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【連載小説】アウトボールを追いかけて 第2話 「スプリンクラーを浴びて」 #4

 重装備までとはいかないが、長袖長ズボンに食料の入ったリュックを担ぎ、スコップと懐中電灯を手にしたメンバーはにこやかな表情で洞窟の前に整列した。
この頃から、何故か興味を示す場所は薄暗いところが多く、懐中電灯は必需品になっていた。
「僕が最初に見つけたんだから、一番に入る権利があるよね」
さも当然、という態度で有無を言わせず、学はゆっくりと草を掻き分け、中腰で一足踏み出した。
その後に続き、一列になり慎重に這って進んでいく。中は予想通り狭かったが、窮屈と言うほどではない。
冷んやりじめっとした空気は土と苔の混ざった臭いで充満し、壁は冷たくヌルッとした手触りで、巨大な生物の体内に侵入したかのようである。ピノキオにでもなった気分だ。
すぐに突き当たり、学が身体の向きを変え、右側前方にライトを当てるや否や叫んだ。
「なんじゃこりゃ」
そして左に向きを変えると、また大げさに声を出した。それから学はしかめっ面で振り返り「交代して見てみて」と言って懐中電灯を後ろの晃二に渡した。
理由も状況も分からない三人だったが、一人ずつ入れ替わると、同じような反応をした。
なんと、左右とも曲がって1メーターのところで洞窟は終わっていたのである。
多分、途中で必要なくなったのか、掘っている最中に戦争が終わったのかだろう。理由は不明だが、勝手にこっちが過大な妄想をしていただけだった。
「なぁんだ。ばっかみたい」
四人は一旦外へ出て再び整列し、互いの重装備を見て吹き出した。
実に間抜けな結果に終わり残念だったが、自分達の発見した洞窟に違いはない。
四人はその狭い穴の中に身体を寄せ合って、持ってきた非常食の駄菓子を貪りながら今後のプランを練った。
「せっかくだから、少し手を加えて僕達の隠れ家にしようよ」
学の提案にみんなも乗り気になり、道具を持ち寄って翌日から作業を開始したのである。
そんないわく付きの洞穴を広げて改良したのが第一基地だった。

 その後も手を加えたスペースに充分満足してはいたが、翌年の夏休みに入ると、学は別の場所に基地を造るべきだと言い出したのである。
そして、候補地探しに躍起になっていた四人が次に目を付けたのが、晃二の住む地区と外人ハウスとの境にある竹薮の中だった。
今は外人ハウスへの抜け道にもなっているこの竹薮だが、初めは鬱蒼としていたところを時間をかけて整備していったのである。
さらに、毎年竹の子取りのたびに拡張していったため、最終的には竹や笹が入り乱れる迷路のような仕上がりになった。
その一番奥に二メートル弱の崖があり、その上に斜めに生えていた竹を薙ぎ倒して跨っては、「これぞ本当の竹馬だ」と言ってよく遊んでいた。
それが功を奏したのか、やがて竹が傾いだまま元に戻らなくなり、気づくと崖との間にうってつけの空間ができていた。
そこをベニヤ板で周りを囲ってできたのが第二基地であった。
居住スペースは四人がやっとだったが、床板を敷き、段ボールでちょっとした棚を造ると少しは格好がついた。
そこに、みんな家から使っていない道具やオモチャを持ち込んで遊んでいたのである。
特に学はほとんどの宝物を運び入れ、以前にも増して基地で遊ぶ時間が多くなっていた。
休みの日も晃二を誘っては基地へ行き、仮面ライダーカードで飽きることなく対決したりしていた。

