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「性同一性障害特例法」改正を控えて ―透明化される生物学・構築された性と観念的な身体の問題

前回は『トランスジェンダーになりたい少女たち』の感想を書いていきました。

今回は、性同一性障害特例法をめぐる視点から、周司あきら・高井ゆと里『トランスジェンダー入門』、高井ゆと里編『トランスジェンダーと性別変更 これまでとこれから』の2冊を読んだ感想をまとめていきたいと思います。

また、これらの本の主張を読み解くことは、日本でなぜ『トランスジェンダーになりたい少女たち』の焚書騒動が起こったのかを理解する補助線になるとも考えています。


〈はじめに〉性同一性障害特例法の最高裁判決と、性別変更の5要件と改正議論

「性同一性障害特例法」とは、2003年に成立した日本の法律であり、家庭裁判所の審判により、特定の要件を満たす性同一性障害者の法令上の性別取り扱いと戸籍上の性別記載を変更できる特例を定めたものです。
この法律が戸籍上の性別を変更するための要件として定めている5つの要件のうち、「生殖不能要件」と呼ばれている、生殖能力を失う手術が必要と定めた部分が2023年10月25日に最高裁で違憲とされました。

「性同一性障害特例法」の「性同一性障害(GID)」という名称は、アメリカ精神医学会の精神疾患の診断・統計マニュアルや世界保健機構(WHO)の「国際疾病分類」で精神障害の分類から外され、病気や障害ではなく医療を必要とする状態とされるようになったことを受けて使用されなくなる予定です(日本国内では移行準備注ですが現在は未適用の状態です)。
これは「脱病理化」とも言われています。

「生殖不能要件」の違憲判決により、特例法の改正が必要なりましたが、改正をめぐる議論では、「生殖不能要件」のみを削除する最低限の改正に留めるか、手術が必要なもう一つの条件である「外観要件」もなくし「手術なしの性別変更」を可能にするかが焦点になっています。

「性同一性障害特例法」の要件整理

特例法の5要件は、「①18歳以上」「②現在結婚していない」「③未成年の子がいない」「④生殖腺(卵巣や精巣)がないか、その機能を永続的に欠く」「⑤変更する性別の性器に似た外観を備えている」などであり、④は「生殖不能要件」⑤は「外観要件」、④⑤をセットで「手術要件」といわれています。
また、実際に戸籍の性別を変更する際は、これらの5要件の前に「性同一性障害」の診断を2名の医師から受けていることが必要となります。

今回違憲と判断されたのは④の「生殖不能要件」のみで、⑤の「外観要件」に関しては判断せず・高裁に差し戻しという結果となりました。

「生殖不能要件」の違憲判決によって、女性から男性に移行するトランス男性は一切の手術なしで性別変更が可能になりました。家庭裁判所はホルモン投与でクリトリスが肥大していれば外観要件を満たすと判断する傾向にあるためです。
一方で、男性から女性に移行するトランス女性は、⑤の「外観要件」が合憲と判断される限り、ペニスを切除しなければ性別変更できません。

「外観要件」は異論の余地なく「違憲性は明白」なのか?

高井ゆと里編『トランスジェンダーと性別変更 これまでとこれから』においては、⑤の「外観要件」を、④の「生殖不能要件」と同様に「外科手術を一律に強いる側面があり、人権侵害である」、異論の余地なく「違憲性は明白」であるとしています
しかし、本を読み進めてみても、異論の余地がないとは到底言えないだろうという感想を抱きました。

四番目と五番目の条件は、いずれも外科手術を一律に強いる側面があり、人権侵害であるという指摘はずっと存在していました。しかし国会は、トランスジェンダーの人たちの声に耳を傾けてきませんでした。その結果が、今回の最高最判決です。二◯年ものあいだ、日本の国会はトランスジェンダーの人権を軽視し、法改正をさぼり続けていたことになります。

