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短編小説・めぐるめぐる星

孤独なマコが星を巡る。命は死んで生まれて繰り返す。
やさしくて少しさみしい、おとぎ話のような大人のファンタジー。

〈赤い星〉──

マコは思った。
「ここにいて、いいのかしら」
それはいつもいつも思っていることだ。
でも、考えたところでここにいるしかないのだ。
彼女の赤いスカートは、長く、長く、遠くまでなびいていた。
風がとても強いのだ。
彼女に近づくものは、すべて遠くに吹き飛ばされてしまう。
それでマコはいつもひとりぼっちなのだった。

星の半分では、静かで豊かな生活が営まれていた。 
しかし、マコの風が届くところは荒涼として、草一本生えていなかった。
風はマコが作り出していた。
けれど、彼女は自分で風を止めることはできなかった。
そうするための装置はマコの背中についているのだ。

ある日、旅人がやってきた。
彼は遥か遠くからマコに話しかけた。
旅人の声を風がどこかに運んでいってしまった。
旅人は諦めて、星の半分がわの都に向けて歩いて行ってしまった。
マコはがっかりした。
 
しかしその三日後、うれしいことが起こった。
突然、マコの風が止まったのだ。
旅人は諦めたのではなかった。
三日かけて星を一周すると、マコの背中に回って装置のスイッチを切ったのだ。
「ありがとう」マコは言った。
旅人は頷いた。
間もなく鳥がやってきて、マコの肩にとまった。
鳥はずっと、マコの肩にとまりたかったのだ。
「町に行くかい?」旅人は言った。
「でも…」
マコは悲しそうに自分の足元を見つめた。
長いこと強風にさらされたマコの足は、飛ばされないように大地にしっかりと根を張ってしまっているのだった。
旅人は彼女の長いスカートのすそをめくり上げてそのことを確かめた。
「寂しいだろうに」
「でも、今はあなたがいるから寂しくないわ」マコは言った。
誰かに向かって微笑んだのはどのくらいぶりだろう、とマコは思った。
旅人は市場で買ってきたリンゴをマコに差し出した。
マコの口の中に甘酸っぱい果汁が広がった。
マコはよろこびを噛みしめた。
マコはずっとずっと食べ物を口にしていなかった。
いつの間にか彼女は、根っこのような足を伝って養分を摂るようになっていたのだ。
「おいしいわ」マコは涙を流した。
「僕は思うんだけどね」旅人は言った。
「そのうちこちらの土地にも人々がやってきて、町を作ると思うよ」
「本当に?」マコは言った。
「何しろ、風は止んだのだからね」旅人は言った。
「うれしいわ」
「それがいいことなのか、僕にはわからないけれど」
旅人は次の目的地を目指して星を出ていった。
 
間もなく、旅人が予言したように、風が止んだマコの周りにはたくさんの人々が集まってきた。
そしてあっと言う間に町ができた。
マコの周りはいつもにぎやかで彼女は幸せを感じた。
でも、気に入らないこともあった。
マコの赤く長い長いスカートを皆が踏んでいった。
マコはスカートをとても気に入っていたからそれが悲しかった。
それに彼女の肩に、鳥はもうとまらなかった。
町は騒がしすぎたのだ。

町が眠った夜に、旅人は再びやってきた。
「どうだい?幸せかい?」
「ええ、だいたいは」
そう言うマコの顔は浮かなかった。
「気に食わなければ、君はいっぺんにこの町を吹き飛ばすこともできる」
旅人は言った。
「私はこの町を気に入っているわ…」マコは言った。
旅人はマコの背中に回って装置のボタンを押そうとしたが、思いとどまってやめた。
「またいつか」
旅人はバッグからリンゴを取り出すと、マコに手渡し去っていった。
マコはリンゴに齧りついた。
リンゴはやっぱり甘酸っぱく、おいしいのだった。
 
