シン・仮面ライダーの感想

映画評論家でもなければ仮面ライダーのガチオタクでもない、そんな一回しか見てない人の超大ネタバレ感想。

はじめに

先々週公開されたシン・仮面ライダー、ネットでは賛否両論のようで。個人的には面白かったので、もっと自分の感じた面白さを共感してもらいたい気持ちで書こうかなと。ただし、あくまでも自分はこういう風に思ったというのを共有したい、いわば一緒に見た友人とシアターを出た後で感想を語り合うような感覚なので、映画の最終盤までの内容にゴリゴリに触れる超激ヤバネタバレ感想記事だということをご理解いただければなと。それでも良いという方はぜひ。


人間の変化を描いたストーリー

シン・仮面ライダーのストーリーは、ぱっと見ではわかりにくいものの、考えるとものすごく奥深いストーリーのように思えた。重要になってくるのは、ポスターにも書かれている「変わるモノ。変わらないモノ。そして、変えたくないモノ。」という言葉。これこそがこの映画の本質ともいえるのではないかと。

結論から言えば、変わるモノとは仮面ライダーたちや緑川一家などの主人公サイド、変わらないモノとはSHOCKERの構成員たちなのではないだろうか。変えたくないモノは、作中で何度も言及のあった、本郷猛の優しさのことだと考えているが、まだ考察のし甲斐がありそう。

主人公サイドで一番わかりやすいのは一文字隼人だろう。彼は本編中に、オーグメント手術を受ける以前の絶望を乗り越えただけにとどまらず、正義のために、自らのために命を落としたルリ子の遺志を果たすために、群れることに慣れようと自分を変える努力をしていた。そんな一文字の姿を見た人たちは、あまりのカッコよさに惚れてしまいそうになったのではないだろうか。

本郷猛はクモオーグ戦にて、人を殴り殺す力を得た上に、殺すことに何も感じない自分に絶望してしまった。しかしコウモリオーグ戦では、正義と平和のために、覚悟を決めてSHOCKERとの戦いに進んでいった。

緑川ルリ子は、一種の人造人間のような生まれで、人間らしさのない機械じみた性格だったが、本郷猛との交流やハチオーグとの別れを経験する中で、だんだんと本郷猛という"人間"に信頼を寄せ始めていった。まるで本郷猛に恋でもしたんかってくらいの変わりようは凄まじいが、人造人間が人間へと成長していく、すなわち変化していく過程が良く描かれている。

政府の人間、すなわち立花は終盤、本郷との会話シーンにて「絶望の乗り越え方は人それぞれ」という言葉を本郷に投げかけている。これはまさに前述の3人を表したものである。3人は全員”辛さ”を心のどこかに持っていたが、強い正義感からくる覚悟、他者との交流、命の恩人の遺志、それぞれが全く異なるものをきっかけに成長していった。

変化を許されない怪人たち

幸せになっていることが変化だというならば、怪人たちはどうなのだろうか。彼らは歪んではいたものの、彼らなりの幸せを享受していた。しかし、私はこれを変化だとは言えないのではないかと思う。

人外合成型オーグメント化の過程は、おそらく3つのステップに分けられると考えられる。1つ目は被験者の絶望を記憶の奥底に封印し、SHOCKERの一員とする洗脳手術だ。この洗脳が解けた一文字が、己の絶望を思い出して涙を流すシーンは非常に印象深かった。本郷猛はおそらく、この過程がスキップされたのではないかと考えられる。2つ目のステップは、動物から抽出したプラーナを移植し、尋常ならざる力を持つ怪人にする手術だ。そして3つ目は、殺人への忌避感を消すマスクやそれに対応するスーツ、ベルトを装着させるものだ。

SHOCKERのオーグたちは、洗脳手術とマスクの麻薬のような効果により、自分の絶望を完全に忘れ、心の底から幸せを享受していた。しかしこれは、本当に人間としての成長・変化だといえるのだろうか。主人公サイドの3人は、自分の絶望を飲み込んだうえで、自ら変わっていった。しかし、洗脳などといった外部からの干渉だけで幸せになっていった彼らは、本当に成長したといえるのだろうか。そうなのであれば、一文字が流したあの涙は、なんだったのであろうか。

本作にて何度も登場する言葉として、「"辛い"という字に横棒を足すと、"幸せ"になる」というものがあった。曲解かもしれないが、これは"幸せ"になるには"辛い"、すなわち絶望を踏み台にしなければならないというメッセージなのではないだろうか。このように解釈した私にとって、SHOCKERのオーグたちが変化をしたものだとみることができないのだ。

しかし、見方を変えてみれば、彼らは洗脳手術により自分の絶望を思い出すことができないため、真に幸せに変化することを許されていない存在だともいえる。これこそが、SHOCKERの悪の組織たる所以、幸せを追求するといいながら変化を許さない、不気味に歪んだ組織であるという印象を植え付けているものなのではないだろうか。このような、きわめて不気味かつ哀れにも見える怪人たちと、洗脳を受けずに正義のために変化し、戦う仮面ライダーたちの対比こそが、本作品の最も面白いところだと感じた

仮面ライダー…?