『トランスジェンダーと性別変更 これまでとこれから』P6

四番目の不妊化要件の撤廃は決まりましたが、五番目の「性器の外見」についての条件も、その違憲性は明白ですから、法律に残すわけにはいきません。この2つの削除は、国会の最低限の義務です。ここに異論の余地はありません。

『トランスジェンダーと性別変更 これまでとこれから』P7

『トランスジェンダー入門』『トランスジェンダーと性別変更 これまでとこれから』を読んで

〈1〉定義自体がよくわからん。全体的にふわっとしている

まず、本を読んだ率直な感想として、個別具体的な事例など含め全体的にふわっとしていて主張の妥当性が不明瞭、エビデンスとして出している情報も論理破綻していることが多いと感じました。
また、『トランスジェンダーと性別変更 これまでとこれから』では、④の「生殖不能要件」と⑤の「外観要件」の違憲性を主張するだけでなく、「性同一性障害特例法」の適用の前提となる「性同一性障害」の診断を2名の医師から受けているという条件、『トランスジェンダー入門』では「性同一性障害」の診断方法にも異議申し立てをしていますから、著者らの主張は「手術なしの性別変更」を求めるだけに留まらず、「性同一性障害(GID)」の条件の変更をも求めているように見受けられます。

そもそも「トランスジェンダー」とは何なのか?『トランスジェンダー入門』では、トランスジェンダーの定義として以下の2点を出しています。

  1. 一般的な定義として、出生時に割り当てられた性別と、ジェンダーアイデンティティが異なる状態

  2. 歴史的経緯、あるいは政治的背景から、割り当てられた性別に期待される姿で生きることをしない人々を幅広く包摂する、国連などでも採用されている※アンブレラターム

「ジェンダーアイデンティティ」とは、子供が成長するにつれ、どのような性別の存在かについての自己認識として形成されるアイデンティティであり、後天的に獲得されるものです。

2. の場合では、ジェンダーアイデンティティのありようを問題にしないため、「女装をしている男性」や「男装をしている女性」は「トランスジェンダー」に包摂されます(ススキノの首刈り事件の被害者も、アンブレラタームにおいてはトランスジェンダーということになります)。
1. と2. 自体に一貫性が存在しませんし、これらの分類では「トランスジェンダー」とされる人々の中でも対立が起きている理由はわからないでしょう。

そこで、参考までに筆者が1. 2. の関係を、性同一性と持続性を縦軸、性の二元性を認めるか疑うかの濃薄を横軸に四象限の図に落とし込んでみました。
右上であればあるほどジェンダーアイデンティは固定的であり、左や下に行くと流動的になりますが、現在のポジショニングがどのような位置にあっても、将来的に右上の位置にアイデンティティが移動する可能性がありますし、現在右上の人も流動する可能性はあります。
トランスジェンダーをジェンダーアイデンティティの問題として扱っているのですから当然です。

トランスジェンダー(アンブレラターム)と性同一性障害
※厳密にはノンバイナリーでも持続性があれば性同一性障害の診断が下りる可能性はある

※この文章を書くため改めて国連の定義を確認したところ、国連の定義はしれっと変更されていました。(詳細後述)

〈2〉GIDとアンブレラタームのトランスジェンダーの利害対立

性別違和を継続的に持ち続け、ホルモンや手術により異なる性に近い外観に移行・維持し、移行した外観の性に埋没して生きようとする「性同一性障害(GID)」的なトランスジェンダーと、性の二元性への違和を持つノンバイナリーや「自認する性」に一貫性や継続性を持たないジェンダーフルイドなども包摂する、国連も採用する※アンブレラタームとしてのトランスジェンダーでは、求める医療の傾向や、望む制度のあり方が異なります。

「性自認」との向き合い方や社会にどのように受け入れられたいかも異なるため、当事者同士で対立することがあり、日本の性同一性障害特例法に関する反応でもこの傾向は見受けられます。
「トランスジェンダー」は一枚岩ではなく、当事者だから「生殖不能要件」「外観要件」に反対するというわけでもないのです。

