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【連載小説】アウトボールを追いかけて 第2話 「スプリンクラーを浴びて」 #6

 ピーン。FENのラジオが軽やかに一時を告げる。
蝉の大合唱は今日の午後も盛大だった。
先日の授業で先生は、「うるさい」は漢字で書くと五月の蠅と書くと言っていたが、八月の蝉の方がよっぽど合っているんじゃないか、なんて思ってしまう。
「で、どうする?」 
このあとも犯人捜しをすべきか、三人は椚の根に腰掛け話し合っていた。
状況から考えてもヤツらが戻ってくるのは夕方になりそうだ。
「取りあえずさ、できるとこから直そうぜ」
「あぁ。俺もウメッチの意見に賛成だよ。それに、また襲撃されないとも限んないしさ。今のうちに補強するなり、なんなりしといた方がいいと思うな」
「でもな、あんなことしたヤツら、のさばらせていたらあかんぞ」
「わかってるさ。でも、やっぱ出来ることからやっていこうぜ」
そやけどなぁ。荒ケンは不服そうだったが、今日のところは基地の修復をすることになった。
おそらく棒か何かで叩かれた程度だったのだろう。土台や柱には大きな損傷は見えなかった。
「まぁ、屋根はしょうがねぇな。取りあえず余ったベニヤで塞いどこうか」
「いいよ。とっととやっちまおうぜ。どうせならもっとジャングルっぽくするか」
思い描いていた仕上がりとかけ離れてしまったが仕方ない。
リサとの計画が延期され、ウメッチは投げやりになっているようだ。

 なんとか夕方までには修復と補強を終え、一応完成の運びとなった。
「まぁ、トラブルはあったけど、それなりに格好いいじゃん」
辺りの色合いに青味が混じり、街灯にオレンジ色の灯がついた頃。
非常用のランタンを持ち込んだ基地の中で、三人は満足げにくつろいでいた。
もちろん犯人は許せなかったが、憤りは随分と和らいでいた。
「あとは壁をきれいに飾って、リサちゃんを招待しようぜ」
「はいはい、そうですか。それよっか、このあとも気をつけないとな」
「一応、帰るときは縄梯子を上げとかんとな。今度手出したら俺は絶対に許さねぇぞ」
荒ケンの台詞に二人とも強く頷いた。

 しかし、その後も犯人捜しは難航し、依然として手掛かりすら得られなかった。
その上、入学手続きを終えたリサは九月の始業式までこっちに来ることはなく、招待する計画まで立ち消えたままだった。
襲撃事件は荒ケンにはまだ強くしこりとなって残っているようだったが、晃二の中では時間が経つに連れ頭の片隅に追いやられつつあった。
そんな八月の二週目。休みも中盤戦に差しかかった頃だった。
相変わらず、毎日のように砦や基地に入り浸っていた、そんなある日のこと。偶然ハウス内でジミー達と出くわしたのである。
世間ではお盆休みを間近に控え、帰省の話題で持ちきりだったが、晃二達にはあまり関係なかった。
田舎に帰る者は一人もおらず、その日も朝から五人でハウス内をぶらついてめぼしい物を漁っていた。
ハウス内の集会所裏や道端のドラム缶のゴミ箱には気をそそられる物が結構捨ててあるのだ。
古レコードや雑誌なども意外と捨てられていて、中には際どいヌード雑誌もあった。
それらはもちろん、お宝として基地に持ち帰っていた。
今回拾ったのはファッション誌だったが、水着姿に「おっ勃つ、おっ勃たない」で言い合いになっていたときに林の奥から奇声が聞こえたのである。

「なんだなんだ、行ってみようぜ」
走り寄ってみると、切り崩された工事中の現場でジミー達が泥の塊を投げ合って遊んでいた。
「おい、ヤツらだよ。どうする? 話してみるか?」
ウメッチが戸惑いがちに荒ケンの顔色を窺っていたら、向こうから声を掛けてきた。
「ヨゥ、ヒロ。何か用かよ」
我々に気づいた他の連中も動きを止め、訝しげに様子を窺っている。
「よし、話だけでも聞いてみようぜ」
晃二は荒ケンにそう言って近づいていった。
「ちょっと聞きたいことがあんだけどさ。俺達がよくたむろしているとこ知ってる?」
「ナニ、たむろしてるって、お前らの縄張りのこと? 知らネェよ、そんなとこ」
「ほんとに? じゃあ小屋みたいなもの見たことある?」
そこでジミーは早口の英語で仲間に尋ねた。
「知らねぇってサ。それがどう俺達と関係あんだヨ」
「いや、知らないんならいいや。ちょっと聞いてみただけだから」
「ハウスの中か? ここは俺達の縄張りだぜ、勝手なことすんなよな」
どうやら本当に知らなそうだった。
晃二達のそんな逡巡している表情を見て、向こうは強い態度に出てきた。
「ナニ疑ぐってんだかわかんねぇけど、用が済んだら出ていけヨ。それともちょうどいい。俺達と勝負するか?」
ジミー達は、今さっきまでやっていた続きを日本軍相手にやってやると言ってきた。
晃二達は、薄笑いを浮かべるヤツらの挑戦を受け入れるか迷っていた。
「売られた喧嘩を買わずにどうすんや。泥投げの戦争やろ。やってやろうやないか」
みな無言で頷いている。
なにやら面白いことが始まりそうな前兆に笑みさえ浮かべていた。
「いいぜ。暇つぶしに相手になってやるよ」
ウメッチの返答をジミーが仲間に告げると、大きな歓声が上がった。
ここ数ヶ月、日米野球は行なっていなかったので、久しぶりの対決である。同学年でも体つきが格別な黒人は混ざっていなかったので、勝ち目はありそうだった。
「よし、じゃあウォーミングアップしたら始めようぜ」
話は決まった。その場で左右に分かれ、準備に取りかかる。

