「人生の防御力」を上げろ~カモられないための作品のススメ~

1 自分を賢いと勘違いしている馬鹿こそが絶好のカモであると知れ!


 この世にはあらかじめ知識として学んでおくことであらかじめ回避できる種類の不幸というものが存在する。具体的には各種詐欺やマルチ商法の勧誘、ひいては怪しいカルト団体への勧誘といったものである。こうした詐欺や勧誘に引っかかるのは社会的な弱者、特に「情報弱者」と呼ばれる人たちではないかという人もいるだろう。
 だが、私がこれから紹介する漫画で言及されているこうした不幸に引っかかる人種というのは、むしろ平均以上の教育を受けた、一般的には「賢い」とみなされる人たちなのである。言葉を選ばずに言えば「自分を賢いと勘違いしている馬鹿」こそがこうした勧誘者にとっての絶好のカモなのである。厄介なことにこの手の人たちは自分が誤っている可能性についてほとんど気付かない、あるいは見て見ぬふりをするので性質が悪い。この投稿を読んで下さっている読者諸兄がそのような過ちに陥らないように私から提案できることは、カモにされる前に以下の漫画をはじめとした書籍を薦めることである。あるいは、誰かをカモにしようなどとよからぬ事を考え実行してしまう前に予防として以下の漫画類を薦めることにする。

2 せめてこれだけは読んで欲しいと思う作品紹介~『カモのネギには毒がある』~


 まず何を置いても一番に薦めたいのが『カモのネギには毒がある 加茂教授の人間経済学講義』(原案:夏原武、漫画:甲斐谷忍、集英社)である。この作品はグランドジャンプで連載されている作品であり端的に行動経済学や世の中に溢れている(あくどい)ビジネスについて学ぶことができる作品である。主人公である加茂洋平は天才経済学者であるが「フィールドワーク」と称して様々な姿になりすまし度々大学の講義を休講にする変人でもある。そして、様々な手法で「カモ」=「騙されるヤツ」から金をむしり取ろうとする悪人達に加茂教授が合法的に鉄拳制裁を下す痛快経済エンターテインメントである。ちなみに、作者の甲斐谷忍先生は実写ドラマ化・劇場化もされた人気作品『LIAR GAME』の作者でもあるので本作の面白さも担保されていると言える。
 『カモのネギには毒がある-加茂教授の人間経済学講義-』(以下『カモネギ』)はこの投稿を執筆時点で4巻まで刊行されているので比較的追いやすい部類の漫画である。第1巻は加茂教授の提唱する「カモリズム経済学」の総論とも言える内容で構成されている。この1巻だけで内容が完成しているとも言えるので試しにこれだけ読んでみるというのもオススメである(もちろんそのまま続巻を読み進めるのも良い)。第2巻は大学生が被害者になりやすい「マルチ商法ビジネス」をメインに取り扱われている。第3巻はこのマルチ商法ビジネスに続く形で「洗脳ビジネス」について取り上げている。そして第4巻は前半でこの「洗脳ビジネス」の決着、そして後半から「(悪徳)高齢者ビジネス」について取り上げている。

 では、ここで私がこの作品を読んで一番感銘を受けた「人生を上手く渡る秘訣」10箇条をお伝えしたい。
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①目標を持つ
②優先順位を正しく決める
③道は自分で探すより人に聞いた方が早い
(=良いコーチを見つけて習うことがスキル獲得の近道)
④結果を作ったのは全て自分
⑤数をこなし次に質を上げる
⑥自分との約束を守り続ければ自信が作られる
⑦大きな箱が大きな仕事を成し遂げる
(=大きな仕事を成し遂げたければ、それに見合うだけの準備を怠るな)
⑧多くの仲間が新たな仕事を開拓する
⑨健康第一
⑩大切な決断は理屈よりも心の声を優先に
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 これらを忠実に実行すれば良い人生が送れるようになると思ったそこの貴方…




























 

