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勘違いしないでください、これは大人の『夢カメラ』/ヨドバ氏カメラシリーズ⑤

ご存じの通り藤子F先生は子供向けの漫画を量産した作家だが、異色SF短編など、いくつかの作品では大人向け、青年向けにも描いている。

子供向け作品で、藤子先生がよく使うフォーマットとしては、「ドラえもん」や「キテレツ大百科」に代表される、不思議な道具を子供に与えて、その結果どうなっていくのか見ていくお話のパターンがある。

このフォーマットを大人向けに作ったらどうなるのか。そう考えて作られた作品が、ヨドバ氏のカメラシリーズである。(と僕は考えている)


大人に「ドラえもん」に出てくるようなひみつ道具を与えた場合に、何が起こるのか、どんなことをするのか、という思考実験がカメラシリーズなのではないか、ということだ。

そして、カメラシリーズにおけるヨドバ氏は、基本的に狂言回しの役割であり、「ドラえもん」におけるドラえもんだ。各話の主人公は大人になったのび太である。ただし、各話それぞれ違ったバックグラウンドがあり、置かれた環境があり、交際関係がある。


全9話あるカメラシリーズだが、これまで4作品について考察記事を書き終えた。下記の記事から、他の作品なども読んでいただけると幸いである。



『夢カメラ』「ビックコミック」1982年3月号

本作はカメラシリーズの第5作目。80年代に月曜ドラマランドなどで「藤子不二雄の夢カメラ」と題された実写ドラマがあったので、本作のタイトル名は案外知られている。

しかしこの実写ドラマは、漫画原作をあまり使わずに、ほぼオリジナルな作品が多かったと記憶している。しかも基本的に若年層向けのアイドル作品ばかりで、実際の大人向けのアダルトなドラマとはまるで印象が異なる。

「夢カメラ」という夢のあるようなタイトルだが、それはあくまで大人の夢であることを忘れてはいけない・・。


本作の主人公は、普通のしがないサラリーマン。特に名前が出てこないので、本稿では会社での役職から「係長」と呼ぶことにする。

とある深夜、この係長が急に高らかに笑いだす。びっくりした妻が、係長を起こす。すると、何かすごく楽しい夢を見ていたらしい。目覚めるとすっかり忘れていて、思い出せずに残念がる。妻はそんな夫を見てバカバカしいと言って眠りにつく。

翌朝、係長は今月のお小遣いと言って500円を渡される。もう少し何とかならないかと愚痴ると、お弁当持たせているのだから十分というつれないお返事。この小遣いのやり取りは、ラストに繋がる部分なので、押さえておきたい。

ちなみにサラリーマンの一般的なお小遣いの金額について検索してみると、新生銀行発表の「サラリーマンのお小遣い調査」によれば、本作発表時の1982年では月額34,000円ほどとある。係長の貰っている金額は平均の7分の1程度なので、確かに納得はいかないところだろう。

さらにちなみに同じ発表データによると、2021年は38,710円で、40年前とほとんど変化が見られない。サラリーマンはいつまでも、こんな待遇なのだ。


係長が出社すると、見た目に可愛らしい女性がお茶を出してくれる。そこで係長は、昨晩の夢は、この子が出てきたのだと思い出す。

この女性は係長のことを信頼しているらしく、この日もプライベートの相談に乗って欲しいと申し出る。さっそく昼休みに話を聞くと、交際を求められている男の話であった。係長はその男には誠実さが感じられないとアドバイス。すると女性は、意見を受け入れて、次の誘いは断るという。

この女性は、係長に対して、気軽に話せるお兄さんのように思えて、つい甘えちゃうと告げる。「君のような美人が妹とは光栄だ」と返す係長。今どき異性の上司に恋人の相談などする女性はいないかと思うが、もしいた場合には、この係長のように夢に見てしまうのも仕方がなかろう。。


ウキウキと帰宅する係長。こうなると昨晩見た夢が気になる次第。ところがこの夜は、笑い声ではなく、苦しそうな唸り声を上げる係長。昨晩と打って変わって悪夢を見てうなされたである。

妻に起こされ、そのままトイレに行くと、廊下の先に見知らぬ男が立っている。「君は・・」と声を出すと、それを制して、

「誰だとかどこから入ったとか、そんな月並みな問答は省いてズバリ本題に入りましょう」

と男は告げつつ、素晴らしいカメラを売りたいと申し出る。所かまわずカメラのセールスをする男と言えば、そう、お馴染みのアキバ氏である。


今回夜中に現れたのは意味があって、カメラの性能を信じてもらうために、実演の必要があったから。そして、いつもの風呂敷から取り出したのは「ユメカメラ」。夢を撮影できる代物だと言うが、係長は俄かに信じることができない。

そこでヨドバ氏が「先ほどのユメです」と言って1枚の写真を見せてくる。写っているのは、大蛇の体と妻の頭を持った怪物が、自分と部下の女性に向かって炎を吹いている恐ろしい光景。「これだ!」と係長。


