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6000字超! 傑作の初回を徹底解剖『未来の国からはるばると』/ドラえもん初回特集⑤

年末年始を挟んで、藤子F先生の代表作「ドラえもん」の第一回目のお話をじっくりと検証してきた。

ここまで、幻の第一話という扱いだった「よいこ」「幼稚園」「小学一年生」「小学二年生」「小学三年生」の5誌の初回5作品を、4本の記事に分けて紹介・考察を行った。

これまでの記事は以下。


本稿では、「てんとう虫コミックス」第一巻の第一話のベースとなった「小学四年生」の初回について見ていく。今回は第0巻に収録されている雑誌掲載版を底本として、どのような部分が単行本化するときに加筆修正しているかなど検証してみたい。


『未来の国からはるばると』(初出:ドラえもんあらわれる)
「小学四年生」1970年1月号/大全集1巻

ここまで対象年齢の低い順に「ドラえもん」初回を読み進めてきたが、当然ながら徐々に内容は高度になってきている。

「よいこ」や「幼稚園」では、セワシ君が机の引き出しから飛び出して、いきなりドラえもんをあげると言い出す。「小学一年生」や「小学二年生」では、未来からやってきたという説明の上で、何をやってもダメなのび太を助けるためにドラえもんがやってきたとする。

「小学三年生」ではさらに一歩踏み込んで、何をやってもダメなのび太が、大人になって大きな借金を抱えて、セワシの代まで貧乏生活が続いている、というような説明も加えられた。

こうした内容の深化の先に、本稿で見ていく「小学四年生」版の初回が描かれているという点をまずは押さえておきたい。


冒頭の一コマ目。羽根つきの羽根と、どこかの門前での国旗の掲揚が描かれ、空には複数の凧が揚がっている。一目でお正月だとわかるシーンから本作は幕を開ける。さらにこの羽根つきが、後ほど「首つり」への伏線になっている点にも注目しておきたい。

二コマ目。主人公のび太が部屋で寝そべりながらお餅を手に取り、「のどかな正月だなあ、今年はいいことがありそうだ」と、満足気に呟いている。

部屋の様子をよく見ると、まず「オバQ」のコミックが開いてある。ドラえもんは、初期設定において、消えたり飛んだりできるドジなキャラクターというオバケのQ太郎と同じ特徴を持つのだが、それを示唆している、というのは考え過ぎだろうか。

また、皿にはお餅が2個残っている。このお餅は後ほどドラえもんがいきなり食べてしまうわけだが、その時にはなぜか餅の数が3個に増えている。さらに、珍しくストーブも置いてあるが、これは後に「火あぶり」に使用されることになる。

細かいところでは、見慣れない4脚の椅子が置いてあるが、これはすぐに一脚椅子に買い替えられたようである。


のび太の呟きを受けて、引き出しの中から声が聞こえてくる。曰く「いやあ、ろくなことがないね」と。正月早々縁起でもないこと言ってのけているが、続けざまに、具体的にこの後のび太を襲う悲劇を語る。

30分後首を吊る
40分後火あぶりになる

これが本当ならば、あと一時間以内に、のび太は二度死ぬことになりそうだ。


「誰だ変なことをいうやつは、出てこい」とのび太はキョロキョロするが、そこへ突然勉強机の引き出しが開いて、ドラえもんが「僕だけど」と言いながら姿を現す。

ちなみに単行本収録時には、このドラえもん登場のシーンの前に、「・・・誰もいない」という間を置くカットと、机の引き出しがゴトゴトするカットが追加されている。追加の目的は、テンポの調整であろうか。


ワッと驚いたのび太は、誰(WHO)、どこから来た(WHERE)、何しに(WHY)、どうしてこんなところから(HOW)と、立て続けに質問攻めにするのだが、ドラえもんは「そんなことどうでもいいじゃない」と全くそれに答えない。

ドラえもんは自分が来た目的をズバリ告げる。それは、のび太を恐ろしい運命から救いにきたのだという。

のび太は首吊りと火あぶりのことかと聞くと、それに対しても「そんなのたいしたことじゃない」と軽くいなして、「君は年取って死ぬまでロクな目に遭わないのだ」と、とてつもない呪いのような言葉を投げてくる。