 そんな風にしてしょっちゅう一緒に遊んでいた二人だったが、寒さが身にしみるようになってきた頃に些細なことから喧嘩になってしまった。
それは、いつものように賭トランプで遊んでいた時である。
奪い合いになった怪獣カードを巡って押し問答になり、最終的には取っ組み合いの喧嘩になってしまったのだ。
初めての喧嘩だったせいもあるのだろう、お互い意地を張ったのがいけなかった。
謝るタイミングを逃した上、冬休みに入ってしまい、さらに距離が開いてしまったのである。
結局、三学期に入っても仲直りできず、商店街地区の連中と遊ぶことが多くなった学とは自然と離れていった。
そしてまだそのしこりが残ったままの二月。突然先生から学の転校を聞かされた。
親の仕事の都合ということで急であったが、別れの挨拶すらなく、学は去っていってしまったのだった。
晃二はあのときの喧嘩もそうだが、それ以上に意地を張って謝らなかったことを今でも悔やんでいた。

 実は当初、今回の基地造りに関しては、「学もいないし、春に陥れた砦があるから必要ないよ」とみんな一様に言っていたのである。
それに対し晃二が異議を唱えたのは、「来年も造ろうな」という学との約束があったからに他ならない。
結局、一緒にとはいかなくなったが約束だけは守りたかった。
いつの日か学が再びこの街に戻ってきたときのためにも実行すべきだと皆を説得したのだった。
これまで候補になったところは幾つかあったが、どこも決め手に欠け、決行が遅れるのではと危ぶまれていた。
そんなある日、ウメッチが提案したのが家の近くにある椚の木の上だった。
彼が白状したところ、元々その木の上は自分のお気に入りの場所だったため、仲間たちにも秘密にしていたらしい。
開き直って、「自分のとっておきの場所を紹介したんだぞ」と、威張っているウメッチに、感謝の言葉よりも「今まで隠してやがって」と罵声が飛んだのは言うまでもない。
その椚の木は見るからに立派だった。しかも太い幹が途中で三つ又に分かれているため、今回の木の上に造るという計画には申し分なかった。
まず三つ又の部分に角材を渡して固定し、ベニヤ板で床を貼る。
それから四方に柱を立て、周りと屋根をトタンで囲っていく。
そんな算段で計画は練られていった。
学がいなくなったいま、基地造りは三人だけの作業である。
モレとブースケは出来上がった基地には呼ぶが、作業となると足手まといになりそうなので、材料運び以外は参加させなかった。
ぶきっちょな二人にも、その方が気が楽でよかったらしい。


「おーい、こっちこっち。ちょっと板運ぶの手伝ってくれぇ」
二人が椚の下に着くと、裏庭の方からウメッチの声が聞こえた。
「おぉ、もう働いてるぜ。いつもこんな真面目だといいんやけどな」
「今回はあいつの陣地だから張り切ってるんだろ。まぁ、いんじゃない、あいつが今回のリーダーってことで」
二人は取りあえずウメッチの指示に従うことに決めた。
「グッモーニン、エブリバディ。さっそくこれ運ぶから、はいはい、荷物降ろして」
「お前、朝からご機嫌だなぁ。なんかいいことでもあったのかよ?」
「ふふっ。まぁな。あとで教えてやるよ」
頭にタオルを海賊巻きしたウメッチは意味深にほくそ笑んだ。
「さぁ、始めるぞ。最初は床の土台造りからやるからな」
三人で何度か往復して材料を移動し終えると、すでにシャツが汗でグショグショになり肌に貼り付いている。
さらに辺りを埋め尽くす蝉の鳴き声や、立ちのぼる芝の草いきれも身体にまとわりつく。
服を脱ぎ捨ててプールにでも飛び込んだらさぞ気持ちいいことだう。
ようやく道具を全て並び終え、その場に寝ころんだ。
長く伸びた芝がクッションのように柔らかく、このまま目を閉じればすぐにでも夢の世界に行けそうだった。
「俺と荒ケンで土台を組んでいくから、晃二は寸法通りベニヤを切ってってくれ」
「そんじゃ、荒ケン、そこの角材とロープを持って先に登っててくれ」
ウメッチは的確な指示を出してから脚立を取りに戻った。