場所を変えて、二階の自室で詳しい説明を聞くことに。まずいつものヨドバ氏のユメカメラの仕組み説明から入る。

「そもそも人間の思考というのは、脳細胞間を流れる電流の働きでありまして、ユメといえども例外ではないのです。で、これをいかにして外部から・・・」

と、ここで係長は、「理屈はいいよ」と話を止める。

一応のSF的設定を語るのがF流であるし、最終的に科学的な辻褄合わせまでは語らないのもF流なのである。


カメラの使い方は簡単。被写体に向けてシャッターを押すだけ。セルフタイマーで自分のユメも撮影できる。ユメを見なければシャッターは切られない。

そして気になるお値段は・・・、なんと100万円! 月のお小遣いが500円の係長には全く手が出ない価格帯である。

それを聞いて猛抗議する係長。いつものヨドバ氏であれば、迫力に押されて少しずつ提示額を下げていくところだが、本日は一味違う。

「いーや、絶対にまけません! いつも値切られて孫ばっかりしてるんだ。人の弱みにつけこんで。今度という今度はもう・・・生活かかってるんだからね!!」

さすがに5回目のセールスということで、これまでの苦渋から、下手に値切ってはならないという学びを得たようである。ただ、これまでも人の弱みにつけこんで値切ってくる人はいなかったはずで、ヨドバ氏の被害妄想は強まっているようだ。

あなたは必ず買います、二三日後に来ますと言って、カメラを置いて、いつものように窓から出ていくヨドバ氏。


係長は要らないといいつつ、次の日から試用する。寝ている犬は野原を駆け巡るユメ。電車内のおじさんは、ゴルフコンペで優勝するユメ。セリフが漫画のように写る仕組みのようである。

そしてその晩、セルフタイマー機能を使って、自分のユメを撮影することに。翌朝確認すると、何枚も写真が撮れている。果たしてどんな写真なのか、係長が手に取るとビックリ仰天。

例の部下の女性から誘われるようにホテルに入り、後悔しないという返事をもらいつつ、二人でベッドイン。女性は「係長さんはやくう」などとねだっている。

まるでそれは、隠しカメラで写された不倫現場の目撃写真。妻に見つかったら一大事と、急いで隠すのだが、不用意に一枚パラリと落としてしまう。

係長が出社後、妻はその落ちている写真を見つけて拾う。それは、ホテルに連れ立っていく瞬間の二人が映った写真であった。

帰宅してきた係長を捕まえて、大激怒の妻。ユメカメラの説明をしようとするのだが、「何をユメみたいなこと言ってるんですか」と全く取り合ってもらえない。「くやしーい!!」と、バリバリバリと引っ掛かれる係長。


その晩、「良いタイミング」ということでヨドバ氏が姿を見せる。ユメカメラのせいで大迷惑だと抗議する係長に、「見たのはあんたでしょうが」と冷たいひと言。そして畳みかけるように・・

「あんたは確かに真面目人間だけど、千税的意識はこれはまた別物なんだから。ユメは解放区治外法権。カタルシスの世界です。人間だもの」

と落ち込む係長を慰める(?)ヨドバ氏であった。

まあ確かに夢の中(もしくは頭の中)だけは、どんなことをしても考えても、誰にも文句を言われる筋合いはない。内心の自由という言葉もある。何かの形で外側に表現するまでは、何を考えてもいいのが人間なのである。


ところが、そんな夢想を写真に撮られて、離婚の危機に陥ってしまう係長。満点女房ではないけれどお互い様。実際に、部下の女性と結ばれようなどとは思わない男なのである。

ヨドバ氏はカメラを100万で買うなら、夫婦円満に役立つ素敵なオマケを付けると言い出す。さらに、係長の実家が山林地主であることも突き止めてあり、オヤジさんに泣きつけば100万も工面できるはずと付け加える。

ヨドバ氏はこの世界に流れ着いて5台目のカメラセールスということで、さすがに手慣れた様子が伺える。


深夜。二階の自室で寝ている係長。そこへ妻が忍び込み、半信半疑だが「ユメカメラ」を夫に対して使ってみる。すると、夫が女性に連れられてホテルに入っていく写真の、続きの写真が映し出される。

・部下に対して「僕には愛する妻がいる」と胸を張る写真
・食い下がる女性に「死んでも妻を裏切らない」と押し返す写真
・「自分を大切にしなさい」と言って立ち去っていく写真


この写真を見て、すっかり気が収まる妻。翌朝、夫に臨時のお小遣いとして1000円札を手渡す。「ユメなんかで怒ってごめんなさい」としおらしい態度である。

ここでネタバラシ。ヨドバ氏がオマケしてくれたのは、「ドリーミン」という筋書き通りの夢を見ることのできる睡眠薬であった。係長は、今晩もこれを使って「解放区」で思う存分遊ぼうと考える。

「登場人物はやはり、僕と彼女で・・・」


子供のお話であれば、ユメカメラでの写真は、スーパーヒーローになったり、アイドルと話せたり、というところであろう。ところが大人の世界では、部下の可愛い女性とホテルでHということになる。・・・全く違う。

子供の夢もサラリーマンの夢も、等しくきちんと叶えてあげるのが藤子F流なのだ。



「SF異色短編」の考察をしています。


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