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「雨上がりのアルテミア・愚痴外来診療録」 第11話 2人目の客
第1話「最初の客」
第2話「愚痴外来」
第3話「最初に越えるべき壁」
第4話「2日目」
第5話「言葉という魔物」
第6話「小さい頃の影響」
第7話「治療開始」
第8話「天使のつばさ」
第9話「魔物と対峙する」
第10話「本当の最終試験」
「ふんふふんふ、ふ〜ん」
三浦は茶色いポニーテールを揺らしながら、診療所の床を掃いていた。受付嬢の制服も新調し、目は輝いていた。
「すみませーん、こっちでよかったですか」
あ、はーい、と高い声を上げて三浦が入口へ駆け寄る。大きなトラックからは、新品のソファが入った箱が下ろされていた。運送業者の大人2人でやっと抱えられる箱が診療所内に運び込まれた。
「ここに置いておいてください、そしてもとあったこのきったなーいソファはどっか持っていってください」
はい、わかりました。といって何やら伝票に記載して、もともとあった破れかけのソファを配達員は担ぎ出した。
配達員が出ていき、自動ドアががしゃん、と閉まったタイミングで奥から心山(むねやま)が顔を出した。
「誰か来てたの」
「見てください、先生。診察室がめっちゃおしゃれになりました〜」
壁紙は優しいオフホワイトに、ソファは革張り。テーブルもスタイリッシュにおしゃれなカフェにあるような脚の長い丸テーブルになっていた。
「前回のお仕事で金銭的に余裕がでましたからね、思い切って頼んじゃいました」
きらきら輝く瞳を心山はじーっと見つめた。それからぼそっと呟いた。
「うーん、全部元に戻して」
は? と三浦は一瞬耳を疑った。
「どうゆうことですか?」
「いや、だからその……こういうの落ち着かないんだよね。今まであったやつにして」
「もう捨てちゃいました」
「じゃあ似たようなやつ。中古でもいいからさ、頼むよ」
そう言って奥に戻ろうとするタイミングで自動ドアが開いた。
入ってきたのは40代前後の女性だった。
「あの……開いて、ますか?」
三浦は一瞬、口をへの字にした。
「ああ、誰もいませんけど開店中ですよ、ご予約の方ですよね。名前は……」
間違えるはずがない。なぜならその人物は、
「小金丸様ですよね?」
女性は少しうつむき加減に頷いた。
「はい、よろしくお願いします」
それから入り口に目をやり、ため息をついた。
「もう、あなた。そこで突っ立ってないで入ってきてよ」
三浦は一つ息を飲んだ。予想が正しければそこから入ってくる人物は三浦のよく知っている大物だったからだ。
サングラスに角刈り。黒を基調としたスーツをびしっと決めた長身の男が入ってきた。手をポケットにつっこんでおり、少々威圧しているようにも思えた。
それからずかずかと診療所の中央まで歩み寄り、新しく届いたばかりの革張りソファにどかっと腰掛けた。
(やっぱりそうだわ、小金丸ひろし。あの大物歌手南島三郎の付き人で、CMやバラエティにも引っ張りだこ。桜崎美代子に続いてまたもや大物ゲット! これで私の給料も絶対あがるわ!)
三浦の目が$マークになっている横で、小金丸夫人が申し訳なさそうに頭を下げた。
「この度は何卒よろしくおねがいしますね、私が何度も説得して、やっとカウンセリングをうける気になったみたいなんです」
「あ? 俺は別に来たくて来てるわけじゃないんだよ。お前がどうしてもっていうから来てやったんだよ。ほら、さっさと終わらせようぜ、あとが詰まってるんだからよ」
小金丸は足を組んで、ソファに全身をもたれかかりながら言った。
「わかりました、では先生をおよび……」
「その必要はないですよ」
遮るように心山の声が聞こえた。
「先生、いつからそこに?」
心山は小金丸夫人の前に歩み寄った。
「このご依頼はお受けできません」
夫人の顔が青ざめた。三浦が慌てて、心山に耳打ちした。
「ちょ、なんでですか!? やる前からそんな……」
「この治療はあくまで自分が何とかしたいと思っている人にしか効果がありません。誰かからやらされているという状況では意味がありません。お帰りください」
そう言って、心山は奥に戻っていった。小金丸がサングラスが動くほど眉にしわを寄せた。
「あいつが先生か? 望むところだ。帰ってやらぁ、おい帰るぞ」
そう言って小金丸は入り口に向かった。夫人と三浦は慌てふためき、その場でおろおろした。
「小金丸さん、先生を説得してみますから、小金丸さんは旦那さんをまた……」
「ええ、わかりました。またご連絡します」
(もう、みんな子どもなんだから……)
小金丸の治療はこんなやりとりから始まった。
この男の依頼は何だったのだろうか、そして心山はどのようにしてその問題にアプローチしたのか。そしてまさかその以来の影には全く別の人物が関わっていたことにこの時はまだ誰も知らなかった。
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