一号が洞窟の中、二号は竹藪の中、ということもあって、三号はできれば木の上に造りたいと以前から話し合っていた。
映画や本の影響なのだろうか、三人は何故か密林の木の上の小屋が正当な隠れ家だというイメージを持っていた。
作業としては、足場がしっかりしない状況下でバランスと強度をしっかり保たなければならないため、基礎づくりはある程度の困難を予想していた。
しかも材料は米軍のダストボックスで拾った物や有り合わせの代用品なので、上手く合わさるかすらも不明だった。
だが、思いがけないほど作業は順調に進んだ。
それは三人の卓越した技術のおかげと言いたいところだが、そんな訳はない。三つ又になった部分がたまたま水平に近かったおかげで、スッポリ嵌るように土台が収まっただけのことである。

「なんだか、まるで測ったように上手くいったな」
「あれ? 綿密に測ったからじゃないの?」
晃二がニヤニヤしながら問うと、
「えっ。あっ、あぁ。もちろんだよ」
思い出したように、いつもの勝ち誇った態度に代わった。
「上出来やな」荒ケンもまんざらでもない表情である。 
三人は再び、地上二メートル辺りにできあがった、ベニヤ二枚、ちょうど一坪の床を見上げた。
正方形に組んだ角材を三つの幹に括りつけて固定し、ベニヤを張っただけではあったが、それなりに頑丈そうだ。
「これならブースケが乗ったって平気だな」
チッチッチ。晃二の言葉を打ち消すように、顔の前で人差し指を振る。
「なに言ってんだよ。象が踏んでも、じゃない、象が乗っても壊れないに決まってんだろ」
クククッ。ウメッチは独りで受けていた。
「アホぬかせ。どうやって象が乗るんや。それよっか休もうぜ」
まだ少し早いが、きりがいいので休憩することにする。
三人は椚の根に腰を下ろし、来る途中で買った菓子パンをむさぼり、コーヒー牛乳で流し込んだ。

 激しさを増している蝉時雨の中、時折涼しい風が木立を抜けてくる。
頭上に青々と繁る葉が陽射しを遮ってくれるからか、暑さはそれほど感じなかった。
「あっちに飛んでったぞ」
どこからか子供の声が聞こえた。ウメッチの弟たちに違いない。
中腰のまま木々の隙間を覗くと、陽射しのカーテンの向こうで弟二人が虫取り網を大きく振り回しているのが見えた。
二人はじゃれ合いながら駆け回り、なだらかな斜面の起伏に隠れたかと思うとまた現れた。
密度を濃くした日向のステージで繰り返される、そんな弟達の無邪気な芝居のような動きが滑稽であると同時になんだか懐かしさを覚えた。
二、三年前までだったら今頃、晃二達も虫取りに夢中になっていたはずである。
よく、谷間の森の木々に砂糖水を浸した脱脂綿を仕掛け、翌日の日が昇る頃カブトやクワガタを採りに行ったものだ。
だが、年々遊び方自体が変化していき、最近はスリルや危険が伴わないと物足りなく感じてきていた。

