コミュニケーションの悩み〜なぜモヤモヤするのか考えてみた
おはようございます🌞
ライフとワークをシームレスに生きる、ライフキャリア考え人のかぁちんです。
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皆さん、いかがお過ごしでしょうか?
私は、今朝気持ちよく30分二度寝をしてしまいました。
こんな日もある。
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さて。
今日は、コミュニケーションに関する自身のモヤモヤの話です。
ぐるぐる思考整理をする内省記事になりますが、お付き合いいただけますと嬉しいです🌱
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皆さんは、相手とのコミュニケーションで「心を開きやすい」、「心を開きにくい」でいくとどちらが近いでしょうか?
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私は、人にはオープンマインドに見られることが多いです。
しかし、そんな他者からのみられ方に自分自身はギャップを感じています。
そもそも・・・心を開くとは?辞書の意味は▼
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心開く、開かないは、シチューエーションにもよると思いますし、正解はないと思います。
ただ、心を開いてコミュニケーションをとることは関係性構築において必要なことだと考えています。
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心を開いた方がいいのかどうかの話は横に置いておいておきます。
私自身は、心を開いてふらっとなコミュニケーションを築いていきたい、と考えています。
自分としては心を開けていないと感じるのに対し、他者は開いていると感じる、そのGAPに、自分自身が少し怖さを感じているのだと思います。
今日はその怖さを少し分解して考えてみたいと思います。
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日頃のコミュニケーションの場面において、話終わった時、「話してよかった」「楽しかった」とポジティブにその場を終えることが多いように思います。
でもどこか「あともう一歩だったかもしれない」「もう少しだったかな」などと思うことがあります。
その理由は、私自身が相手と距離を感じている裏返しなのかもしれません。
感覚としては、自分が心を開いているつもりでも、多分心の扉はいくつかあって、その時は扉を1枚は開けただけ。
真の自分はその2・3枚先の扉の奥にいる。
そんなイメージです。
1枚目の扉を開けて、握手ができるまでの関係性にはなれたけど、その先、ハグをしあえる関係になるまでは、至らないと感じている、といったかんじでしょうか。
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今日は記事を書きながら、自分のホンネと少し理解できたような気がしています。
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自分が「思ったことを話せた」、「意見の相違があってもとことん話あえた」、「ありのままの感情も含めて、話ができた」と思う時は、3枚先の扉の奥もみせて話ができているのかもしれません。
取り繕わないありのままの自分を晒してそれでも一緒にいてくれる方との関係を大事にしていきたいし、一緒に遊んだり、一緒に仕事をしたりしたいのだと感じました。
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まだまだこれからではありますが、相手との関係性づくりを色々試行錯誤をしていきたいと考えています。
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では、今日はこのあたりで✍️
本日もお付き合い、ありがとうございました^^
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本日も素敵な1日をお過ごしください🌱
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vol.288
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