【ハーブ天然ものがたり】山椒
「山椒は小粒でぴりりと辛い」
日本の国土には古来からつかわれてきた野生のスパイス、山椒なるものがあると知ったのは、社会人になってからでした。
上京してはじめてのひとりぐらし、はじめてのおひとり様ランチをすべく、意気揚々と蕎麦屋にはいった日のことです。
テーブルのうえには一味唐辛子、七味唐辛子、山椒とかかれた3つの小瓶がならんでいました。
その日までわたしは、山椒というのは七味唐辛子のように、いろいろな香辛料が調合された、「山」でとれた「椒(スパイス)」の「まぜもの」と思っていました。
学生時代に友人がそんな風に話していたのをずっと真に受けていたこともあり、また風味も複数のスパイスを匂わせる複雑さをもっていることや、さらには山椒についてさほど興味をもって深掘りすることもなく、そのまんまにしていた、というのあります。
お蕎麦屋さんは(たぶん)ご夫婦でお店をされていて、おかみさんが「うちの山椒は実山椒からすり鉢ですってるの、自家製だからね、ピリッとしておいしいよぉ」と声をかけてくれたことがきっかけで、山椒のことを根掘り葉掘りきくことができ、それは日本に古くから自生するハーブだったのである、と知ることになります。
山椒をたっぷりかけていただいた山菜蕎麦は、ピリリとしみるおとなの味で、もちろん過去にも食べたことはありましたが、このとき山椒の風味を「はじめて」味わえたように思います。
(すりたての自家製というのもおおきかったかな)
それまでは少しクセのある七味唐辛子っぽいもの、くらいにしか思っていませんでしたが、山椒の辛味は一撃必殺の唐辛子とはちがって、時間差攻撃をれんぱつするようにじんじんと舌に侵入し、ほかに似ているもののないユニークな辛味と爽やかな芳香は、ほんとうに1種類の植物がこんなに多様な風味をもつものだろうかと、訝りながらも感心したのでした。
「うぉー辛ッ!」と反応する直前に「いやまぁ、そんな声をあげるほどでもないか…」と思いなおし、それでもじんじんと振動するしびれは口内にひろがって、お腹のそこまで伝わると自家発電エネルギーにスイッチが入るみたいに、みるみる元気がでるんだなぁ、と。
いちど明確に体感してしまうと、あとを引くというかクセになるというか、もいちど味わいたいと思わせる魔性の魅力にほだされて、1年ほどつづいたひとり暮らし生活のあいだ、おかみさんの自家製・小悪魔的山椒の誘惑にあらがうことかなわず、薄給の身でありながら、なんども足繁くお蕎麦屋さんののれんをくぐったのでありました。
山椒は日本に自生する古参ハーブのひとつで、古事記に記載があり、魏志倭人伝にも登場し、縄文遺跡から山椒のはいった土器が出土されています。
ミカン科サンショウ属に分類された山椒は、柑橘系に共通する香り成分のシトロネラールと、山椒特有のしびれるような辛味成分サンショオールがマリアージュされ、爽快なのに辛味がきいてて舌をしびれさせる摩訶不思議なたべものといえます。
山椒の和アロマも市販されているようで、成分をみてみるとローズやゼラニウムを際立たせる、フローラルな香り成分であるゲラニオールをふくんでいるものもあり、山椒のクセの正体は、そのあたりにもあるのかな、と。
ゲラニオールについては過去記事【ハーブ天然ものがたり】ゼラニウムに綴っています。
英名は、Japanese pepper(ジャパニーズ・ペッパー)。
古名、はじかみ(椒)。
熟すと実がはじけるから「はじ」、「かみ」は韮の古名「かみら」からきており、辛味を表現したことばなんだそうです。
「山椒は小粒でピリリと辛い」ということわざは、小さい成りのわりには才気があり、すぐれている様子をあらわします。
はなから小さいヒトは役に立たないという相互認識ありきで成り立つニュアンスは、いまの時代つかいどころをまちがえると、すぐに言葉狩りにあいそうな気がします。
「ちいさいけれど」というエクスキューズつきの諺は世界中にあります。
みてくれはコンパクトながら、そのなかにエッセンスがぎゅっと凝集されている小悪魔はどの国にも存在し、植物界からは「山椒」「胡椒」「唐辛子」、「ハコの香油」と「瓶の香水」、四大元素界から「火花」、人間界からは「こころ」に、たくさんつまっているんだよ、と。
これらはきっと小悪魔や小天使、妖精や精霊たちが降臨しやすく、たまり場になりやすい場所なんだろうと妄想はふくらみます。
ほんの少しふれるだけで劇的な化学反応をおこすスピリタスは、魔性の魅力を凝集しながら、小さな果実、香り分子、炎やこころを足場にして地上世界にわたりをつけているのかもしれないな、と。
木の芽、すりこぎ、花山椒
山椒の若芽と若葉(木の芽)は香りよいあしらいになり、こじゃれた居酒屋、旅館のごはんなどでよくみかけます。