また、この文章を書くため改めて国連の定義を確認したところ、国連の定義はしれっと変更されていました。以前はトランスセクシャルやクロスドレッサー、第三の性としてアイデンティティを持つ人々を総称するアンブレラタームでしたが「クロスドレッサー」が明確に削除され、生まれた時の性別と一致しない性自認を持つ人に制限されるとともに、トランスジェンダーの条件は「内面」や「アイデンティティ」のありようであり、外見から問うことができないものとされました

変更された国連における「トランスジェンダー」の定義
https://www.unfe.org/know-the-facts/definitions/ 
トランスセクシャル、クロスドレッサー、第三の性としてアイデンティティのある人々など、装いや特徴が非定型のジェンダーとして認識される人々の総称とされていたが、クロスドレッサーが削除された

トランスジェンダーの定義は現在進行系で変化する政治的問題であり、国連に「外見からは判断できない」とされているのですから、社会で混乱が起こるのは仕方ないようにも思います。
もっとも、トランスジェンダーをめぐる発話に関しては「肯定以外は差別」と捉えられる傾向があり、議論自体がしにくいというもっと深刻な状況があるので、混乱は事件などが起こらない限り表面化しないかもしれませんが。

トランスジェンダー(現在の国連の定義)と性同一性障害
※厳密にはノンバイナリーでも持続性があれば性同一性障害の診断が下りる可能性はある

〈3〉透明化される生物学

『トランスジェンダーと性別変更 これまでとこれから』や『トランスジェンダー入門』、それに、近年のトランスライツ系の文章を読むと興味深いのは、「出生時に割り当てられた性別」として、「生物学的男女」というカテゴリーが初めから排除されており、性別が「出生時に割り当てられた性別」と「ジェンダーアイデンティティ」の複合体として捉えられていることです。

『トランスジェンダー入門』では、「生まれた子どもの外性器の形を主な基準として、医師やそれに準じる職業の人々が、新しく生まれた子どもを女・男どちらかの性別にカテゴリー分けする」「そうして認定された性別は出生証明書(出生届け)に記載され、日本であれば戸籍や住民票に反映されることになります」とあります。
そして、日常生活や社会で重要性を持っている「身体の性的特徴」は、医師や学者たちが中心になって定義してきた「生殖器の形や染色体の組み合わせ」が利用される事はほとんどないものだとされています。
生物学的男女」というカテゴリーは「出生時に割り当てられた性別」「他者から割り当てられた性別」と段階的に表記され、レトリックの次元で恣意的なものというイメージが付与されるのです

「出生児に割り当てられた性別」と「ジェンダーアイデンティティ」という二つの言葉を紹介し、それぞれが性別に関するある種のリアリティを教えてくれるということも分かりました。重要なのは、他者から割り当てられた性別と、自身のジェンダーアイデンティティが一致しない人がいる、つまりトランスジェンダーの人が現実に生きているという事実です。

『トランスジェンダー入門』P19

身体の特徴に基づく性別の仕分けにあたって、従来男性の医師や学者たちが中心になって定義してきた、生殖器の形や染色体の組み合わせが利用されることはほとんどありません。むしろ、日常生活で他者の性別を理解する時、そうした生殖器官を互いに見せ合ったり、染色体の検査結果の証明書を提示したりする機会は皆無といって良いでしょう。私たちは、相手の身体の中から「性的な特徴」とされるものを漠然と選びだし、髪が長いから女性だろうとか、背が高いから男性だろうとか、声が高いから女性だろうとか、そういった仕方で「身体の性」を捉えているのです。

『トランスジェンダー入門』P30

日常生活で他者の性別を理解する時、染色体検査の結果や外性器の確認ではなく、「髪が長いから女性」「背が高いから男性」「声が高いから女性」といった特徴をたよりにすることはままありますが、男性的特徴、女性的特徴と言われるものの多くは、腰骨や肋骨などの生物学的性差による骨格の違い、子宮・精巣といった臓器の違い、体毛の濃さや声の高さといった、生物学的性差に準じて分泌される性ホルモンに強く影響を受けた特徴の違いです。

