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【短編小説】影と僕①
~第1話~
あいつは僕であって僕じゃない。
「あいつって本当にうざいよな。」
「…っそうだね。」
(お前の方がうざいよ。)
「というかいつも一人だよね。友達いないんじゃない?」
「どうなんだろうね。」
(お前みたいなのと友達になるくらいなら一人の方がいいだろ。)
「この前ちょっと脅したら金くれたぜ。」
「へぇ…。そうなんだ…。」
(クズが、消えればいいのに。)
でも本当に消えればいいと思っているのは、本当のことを言えない自分だ。周囲の目を気にして、その他大勢の意見に合わせることしかできない自分が、一番嫌いだ。
人と話している時は、僕でない僕が出てくるんだ。八方美人で当たり障りのない自分。影のように付き纏う。
学校からの帰り道、自分から伸びる影が不気味に揺れた気がした。
家に帰り、自分の部屋の扉を閉めてやっと深く息を吐く。もう自分の部屋の中でしか、本当の自分は息ができなくなっていた。
「もう、人に会うの疲れたな。」
突然糸がプツッと切れた。
次の日の早朝、水筒とおにぎりを持って僕は電車に乗った。
目的のない、ただの逃避行。
今日帰らなければ、親は警察に連絡するだろうか。スマホの電源は切った。誰とも連絡をとるつもりはなかった。あの家に帰っても居場所はない。世間一般のいい成績を取っていい大学に入れなければならない謎のルールは、今の自分にはその辺に転がっている小石と変わらない存在だ。
(僕は何がしたいんだろう。)
ただただ電車に揺られて、遠くへ運ばれる。
ふと外を見ると黄色く染まり始めた山々が連なり、秋の訪れを感じさせていた。
「まー、まんまー」
「んー?そうねー。綺麗だねぇ。」
電車の向かい側に座る親子はあっという間に移り変わる窓の景色を楽しんでいるようだ。
(僕にもあんな頃があったんだなぁ。)
子供の頃に戻りたいと思いと、早く大人になって一人で暮らしたい思いに揺れていた時期もあった。
(でももうどうでもいい。)
募りに募った燻った想いが日常から解放させてくれたんだ。そう思い、目を瞑り少しの間揺れに身を任せていた。
暫く電車に揺られた後、次の駅で降り新幹線の切符を買った。
(とにかく遠くへ行こう。)
新幹線に乗り、飛んでいく景色を眺めながら持ってきたおにぎりを頬張る。
(あぁ、なんか楽しいな。電車に乗っているだけなのに、変なの。)
今まで経験したことない今の状況が、何故が楽しい。心が軽くなるのを感じた。気分が良くなったところで、新幹線を降りた。
ここは京都だ。
(中学の修学旅行以来かなぁ。あの時はグループの皆の意見に合わせたせいで、自分の行きたいところに行けなかった。)
当時印刷した地図を鞄から出し、行き方が分からない時は人に聞きながら観光地を目指す。
平安神宮、八坂神社、清水寺…。
清水坂を降りきって一息つく。
休み休み回ったお陰でいつの間にか夕日が辺りを染めていた。少し腰を降ろして休みたいと思い、地図で公園を探す。
(京都駅の東側に公園がある。ここでいっか。)
バスに乗り公園から近いバス停で降り10分と少し歩く。途中、橋を渡る時夕日に照らされた影がゆらゆらと揺れたように見えた。
「ちょっと疲れたのかな…。」
無理もない。
朝早くから家を飛び出して宛もなく電車に乗り、更に新幹線にまで乗って京都に辿り着いた。修学旅行で来たのを思い出し、なんとなく京都で降りたのだ。いつの間にか蓄積された疲労が今になって現れたのかもしれない。何気なく橋の下を覗く。空をバックに映る自分の顔は、とても"八方美人ないい子"の顔とは言えない。僕は、やっと外でも本当の自分になれたと安堵した。
目的の公園に入り階段を下まで降りる。一番下の階段に腰掛け夕日に照らされ光を揺らす鴨川を眺める。そこでようやく深く息を吐いた。
(疲れた。でも、来てよかった。)
今日が平日の為思ったより人が少ない。誰とも会いたくなかったから丁度いい。
(人間なんか嫌いだ。あ、でも道教えてくれた人、皆優しかったな。お金も親からもらったものなんだよなぁ。結局自分一人じゃ何もできないんだ…。)
自分の中の薄暗い感情を見ようとすると、またもう一人の"いい子"な自分に戻ってしまいそうな気がした。その度に首を振り思考を蹴散らす。こうするしかなかったんだ。仕方ない。そう言い聞かせる。
街灯に照らされた影が、僕を飲み込みそうな程の大きな闇に見えた。まるで自分の心の闇のようだ。
無気力にただ川の流れを目で追っていた。
しかし段々と日が落ち、風が肌寒く感じてきた。風も少し強くなったようだ。鞄からゴソゴソと上着を取り出して袖に腕を通す。
空を見上げると星も輝き始めていた。
(今日はどうしよう。まぁ、ここまで来られただけでもよしとするか。もう帰るしかないしな…。)
今日一日、駅周辺で行ったことない場所も、行ったことある場所もぶらぶら回って自分のペースで京都の空気を楽しめた。お小遣いはまだあるが、親からもらったお金はあまり使いたくなかったので、できるだけ歩いて回った。とはいえお腹は空くし、バスで移動するため費用はかさむ。
結局一人ではこの程度だと、少し脱力しつつ腰を上げた。
京都に知り合いはおらず行く宛も無いのだと自分に言い聞かせながら、京都駅に向かおうと鞄を背負う。
駅に向かう道すがら、街灯に照らされた影が人知れず不気味に揺れる。
見えるはずのない口元がニヤリと笑ったように見えた。
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