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鋸山に行って来たよ-15

これまでのお話


宿に戻ると一人のお客さんが靴を脱いでから上がっていた。

「靴は脱いだ方が良いですか」

荷物を預けた時は靴を履いたまま部屋まで行った。だけどその時、対応してくれたおばちゃんは「登山客の方には靴を脱いでもらっています」と言っていたよな。

「はい、お願いします」

仰せの通りに。

「206号室に荷物だけ置かせてもらっているのですがチェックインはまだなんです」

「お泊りのお客様ですか」

「はい」

「なら、そのまま靴で上がってください」

一応、私たちも登山帰りなんだけど。まぁ、いいって言われたからいいよね。

ここの宿は日帰り温泉も提供している。先にいた女性はそのまま風呂場へと向かったようだ。

「今、お風呂は混んでいますか?」

「そうですね。男性のほうが。あっ、そこに靴あります?」

「靴は向こうにいくつか。」

それは受付の傍にあるからもしかしたらスタッフさんたちのかもしれない。

「あっ、なら大丈夫かも。」

聞けば温泉のみ利用する人には靴を脱いでもらっているらしい。お風呂に何人いるか確認するためなのかな。


チェックインを済ませて部屋へと戻り、荷物を降ろして一息つきながらテーブルを見回すとお茶セットはあるんだけど肝心のお湯がない。

受付に戻って尋ねるとすぐに持って来てくれた。
内側から温まってまったりしたらお風呂に向かおう。なんせ17時には寿司屋に行きたい。

だけど今度はタオルが見つからない。

まさか、持参システム?

「これじゃない?」

たぁが浴衣と一緒に置いてあったのに気づいてくれて、ホっ。

「なんだかふかふか感がないね」

「僕はこっちのほうが好き」

各々好みってものがあるもんだ。


階段を降りて入り口とは反対側に向かうとドアがあり、その前で浴衣を着た女性が困った様子でこちらを見てきた。

「こっちでいいのかしら?」

近くに貼られているメモ案内はそうだと言っている。

「そう書いてあるからいいと思いますよ」

「男性もこっち?」

多分、そうじゃないかな。私も初めて使うからわからないけど。

ドアを開けると赤い柱がいくつも並ぶ印象的な外廊下に出た。その向かいには池があり、素敵な雰囲気。そしてその先にお風呂はあった。男性風呂は正面、女性風呂は左側。

「どのくらい入る?」

「とりあえず30分くらい」

「わかった」

鍵が一つしかない今、大切な取り決め。
お風呂好きの私は風呂の時間が長い。以前は烏の行水だったたぁはここ数年、私より後で戻ってくることもある。それでも私よりも早くあがることが多いので、鍵は彼に預けておこう。


女性風呂には入り口で会った女性がおり、浴衣女性と3人だ。

露天はなく5人も入れば体が触れ合わずとも若干の窮屈さを感じる中サイズの内湯が一つ。
体を暖めようと桶で浴槽の湯を掬い、体にかけると思ったよりも熱い。
宿泊予約サイトの口コミに「男性風呂のシャワーが冷たくて焦った」と書いてあったので湯もぬるめかと思ったけどそんなことはない。

「もしお湯がぬるかったら教えてね」

シャイなたぁに変わり、後で従業員さんに温度調整をお願いできるようにそう伝えておいたけど、これならいらぬ心配だったね。

汗を流してしっかり体を洗った後、お風呂に入っていると最初にいた女性は姿を消した。その後、浴衣の女性が浴槽に足を付けて一言。

「熱めね」

「そうですよね」

彼女とお風呂で交わした会話はこれだけ。

脱衣所にいる時もしーんとした空気に耐え兼ねて何か話そうかと思ったけど、無理やり生み出される会話とはくだらなくて疲れてしまうことがあり、湯で癒されるのとは逆効果になってしまう。こういう時は無理しないに限る。彼女もあえて話しかけてくることはなかった。


ポカポカ体が温まり、お風呂を後にする。まだ30分は経っていないけど熱々お風呂にたぁも上がっていることだろう。

だけど部屋に戻ると鍵は閉まったまま。

読み外れたり。

暖房の入った廊下で一人待つもなかなか彼はやってこない。下まで迎えに行こうかと思ったけど、お風呂への行き方は二通りのあるから行き違いになることを恐れてそこから動けずにいた。

結構待った後、真っ白お肌のたぁがピンク色になって笑顔でやって来た。

「お風呂、一人で入れたの?」

「うん、気持ち良かった」

「よかったね、こっちは三人だったよ」

「僕が風呂場を出た時に丁度別の人が入って来たの。だから『今なら一人で楽しめますよ』って言ったんだ」

たぁの笑顔と共にそんなこと言われたら、きっとその人もちょっぴりラッキーな気持ちになれただろう。

それに独占風呂ほど気持ちが良いものはないから、つい伝えたくなる気持ちもわかる。

彼は東京からドライブに来ていて温泉を見つけては入るのが趣味らしい。

「すごいいい人だった」

私がとった行動と彼がとった行動は真逆だ。彼は話しかけたからこそ得られた喜びがあって、私は話さなかったからこそ得た静けさがあった。

互いにいい時間と思える時間を過ごせたなら最高だ。

「サイトの評価には建物や内装の古さについていろいろと書いてあったけど、私はここの雰囲気、結構好きかも」

「僕も」

素泊まりで一人5500円は高いと思うけど、お互い好きに慣れたならそれに越したことはない。



【無空真実よりお知らせ】

いつもご覧いただき、ありがとうございます。

11月22日にAmazon Kindleより電子書籍を出版いたしました。

私のんとたぁが彼の母国であるニュージーランでハイキングやキャンピングカー旅を楽しんだ旅行記です。

日本とは異なる環境下で旅する二人。
今回も自然に触れながらゆっくりとした時間を過ごしていくことで頭の中のモヤモヤを解放へと導くことが出来ました。

夫婦喧嘩やとんだすったもんだ、瞑想での気づき、そして自然が与えてくれる豊かな時間まで、模索して生きる二人の旅をどうぞお楽しみください。

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