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恋の目利きにお役立ち『値ぶみカメラ』/ヨドバ氏カメラシリーズ③

鳥山あきら先生の「ドラゴンボール」は今でも新作映画が作られるようなご長寿人気コンテンツだが、僕が記憶する中で最も盛り上がったのは、「サイヤ人」が登場して「スカウター」という戦闘力を計測できる機器が使われた時だったように思う。

最初は戦闘力1000でスゲエとか思わせておきながら、すぐにフリーザが50万以上だという設定が出てきて、そのハイパーインフレーションぶりが読者の心を鷲掴みにしたのだった。


・・・と、なぜそんな話から始めたのかと言えば、人間、目に見えない数字を可視化することに、何かしらのロマンを感じるからだ。 

ドラゴンボールにおける戦闘力という指数は、敵の強さや自分の成長が一目瞭然となる発明だった。バトル漫画において重要な数字(=戦闘力)が見える化されたのだった。(似たような例に「キン肉マン」の超人パワーというものもある)


そして本稿で取り上げるのは、そんな普通にしていれば見えない数値がわかってしまうカメラのお話である。あまりロマンを感じさせない始まり方だが、最終的にはロマンティックなラストを迎えることになる。


『値ぶみカメラ』
「ビックコミック」1981年10月25日号

本作は「カメラシリーズ」の第三弾。大人がひみつ道具(カメラ)を入手したらどうなるか、という連作である。

本作の主人公はカメラマン志望の女の子・竹子。家業は骨董書画「古色堂」という骨董商を代々営んでいる。竹子の父親である古色堂の店主は、ムコ養子として家を継いだが、さっぱり目利きが利かないらしく、経営状況は芳しく無さそうだ。

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竹子は野鳥撮影をメインに活動しており、写真集を出そうという計画があるらしい。しかし店も手伝わず、定食にも就かず、女性らしい格好で出歩かない竹子に対して、母親はガミガミ小言を言う。

そんな母親に、父親は「嫁に行くまで好きなことをさせてやれば」と口を出すが、「あんたがそんなに甘いから」と反撃を食らってすぐに謝ってしまう。完全に尻に敷かれた関係にあるようだ。


ところがそんな竹子に近づいてくる男性がいる。倉金という青年実業家で、「毛並みも実力もいうことなし」と、竹子は評している。

倉金は竹子をドライブデートに誘いにくるが、その流れで父親が紹介した青磁のツボを購入する。親への目配せも完璧で、特に母親はすっかり倉金を気に入っている様子。あわよくば玉の輿、という魂胆である。

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竹子は倉金が自分に夢中ということをわかりつつ、どういう訳か、倉金を避けてしまう。そして向かう先は、野鳥撮影。

撮影現場では一人の男と合流する。フリーカメラマンの宇達である。宇達は竹子から倉金の話を聞いて、そんな男は今に愛人作って脱税して倒産するので、竹子は「自分が貰ってやる」と軽口を叩く。二人は一応付き合っているのである。


竹子は二人で食っていける月収があるのかと聞くと、力なく「今のところは食えない」と答える。そして、宇達は、読者も思っている疑問を話題にする。

貧乏な恋人がいて、そこへお金持ちが求愛してくる。それはまるで安物のメロドラマだが、なぜハンサムな金持ちが竹子のような女性を好きになったのか、不自然ではないのかと。

物語としても説得力に欠ける設定なのだが、読者が疑問に思ったところで、作中の登場人物たちにその疑問を言わせてしまうというやり方である。「タデ食う虫も好き好き」と説明にならない説明をしておいて、この件は一応クリアというわけだ。

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古色堂に一人の男が珍品を持って現れる。それが、「カメラシリーズ」の狂言回しとなるヨドバ氏である。父親には相手にされなかったが、竹子は珍しいカメラと聞いて、詳しく教えて欲しいと自分の部屋にこっそり通す。

今回ヨドバ氏が紹介するのは「値踏みカメラ」という、被写体の様々な値打ちを数値化してくれる高度な技術力を誇るカメラ。

例えば、「値踏みカメラ」で竹子の使っているカメラを写す。出てきた写真には、裏側に4つのドットが付いていて、それらを押すと、様々な側面から被写体の価値(値段)を示して出す。

左上のドット=「本価」・・・カメラを単なる物体とみての原材料費
右上のドット=「市価」・・・カメラの正札価格
左下のドット=「産価」・・・将来カメラが生み出す利益
右下のドット=「??」