完ッ全にカモです。


 はい。茶番に付き合わせてしまい申し訳ない。これは作中でも言われているがこの10箇条は内容自体はそこまで間違っているとも言い切れないのだが(絶対に正しいわけでもない)、実はカルト的マルチ商法の総本山が販売員に遵守させている「十訓」そのまんまなのである。劇中では今の私と同じような性格の悪い引っかけを加茂教授がゼミ生達に実践している。ちなみに、加茂教授のような権威のある人間が同じことを言うととてつもない説得力を持つようになるが、これを心理学の用語で「ハロー効果」という。このハロー効果を悪用するとマインド・コントロールへと一直線である。詳しい内容を知りたいのであれば3巻を読むことをオススメする。この茶番から学べる教訓があるのだとすれば、「権威や肩書きがご立派だからといってその内容まで安易に盲信してはいけない」ということである。
 私の茶番に何の疑問も持たずにスクロールしてくれた人の良い貴方は何かしらのトラブルに巻き込まれやすい可能性が高いので、反省も込めてこの『カモネギ』を購読することをオススメする。詐欺師と言っていることは大差ないかもしれないが、面白いことは間違いなく買ったことを後悔させないクオリティなので是非読んで楽しんで欲しい。
 私のことは嫌いになっても『カモネギ』のことは嫌いにならないで下さい。私から言えることはただそれだけである。


3 うっかり「テロリスト」にならないための処方箋


 次に薦めたいのは『テロール教授の怪しい授業』(原作:カルロ・ゼン、漫画:石田点、講談社、全4巻)である。馬場大学で政治学を教えるティム・ローレンツ(テロール)教授は地方から上京したての新入生である佐藤光一をサークル勧誘の執拗な洗礼から助ける。右も左も分からない佐藤はティム教授に誘われるままティム教授のゼミを履修することに。こうしてゼミ教室で第1回目の授業が始まった途端、ゼミ教室は屈強なラグビー部学生達によって強制的にロック・アウトされてしまう。そしてティム教授はこれまでの穏やかな態度から一変し、学生達にこう叫ぶ。

「このテロリストどもめー!!!」

 実はティム教授が自身のゼミに勧誘していた手法はカルトが実践している手法と同じように開放的なレクリエーションから閉鎖的なゼミに誘導するというものだったのだ。このティム教授の手法にまんまと乗せられたゼミ生達は「テロリスト予備軍」の烙印を押されてしまう。そしてティム教授は自身の講義を「反テロリズム教育」と銘打ちゼミを進行する。佐藤達は果たしてどうなってしまうのか…。
 こうして始まる第1巻はそもそも「テロリストとは何者か」というところから「講義」が始まる。そして、講義の内容は就活にも役立つテロリストのロールプレイングから実践的な陰謀論・マルチ商法からの脱却、さらにローレンツゼミの夏合宿へと突入していき…と、全4巻ながらも情報量の多さはボリューミーな内容を誇っている。
 作品を通して描かれていることは、「テロを起こす人間は特別な人間などではなくいたって普通の人間である(誰でもテロリストになり得る危険を孕んでいる)こと=テロリストと言われる人も本来は生活があり食っていくために金を欲している一般人であること」「人は間違う生き物であること(自分は間違えないと驕る気持ちを抑えて謙虚になることが困難であり大切であること)」「カルトやマルチ商法といった危険から逃れるためには人のつながりを増やすことが一番であること」…といったような、いってしまえば月並みな教訓である。しかし、こうした教訓にティム教授という(癖の強い)スパイスがふんだんにかけられて極上のエンタメに昇華されているのである。
 

4 『カモネギ』と『テロール教授』の共通点~カモにされる人、テロリスト予備軍の特徴~


 冒頭でも述べたことの繰り返しになるが、『カモネギ』と『テロール教授』に共通しているのは、「カモにされる人」あるいは「テロリスト予備軍」になり得る人というのは決して「社会的弱者」や「頭のおかしい人」などではなく、「一定水準以上の教育を受けた普通の人」であるということである。「中途半端なインテリは他人からバカだと思われることをひどく嫌う」「自分が引っかかるはずがない」という「人間」の性質がよく表れていると言える。特に名門大学に入学できるほど頭の良い学生のつもりでいるのが一番厄介で危険とさえ言える。こうした人たちは分かったつもりで分かっていないから誰かが「今なら儲かる」と言えばホイホイ大金を突っ込むし適正相場も分からないから相場が暴落しても「すぐに値を戻す」と当てのない希望を持ち続けるのである。これは経済的な損失だけで済んでいるが、マインド・コントロールの被害に遭えば損失は経済的なものだけでは済まなくなる。そして、奇しくもこのマインド・コントロールの恐ろしさについて『カモネギ』は3巻で、『テロール教授』は主に1巻で紹介している。
  特に、『カモネギ』2巻・『テロール教授』3巻では若者(大学生)のマルチ商法被害について言及されている。マルチ商法の被害者として若者(大学生)がやり玉に挙げられているのは大学進学に伴い一人暮らし等新生活に順応しきれない中金銭的に余裕のないところにつけ込まれることが一因として考えられる。さらに、2022年4月から成人年齢が18歳に引き下げられたことから、今までマルチ商法被害に対して有効であった「未成年者取消権」といった制度が使えなくなるといった法改正の隙間を突かれていることも関係している。勿論、大学当局も学生に対してマルチ商法やカルト団体の勧誘などに対して注意喚起や相談窓口を設けたりと対策を講じてはいる。しかし、『カモネギ』や『テロール教授』でわざわざ取り上げられるということは、つまりはそういうことである。そのことを肝に銘じて心の処方箋として余裕のある内に読んでおくことをオススメする。

