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逃げ水 #6 | キン消しとスケール

ガンプラのスケールは1/144
ミニ四駆のスケールは1/32

趣味の世界のスケールはなぜかキリの良い数字がない。
キン消しは公称しているスケールはないが、キン肉マンの身長が185cmで、消しゴムが4.5cmくらいだから、スケールは1/24。

やはり中途半端だ。

「消しゴム」という名称が付いているからと言って、キン消しで本気で実用しようとする奴とは友達にはなれない。

まだ物事がはっきりわからない子供に、ハズレのキン消しを価値あるものと思い込ませて、レアなものを略奪しようとする奴は、友達になれるかどうか以前にバッファローマンの角に肝臓あたりを刺されて苦しんだら良いと思う。


今日は1/30のスケールで例のネイルサロンの平面図を描いている。

学生の頃、1/30の図面を描く機会はほとんどなかった。
あったとしても、それはだいたい「矩計図」とかで、建物の構成要素とそれらがどのように接合されているのかをきちんと把握するためのものだった。

平面図においては、計画する建物の規模が大きいことがほとんどだったので、1/200とか、大きくて1/100のスケールだった。

だから、平面図の検討に1/30のスケールを使うようにと指示をもらった時には驚いた。なぜそんな大きな図面を描く必要があるのかと。

しかし作業を始めてしばらく経ってくると、こういうことではないかと思えるようになってきた。

1/100で椅子の平面図を描く場合、ほとんどの人が、対象がスツールでない限り、四角に一本線を入れて背もたれを示したくらいの簡単な図にしているはずだ。

しかし、よくよく考えると当然なのだけど、そんな形状をした椅子は現実にはほぼ存在しない。

座面はたいてい台形だし、角は今にもふくらはぎを傷つけそうな形状ではなく、少なからず面取りがされている。
肘掛けの有無も忘れてはならないし、背もたれは座面に対して直角でないなら、もう一本線が増える。

空間のデザインを考えるときは、こういった細かい要素が他に影響を与えることがあるはずだから、その場に置かれるモノの正しい形状を図示する必要があるのではないのか。

そう思えてきたらつい最近やってしまった、と思ったことにも合点がいった。鉛筆で描いた平面エスキスを終えて、CAD化している時のこと。

使いたい椅子をカタログで探し、それの実際のサイズを平面図に落とし込んだ時、あまりの大きさの違いに愕然した。

「想定していた席数入らへんやん。。」

これがプレゼンテーションの前の話でよかったと胸をなでおろした。
席数は収支に直結するだろうから、後から「えっと、、ちょっと椅子大きくしたんで、席数減るんですよね〜」なんてとても言えない。

選択するスケールにはそれぞれに意味があって、その違いを認識した上で図面を描かなければ意味がない、ということが少しだけ分かった。

スケールのことをあれこれ考えていたとき、ふと思ったことがある。
それは「輪郭線」を描くこと。

モノの輪郭は現実世界では物理距離をもたない。
物体Aと物体Bの境界という概念があるだけだ。

それなのに、図面ではその境界線を「幅」のある線で表現する。
試しに1/200のスケールで、鉛筆で0.5mmの線を引いてみる。

この場合、原寸では10cmの線が現れることになる。

例えばこの線がテーブルの境界線だとすると、テーブルの幅は実は5cm小さいのか、あるいは5cm大きいのか、判断がつかない状態になるだろう。
もしかしたら10cm幅の違う物体が存在しているのかもしれない。

つまり、境界線を描くとそこにあるはずのない物体が発生する。これを積み重ねていくと偽りの空白が増え、空間が圧縮されていくのではないか。

であれば、図面というものは「塗りつぶされた面」で表現するのが正しいのではないか?というアイデアが頭に浮かぶ。

この方法が実用的でないことは、3700年前に描かれたバビロニアの世界地図から、現代の精巧な集積回路の設計図に至るまで、どこにも採用されていないことから明らかなのだけど。



そんなことを考えていると、時間があっという間に過ぎた。
帰り支度をする人がちらほら目に入る。

僕のデスクから前方、二席向こうに目をやる。
視線に気づいたのか、先輩がこちらを向いて、右手をグラスを持つかたちにして、口元で何度か傾けてみせた。

そうだ、今日は金曜日。
先輩に飲みに誘ってもらっていたのだった。お店の予約まで先輩がしてくれている。

図面は全然完成していないが、提出期限は「今週中」なので、土日を使えば問題ない。

ただ、明日はどうせ二日酔いで作業できひんやろうから、勝負は日曜日か、などと思いながらデータを保存して、Macの電源を落とした。

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