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女の子達のSNSでのアピールについて


「こんな風に素敵な生活したいな」と思って見始めたVlogerをいつしか妬んでいると自覚する瞬間がある。手の届かない人だから憧れていたのに、親近感を感じるシーンを垣間見る毎に「どうして年齢はそれほど変わらないのに自分とこの人はこんなにも住む世界が違うのだろう」なんて、そんな理不尽な考え方を腹の底で飼っていることに気がつき驚くこともあるが、それってある種物凄く自然の摂理ではないかとも思うのだ。


遠い人ほど手の届かない、別次元の神のようにすら思えるのに対し、近くて人間味のある人ほど好きになりそして憎みやすい。


これは普段の生活でも全く同じことが言える。どれほど仲の良い友人でも頭にくる時はあるだろう。それでも結論大好きなのだ。ドタキャンばかりの友人も、待ち合わせ時間を2時間間違えるポンコツな友人も、それでも全部全部大好きなのだ。


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今の小学生の将来なりたい職業ランキング1位はYoutuberらしい。時代は進んでいる。ちなみに私の時はスポーツ選手が断トツで多かった覚えがあるが、ここまで小さい頃からデジタルに囲まれ(それは親の影響が一番だが)P Cの授業も充実し、SNSで自己主張をうまく出来れば「芸能人になれちゃうかもしれない!」なんて夢物語の世界に生まれたのだから、Youtuberに憧れることは致し方ないのかもしれない。


ただそのSNSでの自己主張が明らかにやりすぎ(別人のような加工や女の子達の胸アピール)を理解出来ないのもきっと私の世代からなのだと思う。

動画投稿一本に対して、明らかに性的なコメントが多く、勝手にSNSで晒されて行く。またそこでは勝手にコメントが盛り上がって勝手に炎上したりしている。それでもって人気になるという事を本当に彼女達は望んでいるのか。流行りものに乗っかって楽しい今を。大人になった時後悔をしないのか。

また物凄く冷静に意見を言ってしまうと、動画を撮っている時、どんな感情なのかも想像がつかない。一人で踊ったり口パクしたり恥ずかしくないの?と冷ややかに思ってしまうのは世代の差なのか。


私が思うという事は、彼女彼等の両親達のほうが娘・息子を心配しているだろうに。なんとなくそんなことを考えると、SNSへの憧れがいつか、何年後かの本人達の危険へと変わりそうな気がしてしまう。


投稿することを批判しているのでは決してない。個の色のアピールは武器になるが、アピールの仕方を考える必要があるのではないかと思うのが正直なところ。大人からしたら何が良いのか分からないアピールを、大人になった時に悔やまない人生を選択するべきだと思う。



中学生高校生がそんなにおっぱいを主張することないんだよ、もっとフィルターのない世界を見渡して見ても良いんじゃない?本当の空の色を見て、本当の人達を知って、本当の自分を隠さないでほしい。



なんて、堅苦しい意見かしら?


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