 ルールは簡単だった。合図と共に弾を投げながら攻めて、相手陣地にある樫の木に触るか、全滅させるまでだ。
その弾となるのが泥の塊で、現場の隅に掘り起こしたまま山盛りになっているのを使えばよかった。
そして、その弾に二回被弾すると戦死したことになるのだった。
まずはいつものように作戦会議をする。
スポーツも戦いも作戦が勝敗を分けることを熟知しているので、フィールドの状況や相手の面子を観察して効果的に思える策を練る。
「俺が真ん中の窪みに速攻で隠れるから、そしたらモレとウメッチは左右から分かれて攻撃してくれ」
荒ケンは木の枝で地面に配置図を描くと、みんなの顔を覗き込んだ。
「そんでや、晃二は後ろから指示出しながら、陣地の周りを守ってくれ。もし俺ら三人の前線が破られたら、なんとしてでも防いでくれ。あと、ブースケは弾の補充を頼むぜ」
おそらく相手側戦力の中心となりそうな二人は中央に位置していたので、分散させて配置し、背後からの指示で陣営を崩すポイントを見つけ、そこを狙っていく作戦である。
「分かったけど、どうすりゃいいのさ」
「どうすりゃって、ブースケはこの辺りに泥をどんどん溜めながらみんなの補充をすればいんだよ。そんで、俺達はとにかく片っ端から弾を投げりゃいいんだよな。荒ケン」
「おぉそうや、でも、めくら滅法やなく、ちゃんと狙えよ。それと弾が切れそうになる前に取りに戻れよ。無くなってからじゃ遅いで」
最初の弾、五十個を用意し終えたところで戦闘態勢に入る。アメリカ人は成長が早いので、同い年といえども五人とも体格は我々よりでかかった。

 イエーッ。合図と同時に相手は声高に叫び、散らばっていった。
前線がこっちは三人に対して向こうは四人だったので、攻め込もうにも壁が厚く、初めの一、二分は睨み合いが続いた。
思ったより苦戦を強いられそうだ。
「援護頼むぞ」
そう叫んで飛び出した荒ケンめがけビュンビュン弾が飛んでくる。
しかし、そこは手慣れたものだ。荒ケンは腰を屈めて反復横飛びでもするかのように俊敏に動きながら前進していった。
その姿を見ていたら、いきなり晃二の耳元でシュッと音がした。
ガガーン。
直後、後ろにあった工事の看板が大きな音をたてた。
驚いて振り返ると直撃した泥がこびり付いている。
意外とスピードと威力があるので、当たると結構痛そうだった。
「晃ちゃんもどんどん投げなきゃだめだよ」
ブースケはそう言って泥の大きな塊を手頃な大きさに砕いて弾を補充していく。

「ブースケ、弾くれっ」
さっそくブースケは両手一杯に弾を抱えて荒ケンの近くまで走って行く。
モレも身を屈めて走りながらがむしゃらに投げ込んでいた。
みんな楽しみながらも真剣だった。
攻め込もうとすると集中砲火を浴び、なかなか接近できない。
それでも相手が弾を取りに戻っている隙に指示を出し、じりじりと詰め寄っていく。
だが、今度はこっちが弾切れしたところを一斉射撃され、モレが当てられてしまった。
やってみて解ったが思いのほか難しい。
ちゃんと計算して投げなければ駄目だった。
こつは一つ投げたあと、すぐ微妙にずらして二投目を投げるのが効果的らしい。
続けざまにきた弾には反応も遅れがちになるものだ。

「ほれ、当たったぞ。一回目な」
どうやら荒ケンが敵の一人に当てたらしく、被弾したヤツは悔しそうに天を仰いでいた。
かと思うと左の方では、「くっそー」と叫びながら顔を歪めてウメッチが戻ってきた。
「しまった! 晃二」
その隙をぬって敵が前線を突破してこっちに向かって来た。
いきなり敵の砲撃が増える。
晃二はその弾を避けながらたて続けに三発放ったが、どれも外してしまった。
しかも焦って足元の弾を拾い損ねた。
やばいと思った直後、「ガッデム!」と叫んでそいつは腿を押さえたまま泥に突っ込んでいった。
荒ケンが後ろから放った弾が直撃したらしい。
だが安心していられない。少しでも隙を見せると五、六個まとまって飛んでくる。
あっ、と息をのんだ瞬間。
ブースケの頭に直撃し、泥の破片が辺りにはじけ飛んだ。
大丈夫か。晃二が駆け寄ったとき、ガシッという音と共に臑に痛みが走った。
ブースケに気を取られているうちに晃二も被弾してしまったのだ。
「イェーッ。ザマアミロ。」
はしゃいでいるジミーを見て、一気に頭に血がのぼった。
「くっそぉ。やりやがったな」
晃二が弾を抱え込んでいると、「援護射撃頼む!」と声が聞こえた。
仇を取ろうと、荒ケンが盛んに攻撃しながらにじり寄っていた。
だが四対一では無理がある。敵の一斉攻撃に遭ってしまい、逆に一発被弾してしまった。
これでこっちは全員が一発ずつ喰らってしまったので、形勢は逆転されつつあった。
ここは冷静になって耐えるしかない。
そう判断した晃二は「一旦、少しバックしろ」と前線三人に指示を出した。

〈#7へ続く〉
https://note.com/shoji_kasahara/n/n5b09522a1d2b

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