アウグル_LIZ

アンティークコインの世界 〜新約聖書に登場する伝説のコイン〜

図柄表:鳥占官の儀具
図柄裏:リースとギリシア文字
発行地:ローマ帝国、ユダヤ属州、エルサレム
発行年:30年
発行者:ポンティウス・ピラトゥス
銘文表:TIBEPIOY
銘文裏:LIZ
額面:プルタ
材質:銀
直径:16mm
重量:2.6g

イエス・キリストの処刑を最終的に許可したユダヤ属州総督ポンティウス ・ピラトゥスが発行したプルタ銅貨。彼は古代ギリシア語で記された新約聖書(新共同訳)では、ポンティオ・ピラトの名で登場する。騎士階級の出身で、当時としてはそれなりのキャリアのある人物だったが、生没年等の記録は残っておらず、著名な割には謎が多い。

ピラトゥスには連行されてきたイエスが罪人には見えなかったが、ユダヤの大司祭たちに押し切られ、保身のために処刑の決行を許した。彼はユダヤ属州民とローマ皇帝の間に挟まれたいわば中間管理職に相当し、立場が危うくなることを恐れ、いつも気を揉んでいた。明らかにイエスに罪がないとわかっていても処刑を許可したのは、ユダヤ人に騒がれて属州の統治が上手く行えていないことを皇帝ティベリウスに知られたくなかったからだ。当時の属州民には属州総督が気に食わない場合、皇帝に直訴する権利があった。それゆえ、ピラトゥスはこれを最も恐れており、属州民の機嫌取りをする必要性があった。だが、イエスの死後もユダヤ人の不満の声は収まらず、これが近隣のシリアに赴任していたシリア属州総督ルキウス・ウィッテリウスの耳に入った。ウィッテリウスはピラトゥスの上司で、この件を収めるため、ピラトゥスに皇帝ティベリウスのもとに赴き謝罪せよと命じた。だが、結局ピラトゥスは26年に就任してから約10年でユダヤ属州総督の役職から退き、36年にはウィッテリウスが後任としてその地位についた。この新しくユダヤに赴任してきたウィッテリウスには二人の息子がいたが、その一人アウルス・ウィッテリウスは後に皇帝に君臨する人物である。アウルスはネロ暗殺後の動乱で、皇帝の座を見事勝ち取った。だが、数ヶ月後には暗殺され、その地位はアフリカ属州総督だったフラウィウス・ウェスパシアヌスに取って代わられた。

本貨の図像に注目すると、表面に鳥占官(アウグル)が儀式で使用した先端が曲がった杖、「TIBEPIOY」という当時のローマ皇帝ティベリウスを示すギリシア文字が表されている。裏面には植物のリースと年号を示したギリシア文字が刻印されている。鳥占官は鳥の行動によって戦争の勝敗を占う役職だった。有名な鳥占官はガイウス・ユリウス・カエサルの副官だったマルクス・アントニウスだろう。彼らは鳥の餌の食べ方などを観察して吉凶を判断したという。

裏面のギリシア文字は「LIZ」と記されており、これは「ティベリウスの治世17年目」の意で、西暦に換算すると30年に相当する。この年代はちょうどイエスがピラトゥスによって処刑された頃と一致しており、それだけに本貨は資料的重要性を帯びている。

プルタ銅貨とは当時のユダヤ地方の最小額面であり、新約聖書の中では「貧しいやもめ(未亡人)」の話の中で登場する。このストーリーの中でイエスは弟子たちを集め、賽銭箱に献金する信者たちの様子を観察させた。そして、貧しいやもめがプルタ銅貨を2枚献金した姿を見て、彼女が最も神に愛されると説いた。金持ちがあり余った資産で献金するよりも、貧乏人がなけなしの生活費を全て投じて献金する方が遥かに信心深く、気高い行いと弟子たちに教えたのである。

とはいえ、実はイエスについては彼が男性だったこと以外は、ほとんどわかっていない。文献の数はあるものの、そのどれもが裏づけがはっきりとしてないからだ。だが、彼が高い教養を持つ者で、人を動かす言葉の力やカリスマ性を持っていたことは確かである。

*掲載コインは筆者私物を撮影。

Shelk 

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