それから数百年もの時が経ち、町の様子はすっかりと変わった。
マコはそれほど年を取らなかったが、町の人々は、死んでは新しく生まれた人たちと入れ替わっていった。
町の人々はマコの汚れたスカートをめくり上げ、何か相談をしていた。
マコを根本から引き抜いて、処分しようとしているのだ。
マコは逃げ出したい気持ちだったが、彼女の足は大地に根を張ってしまっているのだ。
そこへ再び旅人がやってきた。
マコは泣きながら、今までの一部始終を旅人に話した。
「装置のスイッチを入れるといい」旅人は言った。
「だけど、町は吹き飛んでしまうんでしょう?」
「でも、君は助かる」
マコは悩んだ末に、装置のスイッチを入れないことにした。
また一人ぼっちになって生き続けたところで、それに何の意味があるのか、マコにはわからなかったのだ。
「それじゃあ、これでお別れだね」旅人は去っていった。
「さよなら」マコは言った。

マコは大きな機械に挟まれて引き抜かれた。
激しい痛みを伴ったが、マコの悲鳴は町の誰の耳にも届かなかった。
間もなく地中深くに埋まった根っこがすべて引き抜かれるというその時、機械がマコの背中の装置に触れ、途端に激しい風が巻き起こった。
でも、町は吹き飛ばなかった。
マコが吹き飛んだのだ。
町の人々があんぐりと口を開け見上げる中で、マコは星を飛び出し宇宙に放り出された。
マコの長い長いスカートが、漆黒の闇の中で赤く尾を引いた。
 
行き着いたのは緑の星だった。
気付くと彼女はその大地に横たわっていた。
風は止んでいた。
「やあ、また会うとはね」
そこにいたのはあの旅人だった。
「あなたが私をここに呼んだの?」
「呼んでいないよ。君がここに来たのさ」
「ねえ、私って、いったい何なのかしら?」
「さあ、それを知るために僕は旅をしているんだ」
旅人が言った。


〈緑の星〉──

そこは豊かな星だった。
たくさんの生き物がいた。
そして誰不自由なく食べ物を得ることができた。
小鳥も多くいた。
小鳥の歌声は、豊かさの象徴だった。

泉に水汲みをしている少年がいた。
少年が水瓶を水面に差し入れると、水はきらりと光った。
水瓶の中には魚がたくさん入っていた。
「どいておくれよ。僕は水を汲みたいんだ」
少年は水瓶の水を泉に戻した。
そして今度は慎重に、泉の上澄みだけをすくいとった。
けれど水瓶には、やはり数匹の魚が泳いでいるのだ。
いつもなら魚を手ですくい出して泉に戻すのだが、少年は気が向いて魚ごと水瓶を持ち帰った。

「ねえ、母さん。この魚を飼ってもいい?」少年は母親に聞いた。
「ダメよ。泉の魚は泉にいないと死んでしまうのよ。戻してあげなさい」
少年は手で水瓶から魚をすくい上げると、再び泉に向かった。
けれど、泉に返すころには、手の中の魚は死んでしまっていた。
水面にぷかりと魚の死骸は浮かんだ。

「母さん、魚は死んでしまったよ」少年は泣きながら言った。
「それは残念ね」母親は言った。「でも、そのうちまた生まれ変わってくるでしょうよ」
魚の死骸は他の魚たちが食べた。
死んだ魚はなかなか生まれ変わってこなかった。
でも、泉にはあまりにたくさんの魚がいるので、誰もそんなことは気にもかけなかった。
少年もすぐに死んだ魚のことなど忘れてしまった。

数年が経ち、少年は大人になった。
少年は宇宙飛行士になった。
少年は銀色の服を着て、尖っていて、光っていて、その姿はまるであの時の魚のようだった。
少年は勇ましかった。
母親は少年のことを誇りに思っていた。
ロケットは打ち上げられた。
少年は宇宙へと放たれた。
しかし、不慮の事故で少年は死んでしまった。
母親は悲しんだ。
魚の死のようにすぐに忘れることはできなかった。
何しろ少年は母親にとって、たった一人の息子であり宝だったのだ。
少年の死体は回収されず、いつまでも宇宙に漂っていた。

数百年の時を経て、少年は違う星で生まれ変わっていた。
少年はこの時も宇宙飛行士である人生を選択していた。
まるで宿命のように、それ以外の選択を思いつけなかったのだ。
少年はある使命を受けて、宇宙に飛び出した。
そこで少年は、永いこと宙を彷徨っていたかつての自分の死体と遭遇した。

