人工知能は子どもの指導ができるのか

(すでに人工知能の研究はスタートしており、教師の代わりを果たす人工知能がやがて開発されるだろう、という意見に対し)

私が「教育」という言葉が好きでない、ということに関連するんですけど、「教える」ことが子育て(教育)の全てだと考える、その前提がすでに誤りだと思います。目の前の子どもの家庭環境、交友関係、生育歴、様々な要素を加味して接し方を考える必要があります。そのためには、実は「足で稼ぐ」ことが大切です。

教室の外での顔を知っている必要があります。その子の家を訪問したときの顔、道でたまたま会ったときの顔、友達と遊んでいるときの顔。その子がいろんな場面でどんな関係性を結んでいるのかが、実は学習に深く結びついています。人間は関係性に悩むと学習効率が著しく悪化するからです。

そして、関係性改善のヒントを与えることもあるわけですが、「正解」が有効とは限りません。一時的に悪循環を断つために「方便」を使うことも必要なときがあります。方便はウソですから、次の補正を準備したうえで行う事が必要です。正攻法ではうまくいかないことが人間には多々あります。

たとえば薩長同盟前夜。長州は「薩摩が切り出すべき」薩摩は「いや長州が」とけん制しあいらちが明かないところをなんとか龍馬が対面の場をセッティング。しかし双方沈黙を保ったまま同盟の話が出ない。もうダメか、という諦めが流れる中、長州側から「芋侍が」と薩摩を揶揄する一言がボソッと。

座が静まり返っていたために、小さな声なのに万座に響き渡りました。あ、これで交渉は決裂だな、と誰もが瞬間に悟ったそのとき、「ははは!芋侍だって!うまい!ははははは!」と笑い転げる龍馬。
みな呆気にとられたし、笑っている人がいるのに怒るのも大人げない話だと感じた西郷は、

「さよう、我々は芋ばかり食っていますからな」と笑って引き取り。大人の態度を見せられた長州は、誰か分からないものの相手を揶揄する言葉を吐いた忸怩たる思いもあるから、ここで意地を張るのも大人げないと緊張を解き、一気に同盟のための話し合いが加速し、決定したと伝えられています。

もし龍馬が正攻法で薩摩と長州を説得していたらうまくいかなかったでしょう。芋侍という揶揄に対し、成功法でたしなめても交渉は決裂していたでしょう。笑い転げるというイレギュラーな手をとっさに取ったことが、緊迫した空気を解いたのだと思います。

果たして薩長同盟のいきさつがどれだけ真実なのかは今となっては確認が難しい(陸奥宗光が言い伝えたエピソードだそうです)ですが、こういったことはあり得ると思います。正攻法では難しいけれど、「虚を突く」ことで事態が大きく動く、ということは、子育てでもしばしば起きます。

うちの塾に不良がたくさんきて「不良塾」と呼ばれていたころ、10人の悪さん坊が「話がある」と言って顔を出してきたことがあります。みんな緊張した顔。どうやら、全員塾をやめると言えば経営が傾くだろうから、そこから妥協を引き出せるだろうと企んでいるな、と見て取れたので、

「お前ら全員塾をやめろ」と言い渡しました。とっておきの交渉カードだと思っていたのを先に言い渡されてどうしていいのかわからなくなった面々。逆に子どもたちは「塾をやめさせないで」と頼む格好になり、「じゃあ次からはこれだけは守れ」と、こちらの言うことを聞く羽目に。

子どもとのやりとりは、ある種「ケンカ」に似た丁々発止が必要です。正攻法でいけば、子どもたちの方が策を練りに練っていましたし、何しろ学校の教師を翻弄するのに慣れている連中でしたから、交渉の主導権を握られっぱなしになっていたでしょう。こちらが「全員やめて構わない」と腹をくくらないと、

子どもたちに伝えるべきことを伝えられないことがあります。「この塾では「やめる」というカードが全く効かない」ことがわかった子どもたちは、逆に、こちらの言葉が金儲けを意識したものではない、ということがわかってくれたようで、以後はよく話を聞いてくれるようになりました。

人間関係のことは、正攻法ではなく「虚を突く」ということが非常に重要になります。子どもと対するのも、人間関係の一つです。しかも彼らの方が「素」で対峙するので、正攻法に囚われがちな大人よりもはるかに柔軟です。ですからこちらも「素」で対応する必要があります。

「素」で対応するには、子どもたちのことをよく知っていなければなりません。どんな親御さんなのか、親との関係性はどうなのか、兄弟構成はどうで、仲はどうなのか、交友関係はどうなのか、今日はどんな気分でいるのか、それらをふとした素振りから観察し、見極めたうえで、対応を決めます。

「正攻法」に囚われると、こうした観察ができません。学んだ方法でしか対応できなくなります。これでは子どもたちになめられます。特に不良と呼ばれてしまうようなヤンチャな子は、実は頭の回転がよく、相手の弱みを瞬時に見抜き、そこを突いてきます。こちらはそれを受けたうえでその子の虚を突く。

そうした丁丁発止をしながらも、「そんなんばっかりにかかずらわんと、自分の未来を切り開くための作業を進めていけや」と、徐々に仕向けて行く必要があります。無理はききませんから少しずつ、その子に応じたやり方で。こうしたことが、人工知能でできるとはまだ私には思えません。「足で稼ぐ」ことができないから。

いわゆる「不良」という子は、勉強をこれまで強制されてきた経緯から、そこから逃げるために別の分野に興味を持つようになった、という子がほとんどです。勉強はキライだし苦手だと思い込んでいます。その思い込みを解除することから始めないと、子どもは学習を開始しません。

そのためには、親御さんに「勉強しろ」と強制することをやめてもらう必要があります。面談し、懇々と説明し、納得してもらう必要があります。でもその場では納得してもすぐに戻ってしまいますから、常にコンタクトをとって、強制という、子どもの嫌悪する状態をまず改善する必要があります。

子育て(教育)は、身動きも何もしない品物にペイントするようなものではありません。親子関係、友人関係、これまでの歴史、様々なものを背負った子がそこにいて、「呪い」をいくつか抱えていることが普通です。その呪いを解除してからでないと学習が始められません。

申し訳ないですけど、人間理解が浅ければ、人工知能をうまく活用することも困難だと思います。子どもは人工知能に合わせてはくれません。人工知能が子どもに合わせるしかない。子育ては常に、子どもに主導権があります。そのことを忘れるとうまくいきませんから。

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