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アンティークコインの世界|英国ヤングヘッド・クラウン銀貨とスラブのおはなし

前回の「スラブのおはなし」が思いの外、反響があったため、今回も引き続きスラブ入りコインについて少しばかり紹介していきたいと思う。現在のような不安定な時代ゆえに、アンティークコインの価値がより一層注目され始めて来ている。そんな中で、コインの価値を数値化して目に見えるような形にしてくれるスラブ入りコインは、人々の注目を集める格好の的となっているのだろう。それゆえ、今回は歴史ベースではなく、スラブにメインをおいてを話を展開していく。

今回は英国で発行されたヴィクトリア女王のファーストポートレートを描いたクラウン銀貨を紹介する。この銀貨はヴィクトリアの最も若い肖像を刻んでいることから、ヤングヘッドの愛称で親しまれている。英国アンティークコインの中でも、コレクターたちから最も愛される不朽の名作のひとつでもある。以下、本貨の基本情報を列挙する。

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図柄表:ヴィクトリア
図柄裏:大英帝国国章
発行地:大英帝国ロンドン造幣局
発行年:1845年
発行数:159,100枚
彫刻師:William Wyon、Jean Baptiste Merlen
銘文表:VICTORIA DEI GRATIA 1845(ヴィクトリア 神の恩寵による 1845年)
銘文裏:BRITANNIARUM REGINA FID: DEF:(ブリタニアの女王 信仰の守護者)
銘文縁:DECUS ET TUTAMEN ANNO REGNI VIII(栄光と守護の治世8年目)
額面:クラウン
材質:銀 .925
重量:28.28g
直径:38.61mm
分類:KM741、Sp3882
評価:XF40
状態:EF
備考:ノーマルパッチ


クラウン銀貨は、英国アンティークコインの中でコレクターから最も人気の高い銀貨である。大型ゆえ迫力があり、彫刻も鮮明で見栄えが非常に良い。ヴィクトリアのクラウン銀貨の肖像は、ヤング、ゴシック、ジュビリー、オールドと大きく分けて4つのタイプが存在する。中でも若き日のヴィクトリアを描いたヤングとゴシックの人気が群を抜く。

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本貨には「ヤングヘッド」と呼ばれるヴィクトリアのファースト・ポートレートが描かれている。最も若い頃のヴィクトリアの肖像を描いたもので、即位当初の18歳頃の彼女の肖像である。裏側にはイングランド王室紋章、スコットランド王室紋章、アイルランド紋章を組み合わせたエスカッシャン(盾紋章)が表されている。3頭の獅子がイングランド、立ち上がる獅子がスコットランド、アイリッシュハープがアイルランドを示す。

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本貨はアメリカの大手貨幣鑑定機関NCG社(Numismatic Guaranty Company ヌミスマティック・ギャランティー・カンパニー)の評価を受けた鑑定品であり、真贋保証がされた上にグレーディングと呼ばれる評価数字が与えられている。これはシェルドンスケールによる70段階の減点式評価法で、全く傷のない発行された当時の状態を70と定め、そこからサーフェイス(コインの表面)のダメージ度合いによって数値を算出していく高度な採点方法が採られている。

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1845 G.BRITAIN CROWN
XF40

NGCに鑑定依頼を出すと、スラブと呼ばれるプラスチックケースにこうしたラベルが貼られた状態で返却される。この紙製ラベルのことを「パッチ」と呼ぶ。通常パッチは白地の背景に天秤が描かれた仕様になっているが、オプションで追加料金を支払うことで、背景を特別仕様のデザインに変更することも可能である。

表記の見方についてだが、まず「1845」は本貨の発行年で西暦1845年を示している。「G.BRITAIN」はグレートブリテンの略表記であり、すなわち英国を指す。パッチのスペースに限りがあるため、こうした省略表記がしばしば行われる。「CROWN」とは本貨の額面・単位であり、本貨が当時1クラウンの価値を持った貨幣として発行されたことを示している。そして、2段目の表記が、本貨の評価となる。XFとはNGC社基準の用語であり、英国式の評価基準に当てはめた場合はEF(Extremely Fine エクストリミー・ファイン)、日本式では極美品に相当する。「40」とは本貨の点数を示している。

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前述した通り、70点を満点と設定した際の数字である。アンティークコインは年代が100年以上経過しているため、この手のものであれば62〜67の評価数値が与えられていれば、最高峰のランクに区分される。ちなみに、このヤングヘッドのクラウン銀貨は、NGCでは64が最高鑑定品となっている。現在、マックス70のパーフェクトな数字が付いたものは確認されていない。

