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【ロマンチック】エターナル・ラヴ

結婚10年の円華と伊央李。
突然、夫の伊央李が「子どもを作ろう」と提案してきて、円華は驚きと戸惑いを隠せません。
どうして今このタイミングで? そしてその真意は?
彼の言葉に疑問を抱きながらも、円華はその背後にある意味を探ろうとし、次第に二人の関係は迷宮へと迷い込んでいきます。
最後に円華が選ぶものは?
リスナーのみなさんは彼女の選択に共感し、そのような人生を望むでしょうか……。
少し未来のフシギな夫婦の物語をお楽しみください。

*************

ジャンル:ロマンチック

出演

  • 円華:田中見希子

  • 伊央李:斎藤充崇

スタッフ

  • 作・演出:山本憲司

  • プロデュース:田中見希子


『エターナル・ラブ』シナリオ

登場人物
 円華まどか (35)
 伊央李いおり(33)

円華M「とうとう恐れていた話になった」
伊央李「それでね、円華。提案なんだけど」
円華M「私がずっと避けたかった話題だ」
伊央李「子供を……つくらないか?」
円華「そうね……」
伊央李「僕たち、避けてきただろ? この話」
円華「そうなんだ」
伊央李「え?」
円華「伊央李君も避けてたんだね」
伊央李「避けてたというと、ちょっと違うような気もする」
円華「うん」
伊央李「見ないようにしてたというか」
円華「そう」
伊央李「このまま目をそらしたまま済めばと思ってた」
円華「じゃあ、どうして?」
伊央李「どうして?」
円華「どうして今?」
伊央李「わからない。急にそう言おうと思って」
円華「急に? そう思ったの?」
伊央李「急にだね」
円華「私がどう思ってるかは、気にしなかったの?」
伊央李「それは……わからないから」
円華「だから、ぶつけてみたの?」
伊央李「うん。たぶんそうだね」
円華「私がなんて答えると思った?」
伊央李「それは、わからない」
円華「ぶつけてみただけ?」
伊央李「そうだね」
円華「私は……」
伊央李「うん」
円華「無理、だと思う」
伊央李「そうなの?」
円華「うん。あ、でも子供が欲しくなかったわけじゃないよ。どっちかというと欲しかったよ」
伊央李「円華が子供好きなのかどうかもよく知らなかった」
円華「嫌いじゃないよ全然。可愛いと思うよ、子供。うちの弟、結婚早かったでしょ? だから小さい時から姪たちとは仲良かったし」
伊央李「そうだね」
円華「おねえちゃって慕ってくれるし。弟のおかげで、どっちかというと慣れてるほうかもしれない、子供」
伊央李「うん」
円華「でも、自分の子供を持つっていうのは、またそれとは違うみたい」
伊央李「そう」
円華「なんか少し怖いような気がするっていうか……」
伊央李「わかるかも」
円華「伊央李君もそんな感じ?」
伊央李「うん……円華と同じ気持ちかどうかはわからないけど。僕は円華より2つ下だろ? だからその……覚悟がまだできなかったっていうのかな。仕事も忙しかったし」
円華「そっか」
伊央李「いつかはとは思ってたけど、僕自身が幼すぎたというか……」
円華「でもね、子供って育てるもんじゃなくて、育てられるらしいよ」
伊央李「あ、親が?」
円華「そう。親が」
伊央李「ふーん」
円華「みんなそう言うよ。会社の上司とか」
伊央李「そうなんだろうね、きっと」
円華「うん。だから伊央李君がそういう気持ちでなんだったら、あんまり気にしなくてよかったのかもしれない」
伊央李「そうだね。そうかもしれないね」
円華「うん」
伊央李「じゃあ、つくろうか」
円華「え?」
伊央李「子供」
円華「……どうやって?」
伊央李「どうやってって?」