「人の運命なんてわかるものか」とのび太は反論するが、「それがわかるんだ」と平然な表情を浮かべる。そして「どうしてわかるかというと」と理由を言いかけるのだが、急にのび太が食べていたお餅に視線が向かうドラえもん。

断りもなく「うまいものだなあ」と残りのお餅三個をぺろりと食べて、皿まで舐める。「生まれて初めて食べた」と喜び、そのまま引き出しの中へと戻っていく。

ここまで約3ページ弱だが、ここまで分かったことは、のび太が死ぬまでロクな目に遭わないので、ドラえもんがそれを助けに来た(らしい)ということだけだ。この時点では「ドラえもん」の名前もまだ明かされていないのである。


突然の出来事に、のび太は夢だったのだと思い込むようにする。ところが、続けてセワシ君が引き出しから登場し、やはり現実であることを直視させられる。

セワシはドラえもんが既に色々とのび太に来訪の理由を説明していると思い込み、一方的に語り出す。

・今日からドラえもんが面倒を見る
・ドラえもんもできの良いロボットではない
・おじいさん(のび太)は何をやらせてもダメ
・勉強、スポーツ、ジャンケンさえも勝ったことがない
・大人になってもロクな目に遭わない

6コマ使ってセワシは語り続けるが、この間、のび太はずっとポカンと口を開けた同じ表情のまま、呆気に取られている。


のび太は「おじいさん」とは誰のことかと尋ねる。そこへ、再びドラえもんが引き出しから頭を出して、合流してくる。ようやくここで自己紹介。セワシとドラえもんは、未来の世界からタイムマシンでやってきた、出口が机の中に開いてしまった、と。

そして、セワシがのび太の孫の孫だと説明する。すなわち、セワシから見れば、のび太はおじいさんのおじいさんということになる。ここでの未来の説明はやや大雑把だが、小学四年生の読者であれば意味を理解できると踏んでいるようだ。

しかし、小4ののび太は、未来の概念が理解できていない様子。

「僕はまだ子供だぞ。子供に孫があるものか」

と、少し幼稚な質問をしている。これを受けてドラえもんは、「頭悪いな」とバッサリ。


そこで、セワシが「未来」についての補足説明をするのだが、話は本筋に進まず、すぐに脱線する。

「のび太はいつかは大人になる」、「そして今から19年後にお嫁さんを貰う」・・・。この話の続きは、子供ができて、その子供がまた子供を産んで、やがてセワシが生まれる、というように流れていくはずが、「お嫁さん」というパワーワードにのび太が引っ掛かってしまう。

のび太は「お嫁さんとはしずちゃんじゃないのか」と、赤面しながら尋ねる。ところが、この答えはのび太にとって全く望まないものとなる。

「ジャイ子とか言ったっけな」

ジャイ子と聞いて、「ジャイアンの妹の?」と、のび太は衝撃を受けている。

ジャイ子は「小学三年生」初回でも姿を見せていたが、それほど目立ったキャラではなかった。兄のジャイアン共々存在感が薄かった。本作で始めてジャイアン兄妹にスポットが当たったことになる。


のび太はジャイ子と結婚すると聞いて、「あの子嫌い」と取り乱す。この取り乱すカットでは、なぜか眼鏡が無くなっている。騒ぎ立てるのび太に対して、アルバムを取り出して、のび太とジャイ子の結婚生活をビジュアルで示すドラえもん。

結婚式とその後の結婚生活2枚の合計3枚の記念写真だが、年を追うごとにのび太の生気が失われていき、代わりにジャイ子は巨大化して(太って)存在感たっぷりに。3枚目では、子供が6人写っている。子だくさんの家庭となるようである。

のび太がここでブチ切れ。ホウキを振り回して「帰れえ」と怒鳴り、セワシとドラえもんは引き出しの中へと逃げていく。「小学三年生」でも同様にセワシたちを追い出しているが、この時手にしていたのはバットだった。すこし穏やかな表現に変えたようである。


のび太はドラえもんたちが姿を消した後も、ホウキで机を叩き続ける。あまりに騒々しいので、パパとママが「どうした」と言って飛んでくる。のび太は泣きながら、たった今起きたことを説明するのだが、パパとママはそれを優しく受けとめる。

