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ついにヨドバ氏のルーツが明らかに!『懐古の客』/ヨドバ氏カメラシリーズ⑦

藤子F先生の無類のカメラ好きは有名で、特に取材旅行の写真では、いつもカメラを片手にしている姿が残されている。

カメラ好きは当然作品にも影響を与えており、キャリア初期の短編からカメラが持ち物として描いている。さらに「ドラえもん」「キテレツ大百科」等でもカメラ型の不思議な道具をたくさん登場させている。

そして、大人向け短編のジャンルにおいても、カメラをモチーフにした連作が描かれている。これが(一部で)有名なヨドバ氏のカメラシリーズである。(夢カメラシリーズとも言われる)


藤子Fノートでは、全9作の内、6作までを記事化している。その中で繰り返し書いているが、「ドラえもん」に出てきそうなアイテムが、大人の手に渡ることで、まるで「ドラえもん」とは異なる展開を見せる点が、本シリーズの最大の特徴となる。

下記にこれまでの記事のリンクを貼っておくので、是非興味のあるものから読んでいただけますと幸いです・・。


これまでのシリーズでは、どこからかやってきた謎の男・ヨドバ氏が、持ち歩いていたカメラを売って歩くというスキームになっている。しかしヨドバ氏の素性はこれまではっきりとは描かれていなかった。

今回、7作目にしてついにヨドバ氏がなぜ、不思議なカメラを売って暮らしてかなくてはならないのか、などが明らかになる。その意味でエピソード0というよう位置付けとなるだろう。

また、これまでのシリーズにおいては、ヨドバ氏は主人公というよりは、話のきっかけに過ぎない存在だった。狂言回しの役回りであった。しかし、本作はほぼ主人公として描かれている。その点も新鮮な作品である。


『懐古の客』「ビックコミック」1982年8月10日号/大全集2巻

それでは興味津々のヨドバ氏の来歴を追っていこう。

まず本作のもう一人の主人公をご紹介。名前は太見、職業は漫画家(ただし駆け出し)。トキワ荘っぽい外見のアパート(築40年)に住んでおり、かなり家賃の低そうだがその支払いが滞っている。

普段の食事も満足ではないようで、ヨドバ氏からお金を貰ってその第一声が「これで昼飯が食える」であった。


本作のタイトルとなっている懐古の客とは、おそらく未来からタイムトラベルに来たヨドバ氏のことで、彼は古き良き現代(昭和)の暮らしを見て、いちいちオーバーに感動する。

冒頭はそれに対応する形で、太見の友人のカメラマンが文明とは無縁の未開の地の撮影をしてきたところから始まる。未来の文明人が、現代人の生活を懐古し、現代人が過去の文明開化前の種族の暮らしを懐古するという二重構造となっている。


カメラマンの友人は、締切に追われている太見に言う。

「時間に追いまくられている毎日があほらしくなっちゃうぞ」

と。彼は「文化果つるところ」に行き、そこで暮らす人々を見て、真の人間らしい人間だったと懐古する。太見も写真を見て、「実にいい顔」だと認めざるを得ないのであった。

そうした文化果つる体験をした結果、「我々日本人の生きざまを反省させられる毎日だった」としみじみ語るのだが、カメラマンはふと腕時計を見ると、「もうこんな時間!!」と言って飛び上がる。

何のことはない。つい数分前に「時間に追いまくられてはいけない」といったことを言っておきながら、その舌の根も乾かぬうちに写真を出版社に届けなきゃ、と慌てて出て行ってしまう。

この導入場面はあまり意味が無いように見えるが、懐古しているのは、その特殊空間にいる時だけで、普段の日常に戻ると、思考も元通りになるという皮肉が込めらている。

そしてこの皮肉な流れは、本作のラストシーンでもう一度繰り返される仕掛けとなっているのである。


さて、カメラマンを送ったあと、太見が部屋に戻ると、見ず知らずの男性が勝手に入り込んでいて、何やら感動の雄叫びをあげている。

「なんと素晴らしい住居だろう!! このそっくり返った天井板!崩れかれた泥壁、真っ赤に焼けケバだって、踏めばブヨンブヨンの畳!!」

素晴らしいとか言っておきながら、何やら悪口を言っているようにも聞こえる。ともかくも、聞いていただが目にするの初めての物事に、いたく感動しているようなのだ。これはまさに、未開の地を踏んだカメラマンの友人と同じ思考パターンである。


急に現れて大騒ぎを始める男に、いい加減にしろと太見が怒ると、その顔をみて「なんといい顔だろう。典型的初期文明人。原始の面影を残している!」と喜ぶ。

ここでようやく男が自己紹介を始める。シリーズの読者にとっても、初めて聞く情報が詰まっているので、以下に箇条書きしておく。

・カメラのセールスをやっているヨドバ
・タイムトラベルビューローのパック旅行プラン「グッドオールドデイズ」一週間で来た
・パックといっても、現地到着後の行動はフリー
・時代色溢れる宿を条件に斡旋を頼んだら、太見の部屋を紹介された

話を総合すると、普段はカメラのセールスをしているヨドバは、未来から古き良き時代(現代)へと旅行してきたということである。これまでのシリーズで異世界からやってきた人間ということは分かっていたが、旅行がきっかけであったことが初めて判明する。