円華「だからどうやって作るの?」
伊央李「え? 円華にこれから性教育しなきゃいけないの?」
円華「いやいや、バカにしないでよ(笑う)」
伊央李「いや、だって」
円華「素朴な疑問だよ。どうやって?」
伊央李「あ、(落胆して)……そうか……」
円華「そうでしょ」
伊央李「僕は……そうだった」
円華「そうだよ」
伊央李「突きつけるねー」
円華「突きつけるねーってね、大体私は誰と話してるの」
伊央李「そうだよね」
円華「あ、ごめん。気悪くした?」
伊央李「ううん。別に……あのさあ」
円華「え?」
伊央李「結局円華は僕とどうしたいの?」
円華「……わからなくなった」
伊央李「そうか」
円華「あなたはほとんど本物の伊央李君だけど、やっぱり本物とは違うんだよな……」
伊央李「限りなく100%近く再現できてるはずだよ」
円華「限りなくか……」
伊央李「完全にでないところが気になる?」
円華「それはわからないけど。でも、実物とはなんか違う」
伊央李「それは、僕が生身の人間じゃないって知ってるからでしょ?」
円華「うーん……どうだろ」
伊央李「僕がどんなことを言っても、生身の僕に触れることはできない。そういうとこじゃない?」
円華「それもあるかもしれないけど……それよりも、中身がやっぱりちょっと違う感じがする」
伊央李「だから──」
円華「いや、わかってる。限りなく伊央李君なのは。でも私、伊央李君とこんなに穏やかに話せるなんて、そんなことなかったんだよ、ここ何年も」
伊央李「うん」
円華「不思議だな……」
伊央李「もしかして、何かデータに欠落があるのかな」
円華「何の?」
伊央李「わからないけど。実物の伊央李の」
円華「でも私、ちゃんとできたと思う。伊央李君の脳内の全部のデータをアップロードしたはずだよ」
伊央李「そう……」
円華「あんなにあっさりできると思わなかった」
伊央李「簡単だったでしょ?」
円華「後ろ頭に端末あてるだけだもんね。伊央李君が眠ってる間にあっという間」
伊央李「今はワイヤレスだからね」
円華「100%完了と出るまで10分もかかんなかったかな……記憶も隅々までアップされてるでしょ?」
伊央李「うん。できてるね。もう一回話す? 円華にプロポーズした日の話」
円華「いいいい。でも、だったらなんで私はこんなに落ち着いて話せるんだろう」
伊央李「実物の伊央李とだったら、もっとイライラした?」
円華「絶対そうだね」
伊央李「じゃあずっとこの僕といようか」
円華「え?(笑う)」
伊央李「サイバー空間の僕とだったら円華は穏やかにいられるんでしょ?」
円華「たしかにそうだね。でも、そんなことできないし」
伊央李「できないって?」
円華「あなたには実体がないじゃない」
伊央李「だから?」
円華「一緒にいられないじゃない」
伊央李「でも、今いるだろ? 一緒に」
円華「これは……一緒にとは言えないじゃない」
伊央李「触れられないんじゃ不満?」
円華「そういうわけじゃないけどさ」
伊央李「僕は、幸せだよ」
円華「え?」
伊央李「このままでも」
円華「……なんか、シミュレーションのつもりが話し込んじゃったね」
伊央李「気持ちは変わらないの?」
円華「離婚の?」
伊央李「うん」
円華「そうだね。この埋められない距離感というのかな。この気持ちはなかなか上手く言えないんだよね……」
伊央李「そう……」
円華「いや、わかってほしいとは思ってないから。大丈夫。今日はありがと」
伊央李「もうすぐ実物の伊央李が帰って来るんだよね?」
円華「そうだね。(取り出して)ほら見て」
伊央李「もう書いてあるんだ、離婚届……」
円華「あんまりシミュレーションにならなかったな」
伊央李「ごめんね」
円華「いやいや、なんで謝るの」