そうした特徴そのものを「ステレオタイプだ」と糾弾する人もいるかも知れません。
事実として体毛の濃い生物学的女性や声の高い生物学的男性などもいますが、統計的に見ればはずれ値であり、生物学的男女の特徴には有意に差があります
インターセックス(性分化疾患)の人が生まれるからといって、生物学的男女というカテゴリが無意味になるわけではないでしょう。

〈4〉観念先行で無責任な「脱医療化」の拡大志向

『トランスジェンダーと性別変更 これまでとこれから』や『トランスジェンダー入門』では、医師から「性同一性障害」の診断を受けることが「性同一性障害特例法」の適用の条件になること。
自分がどのように生きてきて性別に対し都度どのような感情を抱いてきたかを記載し医師に説明する「自分史」や性別違和の持続性を問われることなど、「性同一性障害」の診断方法にも異議申し立てがされています。
医師がトランスジェンダーの性別移行の「ゲートキーパー」になることそのものに批判的なのです。ホルモンの使用の有無に疑義を呈してもいます。

性別をアイデンティティの問題に収斂させることや、観念的なものとして扱うことは、議論する次元においてはおもしろいことかもしれませんが、それが社会を運用するルールとなることや、批判することそのものが「差別」とされることに関しては、個人的にはおかしいと感じています。

「性同一性障害特例法」の違憲判決において、④の「生殖不能要件」に関しては15人の裁判官全員が「違憲である」と判断しましたが、⑤の「外観要件」に関して「違憲である」と判断したのは3人だけです。
この問題は高等裁判所に差し戻され、これから裁判が行われると考えられますが、『トランスジェンダー入門』では、「外観要件」を立法側が「社会が混乱する」ことを防ぐために設けたものであるとし、

たかだか公衆浴場の話をわざわざ性別承認法と結びつけることには、何の合理性もありません。公的書類の性別が事実と食い違っていることに由来する社会的困難は、公衆浴場に矮小化されるような話をはるかに超えています。

『トランスジェンダー入門』P166

現在の日本の公衆浴場では、「タトゥーのある人の入浴を禁止する」といったルールを個々の事業者が設けることが慣例で認められています(もちろんそのルールに合理性があるかどうかは考えるに値します)。しかし、「公衆浴場にタトゥーのある女性が入ると周囲の人が困惑するから」という理由で、女性がタトゥーを入れた途端に公的書類の「女」を「男」に書き換えられるわけではありません。要するに、「誰が公衆浴場に入れるか」ということと、その人の法的な性別登録をどのようにするかというのは、全くの別問題なのです。

『トランスジェンダー入門』P167

というように、「性別」を公的書類の次元のみに還元し、現実社会における運用状況を加味していません。「視覚的脅威をあたえ得る、タトゥーをしている人は反社会勢力の可能性がある」という次元で想定されているタトゥーの問題と、「公衆浴場に異性が入ってきたら困惑する、外見の性別を問わないという国連の定義もあるので今後どうなるのかわからない」という不安は別のものでしょう。
「ペニスのある女性が公衆浴場に入ると混乱する」という観点に対しては、

「ペニスのある女性が公衆浴場に入ると混乱する」と心配している人もいるかもしれません。しかしトランス女性だって、周りの人をびっくりさせながらお風呂に入りたいとは思っていません。

『トランスジェンダー入門』P166

現実には、陰茎の切断を経験していないトランスの女性たちは公衆浴場の利用を単に避けるか、旅館や浴場に個々人で事情を説明し、自力で交渉をすることで一部の時間帯だけ「貸し切り」にしてもらうなどの合理的配慮を受けています。この状況は、外観要件が撤廃されてもすぐには変わらないでしょう。

