見出し画像

【連載小説】アウトボールを追いかけて 第3話 「ハロウインを待ちわびて」 #3

「ブライアンさんのとこは今年も気合い入ってんなぁ」
ポーチにはつたがからまり、窓からは骸骨やらミイラ男の覆面が見え隠れしている。
毎年凝った演出をするブライアンさんの家は、一番の盛り上がり場所としてお馴染みであった。
今年はどんな演出か楽しみにしながら近づき、カーテンの隙間から覗くと、大体のカラクリが読めた。
「リサ、扉を入った奥に箱があるから、そこから一掴み取ってきな。一人ずつだから、まず最初にリサね」
晃二は目配せをして、みんなに口止めする。
「いいわ。取ってくるだけでしょ。じゃあ行って来る」
リサは疑いもせず、決まり文句を言いながら部屋の奥へと向かった。
くり抜いたカボチャに蝋燭どくろを灯した行燈あんどんが弧を描いて並んでいるテーブルの中央に、宝箱に似せた木箱が蓋を開けて置かれている。
中にはスティックチョコやキャンディの銀紙が明かりを反射して、色とりどりの宝石のように輝いていた。
「ワォ。イッツ、ソー、キュート」
驚愕きょうがくの声とともに手を伸ばしたときだった。
箱の裏側からリサの手をつかもうと白塗りの腕が伸びてきた。
「キャアー」
叫びながら後ずさりした背中に堅い物が触れる。
「ギャアー」
振り返ってその正体を見たリサは、更に大きい叫び声を上げ、黒いマントの男を突き飛ばした。
「ダレ、ヘル、××ー」
リサは日本語とも英語とも判らない言葉を叫びながら、血相を変えて出てきた。
「な、なによこれ。知ってたんでしょ」
リサはみんなが腹を抱えて笑っている姿を見て、息巻いた。
「そりゃそうだよ。初めっからネタをばらしちゃ面白くも何ともないじゃん」
「驚いた顔も怒った顔も、やっぱリサは可愛いねぇ」
「よくもめたわね。許さないから」
誉め言葉でごまかすウメッチを引っぱたきながらも、リサは笑っていた。
一度、向こうの手口を見てしまえばあとは簡単である。
次は一団となって相手の懐に挑んでいくことにした。
恐怖心は薄らいだが、それでも怖がる女子や幼児を男性陣が囲み、罠の待ち伏せる部屋の奥へと進んでいく。
ウォーッ。
再び雄叫びをあげながらモンスターが姿を現したが、今度は策を練ったこちらの方に分があった。
予定通り、男性陣が格闘しながら相手を羽交はがいじめにしている隙に、女の子たちがまんまと両手一杯にキャンディをせしめてきた。
「やった、作戦成功! みんなで山分けね」
先ほどの失態のことはもうどこかに消えたのだろう、してやったりという顔でリサはみんなの袋に銀紙の包みを放り込んでいった。
芸が細かく、中には金貨みたいなチョコまでちゃんと混ざっていた。
さすがアメリカ。たかがお菓子でもこの辺にセンスがうかがえる。
今日一番の満足な面持おももちで、みんな一息入れた。
辺りをかすかに流れてくる風が、火照ほてった身体をくすぐりながら冷ましてくれる。
「あと残すは、電波塔のある一角だけか」
晃二がそう言うと、ウメッチは少し寂しそうな顔でうなずいた。

 嬌声きょうせいの続くブライアン屋敷を後にして、一行は最後に残された地区へ向かう。
この辺りは木々が多く、家も少ないので、急に寂しくなった感じがする。
その上、多少肌寒くなった気がした。
もうそろそろ九時近いので、実際気温も下がっているのだろう。
「なんだか上手くいきすぎって感じだな」
横に並んだウメッチが、満足げな台詞とは裏腹な表情でボソッと呟いた。
ウメッチは、陽気な行動をしている最中に、ふと沈んだ表情を見せることが時々あった。
普段の彼からすると、らしくないのだが、楽しみのその先に待っている〈終わり〉を考えてしまうのかもしれない。

