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やめなさい、はしたない、道の真ん中で!『オーバーオーバー』アゲアゲひみつ道具②

「人間は感情の動物である」というシェイクスピアの言葉をドラえもんが引用したことでも有名(?)な、名作『ムードもりあげ楽団登場!』を前稿で取り上げた。

ママ渾身のケーキを食べても何の感情も示さなかったのび太を、ムードもりあげ楽団の奏でる音楽の力でもって、アゲアゲにしたお話であった。

このお話では音楽の力の偉大さを語りつつ、同時に世の中を感情豊かに感じてみようよという、人間の喜怒哀楽を重要視した話でもあったように思う。

「ドラえもん」では、『ムードもりあげ楽団登場!』以外にも、一見平凡と思われがちな世界も、見方によってはもっとワクワクする冒険心に満ちた世の中に見えてくる・・・といったエピソードがある。

本稿では「アゲアゲひみつ道具」シリーズ第二弾として、これまた有名な『オーバーオーバー』を取り上げる。


『オーバーオーバー』
「小学五年生」1976年12月号/大全集5巻

今日ものび太が部屋で漫画をゴロゴロしながら読んでいる。手にしている本の書名はわからないが、散らばっている雑誌を見ると、「少年フジ」という藤子F先生が表紙のもの、「スタジオマガジン」という安孫子先生が表紙のものがあり、他には「少年ボン」と「ドラえもん」という本も置かれている。

そんなのび太にドラえもんは、ゴロゴロしてたら退屈だろうからたまには表に出てみたら?と声を掛ける。するとのび太は、手にしていた「冒険太郎」という150円のコミックを示して、「マンガを読んでいるとハラハラドキドキするよ」と反論する。

のび太は、マンガと比べて世の中は穏やかで平和な世界である。外がつまらないから家でゴロゴロしているのだと主張する。そして、ハラハラドキドキするような大冒険がしたいと言い出したので、ドラえもんは「じゃさせてやる」と、「オーバーオーバー」という名の上着を取り出す。


この道具は、着るとあらゆる出来事がオーバーに感じられる効果があるという。ハラハラドキドキするが、絶対安全保障つきとのこと。これはつまり、子供たちが安全に大冒険ごっこができる上着ということなのだ。

オーバーな体験ができるオーバーということだが、このダジャレネーミングは、藤子先生お得意のパターン。なお、本作が発表されたのは12月号で、本作は冬のお話である。なので、オーバーを用いるのは不自然ではないが、逆に夏の着用は暑苦しいものとなる。

ダジャレだとは言え、オーバーオーバーは厚着であるという事実は、ラストのオチへと誘導する重要な要素であることをここで確認しておきたい。


試しにオーバーオーバーを着用するのび太。すると部屋の中にサソリが出現する。ビビるのび太だが、ドラえもんは虫たたきでピシャリと一撃で倒してしまう。オーバーを脱いでみると、潰れているのは単なるゴキブリであった。

オーバーその①:ゴキブリがサソリに


これは良いということで、オーバーを羽織って大冒険にいざ出発。すると一階では、出掛けようとするのび太にママが「宿題終わったの?」と注意してくる。のび太から見ると、ママの姿は「おのれ逃がさぬぞえ」と包丁を手にした鬼ばば。のび太は仰天して家から逃げ出してしまう。

オーバーその②:怒るママが鬼ばばに


外へ出てみると、今度は猛獣・ライオンが登場する。またも驚くのび太だが、今度はドラえもんが正体は小さな犬だとネタバラシ。そこで、勇気を出してターザン気分でライオン(=子犬)と戦うことに。

のび太は「よ、ようしやるか!」と恐る恐る猛獣に近づき、バトル開始。「ポカポカ キャンキャン」という有名なオノマトペがあった後、のび太の元を子犬が逃げていく。のび太は「アーアアーアー」とすっかりターザン気取りなのであった。

オーバーその③:子犬がライオンに


のび太の戦いを見ていたしずちゃん。話を聞いて、「オーバーオーバー面白そう」と反応する。もう一着あるということで、のび太としずちゃん二人で、改めて大冒険へと繰り出していく。

まず二人の目の前には恐竜が走っていく。しばらく行くともの凄いジャングルに辿り着く。頭のいいしずちゃんは、恐竜=ダンプカー、ジャングル=空き地と見破ってしまうが、のび太は気分が壊れるのでタネ明かしは止めてくれとクレームを入れる。

オーバーその④:ダンプカーが恐竜に

オーバーその⑤:空き地がもの凄いジャングルに


そしてここからは、冒険ごっこの様相が強まっていく。のび太は「どんな危険が潜んでいるかわからない、僕から離れるな」と隊長気分。「はい」と、かわいくついていくしずちゃん。

草むらから大蛇が首を出す。二人は慌てて逃げ出すが、しずちゃんは「ミミズの大蛇怖いキャ~」とすっかり探検ごっこにご満悦の様子。

オーバーその⑥:ミミズが大蛇に


大蛇から逃げていった先には、何百万もの札束が落ちている。喜んで拾うと、ジャイアンが「俺が落とした10円返せ」と近寄ってくる。のび太たちには、海賊に見えていて、二人はその場から逃げ去って行く。

オーバーその⑦:10円玉が何百万の札束に

オーバーその⑧:ジャイアンが海賊に


さて、色々なものに襲われては逃げていくのび太としずちゃん。「もう駄目かと思ったわ」としずちゃんの冒険の堪能っぷりがすごい。真冬とは言え、オーバーを着て走り回ったので、しずちゃんは「汗が出ちゃった、オーバーを脱ごうっと」と言って、オーバーオーバーを脱ぎ始める。

・・・すると、ここで「のび太には、こう見えたのです!」というナレーションが挿入される。

「全部脱ごうっと」

のび太の目には、オーバーオーバーだけでなく、その下のセーターやスカートまで脱ぎだすしずちゃんの姿。のび太はその大胆な行為に対して、

「ばかばかばか、よしなさい、やめなさい、道の真ん中で!」

と全力で止めに入る。「オーバー脱いだくらいで変なひと!」と不機嫌になるしずちゃんであった。

オーバーその⑨:オーバーを脱ぐと、全裸に


藤子先生がどういう思考経路で本作を組み立てていったのかは謎だが、「オーバーオーバー」というダジャレから始まって、オーバー=厚着というイメージも利用できているし、いつものしずちゃんの裸ネタをオチに持ってくる流れも完璧。

そして何よりも、こんな道具欲しいと単純に子供に思わせる力もある。今回も、天才の仕事にうなるばかりなのである。



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