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エッセイ・評論など

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音楽、その他の芸術や社会問題についての評論やエッセイなど。力を入れて書いたものから、気軽に一気に書いたものまで。とりとめのない雑感も。
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#随筆

浸み透る歌声

浸み透る歌声

 しばらくぶりに話した人に、元気ですか?と尋ねられて、答えるまでに少し間が空いてしまった。春前から不運や心理的に負担のかかるできごとが続いていたのに加えて、身体的にもやや疲労が溜まっており、思考や感情の方向も負のほうへ極度に傾きがちなこの頃であったから、「元気」と言ってよいものか、馬鹿正直な私はためらってしまったのである。間を空けてしまったらもうあとには引けない。元気と言いたいところなんですが、最

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「信用できるから」

「信用できるから」

 年末や盆をのぞくほぼ毎週末にある仕事に電車で行く途中、高校時代に通学で乗り換えのために下車していた駅を通る。寝つきの良かった日でも必ず中途覚醒してしまう決して深いとは言えない睡眠と、始終何かものを考えてしまうこの脳のためか、電車に揺られているとすぐに眠気を催し、二駅目に着く頃にはもう浅く眠ってしまっていることも少なくない。けれど、停車する度に意識は戻ってくるので、比較的目が覚めているときなどは、

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「どちらにも踏み切らない場所」に立って

「どちらにも踏み切らない場所」に立って

 大学時代、想いを寄せていた人に、「SNSで常に誰かと繋がっているから、孤独じゃない」と確信に満ちた様子で言われて、何も言葉を返せなくなってしまったことがある。自分とこの人は、孤独という言葉の定義が違う、いやそれ以前に、見えている世界が決定的に違う。心惹かれながらも、どんなに会話を重ねても話が通じていない、自分という人間を理解してもらえていないもどかしさをどこかに感じていたが、その原因を発見してし

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後ろ姿、時についてのスケッチ

後ろ姿、時についてのスケッチ

 高校からの帰途に見た、改札を出て駅前の予備校に向かうセーラー服の女子クラスメイトの後ろ姿が、時々、ふと脳裡に浮かぶ。
 自他共に認める「変わり者」の、恐らく話し掛けやすそうには見えなかったであろう私にも、同じクラスになって間もない頃から、「おはよう」と言ってくれた、明るく、さっぱりとした人だった。席が近くなることなどが多かったので、よく話した。私は古文が得意だったので、試験前や課題のあるときには

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