「ふぅーっ。そろそろ始めるとすっか」
寝っ転がっていたウメッチは立ち上がって大きく伸びをした。
「この分だと、あと三時間ぐらいで終わりそうだな」
菓子パンの空き袋を丸めてポケットに突っ込み、晃二も同じく伸びをする。
ここからの作業は脚立と木の上になる。
まず床の四隅に柱を立て、それからトタンで周りを囲っていけばよかった。
あとは出入口に縄梯子を掛け、窓に葦簀を垂らせば今日の作業は終了である。
屋根に関してはペンキを塗っておくだけに留め、明日に取り付ける予定だった。
「ほんじゃ、一本ずつ柱を固定していこう」
普段から大工仕事が好きだった三人なので、後半も順調なスタートをきった。
角材を押さえる者、釘を打つ者、添え木を打つ者、誰に言われずとも各々で役目を理解して作業に没頭していく。
「ウメッチよ、そこは斜め打ちで角度つけなきゃあかんわ。そうすんとな、こうやって力がかかっても抜けにくくなるやんか」
さすが、父親が大工の荒ケンは的確なを指示し、効率的な流れを作っていた。
「荒ケンさぁ、やっぱお前大工になれよ。そしたら将来俺んち頼めるからさ」
「そうだよ。代々大阪で大工やってたんだろ?」
「そやなぁ。なんや、兄貴も中学卒業したら工務店に就職するらしいし…。けど、晃二んちはまだ新しいやろ」
「いや、だから将来だよ。将来俺が豪邸を建てるときには頼むぜ」
「じゃあ、俺も将来アメリカに建てるから、そんときゃよろしくな」
作業が順調なときは口の方も調子良い。気がついたら四本の柱は固定し終えていた。

「よっしゃ。ひとまず休憩やな」
三人は下に降り、屈伸をして身体をほぐす。
狭いスペースで、しかも変な体勢で作業していたため節々にちょっと違和感があった。
「なんかさ、こうやって見るとプロレスのリングみたいじゃねぇ?」
ウメッチの言葉に二人とも吹き出した。
「たしかに。ロープ張ったらリングやな」
四隅に柱が立っただけの様子は、リングにしては小さかったが、的を射た表現である。
そんな会話の後、リングサイドに蝉がとまって鳴きだした。
「あの野郎、俺達のリング、じゃない、基地を何だと思っていやがるんだ」
ウメッチがいきりたって木っ端を投げると、蝉は羽音をさせて枝の間を飛んでいった。
「ははは。早いとこ壁を造って、見栄えだけでも基地らしくしとこうぜ」
壁になる予定のベニヤとトタンを手にして晃二はそそくさと作業に戻った。

 そこからの作業も早かった。
正面と背面に窓をくり抜いたベニヤを張り、両サイドにはトタンを打ち付けていく。
色々なところから調達してきた材料なので、継ぎ接ぎだらけで格好悪くとも良しとしなければならない。
しかしこうやって組み上がってくると、思ったほど見栄えは悪くなかった。
かえってジャングルの掘っ建て小屋のようにおどろおどろしく、風格すら感じた。
用意してきた葦簀と縄梯子を取り付け、残るは屋根になる波トタンのペンキ塗りだけとなった。
荒ケンが家からくすねてきたペンキを伸ばし伸ばし塗っていく。
多少のムラはあったが、素人なので仕方ない。
「よし。こんなもんでいいな」
「上出来、上出来。夕方になりゃ乾いてんやろ」
「あーっ。やったぁ。取りあえず終了!」
ウメッチは叫びながら軍手を高く放り投げた。
準備に余念がなかったおかげか、特に問題なく作業は予定の一時間も前に終了した。

「やっぱ今までと違って最初っから造ると、やり甲斐あるって言うか、充実するよな」
「なんや愛おしいちゅうか、なんちゅうか、擽ったい感じやな」
木陰に寝転がって頬杖をつき、遠目で仕上がりを眺めた。
三人の身体がまだ火照っているのは、暑さのせいだけではないようである。
「まだ二時半じゃねぇか。どうする?」
「ん? もうちっと休憩しようや。どうせ暇なんやし」
風が清々しく芝も心地よい。晃二はそのまま仰向けになり目を閉じた。
だんだん蝉の声が遠ざかり、汗ばんだ皮膚を撫でていく風の音だけになる
午後の後半戦。これから夕方までも晃二の好きな時間帯だった。
特に夏休みは一日が長い。
日が傾くに従い刻々と移り変わる風景の変化を味わうのが好きだった。
そしてその先に繋がっている、明日という日を想像するのが好きだった。

〈#5へ続く〉
https://note.com/shoji_kasahara/n/na0e6b93803cc


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