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【小説】あと4日で新型コロナウイルスは終わります。

~決断、1年振りの帰宅~

アキナは、クリニックの休診日にネットカフェに住んでいる田中のおばあちゃんを訪ねた。

守秘義務があるので、⚫⚫さんの件は詳しくは言えなかったのだけど、アキナが感じていたモヤモヤを田中さんに伝えた。

「わたしが何か言うまでもなく、アキナさんの中で答えが出ていそうだけどね。」

「えっ⁉」

アキナは驚いた。

(わたしの中で答えが出ている⁉)

アキナはネットカフェを出てフラフラ歩きながら、ぼんやりと考えていた。

気づけば電車に乗り、県をまたいで移動していた。

(“あのこと”があってからしばらくは、ネットカフェに逃げ込んで寝泊まりしていたら、新型コロナウイルスが全世界に広まり、緊急事態宣言が出されて、職場であるクリニックの近くのホテルに泊まるようになったんだけど。)

約1年振りの“ほんとうの自宅”がある最寄駅前は、飲食店や個人の衣料品店やカラオケパブのいくつかが潰れていた。

駅から歩いて15分、まわりの景色からお店がどんどん減り、住宅ばかりが建ち並ぶ地域に入った。路地では小学生たちがゴムボールやキックボードで遊んでいた。

(のどかだ。全然変わっていない。何にも変わっていない。拍子抜けするくらい平和だ。この1年はなんだったんだっていうくらい。)

アキナは、一戸建てが並ぶ住宅街に隠れるようにして建つ、2階建ての単身者用アパートの外階段を上り、2階の1室の鍵穴にカギを差し込んだ。

ガチャ、ギー

一瞬、すえたような匂いが鼻腔をついたが、それもすぐに消えた。ずっとエアコンを30℃の除湿に設定してあったのだ。

部屋の中も、よく見たら埃がうっすらあるくらいで、“あの日”からほとんど何も変わっていなかった。そのときだ。

ガタン、ドンドンドン

突然聞こえたその音に、アキナの鼓動はドクドクドクと波打ち始めた。誰かがアパートの階段を上ってきたのだ。

アキナはギョッとしながら、ドアの方を振り向いた。

ガチャガチャガチャ、キュー、バタン

別の部屋の住人が帰ってきたのだ。アキナは、ドアについている郵便入れに入っていた郵便物や広告を鷲掴みし、ドアスコープで外に誰もいないことを確認すると、勢いよく飛び出し、急いでカギを閉めると階段を掛け下り、最寄駅までずっと走り続けた。

アキナが走るその後ろ姿を、小学生たちは不思議そうに眺めていた。

新型コロナウイルスが終わるまで、
あと4日。

これは、フィクションです。

 ◆自殺を防止するために厚生労働省のホームページで紹介している主な悩み相談窓口

 ▼いのちの電話 0570・783・556(午前10時~午後10時)、0120・783・556(午後4時~同9時、毎月10日は午前8時~翌日午前8時)

 ▼こころの健康相談統一ダイヤル 0570・064・556(対応の曜日・時間は都道府県により異なる)

 ▼よりそいホットライン 0120・279・338(24時間対応) 岩手、宮城、福島各県からは0120・279・226(24時間対応)

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