マガジンのカバー画像

#美の来歴

39
古今の美術作品と歴史のかかわりをたどるエッセイ。図版と資料をたくさん使って過去から未来へ向かう、美の旅へようこそ。
運営しているクリエイター

#文芸批評

三島由紀夫という迷宮⑥ 白亜の邸宅と〈空洞〉の時代   柴崎信三

三島由紀夫という迷宮⑥ 白亜の邸宅と〈空洞〉の時代   柴崎信三

〈英雄〉になりたかった人❻

 三島が日本画家、杉山寧の長女、瑤子と結婚したのは、豊田貞子との3年にわたる関係に終止符を打った翌年の1958(昭和33)年6月である。文学上の師で、のちにノーベル文学賞受賞をめぐって先を越されることになる川端康成夫妻が媒酌人を務めた。知人の紹介による見合い結婚である。

 6月1日に行われた挙式と披露宴、その後の箱根、京都、別府、福岡などをめぐる2週間の新婚旅行は

もっとみる
三島由紀夫という迷宮⑤    金閣炎上と〈肉体改造〉            柴崎信三

三島由紀夫という迷宮⑤ 金閣炎上と〈肉体改造〉      柴崎信三

〈英雄〉になりたかった人➎

 日本研究者のドナルド・キーンは、〈日本的なもの〉といわれる美意識の源泉を室町幕府の八代将軍、足利義政の事績に求めている。応仁の乱の原因を作り、政治的にはほとんど統治能力を欠いた人物と今日では見られてきたが、銀閣(慈眼寺)を建立し、雪舟をはじめとする当時の画家たちを支援した。連歌や能楽の振興など「東山文化」を生み育てた〈文弱の王〉である。

 「暗示」と「不均衡」と「

もっとみる
三島由紀夫という迷宮③   「太宰さんの文学は嫌いです」                 柴崎信三

三島由紀夫という迷宮③ 「太宰さんの文学は嫌いです」 柴崎信三

〈英雄〉になりたかった人❸

 終戦の年に20歳の三島由紀夫が書いた短編小説『岬にての物語』では、11歳の彼が家族とともに避暑に出かけた外房の鵜原の海岸を舞台に選んで、白日夢のような奇譚が語られる。
 母と妹と書生とともに避暑で訪れた房総の海辺で、11歳の主人公の少年は散策の途中、別荘の廃屋から美しいオルガンの旋律が流れてくるのを聞く。誘われるように中へ入ると、ひとりの青年と美しい少女に出会い、か

もっとみる
三島由紀夫という迷宮②     ダンヌンツィオに恋をして           柴崎信三

三島由紀夫という迷宮② ダンヌンツィオに恋をして      柴崎信三

〈英雄〉になりたかった人❷

 毎年師走が近づくと、半世紀前の〈あの日〉の市ヶ谷台を包んでいた異様な熱気と興奮を思い起こす。                        

 現場に到着した時、上空ではまだ取材ヘリの爆音が響いていたが、すでにことは終わっていた。バルコニーに立った三島由紀夫の最期の演説を聞いた自衛官たちは三々五々前庭から立ち去り、東部方面総監室の前の壁面に〈楯の会〉の檄文の幟が垂

もっとみる