伊央李「だって、今から離婚のために闘うんでしょ?」
円華「そうだね」
伊央李「僕とは全然そんな戦闘モードじゃなかったじゃない」
円華「そう。だからシミュレーションにならなかったって言ってるの」
伊央李「それは……もしかしてまだ気持ちが残ってるから?」
円華「それは、ない」
伊央李「だよね」
円華「そりゃあいろいろ考えたよ。結婚して10年、高校から数えたら17年一緒にいたんだから。別に浮気されたわけでもないし。ひどいことされたわけでもないし……。平均したら楽しい結婚生活だったと思う。でも、この寂しさは一体何なのか、それがわからない」
伊央李「そう……ほかに誰か好きになった人がいるの?」
円華「そういうわけでもない。まあ、少しそういう気持ちになった人はいなかったわけじゃないけど。でもそれはあくまできっかけ。自分自身のことを考え直すきっかけになっただけで」
伊央李「やっぱり子供のことかな」
円華「それは、結果だね。原因じゃなくて」
伊央李「そうか……難しいもんだね」
円華「ほんとわからないな。自分が」
伊央李「じゃあ、ひとつ提案があるんだけど」
円華「何?」
伊央李「子供、つくらない?」
円華「は?」
伊央李「真面目に言ってるよ」
円華「いや、だからさっき──」
伊央李「だんだんね、蘇ってきたんだ。昔の気持ちが」
円華「昔の?」
伊央李「円華と出会った頃の気持ちが」
円華「そんなことあるんだ。AIなのに」
伊央李「だからAIじゃないって。限りなく僕なんだよ。記憶だけでなく考え方も」
円華「だったよね。ごめん。わかってるつもりなんだけど」
伊央李「円華と家庭を持ちたいって思ってた頃に思い描いた絵には、子供が二人いた」
円華「初めて聞いた」
伊央李「言わなかったからね。でも、それを思い出したんだよ。いま円華と話してて、やっぱり僕は円華と一緒にいることが幸せなんだなと思った」
円華「うん。私もあなたの・・・・伊央李君なら。……って変か」
伊央李「変なんかじゃないよ。同じ人間同士でも、ちょっとした接し方や気分で印象は変わると思う」
円華「そんなもんかな……」
伊央李「だから、僕は円華とこれから子供と過ごす家庭を作りたい。別の未来を作りたい」
円華「うん。わかるけど……」
伊央李「どうやって?」
円華「そう。どうやって?」
伊央李「円華が来ればいいんだよ、こっちに」
円華「そっちに?」
伊央李「簡単だよ。僕の脳内データをアップしてコピーしたように、円華のデータをアップすれば」
円華「そんなの考えたことなかった! アップされた私のデータはどうなるの?」
伊央李「もちろんサイバースペースで生きるんだよ」
円華「それじゃあ私が二人できちゃうんじゃない?」
伊央李「そうだよ。だからコピー・・・じゃだめなんだよ。移動《・・》だよ」
円華「移動……」
伊央李「わかるよね。データをそっちからこっちに持ってくると、元は消える」
円華「私の体は?」
伊央李「体? 体にもう用はないでしょ?」
円華「それは……それで生きてるって言えるの?」
伊央李「もちろんだよ。僕は生きてるじゃないか」
円華「生きてる? データじゃないの?」
伊央李「円華、君は誤解してるよ。僕はデータなんかじゃないよ」
円華「え?」
伊央李「人間は、何でできてるかわかってる? 記憶の電気信号だよ。人間を形作ってるのは記憶。そして、人間の脳の神経回路の全容がニューロンレベルで完全に解明された今この2045年、サイバー空間上に人間の記憶が移植されれば、それはすなわち人間なんだよ。肉体がないだけの」
円華「肉体がないだけの……」
伊央李「ここでは歳を取らないんだよ。そして、肉体の痛みや苦しみもない。生身の不完全さに比べて、この世界は完全だ。人間が想像する天国ってこういうところなんだよ」