ママ→ 怖い夢を見たのね、かわいそうにおーよちよち。
パパ→ のび太はきっと幸せになれるよ
ママ→ 余計な心配しないで伸び伸び育ってね
パパ→ しかし大した空想力だ、漫画家になれば成功するかも

その後のママのガミガミ具合を考えると、隔世の感のある甘やかし方である。初期設定では、パパとママが甘やかして育てたので、のび太が自堕落になったということになっているらしい。


気分が晴れたのび太。しかし本当に夢だったのか。ドラえもんが最初に予言した「30分後の首吊り」まで、あと一分だと気がつき、のび太は自問自答する。

「今、僕は首を吊りたいか? 吊りたくない。吊りたくないもの吊るわけがない」

・・・やっぱり出鱈目だったのだ。これで本当に気分が晴れやかになるのび太であったが、しかし、悲劇はここから始まる・・。


窓の外から、大好きなしずちゃんが自分を呼ぶ声が聞こえてくる。窓を開くと下の道路でしずちゃんと、噂の結婚相手ジャイ子が羽根つきをしているのだが、羽根がのび太の家の二階の屋根に引っ掛かってしまったようである。

なお、本作の冒頭で羽根つきの描写があったが、これはどうやらしずちゃんたちの羽根つきだったようである。

「羽根を取ってほしい」ということで、のび太はソロリと窓から屋根に出て羽根に手を伸ばす。しかしその瞬間、ツルリと足を滑らせそのまま二階から落下。庭に生えていた木の枝に服が引っ掛かって、一階へ直接落ちることは免れたが、服で首を引っ張られて、あたかも首を吊っているような状態となる。

のび太の不幸を見てジャイ子は、

「やー、首つりだ、ガハハハ」

と、かなり感じが悪い。一応、主人公(のび太)が大嫌いだと言っている相手なので、読者にも共感してもらうようにジャイ子を酷く描いているようである。

のび太は思う、「30分後の首吊り」が当たったと。


しずちゃんが、「一緒に羽根つきをやらないか」と誘ってくれる。あまり得意ではないので、返事を渋っていると、ジャイ子がすかさず挑発してくる。「負けるに決まっているのに、誘っちゃ可哀想」と言うのである。

チキン呼ばわりされた男子は、大体これで火が付くもの。「落としたらスミだよ」と念を押されつつ、ジャイ子との羽子板勝負に挑むのび太。・・・が、次のコマでは顔がスミで真っ黒。秒で負けてしまったようである。


一回の負けで顔全体を塗られたことに腹を立てるのび太。将来ジャイ子と結婚すると予告されていたことを念頭に、

「お前なんか絶対にもらってやらないからな!!」

と、年下の女の子に対して、本気のダメ出しをしてしまう。

強気なジャイ子も不意に面罵されて、「ブジョクされたァ」と泣き出してしまう。妹思いのジャイアンが「誰だ泣かしたのは」と言って駆けつけてくるが、のび太はそそくさと家の中へと逃げてしまう。

ジャイアンの暴力性がやや垣間見れるシーンではあるが、ここではまだ妹思いの兄という性格付けに留まっているようにも思える。ジャイアンが強烈なキャラになるのは、もう少し先となりそうだ。

ちなみにこの兄妹は、鼻の形・色がそっくりに描写されており、初期では鼻の頭の色が赤くなっている。


のび太は続けて「40分後の火あぶり」が本当にならないかと気に病む。「いくらなんでもそれはない」と、自分に言い聞かせながら顔を洗いに風呂場に向かうと、転がっていた石鹸に足を滑らせ、そのまま湯舟の中へ・・・。

次のコマでは、のび太は部屋に戻って、体にタオルを巻きつけてストーブにあたっている。そして「これも一種の火あぶりだ!」ともう一個の予言も当たっていることに気がつく。作品冒頭で、珍しく部屋にストーブが置かれていたが、これは「火あぶり」の伏線であったのだ。

ちなみに、滑って風呂に突っ込むシーンの後、単行本ではママが駆けつけて、「早く着替えなさい」と声を掛けるカットが追加されている。これは雑誌におけるスペース(空欄・広告)コマを補うためである。


のび太はドラえもんが残していった未来のアルバムに気がつく。恐る恐るページめくると、のび太衝撃の近未来の出来事が写真として残されている。

・1978年(8年後)、大学入試落第なぐさめパーティ
・1988年(18年後)、父の会社を継ぐ
・1993年(25年後)、会社まる焼け記念
・1995年(27年後)、会社がつぶれ借金取り押しかけ記念

細かく突っ込んでいくと、まず大学入試落第記念パーティの写真では、まだ未成年のはずののび太に、ビールが注がれている。ノンアルビールだろうか? 

