重政侑

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重政侑

小説を書いています。最近はムーミンが好きです。 エブリスタ: https://estar.jp/users/413772209

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「少女たちは翠の海に」#4 夏の終わり

 潮は舞台に上がり、立ち尽くす玲の腕を強く掴んだ。 「行こう、一緒に」  玲は呆然としたまま、何が起こっているのかわからない様子だった。潮はぼんやりとした玲の瞳を覗き込み、はっきりと言い切った。 「あの時、私はみどりなんて一度も見えなかった」 「……えっ?」 「だけど私は、あの夏があったから救われた」  潮は玲の腕を握り直し、舞台から二人で降りた。咲月も驚いた表情をしていたが、潮が目配せすると、さっと潮たちについてくる。三人で講堂から出て行こうとした時、潮は誰かに呼び止められ

    • 「少女たちは翠の海に」三話 思い出を映す

      1 「この世界は、まるで箱庭のように思えてならなかった」  稽古着姿の生徒たちが集まる多目的教室で、玲は壇上でたった一人、見せ場となる長台詞を朗々と語り上げていた。 「新たに植え付けられた『僕』の記憶が、本来は自分のものではないと、一体どうして信じられるだろう。記憶を抹消する前の自分が、何故他人として生きることを選んだのか、実験を遂行する研究者たちは誰も教えてくれなかった……」 「そこまで! 早川さん、いい感じよ。間の取り方が素晴らしいわ」  顔を上げると、顧問の女性教師

      • 「少女たちは翠の海に」#3 夏の盛り

         咲月と久しぶりに会った後、潮は夏休みの動画を見返すようになった。  スマートフォンの小さな画面に、制服姿の四人が映る。その中にいるみどりは、咲月とはまるで別人だ。なだらかに波打つセミロングの髪も、何度見たところで変わらない。最初は髪が短かった、という咲月の話とも食い違っている。  咲月が鮮明に語った信仰の話も、潮は覚えていなかった。言われてみれば、礼拝でそんな説教を聞いた記憶はあるものの、詳しい内容は全然思い出せなかった。同じ夏休みを過ごしたはずなのに、見えていたものがこん

        • 「少女たちは翠の海に」二話 星々の音色

          1 「咲月、夏休みはずっと寮にいるってほんと?」  夏休み初日、咲月は朝から吹奏楽部の練習に出ていたが、休憩になった途端同期たちに囲まれて困惑した。 「そんな大事な話、なんで早く教えてくれなかったの?」 「強化練習には全部出るって言ったよ。帰省したら学校通えないよ」 「そうじゃなくて! この学校の二大美人、早川先輩と弓木先輩と、咲月の三人だけって話! 一度は想像する憧れのシチュエーションじゃん!」  同期たちは皆一様に頷き、咲月たちの話に聞き耳を立てていた後輩たちも、羨ま

        「少女たちは翠の海に」#4 夏の終わり

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        記事

          「少女たちは翠の海に」#2 夏の雨

           玲から高校時代の動画について連絡が来た後、しばらくして梅雨になった。  空は分厚い雲に覆われ、連日雨が降っていた。例年より早い梅雨入りで、いつまでこの雨が続くのだろうと思っていた矢先、今度は咲月から連絡があった。相談があるという話だったので、授業終わりに吉祥寺駅で待ち合わせ、咲月が選んだ井の頭公園沿いのカフェで直接話をすることになった。 「久しぶりだね。咲月と最後に会ったのって、去年の学祭に来てくれた時?」  卒業後、潮は咲月と何度か会っていた。SNSで学祭や個展の案内をす

          「少女たちは翠の海に」#2 夏の雨

          「少女たちは翠の海に」一話 光の当たる椅子

          1  いつも通り朝六時半に目が覚めた潮は、半ば夢うつつで起き上がりながら、翠玉館が妙に静かだと気づいた。ベッドに入ったまま重たい瞼をこすり、しばらくしてやっと思い出す。今日から夏休みが始まったのだ。  カーテンを開けると、太陽があっという間に室内を照らす。一人用のベッドと机、据え付けの古いクローゼットだけの小さな寮室だ。  廊下はがらんとして、立ち並ぶ部屋の扉はどれも閉まったままだった。共用の広い洗面所で顔を洗い、部屋に戻って身支度を済ませる。夏用の白いワイシャツに、グレ

