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カチューシャを鳴らして(10枚脚本集「てのひらの物語」1#天職だと感じた瞬間)

「この物語のすべてに、あなたがいます」
noteに投稿する初めての短編脚本です

学生の頃就職活動が出来ず、カメラマンになった森宏美。ある日宏美に同年代で人気女優の菊川芽衣の撮影の依頼が来ます。依頼を渋る森、そこには菊川への個人的な思いがあって

登場人物紹介

もり宏美ひろみ・・・カメラマン
菊川きくがわ芽衣めい・・・子役の時から活躍する人気女優

宮田みやた千里せんり・・・メイク担当
長井ながい礼奈れいな・・・モデル
真山まやま伴則とものり・・・アートディレクター
戸川とがわ貴士たかし・・・バー「Rock with You」のウエイター

場面1:撮影スタジオ

森宏美が長井礼奈をモデルに写真を撮っている
シャッター音と同時に照明が点滅する
撮影の様子をメイク担当の宮田とディレクターの真山が見ている

長井「この前彼が家に来て、夕食必死で作ったの。ギョーザとかあんを作って、必死に皮を巻いて」
「へぇ、頑張るじゃん。それで彼は?」
長井「それがさぁ、カレー食べたかったとか言うの。しかも家でお母さんが作ったもっちもちのカレーが一番だ、とか言って」
「やだー、凄いマザコンじゃん。で、そこは礼奈がちゃんと教育しないと」
長井「そう、だから今度ね、ママのもっちもちカレーより美味しいのがあるって教えてやろうと思って。スパイシーなチキンカレーとか作って」

真山、森と長井のやり取りを見て

真山「いいねぇ。そしたら森さん、データ送って」

真山、デスクに置いてあるノートPCを開け、キーボードを叩く
森、カメラの裏側の画面を見ながら、カメラを操作する
宮田、油取り紙で長井の顔を軽く拭きながら

宮田「やっぱり2人は息がぴったりだね。でも礼奈ちゃんメイクいらないね」
長井「そんなぁ。宮田さんがいないと私ダメですよ。すっぴん自信ないですよ」

真山、PCの画面を見て

真山「よし、これで誌面に使う写真は揃ったな。それで森さん、ちょっと話があるんだけど」
「はい」

場面2:ダイニングバー 「Rock with You」

バーのテーブルに森と宮田が向かい合って座っている
店内のカウンターの上にはマイケル=ジャクソン、チャカ=カーンなど80年代R&Bのアーティストのレコードジャケットが掛けられている
マイケル=ジャクソンの「Rock with You」がBGMで流れている

「それがね、女優の菊川芽衣の雑誌の撮影を担当しろって言われて」
宮田「あれ、芽衣ちゃん私の一個下だから、宏美とタメだよね」
「そう。でも何で私なの、適任が他にいるでしょ」
宮田「けど宏美って昔から芽衣ちゃん好きなんでしょ?まぁ芽衣ちゃんは子役の時から有名だったけど」
「え、何で知ってんの?千里に話したっけ?」
宮田「うん、高校の頃芽衣ちゃんが雑誌の写真でカチューシャを着けてたのを見て、親にねだって同じの買ってもらったんだよね」
「そうか、それ言ったね。あとね、芽衣ちゃんがいつかたい焼きが大の好物とか言ってて、お茶目なとこもあるでしょ」

テーブルにウエイターの戸川貴士がやって来る

戸川「すみません、追加の飲み物はいかがですか?」
「おっタカちゃん、いいタイミングで来るねぇ。そうだねぇ、白もう一つ頼む?」
宮田「そうだね」
戸川「かしこまりました」

宮田、戸川が下がったのを見て

宮田「でもさぁ、これってチャンスじゃない?宏美さぁ、大学の時就活出来なかったんでしょ。それでカメラマンになって」
「うん、あの時エントリーシート必死で埋めたけど、書いてくうちに何だか自分が無くなっていく気がして」

宮田、俯いて考え込む森を見て

宮田「まぁ考えてみなよ、せっかく真山さんが推してるんだから」
「うん」

場面3:宏美のアパート

森、玄関のドアを開け、中に入リ、灯りを付ける
玄関入ってすぐのダイニングのテーブルに機材のバッグを置く
隣の6畳の畳部屋の灯りを付け、奥の押し入れの引き戸を開ける
森、押し入れから段ボールを取り出す。箱の中からスクラップブックとカチューシャを取り出す
森、部屋の隅のデスクの椅子に腰掛ける
スクラップブックをめくると菊川が高校生の頃雑誌に出た記事の切り抜きが貼ってある
雑誌の紙面で菊川は頭にカチューシャを付けている
森、カチューシャを右手に持つ。写真の菊川が付けているのと同じデザイン