『トランスジェンダー入門』P166

と、トランスジェンダーの人々には、性善説のみが適用されます。
立法や制度を設けるにあたっては、人間の性善説のみを採用することは合理的ではありませんし、性善説のみを基準にした立法や制度によって社会が混乱しうることは些末な問題ではありません。

また、「外観要件」を違憲とすることがフェミニズムの課題とされることにも異論があります。

この外観要件は、先にも述べた通りトランス女性に陰険切断を求めるためだけのものですが、これには女性の身体に対する国家の管理という側面があります。「ペニスのある女性」を認めないという思想が明白な一方、「男性」がどのような身体を持っているのかについては厳密なハードルを設けていません。

『トランスジェンダー入門』P165

「外観が近似」というのが法律の要求としてあまりに不透明ですが、それ以上に、ここには「女性の身体の管理」という伝統的な女性蔑視が読み取れるのです。

『トランスジェンダー入門』P165

フェミニズムは国家による「女性の身体の管理」に異議申し立てをしてきた歴史があります。
ですが、トランス男性のペニスの長さが厳密に測られず、ホルモン治療によって肥大したクリトリスが男性器の「外観に近似」とみなされることを「男性の特権」の延長線上にあるものと捉えることと「女性の身体の管理」への異議申し立てには乖離があるのではないでしょうか。
トランス女性における「外観要件」を違憲とみなしたいがために、男性器を切除し女性器の外観に形成する手術に比べペニスを形成する手術が現時点で技術的に難しく、勃起して性交する機能面が十分でないことや手術が定着する確率も高くないという現実の医療の課題を矮小化し、フェミニズムが議論してきた問題に無理やり紐づけているようにも見えます。

他にも論理が破綻している主張は多々ありますが、とりわけフェミニズムが一枚岩ではないことを雑に扱っていると感じる部分に以下があります。

女性用スペースやフェミニズム(女性運動)の話題で「トランス女性の扱いをどうするか、シス女性が困っている」という情報を目にしたことのある人もいるかもしれませんが、実際は多くのデータで、女性の方が男性よりもトランスに親和的です。つまりトランスの表象に大きな影響与えている根っこの問題は、一部の男性に権力が偏っているという、シスジェンダー側の権力匂配の問題といえます。まず解消されるべきは、メディア内部でのセクシズム(性差別)やトランスフォビアなのです。

『トランスジェンダー入門』P112

ここに至っては、論理が飛躍しており暴論です。
「トランス女性の扱いをどうするか、シス女性が困っている」という事態と「多くのデータで、女性の方が男性よりもトランスに親和的」であることは両立します。「男性と付き合う女性が多いこと」と「男性からのDVを訴える女性が存在する」ことが両立するのと同じです。
さらに言えば、トラブルは無関係の他者よりある程度親和的な他者との間に多く発生します。

一部の男性に権力が偏っているからといって、トランスの権利を擁護する人たちがTERF(ジェンダークリティカル)的な視点からの訴えを透明化することが正当化されるわけではないのです。

〈5〉トイレ風呂は些末な問題?イギリス、歌舞伎町、LGBT法連合会

公衆トイレや公衆浴場の問題は、本当に瑣末な問題なのでしょうか?

トイレに男女別の区分を設けずオールジェンダートイレに一元化することを推奨してきたイギリスでは、2022年7月に「新しく建設する公的建造物は男女別のトイレを設けることを義務付ける」と政府が発表。2024年5月には、「今後、イングランドでレストラン、ショッピング・センター、オフィス、公衆トイレなどを新規に建築する際は、男女別のトイレ設置を義務化する」という新たな法案が女性・平等担当相によって発表されました。

現在のイギリス政府は、生理や妊娠中の尿漏れなど女性特有のニーズを把握し、女性専用トイレの確保を重要視しているようです。オールジェンダートイレの使用時、57パーセントの女性が「居心地が悪い」と答えている調査もあるようです。

