夫との出会い⑥最終話
こちらの続きです
肌寒い土曜日。取男は車で大阪にやって来た。
彼が大阪に来るのは久しぶりだった。
私の家は、梅田から車で15分位のところで、所謂大阪の下町だ。
梅田の街を買い物がてらブラブラと歩いた。
人通りが多く、風が冷たい。
取男は、「うん、今日もかわいい」と言ってくれた。私の心にスッと冷やっこい風が吹く。
歩きながら、取男が大阪のどこかの会社に転職してくれやしないかとも考えた。
だが、数年前、
「俺はやっぱり、鳥取がいいなぁ。のんびりしとるに。」と言った取男は、私にほとんど何の相談もなしに転職を決め、私を大阪に一人残して鳥取に行ってしまった。
とてもじゃないが大阪に戻ってきて欲しいとは言えない。取男は、自由で気ままな男なのだ。
あっと言う間に夕方になった。日が落ちるのが早い。
「今日はどないする?帰るん?」と私が取男に聞くと、私の家に行きたいと言った。
「泊まっていくん?」と聞いたら、「うん」と言う。
私の6畳の部屋で布団を敷いて寝た。
腕が伸びてきたが、「ごめん」と思わず口から出た。
次の日
取男と車ででかけた。
以前と同じように、適当なところでご飯を食べ、他愛ない会話をしたと思う。覚えていない。
私は取男に本心本音で話せているのだろうか。
自分の中のもう1人の自分が、私に言う。
(ものわかりのいい彼女を演じて、しんどくないの?
取男と過ごした時間や、がんばってきた遠距離恋愛。それを、リセットするのが勿体ないと思ってるだけ違うの?結婚だけが目的なん?
自分の気持ちに素直になれ。
取男と人生を生きていきたいの?
誰とこの先の人生を生きていきたいの?
今、一番、そばにいてほしい人は誰?
あぁ、もうわかった…!わかった!)
どこかの店の駐車場。
今から、また違う店にでも行こうかという時、取男が車のエンジンをかけようとした瞬間、私は取男に言った。
「取男…あのさ、もう別れたい」
沈黙の時間が痛い。
「しろ、わかってたよ。俺も馬鹿じゃないけん」
「…ごめん。」
「なんでか聞いていい?」
取男は、目が潤んでいる。
私は息を吸い込み、言った。
「取男、ごめん。好きな人がおる」
言葉にしたら(あぁ、やはりそうなんや)と思う。私はオットが好きなんだ。あぁ、よりによってあんなズルいやつを、好きになってしまった。
「そうかぁ。やっぱり、俺、大阪におったらよかったなぁ。
しろ、別れたくないわ。
でも、さ。
まだしばらくは寂しいから時々でいいけん、電話してきてよ。
あと、親には適当に言っとくけん。」
別れたくないと聞いた瞬間に、鳥取の電車道の踏切から見た風景、においと、悲しさや悔しさ、今まで蓋をしていた感情が一緒になって、蘇った。
一緒にいた時も、離れた時も今までずっと寂しかったんだ。私の中身を見てくれ、と。
惨めな気持ちにさせられるのはごめんだと、自分の気持ちを吐き出さずに、抱えこんでいる気持ちもいろいろな事をして誤魔化していた。いつも明るく楽しく、元気よく。
アホやなぁ、私は。
『しろは、無理してるんと違う?』と言ったオットの声が頭をよぎる。やっぱり無理をしてたんやな、私は。
私は歩き出すしかない。
涙がボロボロ出る。
自分の気持ちに正直に生きたい。
取男は、泣いて笑って、また泣いた。
たくさん思い出があった。
「またいつか会おう」と取男は言ったが、そのいつかは絶対に来ない。
私は1人になった。
仕事場では、毎日いつも通りの顔で仕事をした。
オットは毎日仲間とワイワイ話し、サッサと仕事をこなし昼寝もする。相変わらずだ。
(あぁ、やっぱりこの人が好きやなぁ。
惚れたもん負けか…)と、オットが書いた伝票の文字を見ながら思う。
連日仕事がバタバタとしていたのが落ちついた、ある日の晩、オットに電話した。
オットは彼女とは別れていないだろう。
そんなやつだ。私は、アホをみるかもしれん。まあ、それでもいいわ。後悔はしない。
電話はすぐに繋がった。電話の向こうはシンとしている。
「オツカレ。私。いま電話してもかまへん?」
「久しぶりやん。会社で会うてる(おうてる)けど。うん。どないした?」
「あのさ、私、こないだ取男と別れた」
「え!?ほんまに?!」
「うん」
しばらくオットは黙って、それから言った。
「俺もこないだ女と別れた。しろ、今どこにおる?
今から行くわ」
おわり。
あとがき
あれから、毛が逆立つ事もなく17年が過ぎた。若かりし『オット』と『しろ』は、『とーちゃん』と『かあか』になった。
思い出してみると、若い時の『しろ』は、恋人『取男』を尊重する事を良しとして、それが愛することだと大きな勘違いをしていた。
ズルいオットの弱さも引っ括めて『しろ』は『オット』という人間に惹かれたんだと思う。
人間誰しも弱さがあって、強さもある。
正真正銘、真っ当な人間なんてそういない。完璧な人間ばっかりだとおもしろくないと思う。
記憶を遡ると、いろんな感情が蘇る。
(「そんな事を思い出す暇あったら、冷蔵庫に落ちてる野菜のクズ拾わんかい笑」と
夫に言われそうだが笑)
日々忙しく暮らしていく中で、夫婦が恋人だった頃の事など頭の片隅にも、かすらない。
あるのは、子どもの事や仕事やお金、食料品や日用品の買い出しに、掃除洗濯、習い事の送り迎えや、お風呂のカビ、晩ごはんのメニューに明日の天気だ。
しかし、元を辿れば思い出すことがたくさんある。
時間はあっという間に過ぎ去り、過去の事は多分いつかきっと忘れてしまう。
『初心忘るべからズ』
日々の中で、少しでも『初心』を頭の片隅にかすらせて、オットから『夫』になった彼を大切にしようと思う。彼と私のこどもたちも。
そして、自分も。
長々と読んでいただきありがとうございました!
追伸
夫のお弁当、平日月曜日〜金曜日作っていますので、そちらにスキをしてくれたら、おかずのレパートリーが増えて夫が喜びますので、そちらも宜しくお願いします。
しろ
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