ではなぜ、その後も現代に居残り、苦労してカメラのセールスをしていたのか・・。その謎は、本作ラストで明らかとなる。


まるで一方的に自分の部屋を民宿代わりにすると聞かされ、堪忍袋の緒が切れる太見。ところが部屋から追い出しても「メビウスイフェクト」で舞い戻ってくるし、バットで叩いても「パーソナルバリヤー」を使っているのでビクともしない。

ヨドバ氏曰く、未来のガイドブックには、「古代人(=私たち)はタイムトラベルを信じないので、多少の抵抗は無視して思うままに行動すべし」と記載されているようだ。

しかしタダではないようで、ヨドバ氏は滞在期間である7日間分の宿・食事代は支払うという。ところが財布から取り出した紙幣は、未来チックなデザイン。

そこでヨドバ氏は、通信機のようなもので添乗員を呼び出すと、部屋の中にタイムホールが開いて、中から小池さんそっくりの未来添乗員が現れる。どうやらヨドバ氏は出発前の両替を怠っていたようである。

そして小池さん添乗員は、ヨドバ氏に対して、

「七日後の集合場所と時間、忘れないで下さいよ。一秒でも過ぎるとチャンネル塞がっちゃいますからね」

と念を押す。


ここでのやりとりで、二つの伏線が張られている。一つはヨドバ氏が、両替を怠るようないい加減な旅行者であること。もう一つがこの旅行は7日間で、集合場所に行かないと帰れなくなってしまうという事実が明らかとなることである。

まあ、勘の良い方であれば、ヨドバ氏がいい加減な性格が引き金となって、七日後に帰れなくなってしまうという終わり方であると予測できるだろう。


宿代は6泊2食付きで20万が太見に支払われる。これで昼飯が食えると喜んだ太見。彼は家賃も滞納していて、これで大家に先月分を収めることができる。

ところが家賃を受け取っても、大家さんは喜ばない。大家が言うには、太見の住むボロアパートは、早く壊して駐車場にしたいので、早く出ていってもらいたいという意向があるという。

太見にしてみればここより高いアパートでは暮らしていけないので、やすやすと引っ越しはできない。それを聞いて大家さんは「居住権を主張して居座る気か」と声を荒らげるのであった。

ここも後の伏線ともなる事実が出てくる要チェックポイントである。既にこのアパートに住んでいるのか太見のみ。逆に言えば、彼が出て行ってしまえば、ここは取り壊しされてしまうということである。


さて、ヨドバ氏から見た古代の世界は、新鮮なことばかり。彼の喜ぶポイントを箇条書きにしてみると・・・

・買い物は自動販売店ではなく、人間のふれあいがある
・扉は自動ドアではない
・汲み取り式のトイレには、人間の生きる証がある
・コロッケには本物の肉を使っている(合成ではない)
・パンも野菜も土壌栽培物という贅沢品
・白熱電灯は博物館で見て以来
・布団、蚊、南京虫などで大興奮

総じて、「人間が真に人間らしく自然と調和して生きる姿がここにあった!!」と大興奮して眠りにつくのであった。

この興奮っぷりは、作品導入部で原始人の暮らしを見て喜んでいたカメラマンと一緒である。


さてここで追加情報。ヨドバ氏のような時間旅行者は他にもいるのだろうか。太見が尋ねると、今はブームで年間何百万もの人間が過去を訪れているという。

それほど多くの未来人が来ているなら、もう少し騒ぎになりそうなものだが、記憶を消去できる仕組みがあるらしく、未来人と別れたら5分後にはケロッと忘れてしまうのだという。ここもラストへの伏線部分である。


さて、ここからは、これまでの伏線を回収するとともに、急転直下のラストへと転がり込んでいく。

あれほど現代の生活を堪能していたヨドバ氏だったが、翌日全身を真っ赤に腫らせて、高熱出してしまう。太見が救急車を呼んで病院に運ばせると、食中毒と虫刺されとおたふく風邪の合併症と診断される。

ヨドバ氏は雑菌等に対する抵抗力が皆無で、症状が極端に重く、生命も危ない事態に陥ってしまう。太見は、ヨドバ氏は出発前の予防注射を怠ったのでは、と予測をつける。

さらに、記憶消去の仕組みが働いて、太見はヨドバ氏のことをすっかり忘れて、締め切り間近の漫画に取り掛かる。さらに太見は大家から立ち退き料を提示されて、アパートを出ることになり、すぐに取り壊されてしまう。


ヨドバ氏は死線をさ迷うこと1ケ月。奇跡的に命を取り留めたが、げっそりと痩せこけてしまい、未来へ帰る集合場所へもたどり着けず、太見のアパートもすっかり跡形がない。

あれほど興奮して、人間らしく生きる暮らしがある、というようなことを言っていたヨドバ氏だったが、一人この世界に取り残されて、大いなる絶望を感じる。曰く、

「帰る当てもなく、金もなく、この身の毛もよだつ蛮地で、私はこれからどうやって生きていけばいいのだろうか・・・」

ひと時の旅行だからこそ、昔の暮らしを絶賛できたのであって、そこで本式に暮らすとなると、事情が違うのだ。

「懐古の客」というタイトルに込められた皮肉に気が付くラストシーンであると言えよう。


・・・ただし、既に6作品のヨドバ氏の活躍を知っている読者は、こう思うはず。ヨドバ氏は、そんな蛮地において、セールスマンのテクニックを駆使して、生き残ることができているよ、と。



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