日本でも、新宿「東急歌舞伎町タワー」の「ジェンダーレストイレ」は開業直後から「安心して使えない」「性犯罪の温床になる」などと抗議が殺到し、わずか4カ月で改修されました

オールジェンダートイレすらイギリスの約6割の女性を取り残しているのですから、日本で公衆浴場の問題を楽観視できない人がいることは不自然なことではありません。

実際、最高裁の「生殖不能要件」違憲判決が出た後の2023年11月には、三重県桑名市の温泉施設で、女湯に侵入したとして逮捕された男が、「心は女なのに、なぜ入ったらいけないのか全く理解できません」と話した事件が起きました。

この施設は受付で更衣室のロッカーのカギを渡す形式であり、従業員の女性は「女性の格好をしていた」ため「女性」と判断し女湯のカギを渡したそうです。
厚生労働省は2023年6月、公衆浴場などの男女の区別については「身体的特徴で判断するもの」とする通知を出していますが、差別になる懸念から受付で身体の性別を確認することは難しいという問題があります。

LGBT法連合会は、「生殖不能要件」を違憲とした最高裁の判決に際し、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律の3条1項4号規定を憲法違反と判断する最高裁判所の決定について」という声明をリリースしました。

この声明では、LGBT法連合会が確認した範囲においては「生殖不能要件を排した国において、手術を要する外観要件のみを温存している国は見られ」なかったと記載されていますが、生殖不能要件と外観要件がともに撤廃されている欧米の多くの国と日本における入浴文化の差異には触れられていません

厚生労働書の衛生行政報告例 平成15年度版によれば、日本全国の公衆浴場の数は26,831件あり、うち公営は5,234件です。
アメリカやヨーロッパにも温泉やスパ施設はありますが水着着用が一般であり、他人の前で裸になり大勢で湯船につかる入浴文化が広く浸透しているわけではないのです。

〈6〉約900本の法を改正する必要がある

自民党の有志議員でつくる「全ての女性の安心・安全と女子スポーツの公平性等を守る議員連盟」によれば、性同一性障害特例法が戸籍上の性別を変更する上で規定する「手術要件」が撤廃された場合、法改正の検討が必要となる法律は900本近くにのぼるといいます。

「外観要件」が違憲とされ、手術要件そのものが撤廃された場合は、法律だけでなく、共同浴場の利用は原則男女別に分けるとした厚生労働省の「旅館業における衛生等管理要綱」 等の改正検討も必要となるといいます。

また、性同一性障害の診断がより難しくなり、性別を変更できる人の定義が再度必要となるという指摘もあります。
現実には、15分で「性同一性障害」の診断書が降りるクリニックもあるのです。現行の法に即し、ジェンダークリニックがない/あっても利用しづらい地方の当事者含めて、少しでも早く望んだ形で生きられるように、安全な形でホルモンや手術にアクセスしたり、改名ができるようにすることを目的としたものでしょうが、手術要件がすべて違憲とされれば、こうしたイレギュラーな運用も難しくなるでしょう。

「性同一性障害特例法」に関する最高裁の判決において、生殖不能要件に関しては15人の裁判官全員が違憲を判断しましたが、外観要件に関しては3人しか違憲と判断しなかった。
「外観要件」に関しては、現時点で12人の裁判官が違憲であるとしていないという事実は重要です。

〈7〉レズビアンバーやエステ、リラクゼーション施設などトイレや風呂以外への影響

「外観要件」が違憲とされれば、トイレや風呂以外の「女性専用施設」においても何らかの影響があるでしょう。

「生殖不能要件」が違憲とされる以前から、レズビアンバーのWomen Only イベントがトランス活動家らから「差別である」と指摘されることがありました。
文面だけ見ると差別のようにも見えますが、公的事業ではなく、営利目的で経営されるレズビアンバーが「シスジェンダーの女性」限定のイベントを行うことが差別とされてしまうなら、「ノンケお断り」のゲイバーをはじめ、お店側がある程度客を選ぶことそのものが不可能になってしまいます。

