはBの突然変異、兄弟みたいなものだからな
だが、アルマスがキメラを受け入れるわけがない。わが子を殺したのが遺伝子的に、本能的にも違うのが物語っている
なぜだ・・・・・・
Bも繁殖方法に違いがあるかもしれないな・・・・・・
Bにも名前をつけよう。キメラだと全実験体がそもそも遺伝子キメラだしな
そうだ「モスマン」にしよう
似ているしな
フフッ
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