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白鉛筆
2022年8月27日 17:40
銀座の街で、人を待っている。待ち合わせ時刻の一時間前。指定場所の喫茶店に入り、コーヒーを注文。二階席の窓から、大通りの往来を見下ろしている。シノノメと音信不通となって、ひと月が経つ。あの日、気を失った瞬間が最後。その後、病院で目が覚めた時には、彼の姿はどこにも無かった。一ヶ月。これまでもそれに近いスパンを空け、思い出したように電話が来ることはあった。だが、きっと今回はそうではない。もう
2022年8月26日 17:16
「これはシノノメさん。随分とお早いご到着で」両腕を広げる榊。パーカーのポケットに手を突っ込んだまま、シノノメは彼に目線を向けた。「君が榊信也君?」「はい。先程はお電話でありがとうございました」舞台役者のように頭を下げる。「別のご用件がおありだった中、お呼び立てしてしまい、恐縮です」「あぁ、それね。いいのいいの、どの道目的地はここだったから」「はい?」シノノメはぐるりと室内に視線
2022年8月25日 18:41
榊が素早い動きでテーブルを回り、私の傍で脚を折ってしゃがみ込む。その体勢のまま強引に、ジャージのポケットからスマートフォンを引き抜いた。着信の震えは止まない。榊はディスプレイを一瞥した後、私にそれを向ける。苦しい姿勢のまま、目線をそちらへ。080から始まる数字の羅列が視界に入る。「知っている番号ですか」「いいえ」「出てください」有無を言わさず通話ボタンが押され、ようやくバイブ
2022年8月24日 17:18
「……怖い?」訊ね返すと、榊は頷き「なるほど。そういうリアクションなんですね」と興味深げに私を見た。「どういうことでしょう」「そのままの意味です。助手としてシノノメさんの傍にいて、恐怖を感じることはありませんか」恐怖。「ありません。今日のように、尾行されたりするのは初めてのことですし、直接的な危害を加えられたことも……」「あぁ、違います。そうじゃない」榊は首を振る。「私が言いた
2022年8月23日 17:15
「あらためまして、榊と申します」車中で差し出された名刺には、『AGコーポレーション代表 榊信也』とあった。「主に法人向けの情報収集に関わる業務を営んでおります」後部座席の右側に私、その隣に榊。運転席と助手席には、それぞれ体格のいい男が座っている。私たちとの間には黒い衝立があり、彼らの様子は見えない。「頂戴します」私は片手で名刺を受け取り、ジャージのポケットにしまった。『情報
2022年8月22日 15:40
先にどうでもいいことを報告しておくと、百貨店で私が選んだのはスポーツウェア一式だった。白のジャージ上下に、インナー各種、ランニングシューズに赤いキャップ。新調したばかりのワンピースと引き換えるには無骨なアイテムだが、元の出立ちとなるべく乖離し、いざと言うとき動きやすいものをチョイスした。そもそも、銀座のど真ん中。肌寒くなってきたこの時期、まともに上から下まで揃えるなら、十万円でも心許ない。
2022年8月22日 00:04
銀座の街を、シノノメと歩いている。勿論、私たちがプライベートで連れ立つなどあり得ない。これは仕事だ。つまり、シノノメの元に届いたアポイントメントに応じ依頼人に話を聞きに行く、その道中である。しかし、いささか様子がおかしい。指定された場所は、駅から十分も歩けばたどり着くビルの一室。にも関わらず、かれこれ二十分以上は散策を続けている。道に迷っているわけではない。駅前で集合してからというもの