あらゆる時代のあらゆる価値観に対応しているらしい。なお、「産価」は0円と表示され、竹子のカメラでは一枚も売れる写真は撮れないようだ。

最後、右下のドットの説明をしようとしたところで、竹子の母親が部屋に入ってきて、ヨドバ氏はカメラを置いて逃げ出してしまう。

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さて、竹子と倉金の恋の行方に焦点が移る。

玉の輿に乗りたい母親は、倉金を強く推す。「女の一生は男次第、カスを掴むと自分みたいになる」と、夫をカス呼ばわりして説得に回る。

一方の父親は、「母さんが何を言おうが、本当に好きな人の所へ行くんだ」と忠告する。竹子は「好きだけじゃ暮らしていけないと思う」と心配を口にすると、

「よーく目を見開いて人物を見るんだ。わしなんかしょっちゅう目利き違いばかりしているが、最大の目利き違いは・・・いや。よそう」

人物本位の選択をするべきだと助言する。最後、口を濁していた部分には、悲哀を覚えるが・・。

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別の日、父親に江戸前期の赤絵の皿が持ち込まれる。相手は急ぎ現金が必要となったので、破格で譲りたいという。目利きのセンスのない父親はこの話に乗りかかるが、竹子が「値踏みカメラ」で皿を写して「市価」を確かめて、これが真っ赤なニセモノだと見破る。

娘の言う事が信じられない父親だったが、そこへ倉金が現われ、皿を精巧なイミテーションだと感想を述べる。

古物の知識があるのか、竹子の言う事を信じたのかはわからないが、倉金は「ちょうど国立博物館の友人がいるので鑑定してもらいましょう」とハッタリをかけると、皿を持ち込んだ男は慌てて逃げ出していく。


この流れで、倉金は竹子をコンサートデートに連れていく。デート中に僕の妻になってくれるね、と自信満々にプロポーズをして、今晩中にはっきりと返事をくれるよう強引に迫る。

竹子は「値踏みカメラ」で倉金を写す。
「本価」は安い。脂肪や炭素の集合体である人間の製造原価は、そんなもの。
「市価」は着ているものが高級品なので高い。
「産価」はなんと32億を超える金額。一生の稼ぎはとんでもない額となる。

そこへ宇達が現れる。「ねるとん」の「ちょっとまった~」である。古くて恐縮。

竹子は宇達を「値踏みカメラ」で撮る。
「本価」は倉金よりさらに安い。体格が貧弱なようだ。
「産価」は金額は明示されてなかったが、倉金と比べ物にならないくらい安いらしい。

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今度はそこへヨドバ氏が合流してくる。カメラの代金100万を貰うために、竹子を探していたようだ。100万と聞いてこんなものは要らないとカメラを投げつける竹子。ヨドバ氏はいつものように、10万、1万と値切っていく

そして、説明できていなかった4つ目のドットについて解説する。それは「自価」という機能で、被写体の自分にとっての金額を主観的に表示するものだという。

竹子が撮った二人の「自価」はいくらだったのか? 竹子は「自価」を確かめることもなく、倉金と宇達の近くへと近づいていく。どちらを選ぶのか??


そして彼女が抱きついたのは、貧乏生活が約束された宇達であった。倉金も宇達も「信じられない」と声を上げる。それほどに意外な選択なのだ。

竹子も、「自分も信じられないがこれしかない」と確信をする。ヨドバ氏の手にある宇達の写真の自価は、ケタが大きすぎていつまで経っても表示が終わらない。

竹子は結婚相手の選択を迫られた時に、値踏みカメラの「スカウター」に頼らず、自分自身で自分にとってのベストなチョイスをする。本当の目利き力を持っていたのは、竹子だったのだ。

「玉の輿を捨てて真実の恋に生きる・・・。絵に書いたみたいな結末ね」

と抱き合う二人と、ヤレヤレと力なくその場を立ち去っていくヨドバ氏なのであった。

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「ドラコンボール」では、ベジータがスカウターをある時点で捨ててしまう。戦闘力は機械ではな「気」で感じ取るものだと理解したからである。

「値踏みカメラ」は目利きを必要とする者には便利な道具だが、結局のところ、自分にとっての価値は、きちんと自分と向き合って見出していかなくてはならないのだ。

結論:大人は「値踏みカメラ」を必要としない


異色短編は全作記事化を目指しています!


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