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僕の獅子舞日記 第百四十一話【きっかけは君】

第百四十話「俺の獅子舞日記・後編」

二〇十九年十二月二十日の金曜日、初野神社にて、破損してしまった獅子頭のお焚き上げをしてもらうことになった。

梅さんがお焚き上げをしてくれるところについて色々と調べてくれたのだが、遠方だったり意外と費用がかかったりと、なかなか良い条件が見つからなかったらしい。

しかし最終的には、祭りの日にいつも宮入りで訪れるこの初野神社が、安値で快く引き受けてくれたとのことだ。

灯台下暗しだったようだ。

本来であれば団長のカズさんがここに出向く予定であったが、急な仕事が入って行けなくなったとのことで、代わりにその日が空いていた健人が立ち会うことになった。

健人に誘われ、僕も仕事が休みだったので、二人で神社に足を運んだ。

僕らは拝殿に入り、神主さんに獅子頭のお祓いをしてもらった。

祭りの日には、ここで各役割の代表のメンバーが獅子頭に祝詞を述べてもらう時間があるのだが、笛方からは夏目さんが代表で出ていたので、僕がこの拝殿の中に入るのは初めてだった。

お祓いが終わった後に、ついに獅子頭が焼かれる瞬間を迎えた。

外の広場にて、木で組まれた炉の真ん中に獅子頭が置かれ、神主さんが火をつけると、瞬く間に力強く燃え上がった。

獅子頭は漆塗りなので、火の浸透が早いらしい。

もくもくと白い煙が立ち込めて、冷たい空気が広がるグレーの空へと這い上がっていった。

僕と健人は上を見上げて、その煙の行方を目で追い、互いにしばらく黙り込んでいた。

僕は顔を前に戻して、健人に話しかけた。

「聞いた?音羽と通くんのこと。」

「ああ。音羽から直接聞いたよ。」

「そっか。」

それから僕らは炎に包まれた獅子頭をじっと見つめた。

健人は自身が着ている黒色のジャケットのポケットに両手を突っ込み、ゆらゆらと漂う赤い火を見つめながら呟いた。

「見事あのジンクスを打ち破るのはあいつらになるんだろうな。」

「ジンクス?ああ!あの、東上塞で獅子舞に参加する男女は結ばれないってやつ?おお!見事結ばれた!打ち破ってくれたね!」

「まだ付き合ったってだけで、この先どうなるかはわかんねえけどな。あーあ。英雄は俺じゃなかったか~。」

健人はちょっとだけ笑いながらため息をついた。

「でもさあ、きっかけは健人じゃない?健人がこの獅子頭をぶっ壊したから呪いが解けたのかも。」

「なんだよそれ!それで俺が振られるんだったら、逆に祟られてんじゃねえかよ!」

「え?結局振られたの?」

「・・・いいや。俺の思いは口にしなかったよ。変に揺さぶりたくはなかったし。あいつ、自分から通に告白したって言ってた。俺にはずっと言わなかったのに。よほど好きだったんだろうな。」

「よほど好きでも、言わなかったり言えなかったりすることもあるよ。タイミングとかもあるだろうしさ。」

「うん。」

健人はジャケットのポケットに手を突っ込んだまま、小さな声で返事をした。

「僕は恋愛未経験だからよくわかんないけどね。」

「関係ねえよ。俺だって今まで付き合った相手を本気で好きになったことはあるかと聞かれたら違うと思うし、好きになっても何もできないまま別の男に掻っ攫われたしな。実質恋愛童貞みたいなもんよ。」

「ふうん。健人って恋愛童貞なんだ。常に俺イケメンって感じのオーラをばんばん出してるくせしてね。こりゃあ大したもんだよ。」

健人は僕の顔をちらっと見て、「うっぜえ!」と言って下を向いて笑った。

僕もその健人の顔を見て「あはは」と声に出して笑った。

しばらくすると、神主さんが僕らの方に近づいてきた。

「ここで完全に燃えきりはしないので、この火が収まり次第、残ったかけらとかはまたこちらで上手に焼却しますからね。」

「わかりました。よろしくお願いします。」

健人が頭を下げた。

僕も彼を真似て頭を下げた。

火が弱くなり、所々に小さくなったかけらが散りばめられたところで、僕らは初野神社を出ることにした。

無事に終わったことをカズさんと星さんにスマートフォンでメッセージを送ると、星さんからすぐに返信が来た。

「星さんが仕事早く終わるから、夕飯を一緒にどうかって。」

「まじで?行く。なんか魚食いてえ気分だな。」

「じゃあ健人が魚食べたいって言ってるって返事しておくよ。」

そして初野神社の鳥居をくぐって通りに出た僕らは、星さんと合流するために、健人の車が停めてある駐車場へと向かった。


次年度、世界的に流行病が蔓延した事により、大事を取ってしばらくこの町の獅子舞の祭りは開催されないことになった。

僕らが新しい獅子頭を使用して祭りを執り行うことになるのは、まだだいぶ先のこととなるだろう。

第百四十二話「東西東西、目録一つ」

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