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「あたしも・・・愛してました!」『もりあがれ!ドラマチックガス』アゲアゲひみつ道具⑤

「ドラえもん」には似たような使い方をする道具が多い。「空を飛ぶ道具」を例にすれば、タケコプターを始めとして、空中シューズ、フワフワオビ、ふわふわ薬や、コンチュウ飛行機などがパパっと思い浮かぶ。

正直、タケコプターだけ使っていれば全て事足りそうなのだが、だからといって、そんなことに目くじらを立ててはいけない。同じような道具を使った同じような話を読めるのが「ドラえもん」の大きな喜びの一つなのだ。


僕が少し前に注目したのは、気持ちをアゲアゲに変化させる一連の道具についてである。作品によって多少の切り口の違いはあるものの、無感情なのび太を、あの手この手で気持ちをたかぶらせるひみつ道具がいくつも存在しているのである。

そこで、ほぼ同じような効果を持つ道具がいかに使われていたのかを検証するべく、「アゲアゲひみつ道具」と題して、4作品をシリーズで記事にした。下記がその一覧と記事へのリンクである。

オーバーオーバー 1976年12月
ムードもりあげ楽団 1977年5月号
カンゲキドリンク 1982年3月
ハジメテン 1982年8月


上記の4本の記事を書いたところで満足してしまっていたのだが、実はもう一本同じような効果の道具を使った大事な作品を並べ損なってしまっていたので、今回シリーズ5本目として取り上げることにする。


『もりあがれ!ドラマチックガス』(初出:ドラマチックガス)
「小学六年生」1984年10月号/大全集12巻

のび太は基本的に喜怒哀楽の激しい男の子のはずだが、普段の日常においては、いつもゴロゴロしていて、まるで覇気がない。勉強もスポーツも苦手なので、放課後家に帰ってきても、マンガを読むか昼寝をするくらいなのである。

そんなだらけモードののび太を見て、ドラえもんは「毎日毎日無感動無気力・・・」と指摘する。『オーバーオーバー』と同じような立ち上がりである。

そんなドラえもんへ反論するのび太。

「そういうけどさ、感動できるような事件が最近、身近にあった? 平凡で退屈な毎日が限りなく繰り返されるだけ・・・」

これも『オーバーオーバー』で同じような理屈をこねていた。

そこでドラえもんが出した道具が「ドラマチックガス」である。マンネリを打破し感情的にさせる効果の道具で、「カンゲキドリンク」のガス版と考えて良いだろう。


今回ののび太は「暇だから」とすんなり試してみることに。ガスを吹きかけても、何も変化は無さそう・・・というところでママが二階に上がってくる。昼間からゴロゴロしているのび太に小言を言いに来たのである。

ガミガミガミと叱るママに対して、のび太はジワーと喜びを覚える。「お母さま!!」と抱きつき、「僕は悪い子でした、今こそはっきりと目が覚めました」と感極まる。どうやら、ガスの効果が効いてきたらしい。

のび太の大袈裟な反応に、ママも感動して泣き、隣に座っていたドラえもんももらい泣きする。本人だけでなく、周囲も巻き込むすごい力を持つ道具である。


ママは、お花の先生宅へお使いに行くようのび太に頼むのだが、もちろん「行きます!」と目を輝かせて即答する。それに対してママは、

「本当に大丈夫? 長くて辛い旅になると思うけど」

と、まるでRPGゲームの始まりのようなドラマチックなお声がけ。のび太も「覚悟はできています!」と、まるで戦地へと赴くような決意を固めるのであった。

3人で外へ出てみると不吉な風が吹いている。のび太は「嵐よ吹け!何者も僕の行く手を阻むことはできないぞ!!」と、嵐のような向かい風に立ち向かって歩いていく。

旅立つのび太を見送るママは、「何という健気な言葉・・」とハンカチで涙を拭い、ドラえもんまで「生きて帰れよ!!」と号泣するのであった。


さてその次のコマ。のび太が道を歩いているのだが、のび太の周辺のみゴオと強風が吹いている。ドラマチックガスの効果はごく限られた領域であることが絵面として理解できる。

しずちゃんがのび太に「深刻そうな顔しちゃって」と話しかけてくる。のび太は神妙に「これから、お使いに行くんだ」と答えると、それまで普通の態度だったしずちゃんが、「え~っ、お使い!?」と顔を青ざめる。