          「少女たちは翠の海に」一話 光の当たる椅子

          「少女たちは翠の海に」#1 夏の始まり

             初夏特有の澄んだ空が広がっていたその日、潮は、座った椅子のぐらつきに気を取られていた。 「院試を受けたい? 君が?」  ゼミの教授は怪訝そうに首を傾げる。潮が頷いたその拍子に、椅子がギィと軋んだ。数年前に卒業した学生の試作品らしく、背もたれの意匠は繊細に作り込まれていた。しかし脚がうまくかみ合っていないのか、少し重心を動かしただけで非難がましい音が鳴る。 「家具メーカーの内定が出たんだろう? 弓木さんなら、もうデザイナーとして充分やっていけると思うけど」  俯いた視線の

          「少女たちは翠の海に」#1 夏の始まり

          筆名の表記を「重政侑」に改めました。引き続きよろしくお願いいたします。

          筆名の表記を「重政侑」に改めました。引き続きよろしくお願いいたします。

          読書日記『東京のぼる坂くだる坂』

          星々ワークショップ第6回の課題図書。読書会用に印象に残った3箇所の抜き書きと、それに関するメモを用意したので、読書日記にも合わせて載せます。 機械で時を計るには時間というものが一定の速度で進んだ方が都合がいい。そうでなければ測れない。人が、時間は一定の速度で進むもの、と考えるようになったのも、時計ができたからなのかもしれない。(p.143) 主人公・蓉子は、亡くなった父から遺された「住んでいた坂リスト」をもとに、父親が住んだ坂をめぐっていく。その過程で父親の歴史や、自身の

          読書日記『東京のぼる坂くだる坂』

          読書日記『そして、バトンは渡された』

          しばらく本が読めていなかった。久々に読む本として選んだのは、瀬尾まいこさん『そして、バトンは渡された』。2019年の本屋大賞受賞作だ。 悲しいわけではない。ただ、私たちは本質に触れずうまく暮らしているだけなのかもしれないということが、何かの瞬間に明るみに出るとき、私はどうしようもない気持ちになる。(p.219) 主人公の優子が、義父・森宮さんとの行き違いに直面した際の一文。一見、平和で安定した状態が保たれている二人の生活に対して、優子はどこかで緊張感を覚えている。他人同士

          読書日記『そして、バトンは渡された』

          読書日記 『ここじゃない世界に行きたかった』

          本の感想を書くのは苦手だったのだが、書き残さないことには読んだそばから中身を忘れてしまっている。 ということで、2021年は読書日記をつけることにした。日記を書くにあたって、とりあえず決まりを2つ設けてみる。印象に残った文章をメモすること、そして何故印象に残ったのかを記録しておくこと。 日記をつけようと思い立ってまず読んだのは、塩谷舞さんのエッセイ集『ここじゃない世界に行きたかった』。 同じ種類のさみしさを抱いてきた誰かと、やっと出会えたのであれば、相手と惹かれ合うのは当

          読書日記 『ここじゃない世界に行きたかった』

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          六年前の桜

          六年前の桜

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          「世界を救おうとしているんだよ」と言った人の話

          久々に学生時代のバイト仲間4人で集まったその夜、一体何を思ったのか我々は漬物バーに行きました。 2階のカウンター席には既に1人、常連らしき中年男性が上機嫌でお酒を飲んでいました。 我々4人とその男性しかいない中、彼は当然我々に絡んできます。仲間達はにこにこと相手をしていましたが、正直なところ私は厄介な酔っ払いに遭遇したなと思っていました。 誰かが男性に職業を聞いた時、彼は上機嫌な様子で、 「おじさんはね〜、世界を救おうとしているんだよ!」 と言いました。 ますます厄

          「世界を救おうとしているんだよ」と言った人の話

          神戸に行ってきた

          もう半年前の話になりますが、1月に友人に会うため神戸に行ってきました。 やっと写真を整理したので、まだ記憶が残っているうちに印象的だった景色をメモしていきたいと思います。既に結構忘れている。 午前の部:海沿い編 これは魚嫌いの友人が震えていた巨大魚のオブジェ。確かに迫力がありますね。 メリケンパークに設置されたモニュメント「BE KOBE」。登って記念撮影する人が多かったせいで亀裂が入り、この後すぐ修理されたらしい。 メリケンパークを満喫したところで海沿い編は終了、三

          神戸に行ってきた