池爾波師

本編:142話 番外編:https://www.alphapolis.co.jp/no…

最近の記事

僕の獅子舞日記 第百四十二話【東西東西目録一つ】【完】

第四十一話「きっかけは君」 二〇××年の九月の第三日曜日に、東上塞の獅子舞の祭りは執り行われた。 よく晴れた日だった。 いつもこの祭りの日は晴れることが多いが、久しぶりの開催にてこんなにも青空が広がると、例年より天気のありがたみがひしひしと感じられた。 今年の祭りでは、僕の近所にて花の祝いがあった。 十五時過ぎごろに、一同は水ノ江家に訪れた。 日中の暑さが落ち着いたこの時間帯の、秋の真ん中の涼しい空気は心地が良く、僕が鳴らす笛の音を爽快に響かせた。 囃子方が『祝

    • 僕の獅子舞日記 第百四十一話【きっかけは君】

      第百四十話「俺の獅子舞日記・後編」 二〇十九年十二月二十日の金曜日、初野神社にて、破損してしまった獅子頭のお焚き上げをしてもらうことになった。 梅さんがお焚き上げをしてくれるところについて色々と調べてくれたのだが、遠方だったり意外と費用がかかったりと、なかなか良い条件が見つからなかったらしい。 しかし最終的には、祭りの日にいつも宮入りで訪れるこの初野神社が、安値で快く引き受けてくれたとのことだ。 灯台下暗しだったようだ。 本来であれば団長のカズさんがここに出向く予定

      • 僕の獅子舞日記 第百四十話【俺の獅子舞日記・後編】

        第百三十九話「幸か不幸かなど知ったことか」 寒い。 痩せ型で皮膚の薄い俺は、寒さが大の苦手だ。 強い風が吹くと、ナイフが突き刺ささったのか?と思うくらいに全身に激痛が走る。 そんな寒さを迎えた日に、大抵の人間が考える事なんて一つくらいしかない。 フリースが欲しい。 ある程度まともな人間でも、今日みたいな日はそのぐらいしか頭に思い浮かばないものなのだ。 俺は切実な願いを叶えるために、車を走らせて衣類量販店へと向かった。 モコモコの生地のフリースを無事に手に入れた

        • 僕の獅子舞日記 第百三十九話【幸か不幸かなど知ったことか】

          第百三十八話「割れた心」 自宅から出てきた彼は、上下黒色のスウェット姿で、つむじの辺りには寝癖がついていた。 「どうかした?」 「梨をもらったんだけど、食べる?」 「梨?まあ、好きだけど。」 「じゃあ、五つもらったから三つあげるよ。甥っ子さんにもどうぞ。」 「ありがとう。」 僕が袋から取り出した梨を、通くんは一個ずつ受け取って玄関にある戸棚の上に置いた。 「この梨、さっき音羽からもらったんだよ。これ持って僕の家にわざわざ訪ねてきて、本番の日に迷惑かけてごめんね

        僕の獅子舞日記 第百四十二話【東西東西目録一つ】【完】

          僕の獅子舞日記 第百三十八話【割れた心】

          第百三十七話「冗談じゃない」 『獅子殺し』の時間帯を迎えても、音羽が戻ってくることはなかった。 途中に健人が「あいつは?」と僕に訊いてきたので、具合が悪いから帰ったとだけ説明した。 「あいつずっとここんところずっと具合悪いよな。」 健人はため息混じりにそう言ったが、僕が何か返事をする前に、彼はまた百足獅子の蚊帳の中へと戻っていった。 瑛助くんが獅子を斬りつける役割を無事に終えて、『やつのぶし』が演奏されたところで、祭りは終了した。 僕は月下で足元を見つめながら、毎

          僕の獅子舞日記 第百三十八話【割れた心】

          僕の獅子舞日記 第百三十七話【冗談じゃない】

          第百三十六話「息を潜めて」 通くんは、その呼びかけに対して返事をしていなかったが、音羽は言葉を続けた。 「ねえ、通くん。・・・おとといの。一昨日のあれは何だったのかな?」 声の様子から、僕の脳裏には彼女の緊迫した表情がすぐに思い浮かんだ。 「あー。あれ?」 音羽の震える声に対し、通くんの声は一切の余情はないほどに乾いていて、ぶっきらぼうだった。 「なんか酔っててさ。ごめんね?」 「・・・え?」 「酒飲むとさ、そういう気分になることあるじゃん。言い訳だけど。今後