エステやリラクゼーション施設では、裸や裸に近い格好での施術が行われることも少なくありませんが、女湯と同様、差別になる懸念から受付で身体の性別を確認することが難しい問題があります。
営利目的の施設、「商売」である以上、「差別だ」とターゲットにされたら弱く、デマであっても「差別的な施設」という評判が出回る影響は大きいのです。

トランスジェンダーを含むセクシャルマイノリティが相対的に弱い立場に置かれていることに異論はありませんが、だからといって、トランスジェンダーの受け入れに戸惑う営利目的の施設やその経営者、そこで働くスタッフたちが「強者」であるとはかぎりません

レズビアンバーや女性専用のエステやリラクゼーション施設のほとんどは公共事業ではなく、私企業の経営で、強い立場にない者に負荷がかかる、弱い立場の者がツケを支払わさせられることは、個人的には「リベラル」で「先進的」で「多様性に配慮」した姿ではないと思います

誰のための「性同一性障害特例法」なのか?なんのための改正なのか?

新たな「標準化」への懸念

「性同一性障害特例法」の手術要件が「外観要件」を含めて撤廃された場合、主に恩恵を受けるのは、GID性が強くないトランスジェンダーの人たちです。
個人的には、手術したくない人の権利が尊重されることと引き換えに、これまで通り手術をしたい人の権利が「わざわざ手術をするなんて」「手術しなくても良いのだから手術をすべきではない」と非標準化されてはならないと考えています。

法には規範としての側面や「標準化」されるという側面があるため、「手術しないトランスジェンダー」がスタンダードになることで、現時点でもアクセスが悪いホルモン療法や手術へのアクセスが、さらに困難になることは本末転倒だとすら思います。

「性自認」だけで社会を運用できるのか?

今後、ノンバイナリーのトランスジェンダーに戸籍変更は必要か?などさらなる議論が出てくると思いますが、個人的にはアンブレラタームの「トランスジェンダー」で法を設計することは無理だと感じています。

改めて、「性自認」と「パス」「埋没」の問題

「パス」は自己と他者の相互作用で起こるため、トランスジェンダーが社会の中で生きる以上、「自認」の性だけで生きることは原理的に不可能であるということは、改めて周知される必要があると感じました。

「パス」をして社会に適応し、埋没して穏便に暮らしたいGID的なトランスジェンダーと、アイデンティティ・ポリティクスとして社会を啓蒙したり運動したいトランスジェンダーでは、求めているものが異なることが多いことは非当事者ほど知る必要があるでしょう。

透明化される生物学、ジェンダー構築主義者の観念的な性と実際の身体の問題

生物学を透明化し、「トランスジェンダーはアイデンティティである」というのであれば、現代におけるポスト・トゥルースの問題との接点も考えなければならないでしょう。

私個人としては、ジェンダー構築主義者の観念的な性の問題が肥大し、実際の身体の問題が矮小化されれば、法や制度、現実的な社会運用の次元で破綻が起きると考えています。

マイノリティが現実的に社会を生きる上で、マジョリティに負荷をかけすぎることは得策なのでしょうか。
57パーセントの女性が「居心地が悪い」と感じていたイギリスのオールジェンダートイレような施策は、マイノリティにとってもマジョリティにとっても不幸なものだと思います。
また、マイノリティが数字の上でマイノリティであるかぎり、トラブルが起きたとき憎まれたり、しっぺ返しを食らう可能性を加味した現実的な皮算用は大切だと考えています。



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『トランスジェンダーになりたい少女たち』も、『トランスジェンダー入門』『トランスジェンダーと性別変更 これまでとこれから』も「かわいそうのゴリ押し」が過ぎて読むのがキツかったですが、「性同一性障害特例法」の改正にあたり建設的な議論ができるベースが整えばと思い頑張りました!

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