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“心を満たす”完全栄養食。1杯1000円の「味噌汁」が変える予防医療の未来

1杯約1,000円のハイスペックな味噌汁がある。

豚肉、かぼちゃ、ブロッコリー、なすなど15種類の具材がゴロゴロ入った、出汁の香りが立ち上る味噌汁は、1杯で1食に必要な31種類の栄養素をバランスよく摂取できる「完全栄養食品」だ。

そんな味噌汁が毎月届く「MISOVATION」というサービス。学生時代に栄養学を学んだ斉藤悠斗さんが2021年に創業し、着実に利用者数を増やしている。

大企業も開発に乗り出し、ブームにもなっている完全栄養食だが、MISOVATIONでは「食は文化であり、美味しくなければ続かない」との思いから、粉末状の添加物などに頼るのではなく、素材の旨みを活かした完全栄養食を実現した。また、日本全国の味噌蔵から厳選する味噌を月替わりで使うこともこだわりの一つだ。

完全栄養食の味噌汁(MISOVATION提供)

しかし、どれだけ優れた商品であったとしても、味噌汁1杯に約1,000円を支払う人はどれだけいるだろうか?

そんな疑問に対して斉藤さんは「既存のやり方の"逆張り”をコツコツ続ければ、マーケットの中で必ず勝ち筋が見出せるし、予防医療が当たり前の世界をつくることができる」と自信を覗かせる。

MISOVATION代表の斉藤悠斗さん

SIIFの連載「インパクトエコノミーの扉」第5回では、こだわり抜いた味噌汁と、"逆張り”戦略で人々の健康寿命を支えるMISOVATIONの挑戦を紐解く。

【連載「インパクトエコノミーの扉」について】
社会課題の解決と、経済的な利益の追求を同時に志す人々がつくる新しい経済圏(=インパクトエコノミー)の啓発や事例づくりに取り組むSIIF(社会変革推進財団)による連載企画。効率・経済性の追求から離れ、社会をより良くする手段の一つとしての消費・生産のあり方を考えます。
日々の買い物を通じて、少しだけ社会を良くできるとしたら、あなたはどんな未来を選びますか?

自分の名前すら忘れてしまった祖父、予防医療への貢献を「使命」に

斉藤さんは重度の認知症となった祖父の介護経験から、高校時代に栄養学に興味を持ち、大学時代に栄養士免許を取得。卒業後はカゴメ株式会社、株式会社リクルートキャリア(現・株式会社リクルート)を経て2021年に起業した。

今でこそ完全栄養食はひとつのトレンドとなっているが、ブームの兆しも見えない頃から、「栄養」の道を歩むという夢を抱き続けてきた。

母子家庭で育ったこともあり、祖父母の存在が大きかったという斉藤さん。

祖父と幼い頃の斉藤さん

そんな祖父はある日、日課の散歩に出たきり戻ってこなかった。警察にも相談した上で捜索した結果、祖父は自宅と反対方向で泡を吹いて倒れている状態で見つかった。

この出来事を機に、祖父が認知症であることがわかった。

当時は治療薬も十分になく、症状の進行を遅らせる投薬治療が精一杯だった。

少しずつ弱っていく祖父。祖父はいつしか、斉藤さんの名前すら忘れてしまった。

「日々の介護はとても辛かった」と明かす斉藤さん。痛感したのは、病気になってから何かをするのではなく、病気になる前の健康をいかに維持するかという視点の重要性だった。

「健康を構成する運動、食事、睡眠の3要素のうち、食事は1年に365日×3回と占める割合が大きい。この食事を改善することができれば、多くの病気を防ぐことができるのではないかと考えました」

また、斉藤さんは「平均寿命と健康寿命の間に広がる10年をどう過ごすか」という大きな課題を指摘する。

「人の死因の7割は生活習慣病ともいわれています。多くの人は生活習慣が原因で死んでいくわけですが、この20年、日本人の平均寿命が伸びても、健康寿命との間にある10年のギャップは空いたままなんです。つまり、病気になって苦しむ人生最後の10年が誰にでも待っている。僕はこんな健康を取り巻く現状を変えたいんです

大企業で働いて見えた壁と、味噌汁に魅せられたワケ

高い志を秘めながらカゴメ株式会社、株式会社リクルートキャリア(現・株式会社リクルート)、と20代のキャリアを歩んだ斉藤さん。

日本中に野菜ジュースを届けるカゴメでの仕事には大きな達成感を感じつつも、「身体に良い」というメリットだけでは経済合理性を追求したい小売店からの理解は得づらいといった難しさや、ある程度の市場性が見込める商品でないと販売継続が難しい大企業の限界に苦しんだ。