          僕の獅子舞日記 第百三十七話【冗談じゃない】

          僕の獅子舞日記 第百三十六話【息を潜めて】

          第百三十五話「ただならぬ二人」 家に帰ってシャワーを済ませると、時刻は二十二時半だった。 音羽は朝型の人間なので、もしかするともう寝ているかもしれない時間帯であったが、僕はなりふり構わずに彼女に連絡をとってみることにした。 『今日、体調不良で準備に来ていないって聞いたけど?大丈夫?』 いつもは二分以内に来る返事が、今回は三十分もかかった。 『うん。明日はちゃんと行く。』 『わかった。明日はよろしく。おやすみ。』 僕のこのメッセージに対して、彼女からの返信が来るこ

          僕の獅子舞日記 第百三十六話【息を潜めて】

          僕の獅子舞日記 第百三十五話【ただならぬ二人】

          第百三十四話「俺の獅子舞日記・中編」 寺に戻って部屋に上がると、そこにはただならぬ雰囲気が漂っていた。 いつの間にか良司さんはいなくなっていて、部屋には通くんと音羽だけだった。 音羽は顔が髪の毛で全て隠れるくらいに俯き、通くんは部屋のどこでもない空間を見つめたままで何も言わず、戻ってきた僕らの方を見向きもしなかった。 そして二人の距離は異様に近かった。 通くんのすぐ前に女の子座りの音羽がいたので、耳打ちで内緒話でもしていたのかと思うくらいの近さだった。 「遅かった

          僕の獅子舞日記 第百三十五話【ただならぬ二人】

          僕の獅子舞日記 第百三十四話【俺の獅子舞日記・中編】

          第百三十三話「たったひとつの支えは」 酔い潰れて畳の上で寝ている音羽の寝顔を、俺はただ黙って見つめていた。 皆が皆、この宴会では浴びるほど酒を飲んでいたが、俺は一滴も飲んではいなかった。 つい昨日に会社の飲み会があり、そこで先輩に付き合わされて結構な量を飲んでしまっていたので、今日はあんまり酒を体内に入れたくない気分だったのだ。 俺は寺にあったジュースやお茶で、適当にこの場をやり過ごしていた。 十九時くらいから始まったこの宴会だが、二、三時間ほど経つと、十何人いたは

          僕の獅子舞日記 第百三十四話【俺の獅子舞日記・中編】

          僕の獅子舞日記 第百三十三話【たったひとつの支えは】

          第百三十二話「デットヒート」 キッチンカーでお店を切り盛りしている男の人は伊勢という名字らしく、そのまま店名として『伊勢BAR』と名付けたと話した。 主に北陸や中京などの地域で移動販売をしているとのことだ。 僕と健人が「おまかせで」と頼むと、おしゃれなカクテルを作ってくれた。 僕らはグラスを近づけて乾杯し、その綺麗な色のカクテルを一口飲んだ。 「美味しい。」 伊勢さんは何も言わずににっこりと微笑んだ。 「飲みやすいし、女性もこういうの好みそうだよね。音羽も好きな

          僕の獅子舞日記 第百三十三話【たったひとつの支えは】

          僕の獅子舞日記 第百三十二話【デットヒート】

          第百三十一話「幸先悪すぎ問題」 金曜日に、中番の仕事を終えた僕が会社から家に車で向かっている最中、健人からラインのメッセージが届いた。 『寺で宴会。来い。』 時刻は二十一時半を迎えようとしているところだった。 仕事でクタクタになっていた僕は、「無理。」とだけ返したが、秒速で返事が届いた。 『こっちが無理。いいから来い。来てくれなきゃ困る。今度なんでも奢るから。』 「ええ…。」 僕はスマートフォンの画面を見て、顔を歪ませた。 しかし何やらこの切羽詰まったような文