5 心の処方箋として読んでおきたいその他参考書籍・動画のススメ


 『カモネギ』『テロール教授』でもエンタメという形で十分心の処方箋になると思うのだが、よりしっかりとした知識として身につけたいという方向けにいくつか書籍や動画を勧めることにする。
①書籍編
『知識ゼロでも楽しく読める!行動経済学のしくみ』真壁昭夫監修、西東社2022
 これは『カモネギ』の参考文献として手軽なものなのでオススメできる。見開き2頁で一つの項目を説明しているので必要最小限の行動経済学の用語を網羅でき、行動経済学の入門書としても読める1冊である。『カモネギ』の中で取り上げられた「アンカーリング」「ヒューリスティック」「認知的不協和」といった用語も勿論解説付きである。

『バカの壁』養老孟司著、新潮新書2003
 言わずと知れたベストセラー書籍である。「カモ」や「テロリスト予備軍」とされてしまう人々がどういった人かという考察に役立つ一冊である。個人的には「バカの壁」という言葉は仏教用語でいうところの三毒煩悩の一つとされる「痴」(=自分にとって不快な情報を積極的に排除し、「お前は誰と戦ってるんだ」的な「無知」と呼ばれる態度のこと)、あるいは「反知性主義」(=客観性・実証性を軽視もしくは無視して自分が欲するように物事を理解する態度)と言い換えることができると思っている。仏教用語や「反知性主義」について言及している書籍は以下で取り上げる。

『日本の反知性主義』内田樹編、晶文社2015
 私が「反知性主義」という言葉を目にするようになったのは元外交官の作家である佐藤優のいくつかの新書などで見かけることがあったからである。そのような状態で書店(古本屋)にてダイレクトに「反知性主義」と書かれたタイトルに目を引かれて購読してしまったのである(定価では買わなかったかもしれないが100円だったのでまぁそれなら買ってもいいかと思ったもので)。個人的にはこの『日本の反知性主義』に書かれている内容について思うところがないわけではないが(だからこそ定価で買おうという気が起きなかったのだが)、今にして思うと『バカの壁』等と併せて「カモ」や「テロリスト予備軍」とされる人々の考察の一助になると思いここに挙げることにした。この本に書かれている内容を鵜呑みにしないで正しく批判できるようになることが「カモ」や「テロリスト予備軍」から抜け出す第一歩なのではないかと個人的に思っている。
※私見を述べると「反知性主義」という言葉がそもそも好きではない。他人に「反知性主義者」とレッテルを貼るのは自分が知性的な存在であるとの驕りが透けて見えるような気がするからである(だからこそこの本を定価で買うことを渋っていた)。私のこの私見とリンクした内容が『日本の反知性主義』の中の高橋源一郎の論考にあるので興味があれば一読していただきたい。

『知の操縦法』佐藤優著、平凡社2016
 上述の『日本の反知性主義』でも少し取り上げた元外交官で現作家の佐藤優の本の中で「反知性主義」について言及した本を一つ取り上げてみた。佐藤優の他の文庫・新書をいくつか読むことで「反知性主義」、ひいては「カモ」や「テロリスト予備軍」とされる人々の考察に深みが増すはずである。

