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noteは『専門街』になりゆくのだろうか。

ますますnoteという街が知られ、訪れる人が最近増えた気がする。

増えたことは増えたけれど、目にしていてちょっと気になるのが、『 何らかのプロ 』と名乗るアカウント。

プロフェッショナルという単語をはっきり使わずとも、何かの本業、特に文字を書く仕事を20年以上している人だったり、webで20年近く何かをしてきた人だったり、そんな肩書き。
そういう方々がnoteを始めたという傾向を強く感じる。


もともとnoteという街ができた頃から、何らかのプロがnoteで長文を書くことがあった。

それは、Twitterではおさまらない文字数の発信や仕事に関する情報発信。

彼らは本格的にnoteという街で活動することを目的としていたわけじゃない。
長年の活動で築いたリアルでもっとおおがかりな足場がきちんとある。
ただ、彼らは仕事柄最先端のエンターテインメントに敏感なことが多い。そんな彼らがnoteを書くのは、文章を書いて広めるのに便利なツールを知ったから使っているにすぎないのだ、という印象を受けている。

おそらく彼らは、noteでの数字に固執していない。
自分の足場を元にして獲得した巨万のTwitterフォロワーを持っており、note記事をツイートしてそちらがRTやいいねをされる方が主たる評価だろう。



ところが。

noteにたどり着きました、書いてみました、使い始めてみました、という何かのプロが多い気がするのよ。最近、特に。
冒頭の例で言えば、文字書きやWebのプロ。

わたしみたいにのんびりと思いのまま街で過ごそうとしているところに、たくさんのお金を持ち聞いたことのない武器を装備した大人の大男たちが、ガシガシと乗り込んできている感じなのよね。

そういう方がまともにnote記事を書けば、スキがあっというまにつく。
スキがつき誰かのオススメに表示される流れに載れば、あっというまにスキが伸びる。
スキが伸びれば、note街のいろいろなところに記事が掲示され、ますます見てもらえるのだ。

やっぱりプロの方が書いたら、それは文章も記事の見せ方も上手だし、専門的だし勉強になるもの。


『 プロフェッショナルが身近にいる街なんて、金も払わず有意義なことをそこから色々学べていいじゃないか 』
みたいなことをわたしの彼は言っている。

彼はスーパー前向きなので、わたしが何の愚痴や哀しみをつぶやいても前向きなことしか返してこない。
もっとも、それくらい前向きな人だから、すぐにへこみやすいわたしには合っているのだと思う。


おっと、話が彼にそれちゃった。


この街の良いところは、誰もが共存できるところ。

大々的に騒いで自分を宣伝してもいいし、わたしのようにひっそりと言葉を空に浮かべるようにつぶやいても構わない街。

みんなが好きなように過ごせる街。


…… そんな街のはずだけど、

やっぱり専門街のような様相が出て来たら、自分の文章なんて置いておく意味ないよね…… という気持ちになる人が現れないのだろうか。

プロの提示するものを見てればよく、だんだん創作意欲がそげやしないだろうか。


人が文字を読むのにかける時間は限られている。

noteの投稿ユーザーが増えたからといって、あらゆる人のnote記事の閲覧時間が比例して増えるわけじゃない。


むしろ、今まで趣味で始めた小説家さんや駆け出しライターさんの記事の閲覧に費やされていた時間が、プロの参入によってプロによるプロ的な記事に奪われる。
その結果、前者の方が新しい投稿をしても『 今までよりも反応が悪くなったな…… 』という状況をもたらす。
スキの伸びが悪ければ、どこかへオススメされる機会も減り、今までよりも反応が落ちるのは当然のことだ。

それでも、既に一定数のフォロワーがいて一定数のスキが得られる方は書き続けられるだろう。
そうではない方は、わたしのようによほど文字を吐いて何かを書きたい強狂メンタルがなければ、『 何となく書き始めたけど、あまり読まれないし、もう書かなくてもいいや…… 』とnoteから手を引く状況だって起こりうるのだ。


しかも、コロナ禍ではあるが公表される新規感染者数が一定の落ち着きを見せている。

家にこもっていた人が外へ出かける。

他の記事にも書いたことだけど、外へ行けばそれなりに刺激的で飲食娯楽に満足できる。

昼間の外での活動の満足感と疲労で、夜にnoteを開く時間を保つことができるものだろうか。
毎日投稿から徐々に遠のいたりしないものだろうか。


ステイホームの中で鬱々と溜め込みがちだった自分の思いを書き留めるためにnoteを書いていたなら、外で開放的に過ごす時間でそれらの思いは浄化され、やっぱりリアルに人と喋って笑い合う喜びを確認し、noteというSNS街はそこまで日常に必須ではなくなるのではないだろうか。


つまり、コロナ禍で増えたnoteユーザーが、アカウントを消すまではいかないにしてもnote街で過ごす時間が減ってくる。
その分、あえて最近参入してきたプロが台頭する場となりうる。
コロナでスイテイホーム云々ではなく、ユーザーが膨大になり流行ってるらしいものだから、と聞いて街へやってきたプロ達は、記事への反応がある限りnote街で過ごすだろう。

あとは、学生さんやまだ20代で自由時間がいくらでもある子達が、お互いの瑞々しい感性に刺激され合いながら、彼ららしいSNSでの繋がりの文化を謳歌する。

そんな子達は。
物書き系統に限っていえば……
既に始まっていることだろうけど、
noteで修行し勉強し知名度をあげて、AmazonのKindleで自分の名前の作品という成果を出す。
そんな王道が、暫く流行り続けるのだろうか。


誰もが創作する自由街だった場所が、専門街へ。

これがnoteの次なるフェーズかもしれない。


何の街にしろ、わたしはこうしてnoteの街をぼんやりと眺めつつ、わたしの書きたいことを命を削りながら吐き出して、地味に自己浄化を続ける気がする。

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