          僕の獅子舞日記 第百三十二話【デットヒート】

          僕の獅子舞日記 第百三十一話【幸先悪すぎ問題】

          第百三十話「AorB」 獅子頭を引き取りに、健人は再び安念さんのアトリエに戻った。 僕と通くんは、そこから少し離れた場所に停めている健人の車の中で待機していた。 しかし、彼はなかなか戻ってこなかった。 十分ほど経つと、ようやく獅子頭を持った健人がアトリエのドアから出てきてこちらに向かって歩いてきた。 「遅かったね?」 僕が尋ねると、健人は助手席に獅子頭を置いてから、僕の問いに答えた。 「あの爺さんが無償でいいって言いだしてさ。それじゃ申し訳ないから金払うってやり

          僕の獅子舞日記 第百三十一話【幸先悪すぎ問題】

          僕の獅子舞日記 第百三十話【AorB】

          第百二十九話「最悪のドライブ」 安念さんは話を続けた。 「イチから作り直すとなるとな。でもこれも今のところ顔面のヒビだけで、割れとるわけじゃないから、使えんことはないわ。とりあえず応急処理でヒビのところにうまいこと接着剤つけておくけど、祭りの本番ちゃいつけ?」 「日曜日です。」 健人が答えた。 「一時間ちょっとくらい経ったら、またここに取りに来られま。完全に固まるまでに時間かかるから、日曜日の本番までは動かさんとってくれっけ?」 「わかりました。」 「あの。ここ

          僕の獅子舞日記 第百三十話【AorB】

          僕の獅子舞日記 第百二十九話【最悪のドライブ】

          第百二十八話「白か黒で答えるべき、突きつけられた恋愛の難題について、我々他人がベロベロな状態で盛大に口を挟もうじゃないか」 その日は朝から遠出をすることになった。 今から僕と通くんと健人とで、『南井』という場所まで車で向かうのだが、その町には、東上塞の獅子頭を作ってくれた人がいるらしい。 昨日の夜に星さんが電話でアポイントメントを取ってくれたので、僕らがその人のアトリエに獅子頭を持ち込み、修理が可能かを相談しに行くのだ。 平日である今日、最初は仕事が休みであった僕だけ

          僕の獅子舞日記 第百二十九話【最悪のドライブ】

          僕の獅子舞日記 第百二十八話【白か黒で答えるべき、突きつけられた恋愛の難題について、我々他人がベロベロな状態で盛大に口を挟もうじゃないか】

          第百二十七話「壊してはいけないもの」 結局あれから通くんは僕を追いかけてくることはなかったので、僕は一人で高野さんの家に出向いた。 そして旧獅子を引き取り、寺に置いてきてからは、僕は練習には戻らずに、そのまま駅の方に歩いて行き、『スナックあやこ』へと向かった。 なんだかモヤモヤした気持ちを抑えられず、誰かに話を聞いてもらいながら酒を飲みたい気分だったのだ。 祭りでこの店に獅子を回すようになってから、あやこさんはなぜか僕のことを非常に気に入ってくれているようであり、獅子

          僕の獅子舞日記 第百二十八話【白か黒で答えるべき、突きつけられた恋愛の難題について、我々他人がベロベロな状態で盛大に口を挟もうじゃないか】

          僕の獅子舞日記 第百二十七話【壊してはいけないもの】

          第百二十六話「今年が最後かもしれない」 朝番のシフトだった火曜日に、仕事終わりに寺に着くと、三歳になる星さんの娘の舞美ちゃんが遊びに来ていた。 ちなみに、名前は獅子舞の「舞」をとって名付けたらしい。 「舞美ちゃん、こんばんわ~。」 僕が話しかけると、舞美ちゃんはそっぽを向いて、父親の星さんのもとへ助けを求めるかのように走っていってしまった。 「嫌われてんね。」 音羽は笑いながら僕に言った。 しかし寺に健人が玄関に現れた瞬間に、舞美ちゃんは目を輝かせながら、自ら健

          僕の獅子舞日記 第百二十七話【壊してはいけないもの】