さらにこの写真では、のび太を囲むパパとママがとても優しい表情を浮かべている。いい年になるまで、ずっと両親がのび太を甘やかして育てていることが判明する一枚である。

約28歳で父の会社を継いでいるとなっているが、のび太のパパが会社の経営者だったという設定は、ここの一枚のみ。

ちなみにジャイ子と結婚するのは19年後とセワシ君が言っていたので、ちょうど社長となったばかりのタイミングのようだ。その一年後には会社が全焼してしまうわけで、ジャイ子も何かと苦労する人生のようである。

なお、「小学三年生」でものび太の悲惨な未来像が描写されていたが、少なからぬブラッシュアップが見られる。


のび太はお先真っ暗なアルバムを見て、「もうたくさんだ!!」と泣いてしまう。のび太が絶望したところで、ドラえもんとセワシが戻ってくる。のび太の残した借金が莫大で、100年経った子孫の代になっても返済できていないのだという。

そのせいで、セワシの家は貧乏で、今年のお年玉も50円だったと嘆くセワシ。どういう物価状況か不明だが、まあ、酷い低額なのだろう。

のび太は「生きるのが嫌になっちゃった」と部屋の床に水たまりを作るくらいに涙を流す。そして、散々貶めておきながら、ドラえもんたちは「そんなに気を落とすな、運命は変えることだってできる」と励ます。


ここでのび太は「ほんと!?」と顔を上げる。セワシたちは「僕らはそのために来たんだ」と胸を張る。まあ、実際のところは、セワシ自身のためでもあるのだが・・・。

初出では、この次にドラえもんが「付きっ切りで面倒を見てやるよ」と宣言するコマに続くのだが、単行本では、有名なタイムパラドックス回避の議論が、ここに挿入されている。

そして挿入されたコマは、『愛妻ジャイ子』という「小学三年生」の第二話目(70年2月)に掲載されたカットが使われている。この作品は、かなりの珍作で大好きなのだが、よって単行本未収録作品となっている。

本作の解説は既に記事化されているので、宜しければこちらも参照下さい。


のび太がドラえもんを受け入れ、これでセワシの目的第一段階はクリア。ホッとしたのか、帰る前に「20世紀の町を見物したい」と言い出す。

「早く帰らないとママがうるさい」ということでドラえもんは、「これで回ろう」と言ってタケコプターをポケットから取り出す。この作中では、まだ名前は「ヘリトンボ」と紹介されている。

付け方も自由で、セワシとドラえもんは背中に、のび太はお尻に付けて、窓から空へと飛び立っていく。

確かにタケコプターはどこに付けても効果は一緒だろうが、自分の手で装着するには頭の上がいいに決まっている。すぐに頭の上につけるという設定に固まったのは、そうした利便性によるところが大きいような気がする。


ドラえもんは「僕のすることに間違いはない、安心して僕に任せればいい」と、自信満々に、後ろを飛ぶのび太に語りかける。・・・が、のび太のズボンだけが空を飛んでいる。

ズボンが脱げて地上に落下したのび太。たんこぶを作りつつ、「あいつ、ほんとに頼りになるのかなあ」と不安を残すラストカットなのであった。

ドラえもんは、初期段階では頼りにならない割合が大きいキャタクター設定になっている。初回については、全6作品にといて同様の設定が強調されている。

連載開始からしばらくは、そうしたおっちょこちょいのキャラ強めのドラえもんが描かれていくが、僕はそれが好きで仕方がない。なので、藤子Fノートでも、初期ドラの解説・考察多めなのは、単純に好きだからなのである。



「ドラえもん」解説、隅から隅まで・・!


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