マガジンのカバー画像

ピアノを拭く人 [長編小説] (完結)

54
彩子が出会った素敵なピアノを奏でる男性は、些細なことが気になって居ても立ってもいられなくなる病に悩まされていた。
運営しているクリエイター

#神経発達症

ピアノを拭く人 第1章 (14)

 昼過ぎから降り始めた雨は一旦弱まったが、夕方には勢いを増していた。彩子は車のワイパーを…

may_citrus
3年前
90

ピアノを拭く人 第1章 (15)

 屋根を打つ雨音は、いつの間にか止んでいた。その分、時を刻む秒針の音が存在感を増している…

may_citrus
3年前
103

ピアノを拭く人 第2章(4)

   西の空には、まだ夕焼けの名残があるものの、夜の帳は街の輪郭をぼかし始めていた。 「…

may_citrus
3年前
92

ピアノを拭く人 第2章(5)

 彩子は透の居場所を守るために、早速行動を開始した。  その夜のうちに、フェルセンのFaceb…

may_citrus
3年前
112

ピアノを拭く人 第2章 (6)

「透、お客様がいなくても、勤務中だ」  羽生が、いつになく険しい声で言い放った。透は入口…

may_citrus
3年前
110

ピアノを拭く人 第3章 (2)

 改札を出た彩子は、透と羽生それぞれに買った土産の袋を抱え直した。駅を出ると、冷たいか…

may_citrus
3年前
104

ピアノを拭く人 第3章 (3)

   閉店後、透はマスクの中で「僕こそ音楽」を口ずさみながら、クロスに鍵盤用クリーナーを垂らし、鍵盤を1つ1つ丁寧に拭き始めた。  彩子の視線を意識してか、透は「この後、乾拭きするだけだから」と決まり悪そうに言った。彩子は「何も言ってないでしょ」と唇を尖らせながらも、透が以前のように目を吊り上げ、何かに憑かれたように拭いていないことが嬉しかった。  鍵盤を拭き終えた透が、ピアノの椅子をアルコール消毒しようとしたとき、彩子は「それ、必要ないんじゃない?」と口出しした。 「

ピアノを拭く人 第3章 (6)

「何?」  彩子は透の目を見るのが怖く、彼の黒いセーターの胸元に視線を固定して尋ねた。外…

may_citrus
3年前
106

ピアノを拭く人 第3章 (7)

 彩子はソファから立ち上がり、真っ直ぐバスルームに向かった。  ピンクグレープフルーツの…

may_citrus
3年前
87

ピアノを拭く人 第3章 (8)

 年の瀬が迫っているが、車は思ったよりスムーズに流れている。新型コロナウイルスの感染者数…

may_citrus
3年前
77

ピアノを拭く人 第3章 (9)

 桐生のカウンセリング室の『睡蓮』は、今日も優しく2人を迎えてくれる。 「お店でのお客様へ…

may_citrus
3年前
92

ピアノを拭く人 第4章 (1)

 遮光カーテンの隙間から、金色のヴェールが差していた。彩子は、エアコンを点けずにベッドか…

may_citrus
3年前
124

ピアノを拭く人 第4章(2)

 透の交友関係は、知らないに等しい。誰に紹介されるのか考えても、何も浮かばない。過去に関…

may_citrus
3年前
115

ピアノを拭く人 第4章 (8)

 気温は低いが風はなく、陽が注ぎ、寒凪という言葉が似つかわしい日だった。彩子は、フェルセンで透を乗せるために、駐車場に車を入れた。診察室でお腹が鳴らないよう、おにぎりをぱくつきながら運転してきたので、いつもより心に余裕が生まれていた。  昨夜、何を着るかと散々悩んだ。フェミニンを強調する服装では、華のある赤城の前では見劣りしそうだった。考えた末、明るい紺色のパンツスーツに、白いボウタイブラウスを合わせることにした。靴は、綺麗だと言われる脚が強調でき、かつ歩きやすい5センチヒ