 やがて、一通り回ったので戻ろうとしたそのときだった。
「イエー」「ウォー」
いきなりの声に振り向くと、後ろの林から顔中ペイントをした集団が声を上げて襲ってきた。
一瞬の出来事だったので何が起きたのか解らなかったが、その集団は派手な衣装に身を包んだ大人の外人たちだった。
「やべっ、逃げろ」
すぐさま紙袋を脱ぎ捨て、女の子をかばうようにして駆け出した。
ここで前から挟み討ちにされたらおしまいだった。
しかし、そんなこともなく、ペイント集団は途中で追うのを諦めた。
どうやらただの脅かしだけだったらしく、遠くから小さく彼らの歓声と笑い声が聞こえた。
「なんだ、からかわれただけだったの?」
安心したリサたちも、その場に座り込んで笑いだす。
「人騒がせなヤツらだ。と言うか、それを楽しんでるんだろな」
よほどカーニバル好きなのだろう、酒を呑んではしゃぎ回る連中は毎年必ず出没していた。
「あーっ」
ホッと一息ついたのもつかの間、いきなりブースケが叫び声を上げた。
また何か現れたかと、みんな一瞬身構える。
だが、何かと思ったら、ブースケのお菓子袋に穴が開いていて、中身が減っていたのだ。
「今、逃げる途中で袋が切れちゃたんだ」
半べそで振り向いた視線の先には、点々と道端に落ちているお菓子の包みが街灯に照らし出されていた。
うらめしそうにブースケはそれを眺めていたが、また誰かに襲われるかもしれないので、誰も戻って拾おうとは言わない。
「しょうがない。少し分けてやるよ」
晃二の慰めの言葉に、ブースケも諦めて項垂れた。
みんなもその場で収穫したお菓子をチェックしだしたところで再び前方に人影が現れた。

「ストップ。ホールドアップ」
突然モンスターマスクの五人組が行く手を塞いだ。
逆光の上、マスクでは相手が何者か分からない。
咄嗟とっさに晃二は逃げ出すことも考えたが、女の子たちが一緒なのを思い出して諦めた。
荒ケンも隙があったことを後悔している表情で舌打ちした。
相手は無言のままこちらの出方を窺っている。
だが、ふと脳裏に何かが引っかかり、晃二はそれが何なのか頭を働かせた。
五人はゆっくりと近づいてくる。
記憶のページをひも解くように考えていると、それが何かがわかった。
声であった。くぐもってはいたが間違いない。あの時の声だ。
いまやそれが確信となった晃二は、一歩前に進んで言った。
「なにって、ハロウィンに決まってんだろ。ジミー」
五人は立ち止まり、顔を見合わせた。
「チェッ」
そして真ん中の一人がおもむろにマスクを脱いだ。
「よう、晃二にヒロ、みなさんお揃いで」
ジミーは小さく口元を曲げ、マスクを後ろポケットに突っ込んだ。
─ よりによって、こんなときに ─
晃二は荒ケンを振り返ったが、特に態度を変えるような素振りは見せていなかった。
「何がお揃いで、だ。どうせナイフかなんかちらつかせて、俺たちを脅そうとしたんだろ」
ウメッチは誰かさんがいるせいか、普段よりも果敢に言い寄った。
ジミーも正体がばれた以上、変な手出しは避けた方がいいと思っているようだった。
こっちとしたってこんなところで揉め事はゴメンだ。
晃二は上手くこの場をやり過ごそうと考え、話題の矛先を変えようとした。
「なぁ、ジミーよ。さっき─」
「ちょっと待った! なんでリサたちが一緒にいるんだヨ」
ジミーは晃二の話を手で制し、急にいきり立って突っかかってきた。
「なんでもへったくれもねぇよ。途中で会ったんだよ。そんで危険がないよう俺たちが一緒になって回ってただけじゃねぇか」
ウメッチは謂われのない疑いを掛けられたように感じ、ムッとして言い返した。
「ちょっと待ってろヨ」
ウメッチにそう言うと、ジミーは彼女らに近寄って何か話しだした。
その剣幕からすると、内容は想像できる。
恐らく「日本人なんかと一緒にいるな」とか「こいつらといると何されるか分からないぞ」といった類の文句だろう。
こっちが英語が分からないのをいいことに、あることないこと言っているのかもしれない。
「素手だったらタイマン張ってもいぜ」興奮したウメッチはそう言った。
内容は分からないが、リサも言い返していた。
だが、何か決め手になることを言われたのかもしれない。
急にリサの口数が減り、俯いて頷くだけになってしまった。
他の面々にしてもそうだ。口をへの字にして相槌を打つだけである。

 やがて、一通り話が済んだのか、ジミーが戻ってきた。
「あとはオレたちが送っていくから、もういいぜ」
「何がもういいぜだよ。彼女らに何言ったんだよ!」
ウメッチが掴みかかろうとするのを晃二は止めた。
「別に大したこと言ってないぜ」
「うそだ。でまかせ言ってんじゃねぇよ。変なこと言ったからリサが黙っちゃったんだろ」
「なんだお前、リサに気があるのかヨ。あぁ、それでナンパしたのか?」
「…… 。うるせぇな。ジミーには関係ねぇだろ」
「関係あるよ。オレとリサは付き合ってるんだから。そっちこそ変な言いがかりすんなヨ。オレはただ、お前たちのクラスメイトのことを言っただけだぜ」
「…… 付き合ってるって」
ウメッチは顔面蒼白になって黙ってしまった。
「なんだそりゃ。何で俺らのクラスの奴が関係あんだよ」
モレがウメッチを庇うように一歩前に出て、声高に叫んだ。
「ウィリーか …… 」晃二は状況を察し、そう呟いた。
「そりゃ、おんなじクラスやけど、アイツと俺らは関係ねぇぞ」
荒ケンも混沌こんとんとした事態に嫌気がさしたらしく、口を挟んできた。
「関係あるかないかは、それこそ関係ねぇヨ。ただ、彼女たちは係わりたくないってさ」
「…… 。屁理屈こねやがって、あったまくんな、このヤロー」
濡れ衣を着せられた上、妙な言いがかりを吹っ掛けられたみたいで、みんな憤慨している。
まさに一触即発状態だった。

