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悪夢日記 七 『夜の団地と踊る男』

 深夜、ある団地に行くと、全身黒い服の男が、子供たちが遊ぶための広場で不思議な踊りをしている、という噂があった。それが人なのか幽霊なのかはわからない、けれど、静かに踊っているらしい。

 自宅から歩いていける団地であったので、噂の真相を確かめることにした。


 午前二時頃。何棟も立ち並ぶ団地が私を見つめている。昼間の眩しい白い壁が、月と街灯によって薄灰色に塗られている。

 一棟、二棟、三棟目、大通りから団地に続く脇道へと抜け、四棟目、そこには砂利が敷かれた遊具も何もないただの広場があった。公園と呼ぶには粗末すぎる。


 いた。


 視認した瞬間、急いで建物の陰に隠れた。角から盗み見ると、噂の男は緩急をつけながら手足を伸ばし、地に伏せ、回り、飛び上がり、それはそれは綺麗に踊っていた。ゆったりとした黒い服は男の動きを緩やかに追い、風をはらんで、川のように流れ——つまり、静かな広場と団地、私はその男の踊りに魅了されていた。

 見る限り、ただの人のようだ。あれだけの激しい踊りだ、何もないこの広場が練習場所に適切だったのだろう。なんだ、人か、と少し落胆した気持ちがあった。

 私はすっかり安心し、気配を消すのをやめ、すっと、元来た道を戻ることにした。月夜の夜は道が明るい、この街灯の少ない道も怖くなく歩ける。

「現実の道はすべてどこかにつながる。けれど夢ではどうだろう」

 体を硬直させた。今の声は誰だ。


 振り返る。男が踊りをやめていた。体をこちらに向けているが、黒い布は顔まで覆っており表情が見えない。人なのか、あれは。激しい踊りを音もなく踊っていた男。私は返事をしてはいけない、と判断し、踵を返した。


 今、歩いているのは来た道と同じ。

 早足で歩く。

 ……なぜか、この道が大通りには出られない気がした。



 ——夢であった。








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