僕の獅子舞日記 第百四十二話【東西東西目録一つ】【完】
二〇××年の九月の第三日曜日に、東上塞の獅子舞の祭りは執り行われた。
よく晴れた日だった。
いつもこの祭りの日は晴れることが多いが、久しぶりの開催にてこんなにも青空が広がると、例年より天気のありがたみがひしひしと感じられた。
今年の祭りでは、僕の近所にて花の祝いがあった。
十五時過ぎごろに、一同は水ノ江家に訪れた。
日中の暑さが落ち着いたこの時間帯の、秋の真ん中の涼しい空気は心地が良く、僕が鳴らす笛の音を爽快に響かせた。
囃子方が『祝い道中』を鳴らし終えると、家の中からあの二人が獅子を出迎えた。
二人の後ろには、通くんと音羽の両親、兄弟、親戚が玄関に続く廊下に立っているのが見えた。
百足獅子の先頭は、健人であった。
挨拶の『御神灯』を舞い終えると、獅子は勢いよく玄関に入り込み、新婚夫婦の頭に優しく獅子頭の歯の部分をあてた。
健人が持つ獅子頭に頭を噛まれた通くんと音羽は、互いに顔を見合わせて嬉しそうに笑っていた。
「やったあ。ついにこれを経験できた~。」
三日月の形の目を見せて、音羽は嬉しそうに言った。
「新しい獅子でも、充分に迫力あるだろ?」
「でもなんか慣れない顔だから怖いな。近づくと。」
通くんが獅子頭と健人を交互に見ながら言った。
「前の獅子よりもちょっと顔がきついよな。まあそれもご愛嬌ってことで。」
健人はそう言って、白い歯を見せて微笑んだ。
「目録、読む?親友の祝いやろ?」
松野さんが通くんの家の玄関の前で、手に持っている花目録の紙を近くにいた僕に渡した。
「え?いいんですか?」
「ちゃんとアドリブ入れろよ。片山津の芸者総上げ以外でな。」
獅子頭を担いだ健人が、振り向いて僕に向かって言った。
「まじで?それなし?」
「富士山をエベレストに変えるのもなしな。」
「金子ありありの後に、大判小判がザ~クザクもなしな。」
原さんと尾端さんが獅子の胴幕の中から、続けて僕に言った。
「もう例外パターンが全部なくなっちゃったじゃないですか!!!」
僕が花目録を握りしめて困り果てながら叫ぶと、近くにいた瑛助くん、奈々ちゃん、みのりちゃんが可笑しそうに笑っていた。
「いいから普通に読めや。」
星さんも獅子の中から僕に言った。
「わかりました。じゃあ、普通に読みますよ。」
「うん。はよ読まれま。もったいぶったらあかんちゃ。」
「もったいぶってなんかないですよ!!」
獅子の尻尾を持っていたカズさんに対して僕がまた叫ぶと、周りがまた「早くしろ!」だとか、「東西東西っちゅう漢字が読めんのか!」だとか、次々に野次を飛ばし始めた。
「わかりましたよ!!いいですか?読みますよ??」
「「読め読め!」」
僕はすうっと息を吸った。
そして、一同に向かって大きな声で高らかに花目録の口上を述べ始めた。
東西東西
目録一つ
御酒流れ流れて大海の如し
御肴積んで積んで富士山の如し
金子ありあり
人気栄当栄当右は以上
ご贔屓ありまして水ノ江様より
東上塞獅子方にください
完
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