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定年後の「大事業」『ミニチュア製造カメラ』/ヨドバ氏カメラシリーズ②

カメラ好きだった藤子F先生は、「ドラえもん」などのSF(すこし不思議)作品にカメラをモチーフにした作品を数多く執筆している。アイディア的にはほぼやり尽くしているように思える。

しかし、そのカメラを使う人を子供から大人に変えた時に何が起きるのか。藤子先生の中で、そのような発想が異色SF短編には込められているような気がする。


ヨドバ氏のカメラシリーズという連作が9作品あって、そのどれもが大人が「ひみつ道具」のようなものを手に入れた時にどうなるか、というある種の実験的な要素がある。

前回の記事では、記念すべき第一作目について取り上げ、考察した。この時は、「タイムカメラ」という過去を写せるカメラが主題だったが、主人公の男は最終的に強請(ゆす)りに使用していた。

もちろん、いやな感じには描いていないし、ポラロイドも使い切ってしまったので、もう使うことができなくなったと思われる。


さて、続けて2作目を見ていこう。

『ミニュチュア製造カメラ』
「ビックコミック」1981年9月25日号/大全集2巻

どこかで聞いたことのあるタイトルと思った方は、藤子通

本作では、「ドラえもん」で合計三回登場した「(ポラロイド)インスタントミニチュア製造カメラ」をそのまま流用させているのである。

以下の記事でも触れているが、ジオラマ好きでもあった藤子先生の、本当に欲しかったひみつ道具だったのではないかと考えられる。


本作の主人公は元会社の経営者で引退したばかりの男性。後継者となる人物から「会長」と呼ばれていることから、最近まで会長職にあったものと思われる。

「会長一人の力で会社が発展した」と言われているので、創業者か、中興の祖にあたる人物だったと思われる。後継者の男に「君たちに任せておけば安心」と答えているので、株も所有する創業者の可能性が高そうだ。

50年働きづめと言っているので、おそらく70歳過ぎくらいだろう。郊外に隠居を作り今後は悠々自適に暮らすつもりなのだという。

この後、娘と孫が登場するので、結婚もして子供も育てて、という経歴だろうが、今は奥さんはいないらしい。娘から「再婚しても遺産の分け前で文句を言わない」という話題が出ているので、奥さんは死別していものと思われる。

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おそらく仕事一本だったのだろう。娘から「無趣味人間」と言われている。なので、後継者が家から帰った後は、何をするでもなく部屋で寝転んだりしている。

そんな暇を持て余していた元会長の家に、あの男が訪問してくる。本シリーズの導入役の「ヨドバ氏」である。前回の『タイムカメラ』で遠くの世界から旅行に来て添乗員とはぐれたということだけが明らかになっていたが、本作で少しだけ情報が追加される。

ヨドバ氏と男性との会話の中で、旅行にも商売道具であるカメラの見本を持ってきていたことがわかる。『タイムカメラ』では、見たこともない図柄の札束を持っていたが、それを使うのはもう諦めて、カメラを売り歩いて糊口を凌ごうと決めたたらしい。

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前回、倒れているところを情けで救ってもらったという成功体験があったのか、ヨドバ氏は最初、会長宅を外からきちんと物色して、家に入ってきて、玄関口で倒れ込んでいる。計画的なパフォーマンスような気がする。

家を守る家政婦さんには、押し売りお断りだと、拒否られていたが、金と暇を持て余している元会長は、ヨドバ氏の話を聞いてあげることにする。


ヨドバ氏は『ミニュチュア製造カメラ』について、強いて言えば「実体カメラ」だとして、簡単に原理を説明すると言うのだが、それでもさっぱり理解できない。

挙句、一億円を提示して、元会長を仰天させる。「帰れ」と言われ、たまらず提示額を下げていくヨドバ氏。1000万、100万、10万ときて、最後は1万円でも・・・という見事なまでのたたき売り

すがりつかれ、結局10万円で買ってあげることに。最終的1万円を提示されておきながら、10万円を払おうというのだから、なかなかの太っ腹なのである。

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娘と孫が帰った後、高台に登ってさっそく『ミニュチュア製造カメラ』を使ってみる。すると普通の写真が出てきたかと思うと、立体的に構造物が膨らむ。あまりの精巧さに、すっかり感心する元会長。

ここから、色々と撮影を試しながら、このカメラの仕組みが説明されていく。「ドラえもん」ではあえて説明しなかった部分にもきちんと触れており、さすがは大人向け作品と言ったところだろうか。


仕組みを列挙しておこう。

・ファインダーの中央にきた構造物だけを写し取って他を切り捨てる
・木とか人間とか生きているものは写らない
・土地や川など取り留めなく広がるものは写らない
・構造物は配線もしてあって電気も付くし、ガス水道も完備
・撮った瞬間の家の中を正確に写し出す


元会長はかつての取引先だった高根建設から、自宅の周囲の航空写真を譲ってもらい、このカメラを使ってミニチュアの町作りをしようと考える。無趣味人間だった男の初めのプライベートな「大事業」である。

カメラで作った構造物だけではなく、新聞紙やプラスターなども駆使して、詳細に町並みを組み立てていく。航空写真だけではなく、実際に普通のカメラで町を取って、ミニチュア作りの資料にしていく。

ミニチュア作りは藤子先生も実際にされていたようなので、かなり精密な作り方が描かれる。元会長の作業風景を通じて、藤子先生のワクワクが伝わってくるようである。

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家政婦さんに、途中まで作りあげたミニチュアを自慢する。あまりの精密さに驚く家政婦さん。すると、一軒の家を指して、このお宅お気の毒なんですよ、と気になることを言い出す。

この家では、夫と子供が交通事故に遭って、奥さんひとりが取り残されてしまったのだという。元会長が町の写真を撮っている時に、女性が家の中で一人涙していたのだが、そういう理由があったのだ。

気になった元会長は、翌日その家を見に行く。すると、真昼間から雨戸を閉め切っており、何だか妙な雰囲気である。

そこで『ミニュチュア製造カメラ』で未亡人の家を撮り、中を覗いてみるとどの部屋もきちんと片付けられており、テーブルには睡眠薬と書き途中の遺書が置かれている。今、この瞬間を切り取るカメラなので、今まさに遺書を書いている最中なのだ。


慌てて、未亡人の家へと向かう元会長。老体に鞭打ってドアに体をぶつけて破り、中へと入っていく。すると、今まさに睡眠薬を手に取って自殺をしようとしていている奥さんを発見する。

「やめろ!!」と睡眠薬を取り上げ、驚く女性に、自分の身元を説明していく元会長。

「何か力になれることがあったら・・・」

元会長は、偶然始めたばかりの趣味によって、一人の女性の命を救ったのであった。

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結論:大人は「ミニチュア製造カメラ」を人助けに使う


カメラシリーズのご紹介は、まだまだ続きます。


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