雄株の花(花山椒)もあしらいのほか、煮物や佃煮、お鍋など、香りと辛味をいかした伝統料理がうけつがれています。
6月ころから結実する雌株の青い実は、ゆがいてからアク抜きし、醤油づけや佃煮にできます。
運よくスーパーで手にはいったときはアク抜きしたものを冷凍保存しておけば、食べたいときにちょっとづついただくことができます。
9月ころの熟した果実を陰干しして、こまかくしたのが一般的に山椒とよばれる粉山椒で、種をとりのぞいた果皮部分がつかわれます。
以下、ウィキペディアから写真お借りしています。
ハーブ・スパイス全般そうですが、粉にしてしまったものは劣化がはやく、風味もとびやすい(精油成分が揮発してしまう)ので、瓶入りのものでも開封後は冷凍庫保存がおすすめです。
山椒の木は成長がおそくかたいので、木材をすりこぎとして活用するのも、古くから受けつがれている先人の叡智。
日本薬局方には山椒の成熟した果皮が生薬として収載されています。
消化器系の冷えをとり、内側からあたためる作用があり、回虫を駆除するのに処方されます。
中国産の山椒(カホクサンショウ)は、日本産の山椒とは香りがちがうので、同属植物ではありますがまったくちがう風味体験になると思います。
日本の土地神さまふたたび
「古事記」中巻、国とり合戦で東の地に攻めいったおり、神武天皇がうたったとされる一節に山椒が登場します。
軍衆にはっぱをかけて人心をたばね、「モチベーションアップと困難にくじけないつよい意志を継続させるために、山椒の特徴的な風味をたとえにうたわれた」という解説がおおく見うけられる一節です。
うたは「吾は忘れじ 撃ちてし止まむ」とつづきます。
「東征をはたすまで(勝鬨をあげるまで)、われらのじりじり感はおさまるものか!山椒のしつこいじりじり感をみならってみなのもの、おきばりなされ!」的な現代意訳となっています。
神武天皇の言霊で、軍衆のこころに棲む精霊たちははじけるように、おおきな炎柱を立ちあげて、魔力を解放したのでしょうか。
垣下には「宮廷領の境界、またはそこを守ること」を意味する説もあるので、山椒は門番としての役割をになう植物だったのかもしれません。
まもられるメタファーとなっている柿の学名は「神の火(または穀物)」と直訳でき、山椒とおなじで縄文遺跡から種が出土している古参植物のひとつです。
甘柿も山椒も、日本のふるい土地神さまエッセンスがぎゅっと凝集され、この国の気候風土によってうみだされた傑作品なのだろうな、と。
柿の奪いあいとくれば猿蟹合戦ですが、物語のたてつけは日本人ならだれもが知ってるカニさんチームの報復劇。
甘柿を独り占めするおさるさんに、渋柿を投げつけられたカニさんチームは山椒がはじけるように奮起して、猿をぎゃふんといわせるまではじりじり感もおさまらぬ、押して参る!というおはなしです。
神のたべものである柿も、冥王サウロンがつくった指輪も、手にした瞬間にちいさな欲望の火種があっというまに大火となり、制御不能となる魔の象徴物として物語に登場します。
地上生活に適応するようにつくられた、ヒトのちいさなからだには、おおきなこころが宿っていて、エッセンスが漏れでてしまわぬよう、たいていは思考という頑丈なふたできっちり栓がされ、香りも熱も損なうことはありません。
わたしにとってはおさるさんもカニさんも、こころに棲む同胞であり反面教師でもあり、自分という存在のエッセンスの一部。
山椒をこのんですみかとしている精霊たちは、肉体という垣根をじんじんとしびれさせ、思考の栓をぽっかりゆるめて、こころに棲む聖人、天使、魑魅魍魎にいたるまで、あらゆるエッセンスを漏出させる、いたずら好きのドアマンのようだと感じています。
柿の木のしたで育つ山椒は「力の源を手にする準備がととのったかい?」と、辛味でじりじり刺激をくらわせ、シトラス香で油断させ、フローラル香で惑わせる、精霊たちの試金石なのかもしれません。
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お読みくださりありがとうございました。
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マガジンへのご掲載ありがとうございます
わたしどもの記事をマガジンにご掲載いただき、まことにありがとうございます。とてもうれしく思っています。
terucchiteruteruさまの note では、さいきんこちらの記事をとても楽しく拝読しました。タイトルに深掘り無しってありますが、エッジをとびこえたその先の深イイ本音がシンプルに綴られていて、こころの深いところに響きました。
■ pさま
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