僕の獅子舞日記 第百二十八話【白か黒で答えるべき、突きつけられた恋愛の難題について、我々他人がベロベロな状態で盛大に口を挟もうじゃないか】
結局あれから通くんは僕を追いかけてくることはなかったので、僕は一人で高野さんの家に出向いた。
そして旧獅子を引き取り、寺に置いてきてからは、僕は練習には戻らずに、そのまま駅の方に歩いて行き、『スナックあやこ』へと向かった。
なんだかモヤモヤした気持ちを抑えられず、誰かに話を聞いてもらいながら酒を飲みたい気分だったのだ。
祭りでこの店に獅子を回すようになってから、あやこさんはなぜか僕のことを非常に気に入ってくれているようであり、獅子舞メンバーの中で僕にだけ飲みに来いとせがむので、僕は言われた通りに店に顔を出すようになっていた。
今では二ヶ月に一回くらいのペースで店にお邪魔している。
ここは一人で飲んでいても全く気にならないくらいに静かで治安のいいお店で、僕自身も気に入っていた。
店のドアを開けると、あやこさんはカウンターにて、綺麗にネイルアートが施された魔女のような長い爪で器用に布巾でコップを拭いていた。
「よ!音羽?健人?通?誰がやらかした?」
僕がここに来る時は、主にその三人の複雑な三角関係についての愚痴をあやこさんに聞いてもらっているので、その固有名詞は合言葉のようになっていた。
「全員ですね。」
僕はカウンター席のバーチェアに腰を下ろし、ビールを頼んだ。
「獅子舞の練習、始まったんでしょ?」
「はい、先週の土曜日から始まりました。」
「で?何があったの。」
「音羽は二十五歳を迎える今年を区切りと考えて、健人に告白するって言うんですよ。」
「お!ついにか!」
「やっと覚悟を決めたか!」
僕の左隣に並んで座っているおじさんたちが、僕の話に合いの手を入れた。
このおじさん二人は、初めてこの店に祭りで訪れた時にも、カウンターで酒を飲んでいた二人だ。
ほぼ毎日この店に顔を出しているらしく、僕がこの店に訪れると、毎回この話を肴にして酒を飲んでいた。
「告白か〜。あたしあんまり告白って効果的じゃないと思うんだよね。健人みたいな男はね、イェスかノーを迫られるのが大の苦手なんだよ。ああいう男は、適当に色仕掛けして既成事実作って恋愛関係に引きずり込む方が得策だと思うけど。」
「そういうのは音羽が一番嫌がるんですよ。彼女は真面目だから。」
僕がそう答えると、あやこさんは「まあねえ。それで苦労してんだもんねえ。」と言って、小皿にナッツを盛って僕のビールの横に置いた。
「彼女的には、振られるのを前提として考えているみたいで、健人に振られてこの町を出て遠いところで暮らすから、今年で獅子舞に参加するのは最後になるかもとか言い出して。」
僕はナッツを口に入れながら早口で喋った。
「じゃあさ、通にそのことを伝えて引き止めさせればいいじゃん。」
「僕もそう思いましたよ。でも、健人のことを十五年も思い続けた町で、他の男に引き止められてそこに留まりますかね?」
「通の覚悟次第じゃない?俺はそれでもいいから音羽と一緒にいたい、ここにいてくれないか?って説得するしかないっしょ。」
あやこさんはそう言って、ナッツを口に放り込んでいた。
「通!!俺は通を応援してるぞ!」
一番端にいるおじさんが熱く叫び出した。
「いいや、違う!音羽ちゃんは健人と結ばれるべきや!ずっと思い続けた相手と結ばれるのが一番の幸せや!」
僕の左隣のおじさんは、端のおじさんの意見を否定した。
この二人は、通派と健人派で意見が真っ二つに割れているのだ。
「僕は音羽自身が納得出来る答えを選んだならば、誰と一緒になろうが一人でいようが結果的にはなんでもいいと思ってるんですけどね。けど健人も健人で、音羽のことをどう思ってるのかがよく分かんないんですよね。いっつも付かず離れずの状態を上手く保ってるっていうか。色々と寄り道はしたけど、最終的に俺を受け入れてくれるのはコイツだろうみたいな考えが透けて見えてて、それが僕的にはいまいち気に食わないんですよ。」
そう言ってから、僕はビールをぐいぐいと飲み込んだ。
「ま、男なんてみんなそんなもんよ。とりあえず自分を好きでいてくれる女はキープしたいんだよ。下手に手を出さずにいるところだけは評価してあげな。つっても、出せないんだろうけど。健人も馬鹿じゃないから、音羽ちゃんは半端な態度で手出したらまずいタイプだって分かってるだろうしね。」
あやこさんは、おかわりのビールジョッキを僕の前にドンっと音を立てて置いた。
「僕は同じ男ですけど、そう言うのは全くわかんないですね。相手の気持ちを優先的に考えたら、そこまで好きじゃなかったり、付き合う気のない相手にははっきりと自分のその気持ちを態度に出すべきですよ。変に期待させたりなんていうのは、結局はその人の気持ちを弄んでるわけですから。」
僕がピシャリと言うと、横のおじさん二人は「おお〜」と言って拍手をし出した。
「あんたね。この世はあんたみたいに、白か黒かで生きられない人ばっかりなの。そして、その白か黒かで彷徨ってるやつほど不安そうなオーラが人を惹きつけてやたらモテんだよ。悲しいことにね。ま、あたしは竹を割ったような性格のあんたが一番好きだけどね!!」
あやこさんは、手を伸ばして僕の癖毛の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
僕は「あざます。」と呟いて、されるがままになった。
結局僕はここでビールを四杯飲み、ふらふらになりながらあの狭い螺旋階段を下っていった。
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