「ある風船の落下」 西加奈子
「人間は愚かだ だからこそ尊いんだよ」
「ある風船の落下」 西加奈子 「炎上する君」より
この物語は随分前に読んだのですが、ことあるごとに登場人物の魂から叫ぶ声が自分の頭の中でシュールな映像となって表れました。
この物語の読みはじめは、絵本か、御伽噺か、そんな感じの 『お話』 のように感じていました。
しかし
読んでいくうちに、すごい力で自分の気持ちが何かに吸い込まれていくような感覚になっていました。
はっきりとした明確な答えはわかりませんでした。魂が何かを記憶しているかのような、思い出そうとしても思い出せない「きっとそうなのかもしれない」といった不確かな、曖昧な、自分が決めた現世での『約束』 を暗示しているような、そんな感覚でした。
◇
風船病
溜め込んだストレスがガスとなって、体が膨張し浮き上がるという奇病だと言う。
世界中で 「風船病」 の症例が見られるようになって、最初に認定されたのはシカゴの25歳の女性でした。
その病気が新しい病気で、WHOにも認定されました。
風船病に罹ってしまった人は、BALLOONISTと呼ばれました。
風船病の患者には、4つの段階がありました。
TERM1
TERM2
TERM3
TERM4
そのときが来れば、空のかなたへ飛んでゆく。
それを学者たちは、 SHOOT と呼んでいました。
ハナの体が浮き始めたのは4月の半ば。6月に入って、なんとかTERM2を保っていました。
ハナは、自分自身のことを「地上」に用がないと感じていました。
ある日
恐怖新聞のようにハナの家にチラシが投函されました。それは風船病患者にだけ投函されました。
母はそのチラシを見て言いました。
光の中で目を覚ましたハナは、目の前に浮かんだ光景に驚きました。そこにはたくさんの風船病患者が、ふわふわと浮かんでいました。
エラが話かけてきました。
エラは、この世界 ( ここにいる人たちは、ここを天国と呼んでいる。)のことを、わかりやすくハナに語りました。
ここではみんな等間隔で浮かんでいます。
しかし
人を信じたり、心を寄り添わせようとすると重力が発生し、まっさかさまに落ちてしまうというのです。
ハナは地上で辛かったことを、つぎつぎに思い出していました。
この世界ではふわふわと体が揺れているときが、不安定になっているとき。
ギョームという名前の人が、いつもふわふわと揺れていました。
ギョームの笑顔を見ると、ハナの体は揺れました。
いつしかギョームとハナは愛しあっていました。
そして
ギョームとハナの体は、確実に近づいてゆきました。
ギョームのその言葉を聞いた瞬間、エラが叫びます!
それは
過去に数々傷ついてきたエラの魂の叫びでした。
ギョームは泣きそうになりながら叫びました。
◇
巻末の解説に、又吉直樹さんがこう書いています。
絶望するな。僕たちには西加奈子がいる。
読者は西さんの魂の言葉に、ギョームやハナと同じく、強烈に重力の操るままに落下させられてゆきます。
私たちが今、もがき苦しんででもこの世を生き抜いているのは、縁ある人と重力のあるこの地上で生きようと、空の上で約束してきたのかもしれない。
それは家族かもしれないし、夫婦なのかもしれない。子どもや恋人や仲間かもしれない。
そして
この重力(さまざまな障害)を乗り越えられるものが、縁ある人との愛の力なのかもしれない。
だから
限りある人生を、今、この瞬間を、
共に約束した人と、ともに精一杯生きよう!
いつかそう遠くない未来に、
安らかな気持ちでSHOOTできるように。
【出典】
「ある風船の落下」 西加奈子 「炎上する君」より 角川書店
いつも読んでいただきまして、ありがとうございます。それだけで十分ありがたいです。