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死ぬまで生きる。悲喜を抱えて、美しく ~エリザベス・ストラウト『オリーヴ・キタリッジ、ふたたび』

 とても期待して読みました。そして、やはりエリザベス・ストラウトは私の期待をはるかに超えて素晴らしい小説を読ませてくれる、と、うれしくなりました。

エリザベス・ストラウト『オリーヴ・キタリッジ、ふたたび』(小川高義・訳/早川書房)

 不器用だけれど正直で、まっすぐな優しさを持つ女性オリーヴと、小さな港町クロズビーの人びとの群像劇です。

 前作は、ピュリッツァー賞を受賞したこちら↓『オリーヴ・キタリッジの生活』(同)。

 本書はその続編にあたる物語で、老境を迎えたオリーヴが、どのように「老い」を生きていくかという時間軸に沿いながら、周囲の人びとの悲喜こもごもの人生の一場面を描いた短篇集です。

 読んでいくと、「誰もが、自分自身の人生の主人公なのだ」ということを、あらためて感じさせられます。そして、悲哀も喜びも抱えながら、みんな死ぬまで生きていく。もちろん、「死ぬまで生きる」のはあたり前なのですが、ここで言いたいのは「死」という終わりを意識した「生きる」です。
 その姿はときに滑稽で、情けなくて、格好よくはないけれど、私にはどれも美しく思えました。
 そうした人と人との人生が、一話ごとに、思わぬきっかけで交差します。そこには、怒りや憎しみが生まれることもあるけれど、得難い救いが生まれることも……その瞬間は、なんて尊いんだろう、と、そんなことを思わされました。

 短篇構成なのでどこからでも読めますが、物語がだいたい時系列で並んでいるため、冒頭から順に読み進めるのがおすすめです。
 個人的には、「救われる」「光」「友人」が好きでした。

 私も50代になり、自分の老年をどう生きていくかというのは、日々考えているテーマです。でも日本の小説で、自分の老年を重ねてイメージできるような作品にはあまり出合いません。私がクリスチャンだからなのか、育ってきた時代のせいなのか……。
 その点、本作のオリーヴや町の人びとの生き方には、リアルに共感したり、考えさせられたりするところが多々ありました。ちなみに、オリーヴ自身は信仰に熱心ではない人として描かれているので、日本のノンクリスチャンの方々にも自然に読める小説だと思います。

 そして、本書を読んでいて楽しかったことが、もうひとつ。毎朝の、夫とのおしゃべりです。
 私は夜、眠る前にベッドで一話か二話を読んでいたのですが、気がつくと、毎朝食事をしながら、前夜読んだエピソードの心に残った部分を夫に話して聞かせていました。夫も小説が好きなので、興味を持って聞いてくれます。特に、老年の生き方についてや、悲哀からの救いについては共通の関心事なので、朝からけっこう深い話になることも。
 あるときふと、「こういう時間って幸せだなあ」と思いました。

 本書では、オリーヴが人生の終盤にさしかかっていくにつれ、先に天に召されていく人たちとの別れが出てきます。せつない気持ちにもなるけれど、だからこそ、いまここに与えられている幸せを大切にしよう、目の前にあるうちに精いっぱい愛しんでおこう、と考えるきっかけになりました。
 朝の光とコーヒーの香りのなかで、日々、夫と一緒にそれを確認できたのが、最も素敵な収穫だったかもしれません。

◇見出しの写真は、みんなのフォトギャラリーから、
鍬形(kuwagatg_bass)さんの作品を使わせていただきました。
ありがとうございます。

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