本作で最も残念なポイント、それは本郷猛があまりフィーチャーされていないことだ。前述したとおり、本作のポイントは人間の成長・変化であるが、一文字やルリ子と比べ、本郷猛の変化については全然フィーチャーされていないように見える。というかぶっちゃけあの作品の主人公は、本郷猛ではなく緑川ルリ子なのではとも思ってしまった。

本郷猛が絶望を乗り越え、戦いへの決意を固める変化が起きたのは、コウモリオーグ戦の章だろう。しかし、戦いに挑むという決意を見せるシーンが初見で分かりずらく、パッとしない。さらに、コウモリオーグ戦より前から本郷については、「優しすぎてそれが弱点になっている」と言われていたが、コウモリオーグ戦後も一文字などからずっとそれを言われ続けているため、見てる最中ははっきり言って「力は強いけどなんかなよなよしたやつ」という印象を受けていた。

もっと言えば、上に挙げた終盤の本郷と立花との会話シーンにも強い違和感を感じた。本郷の過去、すなわち本郷の持つ優しさと正義感の源が語られたシーンだが、はっきり言ってタイミングが遅すぎると感じた。コウモリオーグ戦で立花が「本郷猛に任せる」という発言をしていたが、この時に本郷の過去が語られてもよかったのではないだろうか。このタイミングには庵野監督の何らかの意図があったと信じているが、本郷がなぜSHOCKERとの戦いを続けられるのか、そのメンタルの根幹にあるものが終盤までわからないため、置いてきぼりにされている感覚だった。しかも終盤まで引っ張ったにしては、その過去は緑川ルリ子のほうがインパクトが強いと感じた。

もっとも、仮面ライダーという作品自体が、尋常ならざる力に涙しながらも、優しさを持った正義のヒーローを描いたものであるため、そこが強調されていると考えれば理解はできる。また最後のチョウオーグ/第0号との戦いでは、正義のために戦う、何が何でも勝つというかっこいい本郷猛を存分に楽しむことができたので、なよなよしたやつというイメージは完全に消え去っていた。

しかし、コウモリオーグ戦後はずっとルリ子が主人公のような扱いに見えてしまった。ハチオーグとの関係や悲しい別れ、緑川家の過去やイチローとの決別、正義のために命を賭してまで一文字の洗脳を解こうとする姿。これを主人公といわずしてなんというのだろうか。さらに言えば、最後のチョウオーグとの戦いの中では、仮面ライダーたちの想いの大きな部分がルリ子に影響された部分だ。最終戦手前で死亡し、残った仮面ライダーに大きな影響を与えるという点は、仮面ライダー龍騎のそれと一緒ではと思う。演じていた浜辺美波さんはすっごいかわいかったけども。

もっと仮面ライダーである本郷猛にフィーチャーした、仮面ライダーというタイトルにふさわしい物語であってほしかったと思う。シン・ウルトラマンは、地球人との交流の中で母星のルールを無視してしまうほど、人間を愛するようになるまでの過程というのがメインで描かれていた。それに比べると、今回のシン・仮面ライダーは少し残念だったといえるだろう。とはいえ、今のストーリーがすごく好きなのもじじつなので、できればあと30分追加して本郷猛についてのストーリーを描いてほしかったなというのが素直な感想だ。

かっこいい戦闘シーン

もうぶっちゃけ前段までで一番伝えたいことは伝え終わったので、この段は読まなくていいです。

やっぱり仮面ライダーといえば戦闘シーン!怪人とライダーのぶつかり合い、最後に必殺のライダーキック!それが非常に楽しめたので良かった。ただ他の人も言うように、真っ暗なトンネルの映像、iPhoneで撮影したと思わしき映像、接写でカットや倍速を多用するせいで逆にわかりづらくなっているハチオーグ戦や第0号戦など、ちょくちょくと残念なところもあった印象。派手なCGを使用しない、本気のぶつかり合いを描いたという点では評価できるが、はっきり言って普段のTVシリーズのほうが戦闘シーンの撮り方は好きだった。

あとサイクロン号がかっこよすぎる。「光る、鳴る、変形する」。これこそが男の子の心を響かせて来るのだ。クモオーグ戦前に見せたマフラーの変形、コウモリオーグ戦で見せたマフラーの逆噴射、大量発生型相変異バッタオーグ戦のバイクシーンは(見づらいけど)すごいかっこよかった。言語化できないぐらいかっこよかった(しみじみ)。

まとめ

点数をつけるとすれば78点くらい。非常に面白かったが、やはり本郷猛よりも緑川ルリ子がメインに見えてしまうのが大きなマイナス要素になってしまった。それでも、同じ「主人公メインじゃないじゃん!」的な感想を抱いた若干触れてはいけない黒い太陽よりも、満足感は高く面白かった。

個人的には非常に楽しめたが、賛否両論になるのも納得できるという作品。ただその要因の大きなところとして、シン・ゴジラやシン・ウルトラマンのような、分かりやすい面白さが少なく、各キャラの発言やその背景、設定などを深くかみしめることで、それらを超える面白さを感じることができる作品だからではないかと思う。この記事が否定的な意見を持つ人の目に留まって、改めてもう一度見て、シン・仮面ライダーを好きになってほしいなという、映画評論家でも何でもないにわかの思いをここに残しておく。


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