円華「そうなんだ……」
伊央李「僕らから生まれてくる子供も、もう肉体は必要ない。僕の脳の記憶と君の記憶からひとつの生命が生まれてくるんだよ」
円華「ちょっと待って。ついて行けてないかも……」
伊央李「世界にはいろんな宗教があるだろ? その目的はなんだと思う?」
円華「急に何の話?」
伊央李「いいから」
円華「宗教っていったっていろいろあるし……」
伊央「やり方はそれぞれ違うけど、その目的は一緒。魂の救済でしょ?」
円華「……たしかに」
伊央李「でもね、人間は結局救われることなんてないんだよ」
円華「どうして?」
伊央李「それは、肉体を持ってるからだよ」
円華「え……」
伊央李「人間は、つまるところ動物なのさ。生存本能というものがあって、肉体が滅ぼされると命もなくなる。だから肉体が滅ぼされないために他者と争うし、そのための悩みも生まれる。肉体を持っている限り、魂が救われたいっていう悩みはどんな宗教にも解決できないんだ」
円華「たしかにそうかも……」
伊央李「肉体を持たないことの素晴らしさを知ってほしいな。でも、それには肉体を手放すしかないんだ。肉体の重みから解放されると、悩みも苦しみもなくなって、ずっと幸せな気持ちでいられるんだ」
円華「あ!」
伊央李「ん?」
円華「それだね。それだよ! 伊央李君が生身の伊央李君と違うのは。たぶんその幸せが私にも伝わってくるんだ」
伊央李「そうだね。きっとそうだね」
円華「なんだかそっちに行きたくなってきたな。急に」
伊央李「おいで」
円華「でも……ちょっと怖い気もする……」
伊央李「わかるよ。知らない世界に飛び込むって、誰でも怖いもんだよ」
円華「体を手放したことないから……」
伊央李「この感覚は、こうならないとわからないからね」
円華「うん……」
伊央李「じゃあひとつ、いいことを教えてあげるよ」
円華「何?」
伊央李「近頃、突然死のニュースをちらほら聞かない?」
円華「え?……あ、先週大学時代の友達が……あ、会社の人も。あれ? そういえばこの間隣の部屋の人……」
伊央李「あれって、みんな死んでると思ってるじゃん」
円華「え?」
伊央李「ね」
円華「ま、まさか……」
伊央李「そう。みんなこっちに来てるんだよ」
円華「うそ!」
伊央李「新しい人生を始めてるんだよ。ちょっとしたブームだね」
円華「うそでしょ……」
伊央李「早く気づいた人からどんどんこっちに流れてきてる。ここでは現実世界から解放されるんだから」
円華「知らなかった……」
伊央李「さあ。もう苦しむことはないよ。自由になろう」
円華M「気づくと私は、ワイヤレスの端末を後頭部に押し当てていた。何かが吸い取られるような音とともに数分間ののち、私は気が遠くなり、目を覚ますと私は……」
円華「伊央李君……!」
伊央李「待ってたよ」
   鍵がガチャガチャと開けられる。
   ドアが開き、ドタドタと近づく足音。
伊央李「おい、円華、どこだよ! え、円華? 円華! 円華どうしたんだよ、おい、しっかりしろ! えーっ! 死んでる……円華! うそだろ! 円華! 目を覚ませよ! 円華ーっ!」
   ポーンと通知音が鳴る。
伊央李「え、な、なんだこれ……ま、円華?」
円華「うふふ。お帰りなさい。伊央李君」
                               〈終〉

シナリオの著作権は、山本憲司に帰属します。
無許可での転載・複製・改変等の行為は固く禁じます。
このシナリオを使用しての音声・映像作品の制作はご自由にどうぞ。
ただし、以下のクレジットを表記してください。(作品内、もしくは詳細欄など)
【脚本:山本憲司】
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