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先のクラウン銀貨は2行目までしか表記がないが、ものによっては4段にわたって表記事項を示すものも存在する。例を挙げれば、ヤングヘッドのクラウン銀貨には「Cinquefoil Edge(シンクフォイル・エッジ)」と呼ばれる細分類品が存在しており、そうした備考を表記する場合がある。

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シンクフォイル・エッジとは、エッジに花柄紋様が打たれたタイプのヤングヘッド・クラウン銀貨であり、通常タイプより現存数が少ない希少貨として扱われている。現状の鑑定数も通常仕様の1/10以下であり、オークション等では争奪戦が白熱する。

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また、状態についての補足内容が表記されるものも存在する。例えば、「CLEANED(クリーンド)」「SCRATCH(スクラッチ)」「GRAFFITI(グラフィティ)」 などが挙げられる。

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CLEANEDとは過度な洗浄を示しており、薬品でクリーニングが行われた痕跡があることを示している。本貨もその例のひとつで、クリーニングが行われた結果、本来なら経年変化によって自然に付くはずのトーンが落ちてしまっている。流通の過程で摩耗して消えてしまうディアデマの文様が残っているほどサーフェイスの状態が良いだけに惜しい。ちなみに、ディアデマとは王ないし女王が頭部に戴く鉢巻状の王冠で、王権を示すレガリアとして古代ギリシア時代からその文化は存在する。

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1845 G.BRITAIN CROWN
CINQUEFOIL EDGE
AU DETAILS
CLEANED

サーフェイスだけを見てとれば、AU(準未使用)の評価であり、前述したXF(極美品)より優れているが、クリーニングが施されてしまったために、残念ながら数字が付かない。こうした数字が付かないコインは「DETAILS(ディテールズ)」と表記される。真正品であることは確かだが、数字を付けて評価することができないことを示している。

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裏側のサーフェイスも美麗な状態であり、細部のディティールを保っている。かつては高く評価され、大事にされてきたのだろう。だが、現在の価値基準では、アンティークコインは当時の現状を保持していることが評価の要であるため、クリーニングが行われたものについては評価が大幅に下がる。鑑定機関が発足される以前は、そうした考えがなかったため、本貨のように多くのコインが洗浄されたり、磨いたりされている。

CLEANEDに続いて頻繁に目にするSCRATCHとは、引っ掻き傷の痕跡を示している。フィールドの引っ掻き傷は評価を大幅に下げる致命的なものであり、これもしっかりと評価の対象にされる。流通過程でコインとコインが擦れあってできる場合が多い。

また、同様によく見かけるものとしてGRAFFITIが挙げられる。グラフィティ・アートという言葉があるように、まさしく落書きの痕跡を示している。かつてのヨーロッパ圏ではお気に入りのコインに自分の名前を刻んだり、特有のマークを刻んだりする風習があった。今から考えれば信じられない行為であるが、コインがまだ一般にありふれていた当時では普通に行われていたことだった。また、コインに手を加えることに抵抗を感じる考えもかつては存在しなかった。

NGCは前回紹介したPCGSと並ぶ米国の二大大手貨幣鑑定機関のひとつである。その特色のひとつとして、PCGSでは行っていない古代貨幣の鑑定を行っている。一方、PCGSが提供している日本古銭の鑑定サービスは行っていない。両者共に得意不得意があるため、長短を理解しながら併用する必要がある。ただ、古代貨の場合は、70段階のスケールで評価することが難しいため、NGCはStrike(ストライク)とSurface(サーフェイス)の2項目を5段階で示す独自の評価形式を採っている。5がマックスの評価であり、ダブルファイブと呼ばれるStrikeとSurfaceの双方に5の数字が付いているものが最も評価が高い品となる。また、5段階評価でも突出して優れたものに関しては「Ch(チョイス)」、「★(スター)」などの表記が行われる。見た目が特に優れるものの、数字で示せないため、備考欄に「Fine Style(ファイン・スタイル)」という表記が行われ、差別化が図られることもある。古代貨のスラブについても、今後の記事で紹介していくつもりである。

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今回紹介した2枚のクラウン銀貨は共に英国の天才貨幣彫刻師ウィリアム・ワイオンによって手掛けられている。ワイオンは英国王室御用達の彫刻師であり、貨幣だけでなく贈答メダル等も手掛けていた。代表作は「ウナとライオン」の5ポンド金貨であり、このコインは現在1億円以上の落札金額で取引される例も存在している。それゆえ、現代に入ってからのリバイバル発行も盛んで、各国家で同デザインの復刻版が発行されている。本貨も含め、ワイオンが手掛けたコインは観る者の心を強く鷲掴みにする魅力を持っている。私はもちろんのこと、多くのコインファンがいつまでも飽きずに眺めていられる名品である。


*掲載品は両者共に筆者私物を撮影の上掲載。


Shelk 詩瑠久🦋

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