悲しみのただ中にいる人に必要なのは、〝説得〟ではなく、慰めを与えてくれる人 ~クシュナー『なぜ私だけが苦しむのか』

 ユダヤ教のラビであるH.S.クシュナーの著書『なぜ私だけが苦しむのか 現代のヨブ記』(岩波書店)を読みました。

 タイトルから想像していたのと、内容はちょっと異なる印象でしたが、それがかえって良かったです。
 長男を早老症(プロゲリア)という病気で亡くした著者が、自身の嘆きや悲しみを経て、同じように悲痛な経験の中にいる人が「ほんとうに必要としているものは何か」を知り、それを世に伝えてくれている本、と、私には読めました。

 副題にある「ヨブ記」は、旧約聖書の文書のひとつ。無辜の人ヨブが、理不尽ともいえるたいへんな苦難を与えられ、神を信じながらも嘆く。ヨブを慰めにきたはずの3人の友は、彼の嘆きを聞き、それぞれに神の裁きの正しさを主張してヨブと議論する(つまりヨブに何らかの落ち度=罪があったから、このような苦難が与えられた、と)。ヨブは友の言葉に傷つき、自分の潔白については譲らなかった。最後は神と対話し、気づきを得て、失った財産を返してもらう。神が怒りを向けたのは、3人の友のほうだった。という、ざっくりいえばそんな物語です。

 ヨブ記は「義人の苦難」(=悪いことをしていない人がなぜ苦難に遭うのか)というテーマで語られることが多いのですが、私はすこし別の視点からこの文書に注目しています。
 それは、3人の友の態度です。日本のキリスト教会にも、苦悩や悲しみを抱え、傷ついた心で訪ねてくる人がいます。その人たちに、私たちクリスチャンは、ヨブ記の3人の友のような態度をとってしまっていないでしょうか。そんなふうに思うからです。

 クシュナーも本書で、まさにその点に言及しています。

 ヨブは助言より同情を必要としていました。(略)助言するにふさわしい時や場所は、もっとあとにやってくるものです。彼が必要としていたものは、苦しみを分かちもってくれる愛情だったのです。説得するように神の意志の神学的な説明をするのではなく、だれかが自分の痛みをわかってくれているのだという実感だったのです。
(H.S.クシュナー『なぜ私だけが苦しむのか 現代のヨブ記』より)

「責めないで抱きしめてくれる友」をこそ、ヨブには必要だったのだと著者は語ります。そのとおりだなあ、と思うのです。

 本書はもともと1980年代に出版されて世界的ベストセラーになった書籍を、時を経て第二版として刊行したもの。巻頭の「第二版によせて」という前書きには、以下のような箇所があります。

私のところへは次から次へと、牧師や神父あるいは同じ信仰の仲間の言動に、以前にも増して心の傷を大きくし悲しみが増してしまった体験を綴った手紙が寄せられています。(略)ほとんどの宗教が悲嘆にくれている人びとに対し、彼らの痛みをやわらげようとするよりも、多くの思いと時を、神を正当化し弁護することに向け、「悲劇も本当は良いことであるし、不幸に思えるこの情況も本当のところは神の偉大なご計画の中にあるのだ」と説得しているように思います。
(同)

 それは適切ではない、と、著者は言います。
 悲しみのただ中で痛みに耐えている人が、理を尽くして説得されると、「自分を可哀相がるのは止めなさい。このことがあなたに起こったのにはちゃんとした理由があるのですよ」と、たしなめられているように感じてしまう。そうではなく、「温かく抱きしめてもらえたり、ほんの少しの間でもだまって聞いてもらえたなら、どんなに学識豊かな神学的説明を聞かされるより勇気を感じるものなのです。」と。
 著者自身が深い悲しみと嘆きを経験した当事者だからこそ、こうした実感のある言葉が書けるのかもしれません。

 私自身も、自分がとてもつらい状況にあったとき、著者が言うように、私の話を聞いて批判や否定や批評はせず、ただだまって共感してもらえたら、どんなに勇気づけられただろうか、と思います。求めているのはそんなシンプルなことなのに、意外と実行してくれる人は少ないのだな、とも。だから、もし自分が逆の立場になったときは、なるべくそれを実行したいと、気をつけています。

 著者は本書の後半で、こんなふうにも言っています。

神は、人びとの心を奮い立たせて、人生に傷ついている人を助けさせます。

 人を助けるのは、やはり人。神のみわざはしばしば人の手を通してあらわれるものだと私は考えています。そして、人は神ではないのだから、人らしく人の心に寄り添うかたちで、シンプルに、できることをすればいいんじゃないか、と。同情とか共感という感情は、そのために与えられているのでは……と思いました。

 本書で語られているのは、だいたい全編においてそうした普遍的な事柄で、ユダヤ教だからという特殊な感じはしませんでした。クリスチャンでも抵抗なく読めると思います。無宗教の方でも、グリーフケアや心のケアにご興味のある方なら、参考になるだろう事例が丁寧に描かれています。

 80年代に世界的なベストセラーになったということは、もう30年以上も前。本書が指摘している課題は、いまも解消されているとはいえません。むしろインターネットやSNSが普及して、見知らぬ人の悩みに触れる機会が増えた現代にこそ、多くの人に読まれるといいなあと思う一冊でした。


◇見出しの写真は、みんなのフォトギャラリーから、HanaKokoroさんの作品を使わせていただきました。ありがとうございます。

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