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合成写真で疑獄スクープ!『コラージュ・カメラ』/ヨドバ氏カメラシリーズ⑥

「あなたが欲しいドラえもんの道具は何ですか?」

そんな問いの調査がネット上で時々行われているが、少し前に性年代別のベスト5が掲載されていて、とても興味深く拝見した。

基本的には全カテゴリーで「どこでもドア」「タケコプター」「もしもボックス」など定番道具が並べられているのだが、特定のカテゴリーにおいて少しマイナーな道具も選ばれている。

例えば、50代女性だけに「お医者さんカバン」(5位)が登場する。病気が切実になってくる世代だということがわかる。また、30代男性のみに現れる「透明マント」(5位)も目を引く。彼らは透明になって何をするつもりなのだろうか?

ここからわかることは、年齢を重ねていくと、欲しいドラえもんの道具が変化していくということだ。それはつまり、大人になると道具の使い方が変わることを意味する。


藤子F先生のSF異色短編に属する作品で、「ヨドバ氏のカメラシリーズ」という連作がある。どこか別の世界からやってきたヨドバ氏が、まるでドラえもんが出すひみつ道具のような「カメラ」を、大人に売りさばくというお話である。

ひみつ道具が大人の手に渡るというところがポイントで、「ドラえもん」や「キテレツ大百科」のように子供がいたずらしてそのしっぺ返しにあう・・・みたいな方向には話が進まない。大人の事情、大人の喜怒哀楽に沿った使われ方をするのである。


シリーズは全9作あって、これまで5作品を記事にしてきた。ひとつ前の作品はこちら。(この記事からさらに過去記事に飛べます)


本作はシリーズ第6作目。本作では、同じ性能のカメラを子供と大人で全く異なる使い方をしている点にご注目いただきたい。


『コラージュ・カメラ』「ビックコミック」1982年6月10日号

本作の主人公は朝夕新聞社・政治部のデスク。名前は本編には出てこないので、この記事では「デスク」としておきたい。

このデスクは大物政治家の疑獄「ブラッキード事件」追求の急先鋒。休日返上で仲間たちと証言を集め、丁寧な裏取りをして、構造的な政治家の汚職を暴かんと奮闘を続けていた。

ところが大スクープの果ての裁判となった途端、証人たちが揃って証言を翻してしまう。政治家や高官から名誉棄損の訴訟を準備しているという反撃情報が伝わってきて、会社上層部は止む無く本件追求の打ち切りを命じる。

打ち切りの方針に納得しない部下たちから抗議を受けるデスクだったが、

「社会の木鐸とか偉そうなこと言っていても、結局は一私企業に属する身なのだよ」

と言って、皆の意気を消沈させるのであった。

もちろん部下たちは、このデスクの言葉が本意ではなく、自分自身がもっとも落胆していることを知っているのだが。


デスクの家族構成は、妻と小学生の息子一人。妻は若い外見なので、だいぶ年下の女性を嫁にしたようだ。息子の名は哲也。子供部屋を与えてもらったばかりだが、部屋中を、最近友だちの間で流行しているジオラマ遊びに使っている。

デスクは哲也に部屋を片付けるように注意するが、ジオラマの説明を受けて、手作りで模型を作っていた少年時代を思い出し、自分も夢中になってしまう。典型的なミイラ取りがミイラになる、である。

ここでジオラマ作りのコツがちょいちょい差し込まれるが、これは実際に自宅の一室で巨大なジオラマを作っていた藤子先生の経験が生かされている。

ジオラマをテーマとした作品がいくつかあるので、是非機会があれば読んでもらいたい。(一例の記事はこちら)


哲也の部屋いっぱいにジオラマを広げようとしたものの、妻の猛反対にあって、撤収することに。しかも片づけを息子一人に委ねて、デスクはどこかへと行ってしまう。

哲也が渋々部屋に持ち込んだ土を庭に捨てに行くと、一人の怪しい男が呼びかけてくる。「ジオラマ撮っているんでしょ」と訳知り顔で、ジオラマ作りにぴったりのカメラがあると言って「コラージュ・カメラ」を取り出す。

この、いきなり現れて、いきなり本題からスタートする男。彼こそがお馴染みのヨドバ氏である。


コラージュ・カメラは、写真の合成をいとも簡単にできる超高性能カメラ。このカメラで映した素材をいくつも組み合わせて、合成には全く見えない精巧な写真を作り上げることができる。

カメラにiPadのようなデバイスを繋いで素材を複数取り込む。重なり合う素材のどの画面を活かすかなどを指示し、光の調整をすれば、あっと言う間にオリジナルな写真の完成。絵でも既にプリントされた写真でも合成可能である。

2022年の現代では、合成とは思えないコラージュ写真を手持ちのPCなどでできてしまうので、今読むとそれほど荒唐無稽には見えない。しかし本作が発表された1982年には、まだまだ未知なる技術であったのだ。


すっかりコラージュ・カメラに魅せられた哲也は、さっそく父親に購入をねだる。デスクは合成写真の出来栄えに驚きつつ、「子供に売り込むとはうまい手だ」とヨドバ氏に対して感心する。

この世でのセールス活動に慣れてきたと思しきヨドバ氏は、

「将を射んとする者は(まず馬を射よ)と申しますからね」

と悪びれない。

しかし、その気になるお値段は・・またも100万!。前回の記事で紹介した『夢カメラ』でも100万を提示して、見事そのまま売り抜いたが、今回も同じようにこの金額で買ってもらえるのか?