その後のリクルートキャリアでは、裁量権が大きく刺激的な環境と引き換えに、自身の食生活や健康が疎かになっていく。

不規則な食生活で増えてしまった体重を落とそうと、プロテインやコンビニのサラダなどに頼ったこともあったが、どこかに無理のある食習慣は結果的に長くは続かなかった。

「このままではいけない」。就職前に思い描いていた理想とのギャップの狭間で苦しむ中で斉藤さんに転機が訪れる。

2020年5月、会社員を続けながら、ビジネスコンテストの「TOKYO STARTUP GATEWAY」に応募。

当初は味噌汁というアイデアはまだなく、野菜をふんだんに使った惣菜のサブスクリプションを構想していたが、事業作りのノウハウを学び、徐々に事業案をブラッシュアップしていった。

そんな時、斉藤さんはSNSでひとつの投稿を目にする。

“豚汁って完全栄養食だよねーー”

この一言が、味噌汁の可能性を引き出すヒントになった。

味噌は大豆由来のためたんぱく質・ビタミン・ミネラル・食物繊維が豊富だ。さらに発酵食品のため乳酸菌や酵母菌などを含んでおり、腸にも良い。

栄養分析をすると、具材や調理法次第で味噌汁は厚生労働省の基準に則った「完全栄養食」になることも明らかとなった。

MISOVATIONを食べることで、1食に必要な栄養素をすべて摂ることができる(MISOVATION提供)

味噌については高血圧など様々な生活習慣病を予防できる可能性や、神経細胞保護作用によって認知症予防に貢献できる可能性を示唆する論文が発表されている。

味噌には40種類もの栄養素が含まれています。単体がここまで多くの栄養素を含む食品はなかなかありません。生きていく上で必要な栄養素を兼ね備え、しかも美味しい。毎日食べても飽きない。そのポテンシャルは非常に大きいと気付きました」

最終的には現在の「MISOVATION」の構想を練り上げ、コンテストではセミファイナリストにまで残ることができた。

「正直に言うと、最初から起業する前提で参加したわけではありませんでした。けれども、事業計画を練っていく中で、『この商品の価値を世に問うてみたい』という気持ちが膨れ上がっていきました」

(MISOVATION提供)

日本全国1,200以上の味噌蔵が示す、食の多様性

起業へ背中を押された要因は、もうひとつある。

総務省・家計調査によると、1979年には12kgを超えていた1世帯あたりの味噌の年間購入量は1989年には10kgに。2016年には5.25kgにまで落ち込んだ。味噌汁が食卓に並ぶ頻度も減る中で、産業全体の衰退が加速している。

「味噌」と聞いて多くの人が連想するのは大手メーカーの名前かもしれないが、全国各地には1,200以上の味噌蔵が存在し、それぞれの地域でそこでしか味わえない味噌づくりを続けている。

さまざまな味噌蔵に足を運んだ末に抱いた「いま自分がこの事業をやらなければ、きっと多くの味噌蔵が姿を消すことになる」という危機感が、斉藤さんを起業へと駆り立てた。

毎月使用する味噌を変えることでさまざまな味噌に出会う機会をつくる(MISOVATION提供)

斉藤さんが全国各地の味噌蔵と向き合う中で見えたのは、100年以上の歴史を持つ伝統や文化がありながら、今の時代に味噌の魅力や価値をどのように伝えれば良いか分からないという切実な課題だった。

味噌蔵の現在のメイン顧客は50代〜80代。一方、MISOVATIONのメイン顧客は30代〜50代だ。

味噌の伝統や文化をより若い世代に伝えていくために、MISOVATIONでは月替わりに異なる味噌を使用。使った味噌や生産者の味噌蔵について取材をした上で「MISOTIMES」という媒体にまとめ、より深く知ってもらうための情報も発信している。

味噌業界全体にこれまでにない新しい風を吹かせ、少しでも多くの人に全国各地の味噌蔵の魅力を伝え、味噌づくりの文化を守ることがゴールだ。

累計25,000食を販売、小売で「まずは1食だけ」にも対応

2021年1月にクラウドファンディングサイト「Makuake」で商品を先行公開する形で事業をスタートしたMISOVATIONは、自社ECを中心に、基本的にはDtoCの事業として2023年11月末時点までに累計25,000食を販売。サブスクリプションの会員数も右肩上がりで増加している。

クラウドファンディングでは目標額50万円のところ、187万円を集めることに成功した(MISOVATION提供)

同時に「まずは1食だけ試してみたい」といったライトな顧客層のニーズにも応えるため、2023年7月からAKOMEYA TOKYOや北野エースでの小売を本格スタートさせた。

「misobox」は目標額20万円に対し、Makuakeでは200万円超を集めた(MISOVATION提供)

2023年には「misobox」というパーソナライズ事業を新たにリリース。全国の味噌蔵が開発している一般に流通していないフリーズドライの味噌汁を、購入者の味の好みや不足している栄養素を踏まえて選び、届ける仕組みをつくった。

完全栄養食ではないものの、1食約1,000円と比較的高価なMISOVATIONの味噌汁に比べて、より手に取りやすい約300円ほどの価格で選択肢を充実させることで、味噌汁を飲む習慣を少しでも多くの人へ広げることを目指している。

「全ての購入者に一件ずつ電話をしていた」、その理由は?