そして、どんな因果か、のび太としずちゃんのラブストーリーが始まってしまう。かなりなラブの会話なので、抜粋しておこう。

静香「あなた一人で! 無茶だわ!」
のび太「止めないでくれ、これが男の生きる道だ。ただ、別れる前に一言だけ言っておきたい。僕は・・・君が大好きだったんだよ」
静香「あたしも・・・愛してました!」

のび太の突然の告白、そしてしずちゃんも愛していたと返し、まさかの両想いであることが判明したのである。さらに続く。

のび太「帰りを待っててくれる?」
静香「待つわ・・・。何年でも何十年でも」

藤子作品全体としても、ここまで直球なラブシーンが描かれたのは初めてではなかろうか。ドラマチックガスの効果だとはいえ・・・。


のび太はしずちゃんを振り切って、再びゴオオと強風を浴びながら歩き出す。向かい風に苦心しながら歩いていると、今度はこれから野球へと向かうジャイアンとスネ夫に出会う。

ジャイアンたちは、いつものようにのび太を野球に誘うのだが、今日ののび太は「今日は重大な任務があるので」と言って、その申し出をきっぱりと断る。

すると、天地がひっくり返るような怒りに湧き立つジャイアンとスネ夫。恐怖を表現するべく、真っ黒な影のような描かれ方をしたジャイアンたちに、のび太はボコボコにされる。

やられながらのび太は「母さん、僕は死んでも勤めを果たすからね」と決死の覚悟である。すると、のび太たちの背後から、強烈に眩しい光が発せられる。そこに現れたのは、のび太たちの担任の先生であった。

先生を見てジャイアンたちは逃亡。のび太が一人でお使いに行くと知った先生は、「思いとどまるわけにいかんのか」と心配する。のび太は「石にかじりついてでもやり遂げる決心です」と決意を新たにする。


見知った町を抜け、お花の先生宅のある町へとやってくる。のび太は「ここは異郷だ、一瞬の油断が命取りになるぞ」と、いっぱしの冒険者のようなセリフを吐く。

新しい街に来たら、まずは情報収集である。近くの家の庭にいたおじいさんに声をかけ、お花の先生の家はどこかと、内密に尋ねる。おじいさんは「お花の先生ですと!!」と衝撃を受ける。まるでマフィアのアジトを聞かれたかのような反応である。

無事にお花の先生の家に到着すると、「よくぞここまで辿り着かれました」と迎い入れてくれ、「立派なご子息を持たれて母上もさぞお喜びでありましょう」と、時代錯誤なやりとりが繰り広げられる。


ついに難儀だったお使いを終え、足取り軽く帰路につくのび太。すると目の前に先ほど怒りを買ったジャイアンとスネ夫が待ち構えている。彼らはこのドラマの敵役であるのだ。

追い詰められたのび太は「天は僕を見放したか」と観念する。するとそこへ「待って!!」としずちゃんが救いの手を差し伸べる。そして、のび太が野球を断った理由は、お母さんのお使いに行くためだと代弁してくれるのである。

それを聞いたジャイアンとスネ夫は「お母さんの!?お使い!?」と、最大級のショックを受け、「俺たちはとんでもないことをした」と土下座してのび太に謝罪する。

のび太はここで「おれは男だ!」の森田健作ばりに「友だちじゃないか」と和解を申し出る。そして「見ろよ夕日が」と、天高く昇っている太陽を指さすと、太陽がスウと動いて本当に夕暮れとなる。

ドラマチックガスの効果は、強風だけでなく、太陽の位置もずらしてしまう程に強力であるようだ。


のび太が帰宅するやママと抱き合い感動を共有する。のび太は部屋に戻っても興奮が収まらない。「今日僕は大きく成長したような気がする」ということで、今の感動を日記に書き留めておくことにする。

「今日僕は母の使いでお花の先生の家へ行ってきた・・・」

と、書き終えたところで、「これだけのことだったかなあ」とのび太が急に素に戻る。どうやら、この瞬間にドラマティックガスの効き目が切れたようである・・・。


退屈な人生は送りたくないが、いつでもドラマティックだと疲れてしまう。時にはダラダラしたいものなのだ。そう考えると、ドラマティックガスを使って半日程度盛り上がるのは、いい気分転換になるし、ストレス発散になるかも知れない。

ただ、アゲアゲ道具全般に言えることだが、気分が上がった後は、必ず下がるものなので、極度にアゲてしまうと、後が辛い。アゲアゲ道具の使用はほどほどが良かろうと思われる。




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