場面4:撮影スタジオ

森、長井が撮影をしている
宮田、真山、その様子を見守る
長井、表情が今一つ乗ってない

「で、彼にスパイシーなカレー作ってあげたの?」
長井「うん、そうだけど」

一瞬の間。それから森、思い出したように

「あ、それで彼の反応は?」
長井「喜んで食べてくれたよ。お母さんと比べることもなかったし」
「もっちもちカレーの?」

長井、反応なし。一瞬の沈黙の後、顔を上げて

長井「でさぁ宏美、私のこと見てる?」

森、いきなり言われて戸惑う
様子を見ていた真山、堪りかねて

真山「これじゃダメだな」

真山、息を一つ吐いて

真山「菊川芽衣の撮影のことが引っ掛かってるのか?」
「はい、適任が他にいると思います」

真山、森の言葉に怒りを滲ませる

真山「あのなぁ、僕が選んだんだ。他にいるとか勝手に決めるなよ」

場面5:ダイニングバー 「Rock with You」

マイケル=ジャクソンの「Human Nature」がBGMで流れている

「何もあそこまで言わなくても」
宮田「で宏美、何で芽衣ちゃんのことそこまで気にするの?」
「そうだね。高校の頃、家が居づらくて」

森、昔を思い出しながら

「自分は一人っ子で、親も優しくて。けど逆に自分って何なの?と思って。でも芽衣ちゃんはいつも自分の才能を発揮してて」

森、少し酔い加減で話す
宮田、黙って森に目線を送る

「学生の時だってただ書類を出して面接を受ければ就職出来たのに、どうしても出来なかった。思えばあれが遅くに始まった私の反抗期だったのかなって」

宮田、頷き森の言葉を受け止める

場面6:ダイニングバー 「Rock with You」 (続けて)

森、大分酔いが回っている

「あれ、ワインもうないじゃない」

森、そう言ってワインのデキャンタを右手でつまむ

宮田「悪いけど宏美、もう行くよ」

宮田、席を立つ

「ちょっと千里、待ってよ」

森、テーブルにへたり込む
そこに戸川がやって来る

「あれタカちゃん、どうしたの?」
戸川「森さん、菊川様という方から預かり物がありまして」

戸川、森に可愛らしいイラストのビニールの袋を渡す
森、体を起こし袋の中身を取り出す
中にはカチューシャが

場面7:撮影スタジオ

森、スタジオに入る。頭にカチューシャを着けている
森の向かいには大人びたメークをした菊川の姿が
宮田、真山、先に入りスタンバイしている

菊川「森さん、来てくれたわね。菊川です」
「はい」
菊川「今回の撮影はね、私が森さんを指名したの」

森、衝撃を隠せない

菊川「森さんが学生の頃就活出来なかったって聞いてね。この人は自分をしっかり持ってるって思ったの」

森、菊川を見て話を受け止める

菊川「私は子役の頃からただ親や大人たちが喜ぶことをやっていただけ。でも今回の撮影は素の自分を出したいと思って、それで」
「分かりました。なら適任は私です。でも菊川さんもずっと自分を持ってたんじゃないですか?」

森、バッグから菊川のカチューシャを取り出す

「いつか言ってましたよね。このカチューシャはお母さんからの誕生日プレゼントだって。それをずっと大切にしてたんですよね」

菊川、自然と笑顔になる

「菊川さん、これを着けて撮影しませんか?」

森、菊川にカチューシャを差し出す
菊川、カチューシャを受け取って

菊川「そうね。それでさぁ、歳一緒なんだよね。タメ口で行こうよ、これからは」
「そうだね。そしたら始めようか」

森、頭に着けたカチューシャを取る
菊川、同じくカチューシャを取る
森、菊川、手に取ったカチューシャをぶつけ合う

場面8:撮影スタジオ(続けて)

撮影セッションがスタートする。小気味良いリズムでシャッター音が鳴る
菊川、ブラウスの襟元を広げ、肩を出した格好でポーズを取る

「この撮影のテーマ何にする?初デートの勝負服集めました、とかどう?」
菊川「えー?ちょっと違うでしょ」
「もしかして彼が何にも反応しなかったらとか考えた?」
菊川「反応って何?狼になっちゃうとか?」

森、菊川の表現に笑みが漏れる

「芽衣ちゃん、何想像してるの?」

宮田、真山、和やかな撮影の様子を微笑ましげに眺める
菊川、背中を見せ、振り向いてカメラに流し目を向ける

「いいねぇ、彼を誘ってる感じするよね」

カメラのファインダーの映像と2人で撮影する映像が交錯する

「もっと自信たっぷりに見て」

菊川、森の指示を聞き、目線の向け方を変える

「そうそう、これで微笑んだら完璧」

菊川、口許を少し歪める

「わー、凄い。これで声掛けない男いないよね」

スタジオにリズミカルなシャッター音が鳴り響く

場面9:神社の境内の前

撮影が終わり、森、菊川、神社の鳥居の前の階段に2人で座りたい焼きを食べている
2人の頭にはカチューシャが

菊川「小学生の頃、撮影が終わるとお母さんが迎えに来てくれてね。手にたい焼きを持って」
「そっか」

ここで森、何か思い付いたように

「芽衣ちゃん、今日の自分、本当はお母さんに見せたかったんじゃない?」
菊川「そうだね、そんな気がする」

菊川、森と向き合って

菊川「宏美ちゃん、また最高の私を撮って」
「もちろん」

森、頭に着けたカチューシャを取る
菊川、それに倣う
2人、手にしたカチューシャをぶつけて鳴らし合う
(終わり)

実際の脚本までの創作過程を知りたい方はこちら
(プロット、キャラクター設定)

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こちらは私の長編の舞台脚本です
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