取材中、斉藤さんは意外にも泥臭い舞台裏を明かしてくれた。

「実は2022年夏から2023年の4月までは、僕が全ての購入者一人ひとりに電話をしていたんです」

品質や美味しさにこだわって商品開発をするMISOVATIONだが、一歩引いた目で見れば、競争の激しい完全栄養食というジャンルの中で、1杯約1,000円の味噌汁を選んでもらうのは容易ではない。

ベンチャー企業だからこそできることを模索し、「大企業ではできないことの“逆張り”」を愚直に続けた。直接の電話もそのひとつだ。

「大抵のことはすぐに真似されますし、機能性だけで厳密に差別化をすることは難しい。であれば、DtoCで直接お客さんとつながることができている利点を最大限に活かした方が良いと思ったんです。こうした地道なやり方が有効だと分かっていても、意外と行動に移す起業家はいない。それをコツコツ続ければ、勝ち筋は見えてきます

商品の配送に関する情報と購入のお礼を伝えるついでに、時間が許す限り、斉藤さんは購入に至った経緯などを一人ひとりに電話口で尋ねた。

「『完全栄養食とネットで検索したら出てきました』と言われて、自分たちのサイトが検索上位にいることに気付いたり、こういう味噌が好きで買いましたといった情報から広告の訴求方法のヒントをもらったり…お客さんとの会話から教えてもらうことばかりです。電話を通じてユーザー理解が圧倒的に深まりました」

斉藤さんのいう“逆張り”は、単なるマーケティング戦略ではない。終始、伝わってくるのは「嘘のないビジネスで世の中に貢献したい」という思いと、MISOVATIONというビジネスそのものへの愛だ。

完全栄養食がトレンドだからやる、儲かるからやる、それもいいと思うんです。でもMISOVATIONは違う。僕の場合、とにかく自分の『好き』という気持ちに絶対に嘘をつかないようにしています

自社の味噌汁が、「本当に大好きで、実際に毎日食べている」という斉藤さん。

「罪悪感のあるビジネスはしたくないんです。味噌汁が売れれば売れるほど、より多くの人が健康になっていくし、味噌蔵を通じた食文化の継承も可能になると信じています」

MISOVATIONの成功の先に見据えるのは「予防医療が当たり前の世界」だ。高校時代から志してきたゴールは今もブレない。


SIIFの編集後記 (インパクト・カタリスト 古市奏文)

〜MISOVATIONが開く、インパクトエコノミーの扉とは?〜

日本の伝統的な文化に注目してビジネスを新しい形で開発する存在として、「カルチャープレナー」(英語のCultural Entrepreneursを元にした造語)に注目が集まっています。

カルチャープレナーとは、文化起業家の意で、日本が歴史的に培ってきた、工芸品や伝統技術における文化資本の価値に着目し、文化に根差した事業を展開している起業家のことを指します。

日本には古来から続く伝統技術や文化が多くありますが、そういった文化は時代の変化とともに失われつつある一方で、世界からは非常に高い評価がされているものも少なくありません。カルチャープレナーはそういった伝統をアップデートし国内外に発信していく、新しいビジネスの担い手として注目されているわけです。

今回のMISOVATIONも日本の味噌蔵文化を守り、日本食ならではの文化である「みそ汁」を時代にあった新しい形で提案する存在として、まさしくカルチャープレナーの文脈(※1)に載ってくる存在と言えるでしょう。

カルチャープレナーはインパクトの観点からも重要です。インパクト投資は当然ながら経済性だけによらず様々な社会的インパクトを追求する投資活動ですが、その社会的インパクトの一つがまさしく「文化資本」であり、今回のカルチャープレナーのトレンドは文化資本の価値が可視化・拡大する中で、その影響が経済的な資本にも強く染み出してきている状況だと言えます。文化資本は我々の歴史が培ってきた、価値の源泉であり、一方で無自覚なままにそれがビジネス化されると、国外に価値が流出して言ってしまう危険性も持っています。

その意味でまさしくカルチャープレナーの活動を通じて、文化資本のあり方に注目することは、今後の中長期の日本の経済を左右するような大きなインパクトがあると言えるでしょう。

(※1)カルチャープレナーの定義として、今回我々は3つの要件を中心に考えています。

1)日本の文化資産(技術、芸術、踊り、音楽、食、自然、建造物など)に根差した事業を行っている。
2)単なる伝統産業の担い手ではなく、何かと組み合わせるなどの新しい価値・アイデア創出に取り組んでいる。
3)グローバルな発信や事業展開を行っている、もしくは行う可能性を期待できる。

この中で特に注目したいのは、3)の要件で、文化資本は日本の中だけで考えていると価値を相対化・可視化できずに、見過ごされてしまう危険性が強くあります。グローバル&インパクトの観点から評価するということが重要になるでしょう。

◆連載「インパクトエコノミーの扉」はこちらから。

【撮影:杉山暦/デザイン:赤井田紗希/取材・編集:湯気】

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