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逃げ水 #7 | オープンキッチン

事務所から地下鉄で一駅の四ツ橋駅で下車し、「堀江」という住所がつくのに、まだ賑わいの乏しい北西のブロックへと歩く。

今、大阪でいちばんおしゃれなお店や人が集うと言われているのは「南堀江」の方だ。

昭和の時代に家具屋さんが軒を並べていた通りは、アパレルショップが林立する通りに変化している。
そして「人が集う場所には飲食あり」とでもいうように、様々なジャンルの食べ物屋さんが雨後の筍よろしくオープンしている状態だった。

ほんの1〜2年前には、こだわりにこだわった、着る人を店員が舐め回して評価するような服屋しかなかったけど、今はずいぶんとカジュアルに入れるお店が増えた。
それに伴って、タウン誌のショッピングガイドにこのエリアが紹介される機会も増え、高校生くらいの若者がデートで訪れるくらい賑わうようになった。

こうなってくると、大手企業が手をこまねいて見ているはずがない。
個人事業主では手が出ないような大きな土地や建物を購入し、ひと時しか使わないことがミエミエの「旗艦店」という名称を冠にして出店してくる。

どこにでもあるような服が買える。
どこにでもいるような服を着た人たち闊歩かっぽする。
個性がシノギを削るように、カルチャーの先端を面白おかしく走っていた人たちの居場所が見えなくなってくる。

街を資本が消費し始めていた。
街は賑わっているようで停滞している。
苦しまず、ゆっくりと死んでいくための延命装置をすでに取り付けられていた。


駅からお店に向かう道中は、昼白色の光が漏れ出す事務所ビルが多く「いい感じの」お店があるような雰囲気はなかったが、ときおり温かみのある光が漏れ出す木製建具のファサードを見かけたりした。

南堀江から避難してきた、あるいは未来の南堀江を見越して入植してきた人たちの店だろう。
このエリアも少しずつ編集されているらしい。

しばらく歩くと目的の店に到着した。

店は隅切りのされた角地に、容積率いっぱいに建つビルの1Fにあった。
都市計画法における商業地域に属し、なおかつ角地であることの恩恵を清々しいほど使い切っているビルだった。

先輩の後について店の正面に近づくと、入口扉横の開口部からキッチンがよく見えた。
中では真っ白なコックコートと髭と長髪パーマがよく似合う、EXILEのメンバーにいそうな風貌のシェフがソースパンに小指を突っ込んでいる。

木製の框扉を引いて店に入ると、すぐ右手に先ほど見かけたダンスの上手いシェフがいる厨房が目に入る。

ちょっと待てよ。
これまで訪れた飲食店で、客席から厨房の中で調理している様子が見えたことなどあっただろうか。いや、なかったはずだ。

少し記憶を巻き戻すと、この違和感は店に入る前から抱いていた。
なぜなら、店の外から料理人がソースパンに指を突っ込むところなど、普通は見えるはずがないのだから。

これがいわゆる「オープンキッチン」ってやつだと、理解するのに少し時間がかかった。

厨房というと、配膳スタッフが窓のついたスイングドアから勢いよく出てきた時にチラッと見える程度でしか見たことがない。

その時に見える内部は、先ほど店に来るまでに見てきた事務所ビルのように、白々しい昼白色の光で満たされていて、食材を無味無臭に変換する装置のようだった。

しかも、こちらが店の奥の方にあるトイレに行く時に見えたりするものだから、実際の清潔さと関係はないのに、綺麗なイメージをもっていなかった。

そんな既存の厨房のイメージから今目の前にある空間はかけ離れていた。

厨房の中まできちんと照明計画がされていて、ステンレス製の厨房機器や、フードに引っ掛けてあるフライパン、カウンター上に並ぶワイングラスなどに輝度が高い光が当たり、素材感や立体感を際立たせている。
光源の色温度は温白色から電球色の間くらいで、食材も美味しそうに見える。

中で働く人の動き、火と炎、煙、匂いまでも店舗空間を構成する要素になっていることに感動を覚えた。
客席で聞こえる会話のざわめきと、厨房から聞こえる調理の音やシェフたちの声、両者が一つの空間内で共存する一体感も、新しい感覚だった。

そんなことを入口付近で突っ立って感じていると、先輩は奥から出てきた店長と思しき長髪の男と二、三言葉を交わしてから、彼に先導されて席の方へ進んだので、後に続いた。

案内されたのは、燕脂えんじ色と煉瓦色を半々に混ぜたくらいの色をした、ビニルレザーが張り込まれたハイバックのBOXシートだった。

座って、あたりを見渡して気付いたが、この店は、どの席に座ってもキッチンが見えるようになっている。
まだ店に入って3分も経っていないのに、先輩に話したいことがあふれてきている。

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