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「雨上がりのアルテミア・愚痴外来診療録」  第10話 本当の最終試験

前話 第9話「魔物と対峙する」
後話 第11話「新たな客」

 桜崎は黙って聞いていた。そして先程の暖かな表情から一気に冷たい表情に切り替わった。

「どういうこと? 私は偉そうにしたつもりはないし、馬鹿にさせることもない。あなたの言っていることは意味がわからないし、そういうことはあまり言わない方がいいと思うわ。その一言で、今までのあなたのしてくれた大切なものが台無しになるわよ」

 桜崎はじっと心山(むねやま)を見つめた。心山も目線を反らさず見つめ返した。それはまるで永遠にも思えた。三浦と達川は額に汗を垂らしながら、その様子を見つめていた。

「ぷはっ」

 心山が脱力し、椅子にもたれかかった。

「あー、怖かった。いやいや、おめでとうございます、合格です」

 三浦がクラッカーをパン、と鳴らした。

「すみません、驚かせてしまって。これが本当の最終試験です。お見事、しっかりと冷静に答えることができました。これでいいんです、ダメなものはダメ、そうしっかり伝えるためにも、感情的にならずあくまであなたの意思で選択し、行動に移す。合格です」

 桜崎は、思わず、笑みがこぼれた。

「何よ、本当にあなたのことが嫌いになることろだったわ」

「いやいや、怖かった。それでは合格の証にこちらを差し上げます」

 心山は棚に飾ってあった、2つの白いペガサスの粘土細工を桜崎の前に置いた。

「これを見てください、とても美しいでしょう」

 翼の一つ一つ、鍛え抜かれた脚、暖かく、かつ力強い瞳。その全てが細部に渡って美しく構成されていた。

「こちらを手に取ってみてください」

 桜崎は手のひらにペガサスを乗せた。

「洗練されているわね、このペガサス」

「ええ、それを思いっきり握りつぶしてください」

 桜崎は目を丸くした。

「こんな美しいものを?」

「はい、いいからやってみてください」

 怪訝な表情を浮かべながら桜崎は手でぎゅーっと握った。美しいペガサスはその形を崩した。

「痛っ」

 その内部から尖った針金が出てきた。

「何よこれ」

「中身はとげとげした金属でできています。そのまま思いっきり握ったら怪我をするでしょう」

「なんでこんなこと」

「人間の心もこれと同じ。生まれつきの形は醜いところもあるかもしれない、誰かに勝手に作られたひどい部分もあるかもしれない。でもその周りにしっかりと厚化粧をしてあげれば、ペガサスにだって、ライオンにだって、太陽にだってなれる。でも時間が経つとまた形は崩れてきます。そうしたらまた作り直せばいい、何度だって。この粘土細工を見たらそのことを思い出してください」

 そう言って心山は壊れていない方のペガサスを渡した。桜崎はしばらくそれを眺めてから、それをカバンにいれた。

「ありがと、ここに来てよかったわ。ちゃんと報酬も払ってるから安心して」

「もちろん、そのためですからね、はははは」

 桜崎も笑った、三浦も笑っていた。そして自動ドアを抜ける前に一度だけ桜崎が振り返った。

「もし——もっと早くにあなたと出会っていたら、今でも私は政務官やってたかしら」

 心山は頷かなかった。

「桜崎さん、過去は変えられません。だからこそいいんです、変えなくていいんです。これからのことだけ考えていればそれでいいんです」

 桜崎は笑った。

「それもそうね、じゃまた!」

 立ち去る桜崎に遅れまいと、達川もこちらに一礼し、急いで後を追いかけた。

 三浦が心山の横に肩を並べた。

「なんか桜崎さん、すっかりいい笑顔になりましたね。ほんと憑き物が落ちたみたいに」

「……」

「先生?」

「おい、もう行ったか?」

「はい、いきましたけど」

「早く、早く振り込み確認しろ、報酬払ったって言ってたよな?」

「いやそうですけど、なんでそんなに急いで……」

「いいからいいから」

 三浦はパソコンを立ち上げ、銀行口座を確認した。

 昨日の日付でお金が振り込まれていた。それを確認して、心山はほっとした。

「ふう、よかった。これで柿の種と新しいおばけえび買える」

「その二つってそんなにお金かかんないと思いますけど。それよりもっとお客さん呼びましょうよ、SNSやったり口コミお願いしたりして。じゃないとここの運営……って——えーーーーー!?」

 三浦は金額を見直した。何度も見直した。

「ちょ、ちょっと待ってください。先生、この金額、桁が……」

「いや間違ってないと思うぞ。私が請求した金額だ」

「だってこれ、通常の依頼と桁が3つくらい違うじゃないですか。これって私の給料一年分払ってもお釣りが来る……」

「こんな額、あの人たちからしたら大したことないって。それに満足したら払うって言ってただろ? 満足したからいいんだよ」

「で、ですけど、こ、こんな額、どうしたらいいんでしょ」

「まあしばらくお客さんも来ないだろうから、一応取っておいた方がいいかもな」

「いや、とりあえず壁紙、いやソファかな。色々やることありますよ……」


 数日後、三浦はテレビを見ていた。中ではあの桜崎がバラエティ番組で脚光を浴びていた。

「お、桜崎さん、頑張ってるじゃん」

「はい、歯に衣着せぬ物言いが人気みたいです。それでいてスタッフへの対応もよく、後輩の面倒見もいいみたいですよ。バラエティの方が向いてるかも、ってこの前言ってました」

 ふーん、と言ってから心山は新しく買ったおばけえびの水槽へ向かった。

「あ、そう言えば先生……」

 誰もいなくなったロビーのテレビでは桜崎が大声を上げていた。


「あのさ、小金丸君さー、一回カウンセリングとか受けた方がいいよ。あたしもさ、それですっごくよくなったからさ」

「桜崎さんが言うと説得力あるな〜前はひどかったからな」

「そうよねーって、やかましいわ、このハゲ頭ー!」


 ぷるるると電話が鳴った。三浦がそれに気づいた。

「はい、あなたの心の悩みなんでも解決します。『むねやま愚痴外来』」

「あの、予約をお願いしたいです。名前は小金丸……」


(つづく……かもしれない)

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