少年は探査用のアームでそれを取り寄せた。
厳重なチェックと消毒が施され、それは宇宙船の機内に運び込まれた。
宇宙服の中には美しい青年の死体があった。
宇宙には腐敗という言葉はなかった。
理由はわからないが、少年はその死体にそこはかとない親しみを感じた。
まさか自分の死体であるとは思うまい。
少年はしばらくの間、死体を抱きしめ交流を交わすと、その死体を頭から食べ始めた。
少年は死体に感謝していた。
実のところ宇宙船は軌道から外れ、方向を見失っていた。
食料は尽き果て、少年は死を覚悟していたのだ。
死体は少年に滋養を与え、生きる気力を蘇らせた。
少年は操縦席に着くと、何か手がかりになるものを探して宇宙の闇に目を凝らした。
そしてはるか遠くに、とてもとても小さな赤い点を見つけた。
 
それは宙に向かって、燃えるようになびくマコの赤いスカートだった。
そしてそこは、かつての少年が生まれた星でもあったのだ。

マコは、「やっぱり自分の赤いスカートが好き」と思った。
それで、星でいちばん高い山に立って、思う存分にスカートをなびかせて生きることに決めたのだった。


〈死の星〉──

カレがその星に降り立った時の印象はこうだった。
荒涼として何もない星。
けれど、ここはとても豊かな星なのだ。
マコはカレがこの星に降り立つまでの一部始終を見ていた。
何しろ、カレはマコの赤いスカートを目掛けて飛んできたのだ。
そう、カレは宇宙で迷子になっていたあの少年だった。
「人を見るのは久しぶり」とマコは思った。
何しろ彼女の周りにはつねにひどい風が吹いていたし、山はとても人が登れるような高さではなかったから、この星の住人たちは誰もマコには近づかなかった。
でも、マコの心の中には、以前のような〈孤独〉はなかった。
ここに立つことはマコが決めたのだ。
ここにいれば大好きな赤い長い長いスカートを好きなだけ風になびかせることができたし、星の住民たちに迷惑をかけずに済んだ。
マコは星のみんなのことも大好きだった。
 
人と言っても、カレは人間のような容姿ではなかった。
魚のような昆虫のような不思議な形をしていた。
マコは風に声をのせた。
その声は天まで吹き飛ばされていき、パラパラと雨のようにカレの頭上に降ってきた。
カレは手の中に落ちてきた言葉を眺めた。
それはマコが心を込めて送った挨拶だったが、カレには意味がわかるはずもなかった。
口に入れると、リンゴのような甘酸っぱい味がした。
 
カレは姿勢を低くして四つん這いになると、長い舌を地中に潜らせて、マコに向かって伸ばした。
舌はまるでロープのようにマコの体に巻きついた。
「痛いっ」マコは思った。
ギリギリと舌が巻き上げられていき、カレの体が近づいてきた。
そしてとうとうマコの目の前までやってきた。
「何なの?」マコは言った。
相手は何も答えなかった。
マコは恐怖を感じた。
その生き物は何でも知っているというように、迷わずマコの背中に舌を這わせ、装置のスイッチを切った。
マコの赤いスカートがパサリと宙から落ちてきて、風が止まった。
「何なの?」マコはもう一度言った。
「ナンデモナイ。ナンデモナイヨ」その生き物は言った。
それは機械から発せられたような声だった。 
「あなたは誰?」マコは言った。
「ダレデモナイ」
「私の邪魔をしないで!」マコは強い口調で言った。
その生き物は動きをぴたりと止め、マコをスキャンするように目玉だけを上下に動かした。
「キミト ナカヨクナリタイ タダ ソレダケ」
「私と?」
「キミト」
マコはその言葉を味わってみた。
マコの心は温かくなった。
それはマコがずっとかけてほしかった言葉だった。

「いいわ」マコは言った。
「アリガトウ」
その生き物がマコの首に舌を巻きつけ締め上げると、マコは簡単に死んだ。
その生き物はマコを残さず食べた。
その生き物は町に下りていって、町のみんなも食べた。

そして、みんな一つになった。

それこそがかつて少年であったカレが与えられた使命だった。
さみしいはずはなかった。
でも、何だか少しさみしいのだった。
 
豊かな星の泉にはたくさんの魚が泳いでいる。 
生まれては死に、死んでは生まれを繰り返しているのだ。

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