・・・案の定、100万と聞いて飛び上がったデスクは、激怒してヨドバ氏を追い出す。ヨドバ氏は「それだけの値打ちがあるんです」と言って、名刺を置いておずおずと引き下がる。

そして息子に対しては「世の中は思い通りにいかんもんだ」と、まるで自分に言い聞かせるように慰めるのであった。


フラリと散歩に出るデスク。すると取材で知り合った、疑惑の政治家、田金の運転手をしていた男とばったり出会う。彼はしゃべりすぎてクビになったが、後悔はしていないという。

ブラッキード事件もうやむやになりそうだとデスクが話を振ると、元運転手は、「長い間ずっとあくどい現場を見てきた」と言う。そして「証拠写真でも撮っときゃよかった」と悔やむ。

デスクは「写真」と聞いて、あるアイディアが頭に去来する。


翌日。朝夕新聞社でデスクが経理らしき人間に掛け合っている。100万円をキャッシュで用意しろと言うのである。当然難色を示すが、

「俺の退職金を前借させろ!機密費から立て替えて今すぐよこせ!!」

と畳みかける。給料が現金だった時代ならでは交渉である。

無理やりに用意させた100万円。もちろん使い道は「コラージュ・カメラ」の購入費である。ヨドバ氏を会社に呼び出し、お金を渡す。涙を一筋流しながら、ヨドバ氏は満足そうに帰っていく。二件連続100万でのお買い上げである。


デスクは部下たちに声を掛ける。「手の空いてる奴、貸してくれ」と。デスクに信用を寄せる面々は、「何です」「また動き出すんですか」と嬉しそうに近寄ってくる。

デスクは会社の仕事ではないので、退社後の時間を貰うと部下たちに告げる。元運転手を囲んで、指示を出す。

「写真を集めて欲しいんだ。特定の人物や場所色々この人の指示に従って・・・。資料室を徹底的に漁れ。足りない材料は何とかして撮ってこい」

もちろん部下たちはこの指示の全体像を理解はしていないだろう。デスクが考えたのは、コラージュ・カメラでコラージュするために必要な素材集め。元運転手の記憶に基づく、偽装写真の制作がミッションである。

嘘とまでは言わないが、かなり危険な橋を渡る作業である。しかし部下たちは、全体像をデスクに尋ねることなく、動き回ることだろう。それほどにデスクに対する信頼が厚いのである。


はたして、コラージュ写真が大量にできあがる。これが匿名で田金氏の事務所へと送付される。受け取った田金とその側近は大慌てだ。

写真の一例では、田金に対する丸花商事の専務の接待風景が写っている。法廷では、この専務とは面識がなかったと証言しているので、偽証の証拠となってしまう。

他にも
・八億円授受の場面
・ラスベガスブラッキード社長との会見
・大和航空会長と軽井沢での面会 など。

そして手紙も添えてある。これまで疑惑を囁かれながら、表に出なかった事件の現場写真も多数用意ありと。ブラッキード公判における偽証を撤回しなければ、全ての写真をばら撒くとの脅しつきである。


大物政治家である田金。ここでさすがの腹の括り方をする。有罪覚悟で偽証を引っ込め、争点を職務権限に絞れと指示を出す。その内に恩赦があるという目算だ。そして、

「表に立たずとも政治は動かせるものだよ、ワッハッハッハ!!」

と高笑い。これは悔し紛れとも思えない。世の闇を知っている生粋の悪党なのである。


裁判では田金に実刑判決が下される。そんなニュースを自宅の居間のTVで知るデスク。そこへ局長から電話が掛かってくる。

「やったねえ君!!仕掛人は君らしいな。どんな手を使ったんだ」

ある種の反則技を使っているのだが、そこは洒落た返し。

「お聞きにならない方がいいでしょう」

カッコいいやりとりなのである。


局長はデスクが退職金に手をつけたことも了解しており、100万円は取材費として出すと言う。つまりデスクの手元にはカメラの購入資金が戻り、現物としてカメラが残ったことになる。

電話を切ると、哲也が嬉しそうに駆け寄ってくる。コラージュ・カメラとカメラを使って何枚も撮った写真を手に。


コラージュ・カメラの使い道。子供は友だちの間のヒーローとなるべく、ジオラマ写真を撮る。大人は政治家の疑獄を追求するための証拠写真を撮る。年を取れば、ひみつ道具の使い方も変わっていくものなのだ


「異色SF短編」全話解説に向けて執筆中。


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