 そして臨戦態勢に入ったそのとき。
丘の向こうから、巡回中のポリスカーが赤灯を回しながらゆっくり近づいてくるのが見えた。
「チッ。見つからないうちに退散しないとまずいな」
晃二が言うと、ジミーも仲間に声を掛け、険悪だった輪が解かれていった。
「今日のところは勘弁してやるけど、こん中はアメリカの領土なんだから、あまりでかいツラすんなよ」
捨て台詞を残して立ち去るジミーを、荒ケンはにらんだまま、グッと怒りを堪えていた。
「ごめんね。あなたたちが悪い人じゃないって分かっているけれど……」
帰り際、リサは弁解しながらも、その後に続く言葉をにごした。
「あぁ、気にしないよ。それよっか……近いうちまた会おうよ」
ウメッチは顔をゆがませながら笑顔でそう言った。
「…… 。あっ、そろそろみんなのところに戻らなきゃ」
リサは「またね」ではなく、「さよなら」と言い残してジミーたちの後を追いかけていった。
立ちすくんでいるウメッチの顔はさらに歪み、それを見た晃二にも、胸の奥をグッと鷲掴わしづかみされたような鋭い痛みが走った。
「元気出せよ、ウメッチ。もしかして嘘言ってたのかもしれないぞ、あんま気にすんなよ」
重い空気を振り払いたかったが、他に慰めの言葉が思い当たらず、晃二にはそう言うのが精一杯だった。
「そうや、でまかせやろ。それよっか、こんだけ収穫があったんやし、元気ださにゃ」
荒ケンはウメッチの肩を叩いて歩き出した。

 色を濃くした夜の闇が五人に重くのしかかる。
いつの間にか人影も見当たらず、ハロウィンは静かに幕を閉じ、ハウスの家々は休息にきつつあった。
他の連中も終演が近づいていることを感じて、口数少なく何か思いつめたように足元だけ見つめて歩いていた。
ちょうど林を抜ける近道に差しかかったときだった。

「おい、ちょっと待てよ」
いつの間にか周りを囲まれているのに誰も気づかなかった。
顔を上げた晃二たちが見回した時には、すでに五人の中学生に囲まれていた。
相手が小さいと見逃すのだが、高学年や他校の中学生ともなると、彼らは見境なく突っかかってくるのである。
…… 難去ってまた一難 ……
「結構持ってんじゃん。少し分けろよ」
太ったリーゼント頭がタバコを吹かしながら近寄ってきた。
「お前ら全員こん中に半分ずつ入れろ」
そう命令すると、後ろにいたノッポが布の袋を広げた。
その中を覗き込んだ晃二は、思わず「こんなにあるのに、ずりぃ」とつぶやいてからシマッタと思った。
「てめぇ生意気なんだよ」
いきなり晃二の腰辺りにリーゼントの蹴りが思いっきり入った。
「お前は中身全部出しな」
ニヤつきながらリーゼントはナイフをちらつかせた。
「早くしろっ。次はチョーパン喰らわすぞ」
唇を噛んでうつむいていた晃二が諦めて一歩前に出た時、低くうめくような声が聴こえた。
ぐぅぅ。
一体何の音だか解らなかったが、それは動物が喉を鳴らすのに近い音だった。
いぶかしんだ晃二が後ろを振り返って、音の正体を知った瞬間。
「ぐうぁぁ! そんなに欲しけりゃ、全部やるよ」
いきなりウメッチが吠えるように叫びながら突進し、袋の中身をヤツらに向かってぶちまけた。
「馬鹿ヤローッ」そう吐き捨ててウメッチは駈けだした。
逆ギレされるとは思ってもみなかったのだろう。
ヤツらは呆気にとられていたが、それはこっちも同じである。
突然の急展開に驚きながらも、晃二たちはすぐさまウメッチを追いかけた。
ヤツらは状況が解らず、呆然としたままで、追いかけてくる様子はないようだった。
「待てったら、ウメッチ」
そう言っても止まる素振りも見せず、ただがむしゃらに走り続ける。
木々の間を抜け、グランドの脇を横切り、工事現場の泥の山を駆け上がっていく。
考えてみればウメッチがキレるのも無理はなかった。
せっかく上手くいくと思っていた状況が、反転してどん底に突き落とされたのだから。
その上に、この襲撃である。
逃げ足の速さは一、二を争うウメッチだ、追いつかなくとも仕方ない。
しかし家路とは違う方角なので心配になり、姿が見える距離を保ちながら追い続けた。

〈#4へ続く〉


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?