『いま生きる「資本論」』佐藤優著、新潮社2014
『いま生きる階級論』佐藤優著、新潮社2015
 『カモネギ』にて加茂教授が提唱している「カモリズム社会」について考察を深めるために有用と思われる2冊を抜粋した。この2冊は姉妹本でありどちらかを読むだけでも読む前とは社会に対する認識の仕方がだいぶ変わるはずだが、2冊とも読めばより書籍の内容の理解が深まる構成となっている。「カモリズム社会」を『資本論』でいうところの「資本主義社会」と思っていただければほぼ間違いないと思われる。カール・マルクスの『資本論』を独学でいきなり読むのは色々な意味でオススメできないので(カール・マルクスの『資本論』をいきなり読むことが得策でないことは『今生きる「資本論」』でも言及されている)、カール・マルクスの『資本論』を読むのならば(なかなかそういう人もいないだろうが)代わりにこの2冊を読むことをオススメする。

『蝉丸Pのつれづれ仏教講座』蝉丸P著、エンターブレイン2012
 ニコニコ動画のコンテンツとして「仏具で演奏してみた」動画や仏教講座の動画を投稿したりニコニコ生放送で古典講座などを開いているリア住(リアル住職)または僧職系男子と称されるお坊さんが書いた本である。通常の仏教入門本と異なりオタク的比喩を用いた説法で説明がなされるのでやや人を選ぶ本ではある(一応注釈による説明は逐一なされてはいる)が、その分合う人にとってはこれ以上無く腑に落ちる内容の本となっている。私がこの紹介しているということは、つまりそういうことである。
 それはさておき、この書籍はそもそも何故「カモ」や「テロリスト予備軍」とされてしまう人々が発生してしまうのか、仏教的観点から考察するのに役立つだけでなく、この本を読むだけでもだいぶ仏教をはじめ宗教の理解度が違ってくる上にこの1冊を読むだけでも人生の防御力を上げるのに必要十分な内容となっている。『バカの壁』等と併せて読めばそれぞれの著作の内容の理解がより深まること間違いなしである。
※もし仏教をもう少し深く・正しく学んでみたいというのであればこの本の後半に仏教関連の参考文献とその読み方指南が書かれているのでそちらを参照されたし。

②動画編
Fラン大学就職チャンネル - YouTube
 個人的には「本音くん~建前を使えない証券マン~」シリーズがオススメである。不動産投資でも同じことが言えるのだが、自分がよく分かりもしない商品をセールスマンに勧められるままホイホイ乗せられてしまう人には冷や水を浴びせられたかのごとく衝撃が走るシリーズである。また、多くの動画で「就職すること」「金をかせぐこと」が如何に健全で大切かということを嫌というほど(視聴者の状況によってはトラウマになるほど)教えてくれている。このYoutubeチャンネルを一度でもさらっと見ただけでも簡単に儲けられるという話には飛びつきにくくなるのではないだろうか。

6 おわりに~エンタメを学びの入り口に~
 今回の投稿の直接の動機は「『カモネギ』や『テロール教授』という自分の好きな作品について語りたい・布教したい」ということに尽きるのだが、つい欲が出て、『カモネギ』や『テロール教授』という作品をより深く楽しむために学べる副読本の紹介までしてしまった。一つの漫画作品を楽しむのに余計なことを書きすぎたかもしれない。
 しかし、エンタメをエンタメという形だけで消費してしまうのはもったいないという気持ちもあるのだ。むしろ、エンタメを学びの入り口として活用するという方法論を提唱してみたいと思ったのである。限られた時間の中で新しい物事を勉強しようとすることはなかなか骨の折れることであることは想像に難くない。できれば勉強せずに済むのならそれに越したことはないのかもしれないが、嫌が応にも勉強の必要性に駆られるのがこの世知辛い世の中の真理である。どうせ勉強しなければいけないのならば、せめて最初の勉強のハードルくらいはできる限り低く設定したいのが人情というものであろう。そこで、漫画というエンタメの力を借りて学ぼうというわけである。いや、「学ぼう」と気持ちを奮い立たせるのではなく、「漫画を読んで楽しんでいたらいつの間にか学んでいた」というのが表現としては正確か。「面白くてためになる」、そんな一石二鳥の作品が世の中には溢れているのである。私にとってのそのような作品が偶々『カモネギ』や『テロール教授』だったのである。
 読者諸兄が様々な方法で「人生の防御力」を上げて貴重な人生を有意義に・健やかに過ごしていただくことを願うばかりであるが、この投稿がその手助けになれれば幸いである。


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